23-3.明日の別れ道
叔父はすぐさま、封の中から手紙を取り出しては食い入るように読み始めた。
ワタシは肩をすくめグランへと目をやるも、彼も肩をすくめて首を横に振るだけで何も語らず、もう1つの手紙を受け取るように促すだけだった。
渋々ワタシは手を伸ばし、グランからその便箋を受け取り中を開く。
以前、確かにグランからワタシをビルキースさんの下で働いたらどうだとは誘われたが、まさかこんな形で当人から呼び出されるとは寝耳に水だ。
そして、その文面には丁寧な挨拶等は書かれておらず、ただ簡潔にワタシを呼ぶ言葉だけが書かれていた。
―――ミウル殿へ、貴女がもし私の下へ訪れるのであれば、下記の課題を突破し、来られよ。
以降はその課題らしき内容だけが記されており、日時がサインが記されているだけであった。
「しっかし、手触りだけでよく誰が打ったかなんてわかるな。ただの小札板だぜ?」
「…そうでござるか?拙者達のカタナこそ、刃の砥ぎ、鋼の粘りの有り様で刀匠が解かるほどでござるが。」
「まさに職人の業ってやつなんだね。」
男3人は叔父が鍛冶師を言い当てた事に感心しているようだが、その当の叔父は手紙を読み終えたようだったが作業台に向って俯いたまま黙りこくっている。
それにしても、叔父に兄、兄弟が居たとは知らなかった。
だが、それは叔父が家族の事、妹であるワタシの母ですら話そうとしなかった事もあるかもしれない。
ワタシは手紙を一通り読み終えると封筒に戻しつつとりあえずは息を整えた。
…
「おい、サブラヒの…」
「ソウシロウにござる。」
作業台に俯いたままの叔父の声にソウシロウは返事をすると、叔父は顔を上げる。
その表情は何か険しさが滲み出ており、大きく溜息を吐くと、口を開きだす。
「そのカタナをオレに預けろ。形と重さくらいは違わないモノを打ってやるよ。」
「…じゃあ、窯の準備してくるね。」
叔父がそう言い放ち、ワタシも手紙の事は一旦保留にして外へ向かおうとした。
「…いらねぇ、今日はオレだけで打つ。むしろお前は邪魔だ、明日まではそのまま自分の工房で過ごしてな。」
「へ?で、でも。」
だが、叔父から発せられたのはワタシへの拒否であった。
「…お前に見せられるワザはねぇ。いいから行け。」
ワタシが戸惑うも、叔父は構わずに立ち上がり、カタナを受け取り奥へ向おうとしてしまう。
「御仁!拙者はこちらに残らせてもらってもよろしいか?何分カタナはサブラヒの魂故。」
「ケッ、迷いなく<折る>事を選んだヤツの台詞かね。…まぁいい、使い手のお前は残っていいが他は出て行け、近くでうろつきもするなよ。」
その言葉に叔父は舌打ちをしつつ、それでもソウシロウだけに居残る許可を出すと他には何もいわず姿を消してしまった。
ソウシロウはこちらに「任されよ。」と苦笑いを向け、他のワタシは不満を募らせ家を出て行く。
…
「なんなのよ!もう1人ワタシにおじさんが居るなら少しは話をしてくれてもいいじゃない!!」
叔父の家を坂道の上から眺めながら、ワタシは憤りを吐き出し足元の石を蹴り飛ばす。
鈍い感触と音と足先に痛みを残し、石は僅かに跳ねて坂を転がり落ちていった。
「…それで、お前への手紙には何て書いてあったんだ?」
隣に並び、尋ねてくるグランは特に気にもしていない様子だが、ワタシはその問い掛けに眉間にシワを寄せ彼を睨む。
グランはそれを見て、呆れた素振りで軽く肩をすくめた。
「当たるなよ。俺はお前を連れて来いって言われただけで、ここから先は何処に向かうか知らされて無いんだからよ。」
後ろ髪をくしゃりと掻き、グランは溜息を1つ漏らす。
そんな態度のグランにワタシは受け取った手紙を押し付ると、彼はそれを受け取っては中を開き、隣のハンスも覗き込む。
「…はぁ、なになに、課題?それでお前、コレを受けるのか?」
「…まぁ、興味は、ある。」
ワタシは、小さく肯きながらも言葉を濁した。
