24-1.幻を掴まんと
ふと覗く窓の外から見える魔法学院の生徒達の衣服には防寒の備えが見え始め、冬支度へと移りだしていた。
そんな光景に目を細めながら、赤髪を片側に結える女教諭は椅子に深く腰掛け、目の前に置かれたカップを手に取り中の紅茶を口に含む。
「はい、服を着てもいいわよ。次は採血に移るわね。」
そして、同室のもう1人、<コボルド族>の女教諭が聴診器を外すと手に注射器を持ち変え、服を着る女性に向ってシリンダー内の空気を抜く様を見せ付ける。
「エイミーっ、私の代わりに血を採られて♥シータのその注射器はいつも怖いからイヤッ。」
「ダメですよッ、ナナリナ。貴女の身体は<瘴気>の汚染がまだ残ってるのですから、きちんと検査は受けるべきですッ。」
その赤髪の女教諭のエイミは、自分と椅子の背もたれを盾にした、青く波がかる長い髪の<ドラグネス族>の女性に言い聞かせる様に話す。
「私としては別にエイミの採血もしてもいいのだけど?あなたも最近、仕事が忙しいのでなくて?」
「増え続ける犠牲者!?い、いいです、私は遠慮しておきますよッ!身体の心配事は最近はちょっと過食気味なだけですッ!」
だが、シータはエイミの言葉を他所に目の奥を怪しく輝かせ、その手に持つ針先を向けて2人に近寄る。
その様子にエイミは引き吊った表情を浮かべ、首を大きく横に振って拒否を示した。
―――コン、コンッ…
「…アラ?この流れも久しいわね。開いてるわ、どうぞ入ってきて。」
「…し、失礼します!」
その時、部屋の扉を叩く音が響き、エイミは安堵したように息を吐き、そそくさとシータの変わりにドアを開くと、来客を招き入れる。
「お、お初に御目にかかりますッ!ハンス先輩から要請を受け<龍天楼>から参りましたアルペイン=クオハースと申します!」
「間に合っているわ。」
「わわわわ、私が間に合っていませんッッ!」
姿勢正しく長耳をピンと立て、緊張からか視線が銃空に泳いでいる野外活動に向いたような衣服で深い紫髪の<エルフ>の女性が部屋に入ってくるなり、シータは即座に断りを入れた。
だが、<アルペイン>と名乗った女性の慌てるさまに、エイミはシータに向って諭すように視線を向ける。
「シータ、ダメですよ~イジメは~。」
「だって、私の所より学院長室へ直接向かった方がスマートでしょう?」
アルペインを背にし、自分と向き合うエイミに困った顔をしながらシータはやれやれと肩をすくめ、とりあえず話に取り付く姿勢をみせた。
アルペインはそんな2人の態度に少しだけ落ち着きを取り戻し、深呼吸をしてから話を切り出す。
「ハ、ハンス先輩からッ!まずはここへ顔を見せたほうがよろしいと仰せつかりまして!こうしてまず馳せ参じさせていただきました!」
「まったく、兄様ったら…。でもまぁ、せっかく来たんだから座ってお茶でも飲んで行きなさいな。」
兄の名からとりあえずの事態を把握したシータはもう一度呆れながらに小さく肩をすくめると部屋の奥へと進み、奥の棚から追加のカップを取り出し始めた。
「そ、そんな事もあろうかと!つまらないものですが、この手土産の菓子折りをどうぞ!」
そう言ってアルペインは鞄から紙に包まれた箱を取り出すと、それをテーブルの上に置き、丁寧に包装を剥がしていく。
「うちの学院の購買部で売っているものですねッ。」
「本当につまらないものがでてくるものね。」
エイミとシータはその包みを眺めて呟くと、その既知な存在に2人は揃って微妙な表情を浮べる。
「すす、すいません、すいません!何せ幻の都の銘菓と見たものでして!つ、つい…」
「確かに私達はここを<幻の都>とは思ってませんがッ…」
その反応にアルペインは慌てて弁明するが、エイミは苦笑しながらそれに答えていく。
箱には<幻の都産>と大きく書かれ、その存在を誇張していた。
「まさか、この街が<幻の都>と外から言われているのは、この菓子折りが出回ってるせいじゃ…?」
「宣伝文句が一人歩きするのも一種の魔法として捉えていいんですかねッ?」
だが、エイミとシータの2人もそれ以上追及する事はなく、アルペインは安堵に胸を撫で下ろした。
「でもでも、折角頂いたのだし、早速みんなで食べましょ♥」
「…あなたは採血が終ってからよ。」
ナナリナはここぞとばかりに入り込み、話題をアルパインへと逸らし向けようとするも、シータにはお見通しのようで釘を刺されてしまう。
そして、菓子折りの箱を取り上げるシータに観念したのか、頬を膨らませながらに彼女は腕をまくると他の3人は微笑ましくその姿を眺めていた。
…
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幻の都、土産の焼き菓子
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ナナリナの採血の後、テーブルの上を4人分の紅茶の入ったティーポットと人数分のお皿に載せられたお菓子が置かれ、皆は椅子に腰掛けて一息つき。
そして、それぞれがお皿に盛られていた菓子を手に取って、口に運んでいく。
弾力のあるクリーム生地を挟んだクッキーは口の中で泡の様に溶けていき、乳脂と砂糖の味を口の中に残して広げていった。
「ンン~!、ああ言った手前でしたが、このお菓子、実は私は一度も食べた事ありませんでしたねッ!」
「私も始めてだったわ。意外と身近にありすぎるものって手にしたり寄ってみたりしないものね。」
