23-5.明日の別れ道
がらんどうの中身を晒すゴーレムの<パージル>を眼前に、ワタシ達は思わず固まってしまう。
「…ミ、ミウルがゴーレム壊した!」
「こ、壊してないでしょ!まず、ワタシは何もしてないじゃないの!」
グランが子供のように指差してくるのに対し、ワタシは慌てて弁解するが、ハンスは冷静にパージルに近付くと中の様子を覗き込み始めた。
グランとワタシはその様子を黙って眺めていると、ハンスはふむと顎に手を当て考え込む。
「…中の計器類らしきものは動力は通ってるみたいだし、何やら信号の発信はしているみたいだけど…」
そして、肩から提げる鞄から石版らしきものを取り出し、パージルの中と双方を覗き込み続けるハンス。
「<龍心堂>でやってたみたいなソイツの操作をコイツにはできないのか?」
グランがハンスの持つ石版を指差して尋ねれば、ハンスは首を横に振る。
「…規格が全く別物だから、直接の介入は流石にね。」
石版の端をなぞりながらハンスは残念そうに答えるが手立ては無いか知恵を絞って考えている様子であった。
「しかし、この様子だとゴーレムの操縦は本来この中で行うものだったのかな?グラン、キミはどうやって運んできたんだい?」
「単に声で指示して誘導してきただけだよ。まさか中身が空っぽとは思いもしなかったぜ。」
ワタシは2人の会話を聞きながら、再びパージルの中を覗く。
その一見の構造は貨物クレーン等の起重機操作をする際の操縦席に似てはいる。
「あ、おい、ミウル。」
「ともかく、ワタシが直すんでしょ。どうせこのまま失敗になるなら、やれるだけやらせて。」
ワタシが座席のある背面側へと乗り込むと、グランは止めに入ってくるがワタシはそんな事お構いなしとばかりに腰かけ座席に連結されている計器、レバー類に触れだす。
ガチャガチャと音を鳴らしながら一通りの動作を確認していると、操縦に合わせた不思議な一閃、神経だろうかの感触が背中に走った。
ハンドル、グリップ、ペダルその稼動域や感触は昇降機のウィンチに近いだろうか。
ワタシは操作法など何も知らないのに、不安もなく自然と座席左右2本のレバーのグリップを握り、同時に引くとペダルを踏み込んだ。
座席下から駆動する振動が伝わり、その回転数があがっていく。
パージルの脚部が僅かに動き出し、機体が持ち上がると同時に割れた前面がワタシを覆った。
―――ガシュッ…
それが閉じると、灯った計器類の光だけが周囲を照らし出し、視界の他は暗闇に閉ざされる。
「…今度はミウルが食われた!?大丈夫なのか!?返事しろミウル!?」
グランの声と外殻を叩く音が聞こえるが、ワタシは冷静なまま、レバー操作で応じようとすると、更に機体が持ち上がり、感覚的にパージルが完全に両足で立ち上がったのが分かった。
「再起動を確認、搭乗者の確認、登録生体反応には無し。他データリンクの同期不能の為、現時刻をもって連邦基準に則った自律思考へ移行します。」
計器の一部が点滅したまま、パージルの声が中に鳴り響きだす。
「当機への現搭乗者に警告。現在、当機は貴方の搭乗命令を受け付けておりません。ただちに降機してください。」
「ま、待って!ワタシはアナタをただ直したいだけなのよ!」
ワタシはその言葉に慌て、声を上げて説得を試みる。
だが、それに対する返答はなく各部に光が点り、パージルの脚はゆっくりと動き出すのがわかった。
「不要です。当機が自律行動で帰依できない場合、即時の破棄処理を行います。当機への干渉は無意味です。」
「言葉が流暢なったと思ったら、かなりの石頭ね、もう…。ねぇ、このまま外の仲間と会話をさせてくれない?アナタも今の状況を知りたいでしょ?」
ともかく、まずは対話を試みようとワタシはパージルに提案をしてみる。
「…サーチ完了。周囲と内部の2名を第7世代知性種と断定。状況からの敵性ランクD。降機しないのであれば当機への情報収集に協力し会話をしてください。」
パージルの返答が終るとがらんどうだった中身全面に周囲の景色、ワタシの目の前にはグランとハンスが見上げている様を映し出す。
「すごい…」
ワタシは驚きながらも、2人に話しかけるが、ハンスは口を大きく開けたまま、グランに至っては目を見開いたままだった。
「あー、あー。2人とも聞こえるー?」
「無事なのか!?ミウル!」
「なんとかね。ねぇ、パージルは<帰依>したいそうなのだけど、何かわからない?」
ワタシの質問に2人は首を傾げ、更にハンスはグランから発掘時の状況を尋ねるが明確な情報には至らない様子だ。
「流石にゴーレムの外見だけでボク達は判断できそうにないよ。何かその<帰依>先の特徴とかは無いのかい?」
だが、ハンスの問いかけに対し、パージルは沈黙を貫いているようで、答えない。
…
「…ワタシを通してでなく、直接アナタから聞いてみたら?」
「……当機は<エンペリオス連邦>第24番部隊所属、コードネーム、パージル。」
ワタシの言葉に促されたのか、はたまたワタシ達から得られる情報が無さすぎて諦めたのか、しばしの間をおいてパージルは自分から語りだす。
「貴方がたを中立、友好的民間人として断定。当機が帰依する為の情報提供を要請します。」
「…<エンペリオス連邦>?」
「俺に聞くなよ。俺はここ4年程しか自我と記憶がないんだ、この中で歴史は一番疎いっての。」
