22-3.断つ、繋ぐ
「…いやー、水が冷たいにござるな。冬の兆しを感じるにござる。」
川の水で顔を洗うソウシロウは気持ち良さげに伸びをしながら呟き、ハンスは荷物から手拭いを取り出しては手渡しそれを使う。
3人は馬車道の途中から川へと下り、砂利を踏み鳴らす音を軽快に立てながら川沿いを歩いていた。
「グランはさっきから何を探しているんだい?」
「…道中は何かしら食える実が成っているんだがな。今回はさっぱり見つからん。」
ハンスは長い細枝を上に向って振り回しているグランへ尋ねると、彼は少し残念そうな顔を浮かべて枝を放り投げた。
崖の側面から伸びる木々には確かに実があったような跡は見受けられるが、今はどれも葉を落として寒々しい印象しか与えない。
「冬眠を控えた動物達が食べてしまったのかもしれないね。」
機嫌悪そうに後頭部に手を回し、先へ進んでいく赤いマントの背を眺めつつハンスはクスリと笑みをソウシロウと共に後を追う。
「しかし、かれこれ二刻は歩いているにござる。随分と長く川を歩くにござるな。」
「あぁ、止まらず歩いて昼過ぎくらいはこのまんま。」
「ず、ずっとこの調子なのかい?」
2人は途切れぬ川の先の先の霧を見つめ、その先に待つであろう目的地を思い浮かべてか苦い表情で顔を見合わせた。
「そらー、もう、退屈も退屈で退屈な道のりよ。だから何か気を紛らわすものが必要なんだよ。飽きて足を止めたらそれだけ遅れるだけだからな。」
「…なるほど。これだけ見事な渓流だというに釣り人と一切すれ違わない道理も頷けるにござる。」
ソウシロウは辺りを見渡して納得すると、グランは皮肉を込めてはニヤリと笑って見せた。
「…つー事で、何か足を止めない程度に面白い話でもないか?」
「では、赤法師殿が先に述べた<ちょーっと変なヤツに絡まれた>話を聞かせてくだされ。」
ソウシロウは門の前で耳にした事に興味深々といった様子で尋ね返すと、グランは露骨に嫌そうな顔を見せだす。
「はぁ?俺が喋るのかよ。」
ハンスも興味があるのか、表情に出さなくとも目を輝かせては小さく何度も首を縦に振る。
「…仕方ねぇな。」
そして、グランは諦めたように肩を落とすと、溜息を吐き、頭を掻きながら話し出した。
…
「ははは、それで大食いと偽った饅頭の早食い勝負で、その緑な<異能使い>の男との戦いに勝ったでござるか。赤法師殿にしてはとんちを利かせたにござるな。」
「なんだよ。まるで俺が常に出たとこ体当たり勝負しかして無いみたいじゃねーか。」
砂利と小石が擦れ合い、乾いた音を立て続けながらハンスが相槌を打ちながら笑い、グランは口を尖らせる。
ソウシロウもカラカラと笑い、グランが言葉に詰まらぬよう上手く話題を振っていた。
「ち、違うのかい?」
「ハンス、お前もそんな風に思っていたのか…」
「ご、ごめんよ…」
ハンスの返答にグランは悲しげな目を向けると、ハンスは慌てて謝罪し、グランは肩をすくめて先へ進む。
「しかし、赤法師殿がそれ程大食らいとは存じなかったにござるな。」
「あぁ、ソレは<コイツ>に食わせられるからだよ。」
グランはその赤い襟巻きをつまみあげ、ソウシロウに見せつける。
だが、2人にはそれが何を意味するのか分からず、揃って首を傾げては頭上に疑問符を浮かべていた。
「このマントと襟巻きは取り外しできるが、どうやら俺の身体の一部みたいなものらしくてな。互いに器官や感覚の共有ができるらしい。」
グランは頭を掻きつつ、実演の為に携帯食の一部を取り出すと、自身の襟巻きの端に包む。
そして数秒の後、襟巻きを広げると僅かな残りカスだけが残されていた。
