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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
103/233

22-4.断つ、繋ぐ

 ハンスは分断されたグランの上半身に駆け寄ろうとするも、そのとき屈強な女は大剣を勢いよくその場に突き立て、遠くながら阻んだ。

激しく音を立て飛び散る砂利と小石にハンスは一瞬臆し、その場に立ち止まってしまう。

「ホラ、ダメだよ近付いちゃ。ソイツが本当にアタイの探してる<不死身の赤マント>か確認しなきゃいけないからね。」

女はニヤリと笑い剣を引き抜き、ゆっくりとグランの下半身の脇を横切っては吹き飛んだ上半身へ向っていく。


気を奮い立たせ、ハンスは止めてしまった足に後悔するもグランの元へと走り出すと女の前に立ち塞がる。

しかし、正面からみる女のその眼光は獲物を見つけた獣そのものか、一歩一歩と近づく度に肌を刺す様な殺気がビリビリと肌を震し思わず後へ下がってしまう。

「…待たれよ。」

女が口元をさらに歪め笑みを浮かべ近付き、その威圧感をハンスが耐える中、ソウシロウが静かに声を上げハンスの横に並び立った。


ソウシロウの凛とした佇まいと、静かなる言葉、それが女から放たれる気迫を押し返し、ハンスは息苦しさがなくなる。

そして、女は足をピタリと止めると2人を交互に見ては溜息をつく。

「…確かゴブリン族の剣士にはサブラヒってのが猛者が居るらしいね。」

女は大剣を肩に担に担ぎ直すと2人に向き直り、特にソウシロウへとその熱い視線を向けた。

だが、ソウシロウは女の問いに答える事なく、無言のまま腰の剣に手を添え、ただ女を見据えている。


「おや、アタイのような流れ者には口を開いてくれないのかい?アタイはアンタに興味がビンビン来ちゃってるんだけどねぇ。」

「…お主は何故、この者を付狙う理由があるにござる?」

ソウシロウは女の言葉に答えず、淡々と問いを投げつける。

すると女は肩をすくめ、大剣を下ろし立てるとそれに寄りかかるよう腕を組む。

「その赤いのがどうやらウチの弟を辱めに合わせたみたいでね。ま、身内の不手際によるケジメってヤツだね。」

女はそう言うと目を細めて、地面に倒れ伏したままのグランの上半身をちらと一別するとまた、ハンスとソウシロウへ視線を戻す。

その表情は先ほどまでの楽しそうなモノとは違い、酷く冷めたような感情の見えない顔であった。


「彼を、グランを襲ったのはそのオマエの弟だそうじゃないかッ!それを、そんな逆恨みでッ!!」

「アハハハ、悪いけどアタイはアイツ、弟の敵討ちとかはどうでもいいんだ。だけどまぁ、ねぇ?」

そういって女は大剣をゆらゆらと揺らす。

「弟はバカだが、弱くは無い、それにこういう得物を扱ってる以上、興味は出てくるだろ?ましてや<不死身>なんていう噂が立つほどのならさッ!」

女は言い終わると同時に大剣を振り回して抜くと、その勢いでハンスへと斬りかかる。



「…何ィッ!?」

しかし、大剣に手応えは無く、切っ先は空を切りつけ砂利と小石を再び跳ね上げた。

女の大剣にはソウシロウのカタナの鞘尻が押し当てられ、軌道を変えられていたのだ。

それだけでなく、大剣を引き戻させまいとそのまま地面にめり込ませ、押さえ込むようにしている。


女は舌打ちと共に両手で柄を握り締めると、渾身の力を込めて引き上げ、ソウシロウはそれを見越して縛を解く。

「やってくれるねぇッ!だが、いい勝負相手が釣れたもんだよ!」

不必要な勢いがつき、体勢を崩しながらも女は引き戻した大剣に引っ張られる形で後ろに跳び、着地する。

「…ここは任されよ。」

出来た間合いと隙に乗じ、ソウシロウはハンスの前へ、声を掛けるとカタナを抜いて構え、ハンスはグランのマントを掴んでは後ろへ引きずり下す。


「…まぁ、そっちはいいか。アンタを倒した後でもヤツに息があれば不死身。そのままトドメを刺せばいい。」

「…」

女はハンスとグランを覗き込みながら大剣を肩に担ぎなおすと、ソウシロウへと向き直り、次の瞬間には2人は互いの間合いに入っていた。


――ガチィンッ!!


