23-6.明日の別れ道
噴き上がった土煙が薄れ、ワタシは目の前の光景に言葉を失い、呆然とする他なかった。
バラバラとなって宙に舞い上がる瓦礫となったワタシの工房は次々と地面へと落ちていく。
そして、土煙が噴き上がったその中心には人影が1つ、今のワタシが搭乗するパージルより二周りは大きい影が佇んでいる。
「……母さんッッ!!」
しかし、ワタシはその事に注意などいかなかった。
それよりも、工房の中にはワタシの母の手記、唯一残った遺品がある。
ワタシは思わず叫びながらパージルの脚で駆け出すも、やはり現れた人影はその行く手を阻む様に前に立ちふさがった。
<敵性ランクS>わざわざパージルが言葉に、警戒するほどの存在、ならばパージル、つまりはワタシに攻撃が向ってくるのは必然。
土煙がその放たれる攻撃により瞬時に吹き飛ばされ、現れた白い拳が眼前に迫っていた。
―――カァンンンッッ……!
乾いた音を立て、ワタシの眼前に広がりなびき現れたのは赤く、赤き、赤い影。
グラン、彼の手にしていたシャベル、その先端が砕け折れながらもパージル、ワタシへの一撃を弾き逸らしてくれた。
だが、<アレ>が拳であるならば、<アレ>が人影であるならば、もう片方の腕が振るわれていない訳が無い。
赤い影の頭上には白い塊、掌が浮かび上がり、それは今まさに振り下ろされるところであった。
「…ッ!!」
掌に圧し潰され、広がる赤いマントと襟巻きにワタシは思わず目を逸らしてしまう。
彼がこの程度で<死ぬ>とは思っていない、はずがない。
けれど、ワタシが再び目にする視界に映るのはその予想を裏切るものであった。
掌を受け止め持ち上げ、り合っているのは見覚えがある炎を吹き荒らす黒い影。
しかし、その影は以前よりも大きく、長い尾と巨大な前腕、その先には赤々と輝く爪が伸びており、それはまるで竜の様な姿をしている。
「グラン…!<あの竜>に意図的に成れたのかい!?」
後ろからハンスが驚きの声を上げ、グランと思われる赤黒の影に問いかけるが、その問いに答えは無い。
そして、赤黒の影が白い掌を一気に引き寄せ、相手の姿勢を崩すと身体を捻らせ放り投げ、間合いを作る。
《…前に変身したときはもっとデカくなかったか?パワーも思うほど出ないな。》
突如としてワタシの頭の中に響く声は、確かにグランの声だった。
「グラン!?本当にグランなの!?」
《…なんだ?俺の声が2人とも聞こえるのか?いや、俺、喋ってないのに…喋ってるのか?》
ワタシの呼びかけに赤黒の竜らしきものは疑問符を浮かべている。
《まあ、いいか。今は<アレ>を倒す方が先だ。ミウル、確認するがお前が勝手に拾ったりしたモノじゃないよな?》
「あ、当たり前でしょ!!」
《…なら、遠慮も手加減もいらんな!》
赤い仮面の様なクチバシに表情など見えないはずのグランから何時もの嫌味に笑みを見せた気がした瞬間、その姿は消え、一瞬にして<白い巨人>へと肉薄していった。
巨体と巨体が腕を取り組み合い、互いに一歩も引かず押し合う。
姿の全貌を露見した<白い巨人>、それはまるで巨大な彫像がそのまま動いている様な姿だ。
「…パージル。<アレ>がアナタの敵なの?」
「ライブラリ照合。敵性対象は<連邦>の敵対勢力<ゼクティヌス帝国>の保有する魔導骸機<スパルチEO>。投降を呼びかける必要はありません。」
質問にパージルは淡々と答え、ワタシ達の会話の間も力は拮抗したままでいる。
だが、次の瞬間、突然に巨人の両腕が輝きだし、それが光線となって発射された。
咄嵯の判断なのか、グランは手を放すと光の奔流を飛び退いて避け、光はそのまま後方へと飛んでいき、やがて空の彼方へと消える。
《うぉっと!?》
光を受けた地面が熱せられ、真っ赤に溶けてガラス状となり、その威力にワタシは息を呑む。
《クソッ、こんな事ならセバっさんからもっと体術の修行を真面目に受けるんだった…ぜッ!!》
グランは再び走り出し、懐に潜り込むとその腹部に蹴りを入れ、再び<白い巨人>に両手を組ませ力比べを始める。
次にグランは首を引き、仮面のアゴ部が開きだすと仮面の奥から目が爛々と灯ってゆく。
「高周波振動確認。当機外殻に対波動防御展開。」
