23-4.明日の別れ道
それからしばらくの間、ワタシ達は夢中で鉄板の上に広がる生地を次々と焼き上げては、ただただ頬張り続ける。
「ところで、<シュシュカナ>ってどういう意味なんだい?」
ハンスは一通り食べたのか、満足気に背筋が緩みだしては瓶の飲料を空にして、ふと思い付いたように質問してきた。
それは、自分も聞きたかったと言わんばかりの表情でグランもウンウンと首肯している。
「えーっと、確か西ドワーフの古い言葉で<冬の木の実>だったかな。」
「だったかな?そういや、ドワーフ料理なのに何か前にお前が出してくれた料理と語感が違うな、えーっと、ほら、ボ、ボル…」
ワタシは記憶を探りながら答えると、グランが首を傾げて疑問を投げかけてきた。
だが、グランの言葉は記憶から喉をに出てきた料理名を言葉に出来ず詰まってしまう。
「<ボルシチ>ね。あっちは北ドワーフ、母さんの古い伝統料理。それに由来の言語は古オルグ語。」
「お、おるぐ?」
ワタシが詰まるグランから詰まる単語を代わりに口にするも、グランは更に眉間へシワを寄せだした。
「<オーク>、<トロル>、<ゴブリン>の<鬼族>に分類される種族の事だよ。」
ハンスがそんなグランを見て助け船を出す。
「彼らは<覇王の時代>以前は大陸北東部の寒冷地に住んでいて、その時の使われた言語が古オルグ語。北ドワーフは彼らと交流があったんだろうね。」
「<鬼>…と言われても種族に共通点が見えないな。」
猪頭の獣人種とも見られるがそうではない<オーク>、体格が流線的で<鬼>という言葉には正反対で穏やかそうな<トロル>、額の角ぐらいが他種族として特徴の無い<ゴブリン>。
3種族とも確かに漠然とした見識の内では共通項を見いだせない。
ハンスの言うとおり、交流があったという事はそういう事なのだろうか? ワタシは2人の話を聞きながら考え込む。
「しかし、なるほどね。ボク達コボルドは東ドワーフとは長い付き合いだけど、その辺りは聞いた事は無かったな。」
「ヒューネスはそこら充で見るけどよ、ドワーフってそんな各地に分布されるほどなのか?」
「そりゃあ、<ヒューネス>、<エルフ>、<ドワーフ>、の<人類種>と呼ばれる種族は他と人口比がまるで違うからね。ヒューネスはその中でも更に多い方さ。」
ハンスはグランの問いに肩をすくめながら答えた。
「ヒューネスは人口の多さから各地に広がっているけど、種族としての国家を古くから形成しなかったが故にドワーフは各地の多種族と交流する事で分布されていったんだろうね。」
「エルフはそのどちらでもなしってか。たしかに大陸西部の中央地区の滅びた大国の古い街に多いな。」
ハンスの説明にグランは納得した様子で腕を組んでウンウンと相槌を打っている。
「…あれ?…となると、ミウル、キミの種族は…?」
ハンスがハッとした顔でワタシの方へと向き直り、少し探り探りを混ぜた口調で訪ねてくる。
視線とその言葉にワタシは一瞬息を飲むが、ゆっくりと口を開くと小さく溜息を吐き、言葉を返した。
「…ワタシは父がエルフで母がドワーフのあいのこ、混血です!」
「あぁ、ゴメン!その…」
ワタシの言葉に、ハンスは慌てて謝罪を口にする。
「別にいいです、もう慣れてるし。」
「混血で<母性遺伝>が弱い事には驚く事なんだけど…。あはは、でも、グランを知ってるとね。」
ワタシは首を横に振ると気丈に振る舞い、ハンスは苦笑しながらフォローを入れてくれた。
そして、彼はワタシから視線を外すとグランが見つめている。
そのグラン、見た目はただ普通のヒューネスだが、その実は不死身の身体を持つ言ってしまえば謎の生命体だ。