ハンスは驚きに目を丸くさせ、ソウシロウも感心する様にアゴに手を当てている。
手品のようと言われればそれまでではあるが、グランがそういったものを他人には見せない性格故に事実として受け入れざるを得ない。
「…なんとも面妖、そして四六時中、食事も襟巻きを巻いたまま、飯を口へ運んでいたのはそういう事にござったか…」
「いや?普通に食うときは襟巻きに飯を食わせてないけど?」
「…?」
「???」
「…?」
ハンスとソウシロウはこれまでにグランが襟巻きを脱ぐ、ずらしては食事をする姿を思い浮かべようと試みるが、どうしても思い当たらず同時に顔をしかめる。
その2人の反応に、グランもまた理解に対して差異が起きていると感じ取り、眉間にシワを寄せしかめた。
「え、えーっと。まぁ、つまりはマントが度々破れても元に戻っていたのは、キミの肉体と共有関係にあったからなんだね。」
ハンスは苦笑しつつ疑問を投げ捨て、ひとまず話をまとめると、グランは腕を組んでは大きく1度、深く首肯する。
「まったく、赤法師殿は摩訶不思議の千両箱にござるな。<異能>というものが霞んで聞こえるにござるよ。」
「なんだよ、別に伝説の武具だったり、パンや酒をひねりだす<奇跡>の類ってワケでもないだろうに、変な目でみやがって。」
「…マントと襟巻きの特異性はともかく、外見の赤いてるてる坊主姿は十分奇特にござる。」
ソウシロウの若干呆れた言葉にグランの表情はその襟巻き越しからでも分かるほどに険しくなっていく。
だが、ハンスが笑いながらとりなすと、その表情はいつも通りの皮肉めいた表情へと戻っていった。
「フム、だが<異能>。改めて振り返ると、ここ最近に頻繁と出くわすにござるな。」
「あの<巨大蛾>も<異能使い>が関わってたみたいだと…。あ、これは、キミの報告からのものだったね…」
<魔法都・レテシア>での一件を連想させてしまう言葉をうっかりと滑らせ、口を覆うハンスはグランの顔色を伺う。
「…イチイチしょげるな、足も話も進まないだろ。<異能>に関して<龍天楼>って所は何か掴んでたり共有できるものはないのか?」
視線こそ合わせようとはしないも、ハンスの言葉には気を悪くした様子もなくグランは問い返した。
「それは<賢者>様の調査する管轄で、ボク達は精々その手伝いに過ぎないからね…。あ、でも、<瘴気>と<異能>は何か関係性が有るんじゃないかとは言われてるんだ。」
「関係性?」
「うん、互いに作用しあうというか、引き合うとか、まだ眉唾な仮説段階に過ぎないけどね。」
ハンスは顎に手を当てて思考を巡らせると、ソウシロウも興味深そうに耳を傾ける。
「引き合うか…。赤法師殿、お主、拾い食いでもして<瘴気>を腹に収めた記憶はないにござるか?」
「なんでだよッ!」
ソウシロウの冗談めいた言葉にグランはツッコミを入れると、ソウシロウはまたカラカラと笑った。
…
その時、3人とは違う砂利と小石を踏み鳴らす音と共に、先の霧の中からこちらへ向かってくる人影が見えてくる。
「そういえば、門番の2人はここで起きた事を聞きまわっている人物が居たと申していたにござるな。」
「あの野郎が取っ捕まっているなら、大方その被害にあった行商人が賠償なり何なりで調査でも依頼してるんじゃねーのか?」
だが、何人にせよ、3人は警戒し、身構えた態勢をとっては相手の姿がはっきりとするのを待つ。
「ちょっとそこ行く旅人さん達。聞きたい事があるんだけどいいかい?」
霧の影が解け、その姿が現れてくるとそれは男顔負け、屈強という言葉の似合うガタイの良い女が1人、声をかけてきた。
