23-2.明日の別れ道
籠を弾けさせ、元の姿に戻ったこの赤いマントの男ことグランはしばし呆然としていたが状況を理解するなり長椅子を足蹴に立ち上がり、人差し指を天へ向ける。
「…完、全、復、活!」
そして、そのポーズのまま高らかに叫び、その様にその場の全員はただ呆れて唖然とするしかなかった。
すると彼の上着の殆どがずれ下がり、そこから肌がさらけ出されると彼はマントで隠せばいい事にわざわざ腰を捻り腕を畳んでその露出面を隠す。
「…いやん☆」
「ご、ごめんよ。」
それを目にしたハンスが何故か頬を染め慌てて顔を背け、他はただ無言であった。
しかし、彼が僅かの間に見せたその露出した身体は傷1つとして確認できず、本当に先程まで2つに分断されていたのが嘘であるようだ。
だが、であるなら、昔に彼がワタシの窮地を救ってくれた際の傷もあるべきである。
それが無い事にワタシは安堵するも、かつての弱さを思い出し、彼の身体から目を背けた。
「んばっ!?」
「はいッ!アナタが今までに忘れてきた着替え!鎧の小札板もこっちで縫い直してあげるから、渡す!」
ワタシはグランがふざけている間に奥から着替えを取り出すと、彼の顔に向けそれを投げつける。
「ったく、もうちょっと優しく渡してくれても…。だな…」
グランはぶつくさと言いながら顔面のシャツを手にした瞬間、今度はそのまま倒れこんだ。
「あ。」
「…毎度の傷が一遍に治った際に生じる過敏性でござるな。つまりは無事に戻った証にござる。」
ソウシロウは苦笑しながら、うんうんと頷きながらグランを見つめていた。
それは先の思い出した彼の傷の時と同じ、だがこれが<彼>が<彼>である証明という事に納得と安心を覚える。
「あ、あのなァ…」
グランは2人の手を借り起き上がると服を着替えはじめた。
ワタシは<真芯貫き>の感覚が冷めぬ内と判断し、鞘から残る刀身を出すと親指で軽く叩きながらその状態を診断しだす。
しかし、これがワタシ流の<真芯貫き>という事だろうか。
合間に叔父をチラリと横目にするも、叔父は横槍を入れる気配もなく、ただ腕を組み何時も通りの不機嫌そうな顔のままでワタシを見る。
剣としてはもはや無残なまでの姿に成り果てているが、その赤い刀身の煌きは失せておらず、感じ取れる<魂>も弱まることなく半身と同等。
これならば問題ないとワタシは安堵の息を吐くが、こんな状態で<魂>、つまりは剣が<イデア>を維持できている事に興味が湧きだす。
だが、このままにはしておくわけにもいかない、ワタシは唾を飲み込み、修復だけに意識を向ける。
「…いける。」
腰から何時もぶら下げている彫金用のハンマーを構え、ワタシは作業台に並べた2つに分かれた刀身それぞれに見立てた一点へ向け素早く打ち込んだ。
―――コン、コンッ……ッッ………………
するとワタシが打った箇所から2つの音が鳴り響き、共鳴がその場全員の耳を震わせた。
グランの剣、その赤い互いの刀身は内側から波紋を広げ光を放ち出し、ワタシがその断面と波紋同士を重ね合わせると光が更に強くなる。
断面から溶け合う、繋がり合う、ワタシの手の中で刀身が1つになっていくような不思議な感触。
やがて光が収まり、ワタシは両手をゆっくりと柄に回すと、そこには元の輝きを取り戻したグランの赤い石晶剣があった。
「…おぉ、これは見事。」
「…す、すごいや。」
その様子を見ていたソウシロウとハンスは感嘆の声を上げ、ワタシは剣の修復具合と実感した手応えにフフンと鼻を鳴らし、グランへ手渡す。
着替え終えて襟巻きを直しながら、彼は受け取った剣をまじまじと見つめ、何度か握り直し、構えたりを行う。
「…あぁ、以前の通りだ。」
そして、一言だけを呟いて剣を鞘に手にして収めるとマントの奥へと仕舞いこんでしまった。
「あ、り、が、と、う。は?」
ワタシはその態度に肘をグランの脇腹に打ち付け、礼の言葉を復唱させる。
「…あ、ありがとう…」
グランは頬を指で掻きながら長椅子にの2人に視線を気にしながらも例を述べだす。
「ご、ざ、い、ま、す。ね!」
「…んぐ。…ご、ござい、ます。」
ぶっきら棒に言い切る前にワタシは再度肘を打ち込み、その言葉を言い直させ、彼は渋々と続きを言う。
「どーいたしまして~。」
普段は皮肉と嫌味ばかりを口にするこの男に、こうもハッキリと礼を言わせる機会は早々ない。
それもあってか、ワタシは満足げに笑みを浮かべ言葉を返すと、グランは意味を少しは理解してか咳を払うとそっぽを向いた。
機嫌を良くしたワタシはこの<真芯貫き>に確信を持ち、自信が満ち溢れてくる。
そして、勢いに乗り、今度はソウシロウのカタナも直してしまおうと意気込んで手を伸ばした瞬間。
「ちょ、ちょっと!おじさん!」
「親方だ。コイツはお前でも、いや、今のお前だからこそ扱えねぇ。」
叔父は鞘に納まるカタナを目の前から取り上げ、ワタシの手が届かぬように拒む。
「なんで!?<真芯貫き>はもうワタシにだってできるのでしょッ?」
ワタシの問いに、叔父は首を横に振って否定の意を示す。