<ウィザーク>とはビルキースさんが断定しているそうだがそれも本当かどうか。
そう考えると彼の心情等に比べたらワタシの悩みなんて然したるものじゃないのかもしれない。
「…お前が思う程に世間はその容姿を気にかけてないって、少しは理解したか?」
「べ、別にそんな事は…」
彼の何時もの皮肉が効いた言葉にワタシは思わず口を尖らせた。
「ハンスぅ~、こいつよぉ~、今年中で24にはなるっていうのに、自分が細身でちんちくりんなのやたら気にしててさぁ…」
「いや、彼女が気にしてるのは多分そこじゃなくて…。え?ボクより歳上…?」
グランがニヤつきながら余計な事を口走り、それをハンスが宥める様に制止するが、最後の方は驚愕の声を漏らす。
「…2人共?具材はまだたっぷりあるから、残さずにどうぞ?」
ワタシは鉄板に残った生地を次々に丸め、2人の皿に盛り付け、1つずつ彼らの口に押し付け笑顔で2人に問い掛ける。
「「…ひひゃきまひゅ。」」
2人は青ざめた表情を浮かべながらそう答えると、ワタシは満足そうに首肯するとまた新しい食材を手りだす。
その後は、鉄板の上で焼かれる生地の音だけが響いていた。
―――
「そ、れ、で。<心当たり>のゴーレムは本当にこの村の近辺にあるの?」
「まぁ、着けばわかるさ。それよりもだな、このシャベルも俺の費用持ちかよ。」
食後、ワタシ達はそのまま村外れまで歩き、そこから森へと入ると木々の間を抜けていく。
グランは食後、店を出る際に購入したシャベルを片手に不満そうに担いではワタシ達を先導している。
「フフン、こういうの一度言ってみたかったのよね~。出世払いで!…お願いしてもいい?」
恨めしげな眼差しを送ってくるグランにワタシはウインクをしつつ、可愛く小首を傾げておねだりの仕草をすると、グランは長ーく溜息を吐きつつ、肩をすくめて見せた。
「まったく。ビルキースの下へ行く途中、路銀で苦労しない事を祈るばかりだぜ。」
ハンスも苦笑しながらに肩をすくめ、ワタシ達の後に続く。
…
暫く森の中を進むと、視界が一気に開け、そこには森の中では珍しく雑草が高く茂らない、拓けた場所が広がっていた。
「お、見覚えがあるし、コンパスにも反応があるな。ここだここ。」
グランは手にしていたコンパスを眺めては、この場所に間違いが無い事を確認し、シャベルを地面へ突き立てる大声で呼びかけ出す。
「<パージル>!聞き取れているかパージル!身体を起こせ!」
だが、周囲に変化は無く静寂だけが広がった、かに見えた。
「地面が僅かに盛り上がった?」
間をおいて地面にヒビが入ると、その隙間から土塊が剥がれ落ちるが、以降は変化が起きない。
グランはくしゃりと後ろ髪を掻き毟り、その周囲を掘り起こしだし、しばらくするとハンスが変わり、そしてまたグランへ変わる。
2人が交互にも掘り返していくと、やがて地中に埋まっていたソレの姿が現れた。
「よぉ、調子はどうだ?パージル。」
グランが掘り起こした、巨大な卵に手足が生えたような形状のそれは、確かに<ゴーレム>といえばゴーレムらしい姿だ。
「…」
全長は2身程、ゴーレムとしては小型だが金属の装甲を纏う様はどちらかというと<オート・マトン>に近い。
そして、グランが表面を小突いていると、ピシリと表面に光が走ると、その巨体が僅かに動き出し声を発する。
「ジジッ…。機体状況ノ確認ヲ開始、フレーム損傷15%、稼動駆体ノ内60%ガ使用不可。現状デノ内臓燃料ノ残リ稼働可能時間オヨソ400分。」
「こ、これはもしかして<アンダード・ゴーレム>!?」