パージルの警告の後、組み合ったままの両者を中心に衝撃波が広がり、地面を砕き、周囲の草木を薙ぎ払っていく。
「グランの<咆哮>だッ!」
そして、その衝撃の中心にいる2体はお互いに後ろに飛ばされるも、即座に体勢を整え、距離を取り直そうとする。
《く、くそッ!今の俺じゃ<竜核>の力もまともに使えないのかよ。》
グランはそう呟きながら立ち上がり、再び構えを取るも、全身から白い煙を噴き出させ、肩膝を地面に着いてしまう。
「…ジジッ、敵性対象の外殻に大幅な不安定状態を確認。攻撃、強力な衝撃、当機を用いた直接攻撃を推奨します。」
パージルの無機質な音声にワタシは思わず目を見開いてしまう。
「た、体当たりって事!?でもアナタの駆け足じゃ…」
「スラスター、ブースター、高出力稼動可能確認。稼動補正はこちらで行えます。操縦は搭乗者へ。」
座席下、パージルの動力源がワタシの操作無しに駆動の回転が早まり、<やる気>が伝わってくる。
「…わかった、やるわ!」
「了解。対象をロック。対衝撃用意。」
ワタシは覚悟を決め、レバーを強く握り締め、ペダルを思いっきり踏み込んだ。
「いっけぇーーーーェェッッッ!!」
背部から突き上げるような加速感と共にパージルは白い巨人の腹部めがけて突撃していく。
そして、衝突と同時にワタシはパージルの操縦席のシートに押し付けられ、その凄まじい勢いは<白い巨人>を押し倒すに値し、地面へと倒れさせた。
ぼやける視界の焦点を気合で合わせると、目の前に映る<白い巨人>の外殻には亀裂が走り、一部が剥がれ、内部機構が露出している様子。
「こンのォ、スカ、ポン、タンッッッ!!」
ワタシは怒りに任せて叫び、パージルの右腕をその隙間へと強引に差し込むと、中の機構を叩き潰した。
座席越しでありながら、それが<白い巨人>への致命的なもの、そしてまたパージルの右腕が粉々に壊れる事も感じ取れる。
「…敵性沈黙を確認。当機コンデンサ内圧力急低下、セーフモードへ移行します。再起動までの時間は…」
「は、はれ…?」
急激にぼやける視界、鼻から伝わる血が垂れる感覚と鈍痛を感じつつ、ワタシは意識を失っていく。
―――
ゆらゆらとまぶた越しの灯りを受けて目を覚ました時、ワタシは寝台の上で寝かされていた。
寝台といっても、藁葺き屋根の一部、つまりは瓦礫の山の上に敷かれた粗末なモノだ。
空は既に闇夜に染まっており、エーテルのオーロラが幻想的に輝いている。
安堵の息を吐いたその瞬間、ワタシは周囲を見渡せるこの灯りの光源に気づく。
「ま、まさか!?」
それは瓦礫に火を点けた焚き火であった。
ワタシは悪寒と共に急いでその炎の中を覗きこもうと駆けるというより半ば急ぎ這うように近寄る。
《心配しなさんな。燃やしているのは屋根や梁の残骸だ。》
目の前に現れ、ワタシを遮るのは黒い腕に赤い爪、聞きなれた声、<竜>らしき姿のままのグランであった。
「わ、わぁッ!?びびびび、びっくりさせないでよ!!」
《瓦礫で潰れなかった本だの何だのはこっちに分けて置いてある。》
グランはアゴで指した先には確かに書物が幾つも積まれており、彼はワタシを無作法に摘み上げ、そこへ降ろしてくれる。
「あったぁ~…」
ワタシは積まれた書物に飛びつくと見つけた母の遺品、母の手記を胸に抱きしめ、思わず涙が零れる。
《飛び散って藪の中に落ちたのはハンスが拾い回ってくれたんだぞ。後で礼くらい言っておけよ。》
グランの言葉でワタシが外に出ている事にハッとし、改めて周囲を見渡す。
そこには右腕が拉げ膝を付き、がらんどうの中身を晒したパージルとその近くで横になっているハンスの姿があった。
「…それより、元の姿には戻れないの?」
《戻り方がわからん。》
ワタシの問いにグランは肩をすくめてぶっきらぼうに答える。
見てくれは<怪物>といって差し支えないが、その仕草は見慣れた彼そのものであった。
「そもそも!何で、そんな姿に、なったのよ…?」
…
グランは何も答えない。
「…ッ!?」
だが、ワタシの目の奥、頭の中に何か焦がすような<想い>が流れ込んでくる。
その像も音も、ハッキリとはしないながらも、その熱さと、哀しみだけは強く感じ取れた。
《…流石に頭に過ぎったものが全て声になって伝わるワケじゃなさそうだな。…なら悪い、喋りたくない。》