「お前達のさっきから言っている小難しい事はわからねぇけどよ、今コイツを<真芯貫き>で打てば元の姿のカタナには確実に戻らねぇ。」
「では、どうなるというのでござる?」
カタナの持ち主であるソウシロウの問いに叔父は眉間にシワを寄せたまま答えた。
「そうだな、<2本>の短い刃物になっちまうだろうな。」
叔父はそう言うと、ワタシを横切り、カタナをソウシロウへと手渡す。
「あの、ボクは鍛冶について素人も同然なのですが、その根拠は何故ですか?親方さん。」
手を上げ投げかけるハンスのその質問に叔父は肩をすくめて首を傾げて言葉を選んでいるようだった。
「簡単に言えば金属、鉱石で造ったものがよ、が、そのなんだってんだ、<魂>ってのがまず宿らねぇんだよ。」
そして、叔父は自分の頭をガシガシと掻くとその考えが纏まったのか口を開く。
「そうか。<精>の密集体である晶石は、微弱ながらもそれはある種<魂>、<イデア>の集合体でもある。だけど…」
「あぁ、ただでさえ金属に<魂>を込め宿すのは容易じゃねぇ。もし込められるなら、それは必然的に金属品として業物以上の代物なのさ。」
「拙者のカタナは確かに名刀を譲り受けたものにござるが…」
叔父は顎髭を撫でると、少しの間だけ目を閉じて考えると結論を出した。
「ともかく、この断たれたカタナの切っ先にねぇんだよ<魂>が。下手に<真芯打ち>をした途端に<魂>の残るか無いかの2枚の刃ができあがるだけだ。」
ワタシはソウシロウから彼のカタナを奪い取り、鞘から引き抜き、2つを取り出す。
「あ、危ないにござるよ!」
制止を無視した上、鞘だけをソウシロウに押し返すとワタシは指先でグランの剣のように探りを入れ、その違いを確かめた。
確かに叔父の言う通りにグランの剣と違いカタナの先端部分は違和感が残る。
呼応する反応がなく、冷たく静か、だがこのまま叩くには薄い氷を手に触れているような感覚が指先に走っていく。
そして柄の方は逆だ、強く粘り、熱く脈打つようなものを感じてしまう。
ワタシが2つの違いに呆然としていると、上から折れたカタナを摘みあげられた。
それは厳しい目付きのグランで、見下ろされながら彼はワタシから取り上げたカタナを鞘へと戻してはソウシロウに手渡す。
「ご、ごめんなさい。」
「いやいや、怪我をしないでよかったでござる。」
ソウシロウの顔は眉間にしわがよせられワタシを困った子供を眺めるような、それでいてどこか爽やかな笑顔だった。
ワタシは気まずさに俯き、反省するが、ふと先程のカタナの違和感を頭の中で比べ続ける。
「拙者のカタナ、どうしても直せぬでござるか。」
「残念だろうがな。最低限そのカタナを打った刀匠の技術、知識、工程を理解できなきゃオレは質は真似できても<魂>の扱いは知りようがねぇ。」
叔父は腕を組み直し、溜息を吐いた後、作業台の椅子に腰掛けては頬杖をつく、その言葉にソウシロウは肩を落とし項垂れた。
「ミウルに<真芯貫き>やつをやらせた後、おやっさんが新たに打ち直してもダメなのか?」
「それはそいつを材料にした別の剣になっちまうな。宿った<魂>は打ち直してる最中に消える。」
そして、続くグランの質問に叔父は顎髭を撫で付けグランの鎧の小札板を弄りながら答える。
「そして、ミウルが直せばそれは別物になった金属を繋ぎ合わせるだけだ、いずれ確実に折れ、残った<魂>も消える。」
ワタシは叔父から告げられる事実に自分の浅はかさを恥じ、唇を噛み締めた。
「…気ィ落とすなミウル。お前の持つ<ワザ>はオレ達ドワーフの古くせぇ<ワザ>でもこのカタナを打った刀匠の<ワザ>でもねぇってだけだ。」
叔父なりの励ましの言葉をワタシに発するも小札板を半ば無意識に選別しながら珍しくも慰める言葉をつぶやきだした。
「だがな、その<ワザ>は既にある技術、知識とは共有し合えたり、内包したものじゃねぇ。お前が今後もオレの元で腕を磨くってなら肝に銘じておきな。」
叔父の言葉にワタシは黙ってコクリと肯く。
だが、それはワタシの今後にも対し釘を打ち込む一言でもあった。
「…しょうがねぇな!おい、サブラヒ。こいつの小札板を用意してやるついでのサービスに剣を一振り打ってやるよ。」
そして、空気が重く沈み出していく様に叔父は嫌気がさしてきたのか大きく溜息を吐いた後に声を上げた。
「よ、よいのでござるか?」
ソウシロウは驚いた様子で叔父を見上げると、叔父は苦笑混ざりに歯を見せ笑う。
「フン、この村の農具の打ち直しばかりじゃ腕が錆付いちまうからな。たまにはいいだろう。」
しかし、照れくさそうに叔父は頭を掻き、鼻を鳴らしながら小札板の1枚を手にしたその瞬間であった。
叔父の表情が突如何かに摘まれたような、仰天とした顔付きとなる。
それから今までに触れた小札板を掴んでは探り直しだしていった。
「…グ、グラン、お前…。お前、アニキに会ったのか…?」
「あぁ、まぁ、俺達が訪れた理由の1つがそれさ。」
グランは腰から封筒を取り出し、1つ作業台へ静かに置き、それからもう1つをワタシの目の前に差し出してくる。
「理由のもう1つが、ミウル。…ビルキースがお前を呼んでいる。」
…