ハンスが驚きの声を上げると、ワタシは首を捻った。
「なんだそりゃ、普通のゴーレムとは違うのか?」
「う、うん確か、その本領を発揮する為に操者を必要とする旧世代のゴーレムらしいんだ。ボクは文献で読んだ事があるくらいで実物を見るのは初めてだけど…」
グランが尋ねると、ハンスはやや興奮した面持ちで解説してくれる。
「…どうなんだ?」
「言語照合、当機型式登録ニ<アンダード>ノ単語ハミアタラズ。<アンダード>、不足、下位ノ過去形ト<古アールヴ>言語ニテ照合。」
<パージル>と呼ばれた、<アンダード・ゴーレム>の装甲を小突きながらグランがハンスの返答を求めると、彼はまた困惑した表情を浮かべた。
「不足、下位…になる、になった…ゴーレムとしては完全に自律稼動できないから後にそう呼ばれだしたって事なのかな?」
「旧時代の遺物のコイツから<古い>って呼ばれる<古アールヴ語>はどれだけ古いんだよ…」
ハンスは考察に頭をひねり出し、グランは別の視点から呆れた言葉を零しだしだす。
「それで、出してみたはいいけど、どうする、直せるのか?」
「いや、そもそも、どうしてこんなゴーレムが此処にあるのよ!?」
以前、グランはワタシが廃屋を勝手に利用し、自分の工房にした事へモラルを問うような事言い放ったのを思い出す。
「あー…、ここよりちょーっと離れた遺跡で、まぁ、偶然にも見つけてな。コイツ自身を動かして運んでいたんだが、途中から動きが悪くなってよ。」
その態度に彼も気付いたのか、ワタシからの視線を逸らすと引け目を見せながら口を開く。
そうしてワタシの視線から逃げるよう、パージルの後ろに回りだしては何かをいじりだし始めた。
「あ、それはもしかして以前の鉱山での晶石かい?」
「コイツ自身が高純度の魔力体が必要だって言うからな。更に後でビルキースにも診てもらって入れてみたんだが…。変化殆どねぇな。」
パージルの背中から何やら水晶体を取り出し、グランは陽にかざして変化を探る。
「当機ノ機能デハ、導入サレタ物質カラ魔力リソースヘノ変換率ハ推奨レベルニ達シデキマセン。」
「…砕いて砂状にでもすればよかったのかね?」
だが、パージルの言葉に自分の働きが徒労に終った事を悟り、グランの表情は卑屈に笑っている。
「うーん…、燃料媒体の形状が問題なのかな…?ともかく、ワタシの工房に行けば…」
ワタシはゴーレムの正面に立ち、見上げながら思案を巡らせた。
「ねぇ、えーっと<パージル>だっけ?さっきの言葉なら少しは動けるのよね、ワタシの工房までそこまで距離は無いから動いてもらえる?」
「当機ヘノ誘導指示ヲ確認。搭乗者登録、継続、起動コール、アリ、司令部ヘノ応答、ナシ。提案ノ判断ニハ起動コール者カラノ譲渡ヲ要シマス。」
ワタシはパージルに手を振れ立ち上がる様に促すが、どうやら特定の者の命令でしか動こうとはせず、機械的に応えてくる。
「あぁ、俺の事か、俺はいいぜ、ついでに今後はミウルの言う事を聞いてくれて構わないぞ。」
そして、<起動コール者>、その言葉に何かを思い出したようでグランはパージルの装甲を再び小突いて私の提案を通すように返す。
「起動コール者カラノ権限譲渡確認、了解。起動コール者ヲ更新シ、誘導、誘導ニシタ、シタガガ…」
だが、パージルは途中から音声が詰まりだすと身体から白い煙をあげていく。
―――バクンッ!!
パージルは音を立て、前のめりに倒れたかと思うと、身体部が前と後に割れる。
その中身はがらんどう、目立つものと言えばいくつかの計器類と椅子が1つ備えられているだけであった。