2つの刃がぶつかる音は、川の流れる音を打ち消し、まるで鐘を打ち鳴らされたかのように響き渡っていく。

女の大剣に比べ見るからぶつかり合うには不釣合いな身幅、質量のソウシロウのカタナは、見事一撃を受け止めていた。

走り伝わる音と衝撃に女はニヤリと笑い、すぐさま大剣を引き戻し次撃を繰り出すも、ソウシロウの姿は無い。

そして、視界外からの殺気、冷徹な一閃を感じると慌てて大剣を縦て構え、ソウシロウの斬撃を受け止め、金属音が辺りを包む。


「こういう勝負はまず名乗りあうのがアンタの国では<礼儀>って聞いたけどね!」

「…野盗風情に名乗る名はないッ。」

そう鍔迫り合いをしながら女は顔を近づけ叫ぶがソウシロウは眉一つ動かさず、ただ淡々と言い返す。

その言葉に女のこめかみがピクっと動いたのが見えた。

素早く大剣の柄をねじり、カタナの圧を弾き飛ばすと女はすかさず振りかぶった大剣を叩きつけるがソウシロウは既に後方へと飛び退く。

再び距離が離れ、互いに睨み合い対峙する。

「アタイの名はクラウディーネ=ダガーサンド!そして、この大剣ファットボーン・武神がアンタのそのカタナと首を貰い受けるよッ!!」

そう叫ぶと女は大剣を構え直すがソウシロウは名乗りを返さず、静かに刀を構え直す。


そしてまた、両者は同時に駆け出した。



金属のぶつかり合う、擦れ合う音が幾度も鳴り響く。

ソウシロウは女、クラウディーネの攻撃を紙一重でかわしながら、時に反撃を行い、その度に女は後退していく。

それはまさに戦いというより演舞に近く、ハンスの目にはただ2人が踊っている様に映っていた。

一見、攻めているように見えるが、その実攻守は逆転しており、ソウシロウの刃が僅か、僅かながら女の両肩、両腕に傷をつけていく。

だが、ソウシロウは額に汗を浮かばせるも涼しく冷徹な表情のまま、一方クラウディーネは苛立ちが募り始め、その表情は険しさを歪み始めている。


「…遊びは…!コレまでだよッッ!!」

業を煮やしたのかクラウディーネは大きく後ろに飛び、大剣を頭上に掲げると、腰を落とし地面を踏みしめた。

その眼光、瞳は怒りに満ち溢れているが、表情は苛立ち、険しさから再び楽しそうな笑みを浮かべ、ソウシロウは何かに気付く。

クラウディーネがとる新たな構え、それはグランの上半身を吹き飛ばした先の突進突きを繰り出そうとしている事に。


ソウシロウは突きに合わせた構えを取ったが、次の瞬間、クラウディーネはより大きく大剣を掲げてはこちらに向ってきた。

動きを読み違えた事にソウシロウは驚くも、大振りで隙の大きい攻撃では構えを変えるのは容易、構えを冷静に直し、大剣の軌道を見定めればいい事。

しかし、振り上げた大剣に合わせた構えを取った瞬間、ソウシロウの背筋に悪寒が走った。

「しまっ…」

直感が受けてはいけないと告げるが、動作を新たに移す猶予は既になく、ソウシロウへ大剣が迫る。


―――グライ、<オシレイション>…


その時であった、クラウディーネの身体には塵、砂が纏わり付くと動きを鈍らせ、大剣が振り下ろされるのを止めた。

次に空を切って何かがソウシロウの後ろから飛んでくると、それは大剣に当たり、甲高い音を2つ鳴らし撃ちあがる。

それは拳大の小石で僅かに空中を舞い、1つは<真っ二つ>に割れると地面に転がった。

それを見たクラウディーネの表情が何故か一瞬で凍りつく。


「ソウシロウ、それが彼女の<異能>だ!剣を掲げたら、その<次だけ>は打ち合っちゃいけないッ!」

2人はソウシロウの後ろへ目を向けると、手だけを向け倒れている半身のグランと、彼の襟巻きの一部をスリングにして手に持ったハンスの姿があった。

ハンスの言葉にソウシロウの中で合点が通る。

グランが両断される過程とその切り口、あの大剣と女の実力で出せるものにしては違和感を感じていたからであった。