エイミも初めて食べる味わいに声をあげ、シータもその美味しさに舌鼓を打つ。
「フフフ…。こういうのを<灯台下暗し>ってことわざがあるそうですよ!ソウシロウが教えてくれましたッ!」
「…何か微妙にニュアンスの違いを感じるわね。」
「…と、ともかくお気に召して頂けて。ホッとしました。」
エイミは得意げに語るが、シータのツッコミに言葉が詰まり、2人の掛け合いにアルペインはとりあえず喉を撫で下ろした。
…
「それで、アルパイン。」
「ア、<アル>で結構です!」
菓子をつまみ、紅茶を口に含みながらにシータが改めて問い掛けると、アルペインは少し照れくさそうに名前を呼び捨てにする許可を願い出る。
アルペインは緊張しているのか、両手に持ったカップの取っ手を何度も持ち直していた。
「では、アル。親睦が少しは深まったところでアナタの今後の活動を出来る限りは聞かせて貰えるかしら?」
「とと、とりあえずは…。この学院に残した記録と報告でうけた記録の照合を行って、詳しい調査計画を練るのは、それからでしょうか…、ははは…」
アルペインは視線を泳がせながらも、エイミとシータの顔色を窺うように2人に視線を向けつつ、話を続けていく。
「意外と行き当たりばったりですねッ。」
「この様子だと案外顔を合わせる回数は増えそうね…」
「ははは…。そ、その時は是非ご協力をお願いします。」
アルペインの言葉に2人はそれぞれに呆れたような反応を示し、アルペインは乾いた笑いを浮かべながらに2人の反応に同意を示した。
「はい、エイミ。あーんして♥」
「…あーん。ってまだ自分の分食べてますよッ!?」
そんな中、ナナリナはエイミへと摘んだ菓子を差し出し、エイミは反射的に口を開けてしまうが、自分が今何をされたか理解すると顔を真っ赤にして慌てて拒否を示す。
だが、ナナリナはそんな彼女の反応を楽しげに見つめながら、さらにもう一度同じ動作を繰り返した。
そのナナリナの行動に、アルペインは思わず口に含んでいた紅茶を吹き出してしまう。
『と、ところで…彼女は何者なのですか?見たところ私のような部外者の様ですが…』
『……以前ここではちょっとした騒動があってね。彼女はその時に重傷を負ってここで治療中なの。悪いけどあのコには変に嗅ぎ回らないで貰える?』
アルペインは咳き込み、口元を拭いながら小声でシータに尋ねると、彼女は簡潔に事情を説明する。
その説明を聞き、アルペインはそっと視線をナナリナの方へ向けるが、じゃれ合う事に夢中なのか、特に気にも留めずにエイミの口に菓子を運ぶ事に熱を上げていた。
じゃれ合う2人にシータの視線の先を見てアルペインは何かを察すると、シータの言葉を胸に刻み込み小さく首肯する。
―――
しばしの小さな茶会をお開きにし、とりあえずの親交をとりつくると4人は学院長の部屋に向かって廊下を歩き始めていた。
ナナリナは相変わらずエイミの腕に抱きつき、アルペインは後ろからその様子を眺めて苦笑しながらついてくる。
すると、突然にナナリナは立ち止まると振り返り、後方を歩くアルペインを見やった。
アルペインは驚いたが、その視線のは自分に向いてないと知ると更に後ろを振り向きエイミとシータもそれに続く。
「…何です?あのローブの集団は?」
「統一されたローブに仮面…、何処か別の魔法関係ギルドの面々かしら?」
そこにはまるで熟成したワインの色のようなフード付きローブに身を包んだ背丈がバラバラの6人の一団が並んでこちらへと向かって来ていた。
4人は通路の脇へと移り道を譲ってやりすごそうとするも、ナナリナだけは何故かその場に立ち止まるのでエイミは慌てて腕を引っ張り引き寄せる。
「あー、アレは<錬金術ギルド>の面々ですね。素顔までを隠してるって事は結構上席な方々なのではないでしょうか?」
アルパインはそのまま通り過ぎて行く彼らの正体を言い当てると、一向はそのまま距離をとって彼らの後ろに続いて歩き出す。
「名高い<錬金六席>もそうですが、利権の奪い合いが内外に激しい為に会合は信頼できるもの同士以外は人物を特定させないと聞き及んでおりますよ。」
アルペインはその一団の背中を見送りながら、呟く。
「へぇ、珍しい。ま、ウチとしては他所の組織に余りウロウロしてはもらいたくないわね。」
「そ、それって、私、<龍天楼>も入ります?」
「もちろん、そうだけど?」
シータはアルペインの言葉にあっさりと肯定するが、その答えにアルペインは引きつった笑顔を浮かべた。
そして、そのまま彼らは廊下途中の一室へと入っていく。
「ナナリナ、どうかしましたかッ?」
「…うーん。どこかで見たような…」
エイミは心配げに声をかけるも、ナナリナは首を傾げながらに去っていくローブの集団を目で追い続けていた。
「あの仮面ローブに見覚えでも?」
「違うの、ただ足の運び方に1人がちょっと気になって…」
しかし、ナナリナの気にする点に3人は首を傾げ疑問符を浮かべ、とりあえず学院長の部屋を優先にする事にした。
―――
「…どうかしたか?カルマン。」
入り口の扉を眺め続けるローブの6人の内の1人に先頭に立っていた者が問い掛けると、彼は無言のままに小さく頭を横に振る。
「えぇ、ゴメンなさい。さっきすれ違い様に顔見知りがちょっと、ね☆」
そして、一息入れるとフードと仮面を取り、髪形を整えながらその長身の男はニカリと笑いながらに謝罪を口にした。