「…わかった。喋りたくなったら聞いてあげる。」
ワタシは感じたものを合えて口にせず、ただ一言だけ告げると、ただ焚き火を眺める彼の横に腰を下ろす。
表情も視線も全くわからない、姿形が別物であるのにグランからは昔の、出会って間もない頃の彼がそこにいる気がした。
―――
「どう、パージル?敵の腕を代わりにするのはアナタにいい気分じゃないかもだけど。」
「…フィードバックエラー非検知、正常。稼動プロトコル構築は成功、問題はありません。」
夜が開け、目覚めたワタシはパージルの整備を行っていた。
パージルは淡々とした口調でそう言い、ワタシは座席に座りながら新しい右腕をゆっくりと動かし、握り拳を作ってみせる。
「ほぉ~、たいしたもんだ。今まで見た事もなかったものを易々と繋ぎ合わせちまうだなんてな。てかお前、魔導器も弄れていたんだな。」
湯気を昇らせたマグカップを3つ片手にし、昨日の残り具材で作り置きした平焼きをかじりながら今朝方姿を消していたグランが感心しながら言う。
「そっちは、そっちで何時の間に元の姿に戻ってるのよ!」
「いやぁ、なはは、寝て起きたらすっかり元の姿にな。」
ワタシは頬を膨らませながら、グランからカップを受け取り、ワタシも作り置きをかじりながらパージルの右腕の具合を確かめる。
グランからは昨晩の様な雰囲気はもうなく、何時もの嫌味と皮肉を常に含んだ赤いマントの男に戻ってしまっている。
「すごいね彼女は、ボクはちゃんとした技師ではないけど彼女も<龍天楼>に来て欲しいくらいだ。」
手伝ってくれたハンスもグランに声をかけながらカップを受け取ると、一口飲んでからパージルの右腕を見て目を輝かせだす。
「…<龍天楼>ね。それじゃあ、行けそうなのか?」
「現状のノーマルモードであればコンデンサ休止のなしで連続100時間の稼動は予測されます。」
「…ですって。」
グランに質問にワタシがパージルに投げかけると、パージルは腕の動作確認をしながら冷静な声で返す。
だが、その答えにグランは少し眉をひそめる。
「そうでなく。ミウル、お前が行けるのか?ビルキースの場所によ。」
その言葉にワタシはレバーを反射的に強く握ってしまう。
しかし、瓦礫の山となったワタシの工房を見回し、手を母の手記へ握りなおして意を決した。
「えぇ、行きましょう。ビルキースさんの所に。」
そして、ワタシの言葉にグランとハンスは互いに顔を見合わせると頷き、ワタシ達は叔父の家に戻る事に決める。
―――
叔父の家に戻ると叔父とソウシロウが既に表に出ており、ワタシ達が戻るのを待っている様だった。
「赤法師殿~!、ハンス殿~~!」
「やはり、<ソイツ>を動かしてきたか…」
新しい彼の剣らしきものを振り、2人を呼ぶソウシロウに対し、腕を組み、パージルを見据える、いや、ワタシを睨む叔父の姿がそこにある。
どうやら、彼はワタシがこうするであろう事を察していたようだった。
ワタシはパージルから降り、その前に立つ。
「…」
「…ミウル。オレはこれからアニキの所に行って、しばらく此処を留守にするつもりだ。」
叔父はワタシが声を出す前に用件を切り出す。
「それで…まぁ、つまりだな。春までは戻って来れないだろうし、ソイツらとビルキースの下に向うなら、オレは止めはしねぇ。」
「…おじさん!」
ワタシはつい、叔父に抱きついて、叔父もワタシの頭を不器用に撫でてくれ、餞別らしき袋をワタシに手渡すと、ワタシをトンと突き飛ばしグランが受けてくれる。
「…頼むぜグラン。だが、いくらコイツでも道中変な気は起こすなよ。」
「お、おやっさん。あのなぁ!」
茶化す叔父の言葉に対するグランの反応に肘で小突くと周りの3人は笑いを零しだし、少し膨れてワタシは改めて叔父の家を後にすると決める。
…
「……<親方>!…お世話になりました!」
パージルに乗り込む直前、師であり、そして、親でもあった叔父に向って別れの言葉をワタシは叫ぶ。
「ば、ばっきゃろう!お前が帰って来る事になったら、こ、ここがお前の家じゃねぇか。…だから、だから戻れるときは気兼ねなく戻って来い!」
照れ隠しに顔を背け、頭を掻きながら言う叔父の姿にワタシは思わず笑みが、それから涙が零れてしまう。
「……行って来ます!<お父さん>!!」