叔父の事もあるが、ワタシの力を些細でも必要としてくれるというのであれば、それに応えたい気持ちもある。
「じゃあ、俺とビルキースの下に向うんだな。」
「それは、まだ、ちょっと…」
しかし、ワタシはまだ決心がつかずにいる。
この課題を達成してしまえば、もう後戻りはできないような気がするのだ。
それに、あのビルキースさんの下へ赴けばきっと彼の様に場所を落ち着けた生活はできないだろう。
「…なんだよ、ハッキリしないヤツだなぁ。」
「なッ、前に誘ってくれた時はそんなに邪険な扱いしなかったクセに!むしろ、その、あの時に…」
「そら、今回は仕事だからなァ。」
ワタシが思わず声を上げて抗議するも、グランは涼しい顔で受け流していく。
まぁ、彼の性格を考えれば意を決しない今のワタシが気に入らないのは解る。
そして、意さえ示せばきっと彼は隣に立ってワタシの為に力を貸してくれる事も。
そう思うと余計に心苦しく感じてしまう。
「はは、グランってそういうところドライだよね…、ところでその課題には<ゴーレムの修繕>ってあるけど、ゴーレム自体は何処で用意するんだい?」
「あぁ、そいつはこの近辺に<心当たり>があってな、わざわざこの村に向わせたのも合点がいく。で、後はお前の返答次第なんだがね?」
「…そこは、…やっぱり、今日だけは考えさせて。」
ワタシがどうするか迷っていると、グランの追求からハンスが話題を変えてくれた。
だが、まだ定まらないワタシの返事にグランはまた溜息を吐くが、ハンスが彼の肩を叩くと頭を掻いて諦めたように首を横に振る。
「まぁまぁ、とりあえずは出来る範囲で課題の処理から始めてはどうだい?」
「しょうがないな、どっちせよ課題のクリアがビルキース御眼鏡の分岐点か。わかった、ゴーレムの場所まで案内するよ。」
ハンスがそう提案すると、グランは妥協点を落とし、ハンスはワタシにニコリと微笑み返してくれた。
「…さて、なら向う前にミウル。大事な事を1つ言わせてくれ。」
各々が身支度をし終えると、グランが不意に真剣な眼差しをワタシに向ける。
「な、何?」
ワタシはその赤く爛々と灯る瞳に吸い込まれるような感覚を覚えつつ、思わずゴクリと喉を鳴らすと、彼は口を開く。
「腹が減った。」
―――グゥゥゥ…
間抜けな腹の虫の鳴き声に、ワタシとハンスはその場で身をコケさせた。
―――
「あら、いらっしゃいミウル。今日、旦那は仕入れに行って留守よ?」
「おはよう、シダガのおばちゃん。今日は仕事じゃなくて、食事をお願いしたくて…。奥の鉄板席借りていい?」
「んん~?ここは、前に引き回された雑貨屋の内の1つじゃねーか。」
ワタシ達は村の中心から少し外れた一角のある建物の前にやってきた。
そこには恰幅の良いおばさん、シダガさんの奥さんが立っており、彼女はワタシ達に気づくと声を掛けてくる。
店内は様々な雑貨、謎めいたお菓子や玩具が棚と壁にと所狭しに陳列されている。
まるで子供の遊び場のような空間だが、まだ開店間際なのかワタシ達以外に客の姿は無く、閑散としていた。
「あら~、最近見なかった赤マントとだけでなく、初めてのコボルドのおにーさん。もう、ミウルったら隅におけないわね!」
「そ、そんなんじゃないから!」
シダガさんの茶化す言葉にワタシは慌てて否定するが、そんな事は気にも留めずにグランは店に入るなり、早速並べられている商品を眺め始めた。
ハンスも苦笑いを浮かべつつも、彼に続いて入っていく。
「ふふ、はいはい。それで具材はどうするの?」
おばさんが注文を尋ねてくるのでワタシは2人に視線を向けて確認をとる。
「…こっちを見たってそもそも何がでてくるかわからんのだが?」
「大丈夫、特に好き嫌いはボクには無いから。お任せするよ。」
ハンスは特に問題ないと首肯を返し、逆にグランは眉間にシワを寄せて面倒くさそうに溜息を漏らす。
「じゃあ、具は川エビとベーコンで生地の混ぜ物は黒芋とチーズでお願い。」
