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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
104/232

23-1.明日の別れ道

 ここは外客などまず来ない辺鄙な村の鍛冶屋であるが、今朝早々から珍妙な来客が3人訪ねてきた。

1人は異国風貌、東方の島国に住む額に2本の角を覗かせた種族、<ゴブリン族>の何処か爽やかな青年で名をソウシロウという。

もう1人は眼鏡をかけた魔術師、学者風なローブ姿、犬頭の種族、<コボルド族>で彼はとても温厚そうでハンスと名乗った。

「はい、お茶をどうぞ。」

「かたじけない。」

「どうもありがとう。」

ワタシは半ば物置の台座になりかけていた壁際の長椅子に座る2人にカップを差し出すと、2人も軽く頭を軽く下げてそれを受け取る。

そして最後の1人、<コイツ>はいわゆる馴染みの客であるが、ここ最近はずっと姿を見せていなかった赤い襟巻き、赤いマントに身を包む男。


「おい、ミウル。何で俺にだけ茶を頭に置くんだよ。」

「あら?大道芸の練習でもし始めたのかと思って、手伝ってあげたみたんだけど?」

その男は久しぶりに姿を見せたかと思うと、足先を上へ向け、一見二つ折りで畳まれた様な状態で背負い籠に<詰め込まれて>いた。

一見、そう、折り畳まれているならまだしも、その姿は籠の中で上半身と下半身が180度以上ねじれていなければ成り立たない姿である。

ワタシは彼、グランの<不死身>を数度と見たが、今の姿を見て今日まで来訪が途切れていた事への心配が呆れを通り越し、つい悪態に出してしまう。


「お前が<不死身>だってのは聞いてるがよ、こうもふざけた姿のままでお目にかかるとはな。」

作業台とその椅子に座るワタシの叔父であるゼルゴは、頬杖をつきながら彼に声を掛けるが、珍しくも何処か楽しげな表情を見せている。

「…それで用件は何だ?<何時もの>を受けても、依頼が途切れてた期間の上に冬直前の今の時期じゃお前のボスへ量を発送できるか分からんぞ?」

一通りに笑い終えると、叔父は彼のこの異様な様に深くは追求せず、茶を一口つけるといつも通りに仕事の話を始めだす。

叔父にとってはこうして彼の今の姿よりも来訪が途切れ、依頼のタイミングがずれる事の方が珍しく、仕事への支障の方が心配のようであった。

冬になればこんな辺鄙な村はたちまち悪路となり、行商人がやってこなくなる。

そうなれば、彼が持ち込む素材を加工する為に必要な材料の仕入れ、納品の発送も出来なくなってしまうのだ。


「あー、っとその前に…ですね、別件で1つ頼み事をしても、よろしいでしょうか…?」

そして、籠から頭を覗かせる彼はバツの悪そうな顔をしては言い辛そうに口を開く。

その馴染みない、不自然な彼からの下手に出る物申し方は、叔父だけでなくワタシにも視線が向けられた。

叔父は黙って続きを促すと、グランは横の2人に目配せをし、彼らはそれぞれの持つ剣を叔父の作業台へと置く。

一振りはソウシロウという男の腰から抜いた、いわゆる<カタナ>という彼らゴブリン族の国、<ヒノモト>を代表するような刀剣だ。

そしてもう一振り、それは鞘こそ始めてみたが、その刀身に対して長い柄と鍔の無い形状から以前ワタシが修復し改良したグランの石晶剣だと分かった。


嫌な予感がしたワタシは彼へ睨むように目をやると、グランはワタシからの視線を咄嗟に逸らす。

「ミウル。」

叔父の呼びかけにワタシは渋々といった様子でグランの石晶剣を手に取り、叔父はカタナを手にしては引き抜く。

鞘から姿を見せた刀身は互いに途中から折れており、残りは鞘に収まったままだ。

しかし、不思議と断面は綺麗であり、折れているとはいえ刃こぼれひとつしていない。

それは<折られた>、といよりは<断たれた>という言葉がしっくりくるような印象を受ける。

叔父はカタナを手にした事よりもその鋭利過ぎる断面に驚き、息を呑んでいた。


対し、ワタシは剣を台に置くと溜息をながぁ~~~っく吐きながらグランへと向うと、彼の前にしゃがみ込む。

「あヂぢぢぢ!!アッツッ!!熱いッ!熱いんですけどッ!!」

そして、彼の頭上のカップを手にし、目を逸らし続けるその顔面へワタシはカップの側面を押し当てた。

「あ、れ、ほ、ど、大事にしろと言ったでしょうがッ!このスカポンタンッ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