3人の予想とは反し、相手の正体は女性であった事に少し拍子抜けしするも油断はせず向き直る。
金髪の鋭く尖った髪型だが後ろ髪や横髪は編まれており、その結わえ紐はどことなしか女性らしい細工が見えた。
しかし、何よりも目が行くのが彼女の背負う巨大であり無骨な片刃の大剣。
そして、軽装の革鎧等の使い込み具合からは手練れの雰囲気を感じ取れ、ただの女性ではない事を匂わせている。
「…悪いけど俺達は急ぎの旅でね、聞き込みなら人里を勧めるが?」
グランは2人が下手に動かぬよう、手をかざすと一歩前に出ては対応を始めた。
「あぁ、大丈夫、大丈夫、聞きたい事は1つだけさ。何しろ一目でビンビンときたからね。」
女は自身の<トサカ>を撫でると、息を大きく吐いてこちらに鋭い眼光を向ける。
「…アンタ、<不死身の赤マント>だろ?」
「イグニ、<ファイヤーボール>。」
女のその一言にグランは掌から札を2枚引き出すと躊躇なく、容赦なく魔法の言葉を吐き出す。
それに応えるよう、2枚の札が輝き散ると巨大な魔力の火炎弾がグランの前に現れ、女へと向って即座に射出された。
「グ、グラン!いくらなんでも即決がすぎるよ!?」
「十分。釣り人すら通わないこの場所、それにあの通りの悪い2つ名を態々<俺>に投げかけたんだぜ?つまりはよ…」
着弾し燃え盛る炎を見て、ハンスは慌てふためくも、グランの表情は冷静冷徹に赤い瞳を爛々と灯しては前を睨み続けている。
「件を探っている者は<異能使い>の被害者でなく。<異能使い>側の縁者、にござるか。なれば…」
「グランを探して…狙っていたって事かい!?」
僅かな糸口から手繰られていく考察。
それは事実であれ、なかれ、どちらにせよ、この出会いは偶然ではなく必然を物語る。
炎の中でゆらりと陽炎の様に揺らめきながら立つ女は、大剣を抜き放つと炎をかき消すように振り払うと、そこには無傷の女の姿があった。
「フゥゥ~~ッッ、随分とご挨拶だね。クククッ、いやいや、だが1ヶ月以上ここで張っていたかいはあったのかねッ!」
女は片手で大剣を振り回し、肩に担ぐと大きく一呼吸した後に大剣を振りかざし、女はその勢いに乗せて飛び掛ってくる。
「悪いが俺はアンタ程の執着も興味も微塵とそちらにはないんだがねッ!」
グランは咄嗟に剣を腰から引き抜くと身構え間合いを取る。
―――ゴガチッッ!!
グランの赤い石晶剣と女の大剣のぶつかり合いと砂利と小石が踏みが鈍い剣戟の音を立てた。
刃を受けず、大剣の横腹にグランは自身の剣の腹に小手を押し当てて女の斬撃を逸らす。
「ハァッ!!」
だが、女は大剣の勢いを殺すことなく、続けざまに繰り出される横薙ぎの一閃を放ち、グランはかろうじてそれを受ける。
「そうかいッ!でも、アタイはこのトサカビンビンになるくらいの興味があるのさッ!!」
女からは嬉々とした気迫が放たれ、大剣という得物とは思えない変幻自在の一撃がグランを追い詰めていく。
そして、女から放たれた突きをグランが受けたとき、違和感がグランの全身を走る。
次の瞬間にはグランは地に足を着けた感触が無くなり後方へと吹き飛ばされてしまう。
だが、軽い、吹き飛ばされる自身の重みがまるでない。
それに気付き、ぶれる視界を何とか女に向けると半分が断たれた自身の赤い剣が、その先には女とは別の<足りない人影>が映る。
「…何?」
膝が落ち、前かがみに崩れる人影に足りないもの、それは上半身。
つまりは今吹き飛んでいる自身がその<残る半身>。
「グランッッッ!!」
ハンスが叫ぶ己の名を聞き取ったとき、グランは砂利と小石の上に叩きつけられていた。