「…タネを明かした程度でいい気に成るんじゃァないよッ!!」

クラウディーネは大剣を無理矢理に引き戻し、大剣を足元を力強く薙ぎ払い砂利と小石を弾き飛ばしながら再び間合いを離す。

そしてまた、大剣を頭上に掲げ、腰を落とし地面を踏みしめると、ソウシロウとハンスは迎撃の態勢を取る。


だが、クラウディーネは再び大剣を頭上に掲げ、腰を落とし地面を踏みしめる。

「ま、まさか!?」

「それじゃあ一撃がダメなら二連撃でどうかねッッ!!」

クラウディーネはニヤリと笑う。

だが、目と鼻からは血が垂れ流れ、先よりも禍々しい気迫が全身から滲み出ている。

恐らく自分の限界を超えた力を搾り出しているのが伺え、その姿にハンスは息を呑み、つい後ろへと下がってしまう。


―――オオオォォオォォォッッ!!


クラウディーネは雄叫びを上げながら突進する。

怖気づく事は無い、<異能>を帯びた大剣に石を2度当てるだけで済むのだ、そう自分に言い聞かせながら、ハンスはタイミングを合わせるべく目を凝らす。

しかし、ハンスの投擲した石は2つ中1つのみ、石は真っ二つに割れるが<異能>は切れず、ソウシロウへと振り下ろされた。

「獲ったッッッ!!」


―――パキリ…


クラウディーネの視界の先で何かが折れた音がすると、彼女は口角を上げては勝利を確信したが、その表情はすぐに驚愕へと変わる。

地面へ叩き伏せ、両断したのはソウシロウのカタナだけであり、ソウシロウ自身の姿は<その場>には居なかった。


「なっ!?何処に!?…!?」

突如クラウディーヌの手首からは鮮血が吹き出し、大剣を地面に落とし、その痛みにクラウディーネは膝をつき、慌てて腕を押さえる。

ソウシロウはクラウディーヌの横で既に腰に帯びたもう1本の短いカタナを抜き終えており、血を振り払うと鞘へと納めた。

「バ、バカな。サブラヒってのはカタナが命に相応しいものじゃ…。それにあの一瞬で、どうやって…?」

クラウディーネは驚きを隠せない様子で呟くと、ソウシロウは刀を納めては何も答えず踵を返す。


「拙者は殺気を込めたカタナを放り投げただけにござる。お主はただそれに反応しただけの事。」

「そ、そんな簡単なブラフに…」

そして、クラウディーネはソウシロウを睨みつけようとするが、すでに彼は折れたカタナを拾い上げ、服の乱れを直すと、ハンスの方へ歩み寄っていく。

「…さて、命までは取らん。死にたくなければ人里に戻り治療を受けるがいい。」

「な、情けをかけようってのかいッ!!」

それは会話というよりも一方的な通告に近いものであった。


「…なれば、そのままその場に留まるがよかろう。拙者は丁度得物がござらん故な、介錯はせぬ。」

「…チクショウッ!チクショウッッッ!お、覚えてなよ、この屈辱は…」

ソウシロウは一切視線を女には向けず、背を向けたまま言葉を投げる。

クラウディーネは悔しさを露わに歯軋りし、憎々しげに言葉を吐き捨てると自身の大剣に寄りかかるようにして立ち上がると先の霧の中へ消えていった。



「よかったのかい?」

ハンスは女の消えた方を見つめながら問いかけるが、ソウシロウは爽やかでありながら苦笑いだけで返す。

そして、折れたカタナを鞘に納め腰に帯びる、アレ以来仰向けに倒れ続けたままのグランの傍にしゃがみ込んだ。

「また酷くやられたものでござるな、赤法師殿。」

ソウシロウが手を伸ばし、グランもまた震える手で掴むとゆっくりと身体を起こそうとする。


「…あ、悪い。」

「?」

「まず俺の下半身、持って来てくれない?」

その成りから放たれる一言にハンスは思わず呆れた顔を浮かべ、ソウシロウは声を出して笑った。


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