ワタシの仕置きに悲鳴を上げながら籠を暴れさせジタバタともがくグランを見てか、隣に座るハンスが慌てワタシを宥めてくる。


「…そもそも何でそんな野菜売りの背負い籠みたいに入ってるのよ。早く<不死身>らしく身体をくっつけちゃえばいいじゃない。」

「それができないからこうして籠に詰められてるんじゃねーかよ…」

カップを押し当てられた場所をさすり、涙目に成りながら文句を言うグランにワタシは呆れて物も言えなくなってしまう。

冷静に見れば、身体を上下に分割され籠に詰められているなど猟奇的な姿である。

「…なんだよ。」

「別に、なんでもない。」

「俺の断面でも見る?」

「見たくないわよっ!」

だが、彼はこうして平然と会話をし、またそれに対し普通に受け答えする自分に気付き、ワタシへ軽く目眩が襲った。


「…それで一体どうやられたんだ。」

一方で叔父はカタナの切断面を睨み続けており、眉間に深い溝を作りながらグランへ問いかける。

「おじさん、ダメよ!こんな常識外れのヤツの話なんか聞かない方がいいってば!」

しかし、叔父は断面を指でさすりながら、完全に職人としての冶金眼になっていた。

「ここでは親方だと言ってるだろ。何らかの刃で断ったとしても断面の何もかもが均一、是非どんな手段か鍛冶師として興味があるな。」

カタナとグランの剣を見比べながら話す叔父の目はキラキラと輝いている。

その叔父の姿を見て、グランの横に座る2人は互いに顔を向けた後、この村へ訪れる前の話をし始めた。



「…それじゃあこの両方の剣、と、ついでにこのバカはその相手した<異能>ってので断たれたって事?」

「バカとはなんだよ!バカとは!」

ワタシの言い様にグランは籠の中で暴れ抗議をするが、無視して話を続ける。

「ウム、身の丈程の大剣なれど、ヤツからの剣戟事態は拙者のカタナも赤法師殿の剣でも受け止められていたでござる。」

ソウシロウとハンスは、先の戦闘について順を辿りながらワタシ達へ説明をしだしてくれた。


「…あぁ、俺も最後に出してきた突きの切っ先はできるだけ相手を伸ばして剣で受け止めたはずだ。だが、それがこの通り身体の方からバッサリよ。」

そして、グランは剣が両断された時の事を思い出しているのか、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「んー…、でも連続して使えて、しかも触れただけで斬れるのでしょう?だったらイチイチ剣をぶつけ合わず、初めからその<異能>で斬っちゃえばいいのに…」

ワタシは疑問に思った事をありのまま口にしながら、カタナを眺める。

その刀身は美しく光を反射させており、鍛冶師としては未熟なワタシですらそこらの武器でコレが容易く破壊できるとは感じない。


「なるほどな、<真芯貫き>か。」

「…ましんぬき?」

叔父が何やら納得し、口にした言葉に聞き覚えのない単語にワタシ含めて他4人は首を傾げる。

「金属の鍛錬や石切りの時に使われるワザみてーなもんでよ、物体を叩いて衝撃を通す事でその<芯>を探り出すんだ。鍛冶師が普段鉄を鳴らすのはコレをやってるわけだ。」

「それって不純物を取り除いたり、密度を上げるものじゃないのか?」

「それは鍛冶師にとっては<当たり前>の工程だ。<ワザ>じゃあねぇ。」

グランの言葉に叔父は首を振る。

「え、そんな言葉初めて耳にするんだけど!?何でそういうのを普段から教えてくれないのよ!おじさん!」

「ここでは親方だっつーてんだろうが!それにこういうのはなァ、目で見て盗むモンよ!」

ワタシの言葉に叔父は胸を張っては自慢げに語るが、何か誤魔化しているような気もしてしまう。


「フム、全てを断つ一撃必殺を確実に命中させる為となれば、その<真芯貫き>を用いるなら、まま、筋も通るにござるな。」

「でも俺は剣で防いだぜ?それに途中ハンスの投げた小石だけが<異能>にかかったろ、だったら剣だけが折れるべきじゃねーのか?」

一方、長椅子の3人は1つのヒントから考察を話し合うが、グランは納得していないようであった。

「それはおめーが<剣を手にしたお前自身>として1つに繋がっていたからだろ。お前の<芯>を起点としてその<異能>とやらで断ち切ったんじゃねーか?」

叔父はカタナを鞘に納めると顎髭を撫でながらグランへと応え、隣に座る2人も更なる思慮にふける。

ワタシも彼等のやり取りを黙って見つめるが、正直よく分からない。


「…確か<異能>らしい<異能>は<空間>に作用するものだと、以前カルマン殿と赤法師殿は申してござったな。なればあの女の<異能>も<空間>を操るものとすれば…」

「あー、じゃあ俺の身体がくっつかないのは身体自体より<芯>を中心に<空間>から断たれてるって事になるのか?でもそれが繋がらない理由になるか?」

「そうか!グランとしての肉体は両断されているけど、それは<空間>の干渉によるもので、キミの幽体としては繋がったまま。それで<イデア>の誤認が起きているのか!」

ハンスの言葉にグランは眉間を歪めて首を傾げるが、ハンスの説明に出てきた<イデア>という単語にワタシは理解が深くなった。

「…えーっと、まぁ、要するに、どうすれば繋がるんだ…?」

「今のお前の<芯>を再度打ち抜いて刺激を与えれば、元に戻るんじゃねーか?」

今度はグランの石晶剣の切断面をなぞりながら叔父が言う。


(…しかし、そうなってくると。)

ワタシは<イデア>という単語を耳にした途端、再度グランの傍に立つと、目を瞑ってカップで彼の頭小突きだす。

「あ、おい、こらっ、やめっ!」

小突く音とカップの感触から感じられる何らかの波紋、その中で揺るがないものをワタシは感じ取ると、少し強く<そこ>へ伝わるようにカップを振り下ろした。

「アダッ!!」

そして、グランの頭から星と叫び声が飛び出て、彼がワタシを睨むよりも早くにその身体に変化が起きだす。


まるで感電したかのようにグランの身体は振るえ、その元々刺々しい雑草のような黒髪が逆立ちだした。

次の瞬間、彼が詰め込まれていた背負い籠が破裂すると長椅子にもたれかかる姿勢で元の姿を取り戻し、外客の3人は突然の事に呆気に取られる。

「あれ、こんなに簡単にできちゃっていいの?<真芯貫き>…」

「…教えなかったんじゃねぇ。お前はとっくにできてたんだよ。」

叔父に向かって首を傾げて探るように尋ねると、叔父は肩をすくめながらもワタシの頭をワシワシと撫でてきた。


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