ハンスは反射的に隣のグランに尋ね、グランは肩をすくめる。
「悪いけど、ここ大陸西部に<エンペリオス連邦>という国はないよ。400年は前に対魔神組織としての<都市連合>はあったそうだけど、そういった名前も付いてないね。」
「そもそもお前、目覚める前と後の時間の経過を自覚できてるのか?」
「…当機では物質からの時間経過を測定できる機能を有していません。本部、データリンクへの反応、回答、以前としてありません。不明です。」
ハンスはパージルに答えると、グランは更に尋ね返し、その問いに、パージルはしばしの間を置いて答える。
パージルの言葉は機械的であるが、その言動に戸惑いや混乱、焦燥感のような感情が不思議と感じ取れなくもない。
「ねぇ、やっぱりまずはワタシの工房に向わない?参考になるかわからないけど本や資料がいくつかあるし、アナタが動ける時間も僅かなのでしょう?」
「……了解しました。これより当機は貴方の誘導に従い、貴方を搭乗者として登録します。」
ワタシがそう提案すると、パージルはしばしの沈黙で再び時間を空けると観念したのか承諾を口にする。
…
「…ったく、あのままポンコツでいてくれたら話がスムーズだったんだがな。ビルキースはゴーレムの修繕にメンタルケアのカウンセラーも含めて求めてるんかね。」
グランがぼやくように呟いた言葉を聞きながら、ワタシはパージルの手足を操縦し、自身の工房へと向っていく。
パージルはその後に<セーフモード>というもの状態へ切り替え、機体制御を一時的にワタシに任せて休眠に入ってしまった。
だが、操作に関しては不安となるものを微塵も感じず、手足の様に動かせている。
「何言ってるの、グランだってパージルと似たようなものじゃない、邪険にできる立場じゃないでしょ。」
「魔法人形の<ルゴーレム>もヒト種と認められてるのだから、今の発言はよくないよ、グラン。対話できるのであれば相互の理解は大事だよ。」
「…2人していじめてくれるなよ。自虐、自嘲って事にしてくれ。」
ワタシとハンスに諭され、グランは両手を上げて降参のポーズをとりだす。
やがて、進む先の木々と藪が左右に分かれ、道が開けた場所に出るとそこに一軒の家、ワタシの工房が見えてきた。
ワタシはパージルの足を止めると、先の様に前屈みにすると前方の外殻を開かせる。
「…驚きを通り越しちまうな。実は以前から<アンダード・ゴーレム>の操縦練習でもしてたのか?」
パージルから降りる私に口笛を吹かし、茶化す様にグランは言う。
「してるわけ無いでしょ!ほら、グランはパージルから晶石を取り出して。ワタシはそれを<賢者の石>にする準備を工房内でしてくるから。」
グランは「へいへい。」と返事をしながら、ハンスと共に作業に取り掛かっていった。
―――
工房からグランの剣の修復の際に作り置いておいた材料と道具をワタシは抱えて戻ってくると手早く取り出された晶石を<賢者の石>へと変化させる。
「…驚いた…<賢者の石>はこんな簡単にできるものなのかい?」
「物質変化の条件が揃えばね。後は<イデア>の遮断さえできれば簡単。えーっと、確かこの事をビルキースさんも何か言ってたわね。か、かが、か…何だっけ?」
ハンスの言葉にワタシは作業をしながらも答える。
「じゃあ、また素肌の背中に触れて念じるのか?」
「ば、バカ!スケベ!それはグランの剣を直したときだけよ!この<賢者の石>はこのままパージルに戻すの。」
以前の出来事にデリカシー無く触れてくるグランに私は声を上げ、ハンスが苦笑しているのが視界の端に見える。
ともかく、ワタシはグランへ<賢者の石>をパージルの中に戻すよう促す。
「しかし、本当にいいのか?大丈夫なんだよな?」
「いいの。その晶石は限りなくの<魔力の塊>に近い存在になってるわ。だから後はパージル側が動力源として吸収しやすいように変換してもらうだけよ。」
何やら不安が過ぎる様子のグランに、ワタシはそう説明すると再び座席に着いて、レバーとペダルを動かしていく。
「…わかるか?」
「察するにこの<賢者の石>はパージル向けの<おかゆ>って事かな。」
実際問題に魔力が動力源とわかってもその構造がわからないワタシにはコレしか手段は無い。
そして、グランはハンスの説明にとりあえずの納得をみせ<賢者の石>を晶石の代わりにパージルへ戻すと計器類が灯りだし始めた。
座席下から響く駆動音が以前よりも鋭く、強くなっていくのが耳と肌で感じ取れる。
「セーフモードを解除。内臓燃料、動力コンデンサの充填が安定域なのを確認。」
「…やったぁ!」
成功の確信。
ワタシはついぞ、喜びの声をあげてしまうが、その時に何かの違和感、いやパージルと似ているが違う駆動の回転、振動が急激に全身を震えさせていた。
「…敵性ランクSを確認。危険。遭遇にまで時間がありません。緊急戦闘態勢に移ります。」
パージルは突如として警告を鳴らすと前方の外装が閉まり、ワタシは座席の上で状況が飲み込めないままに、パージルの内に映し出されたワタシの工房を目にする。
だが、瞬きを繰り返すたび、<それ>は噴き上がる土煙が飲み込み、四方八方へと砕けて瓦礫となる様としてワタシはその目に焼き付ける事となった。
「う、うにゃーーーーーッ!?ワタシの工房がーーーーーッッッ!?」