「あいよっ。じゃあ奥で待っていて頂戴ナ。」
ワタシはおばさんに注文を伝えると、彼女はニコニコしながら厨房へと向っていった。
ワタシは勝手知ったる様子でカウンターから店の奥へ進み、途中慣れた手付きで保冷箱から飲料の瓶をとりだして2人に渡すと奥に向う。
「へぇ、卓上で調理するのかな?野営料理みたいだね。」
「…なんなのだ?この丸い窪みがいくつもある部分は。」
店の奥に1つだけある鉄板が敷かれたテーブル席を見てハンスは興味深げに見つめ、グランは不思議そうに鉄板に触れる。
「あれ?2人とも<シュシュカナ>は初めてなの?」
「「…<シュシュカナ>?」」
2人はキョトンとした顔で首を傾げ、ワタシの言葉を繰り返す。
「…ところで、支払いは?」
席につき、瓶の蓋を開けながらグランが訪ねてきた。
ワタシとハンスは何も言わずにただ、グランの方へ視線を向けて返事をする。
「また俺持ちかよ!…じゃあ紙幣払い…まぁ、この村じゃ無理だよなァ…」
「だってワタシは財布取る前に追い出されちゃったもの。」
「ボクは最低限の路銀しかキミとソウシロウから預り任されてないから…」
ワタシ達がそう言うと、グランは一気に瓶の中身を飲み込んでいった。
…
「はいよ、<シュシュカナ>お待ちどうさま。」
しばらくの後、シダガさんが具材と生地のボウルを手に戻ってくると、テーブル脇に並べ次にテーブル下部に仕込まれたコンロに火を点ける。
「後はいいわね?それじゃ、ごゆっくり。」
シダガさんはニッコリと微笑むと、ワタシ達の前から去っていった。
そして、彼女が去るとワタシは鉄板に油をひき、ジュウという音と共に香ばしく焦げた匂いが辺りに立ち込めて鼻をくすぐる。
「フフン、しょうがないわね~。ワタシが美味しい<シュシュカナ>の手解きを見せてあげる。」
「ま、代金俺持ちならそれくらいはやってもらわないとな。といっても俺らにはさっぱりなんだが。」
ワタシが胸を張って宣言すると、グランはやれやれといった感じで肩をすくめ、ハンスもクスリと笑っていた。
…
「はい、どうぞ、これが<シュシュカナ>よ。召し上がれ。」
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辺境村の地元シュシュカナ
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「生地を敷き伸ばすんじゃなく、球形なんだ。面白いね。」
鉄板の窪みに流し込み、焼け出した生地を串でくるくると丸め再度火を通すと次々と皿に乗せていく。
そして、その球体がボトルのソースを浴びる様をハンスは珍しそうにを見つめていた。
グランも前に置かれた皿に目線を合わせるとまじまじと眺めている。
「…どうしたの?」
「これ、ヒノモトで食った<タコ焼き>じゃん。」
ワタシが尋ねると、彼はポツリとその単語を口にした。
「…タコ!?タコって…空に上げるのじゃなくて、海のタコ?」
ワタシは思わず驚きの声を上げる。
「あぁ、具材にタコが入っていて。ソースの上から更に削りの出汁と海草の粉末をかけるんだ。他にもなんか赤い刻んだのとか…」
「そ、想像ができない…」
だが、ワタシはグランの言葉につい生唾を飲み込みゴクリと喉を鳴らした。
ともかく、無いものを言っていても仕方が無いので、まず物珍しさが先行し手をつけない2人に皿を勧め、自分の分を焼いていく。
「…どう?」
「うん、美味い、美味い。こっちは生地がふかふかで弾力があるな。これは結構腹にたまるぜ。」
「ははは、ついつい手が伸びちゃうから気をつけないとね。」
ワタシは不安そうに感想を求めると、2人は口々に褒めてくれて、グランは早速とばかりに次に手を伸ばし、ハンスも苦笑いを浮かべつつ、同じように食べ進めている。
その様子を見てワタシはホッと安堵を漏らすと自分の皿に手を伸ばした。
…