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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
101/232

22-2.断つ、繋ぐ

 馬車は街道を進み、潮風の香りも消え去った緑豊かな草原と林の中を通っていく。

幸い他の相乗りする乗客も居らず、3人は互い楽な姿勢で腰掛に座るが、2人と違いグランだけは2~3人分を占領し横になる。

『…不貞腐れているにござるな。』

『日は経ったとはいえ、アレだけの戦いの直後だからね。無理もないよ。』

ソウシロウとハンスは苦笑しながらも、グランを気遣ったのか互いに声を潜めて会話を交わす。

ナナリナの命は助かったが、記憶が戻るかどうかは分からないまま。

命が繋がっただけでも喜ぶべきなのだが、それでもグランの心は晴れる様子は見せなかった。


「彼女はどんな人だったんだい?ボクはあまり顔を合わせてないから…」

ハンスは出立早々に重苦しい雰囲気を変えようと、話題をソウシロウへ振る。

「拙者が会った時は明朗快活な娘であってな。赤法師殿を見るなりいきなり<だありん>と叫び、抱きついた程でござる。」

「ははは…じゃあ、ボクが始めて会ったときとまんまだね…」

「ハハハ、まぁ、そのときまでは赤法師殿は淡々とあしらっていたでござるが。」

「…そのとき?」

ナナリナがグランに対しての積極過ぎる行動を思い出しては懐かしむようソウシロウは笑いつ答え、ハンスはその様子に苦笑する。

しかし、ソウシロウの漏らした言葉に引っかかりを覚え、ハンスは聞き返し、ナナリナとの出会い以後を思い返してソウシロウは少し寂しげに目を細める。


「ウム、学院を訪れて時間が合う機会が減りだしてからは、互いに付かず離れず。そして、あの<巨大蛾>一掃の数日前からは急に収まりが妙に良くなったというか…」

ソウシロウの話を聞き、ハンスは考えるようこめかみに手を当てた。

ナナリナと初めてあったときのグランの様子は彼女に対し照れ隠しでなく、一線を引くような対応だった。

しかし、彼女が過労で倒れた際にはグランは真っ先に彼女を抱きかかえ、介抱をしたという。

<そのとき>、つまりはハンスの知るその後に何かがあった事は確かで、それは間違いなく良い変化であったに違いない。


「へぇ、…そ、そうなんだ。彼はもっとこう…人に踏み入れない、入れさせない雰囲気があると思っていたけど。」

目の前で不貞腐れて寝る男が自分の<龍天楼>への誘いを断られた後と理解し、ハンスに少し嫉妬のような感情が沸く。

「拙者が赤法師殿を始めて目にした時もそんな感じであったな。しかし中々案外、圧しに弱いところがあるようでござる。」

そう言って笑うソウシロウの言葉にハンスは意外だと言わんばかりに目を開き、同時に今までの事を振り返る。

だが、一方でその事を喜べない自分も居る事にハンスは戸惑いを覚えた。


「…圧し云々の前に、いきなり頭を地面に擦り付けて冒険者にさせてくれなんて言われる身にもなれよ。」

グランは寝返りを打ち、こちらを向きながら愚痴をこぼす。

「わぁッ!?お、起きてたのかい?」

「…普段から赤いでござるが。せめて何時もの覗く顔くらいは見せて喋ってくれぬか、赤法師殿。」

その表情は赤い襟巻きと赤いマントで繭の様になった姿で見えないが、僅かに覗かせる瞳から恐らく不機嫌そのものだとわかる。

「…当人が居ないような場所でする話を目の前に居る中で話すなよ。それに、お前は学院でイチイチ俺の事を覗いていたのか?」

ハンスは思わず視線を泳がせて言い淀み、ソウシロウは変わらず苦笑を浮かべていた。


「学院内の事を特に2人を気にしていたのは拙者にあらず、フラナ殿とエイミ殿の方にござるよ。」

「そ、そういえば、学院は急に出発する事になっちゃったね。ボクはシータにだけでも挨拶はしてきたけど…」

ハンスは慌てて話題を逸らすように話を振ると、グランは上体を起こし、寝て腐って居られない事に溜息を吐いた。

「何、ぬかりなし。エイミ殿から時間が取れたら一言でも手紙を出すようにと仰せつかっているにござる。」

ソウシロウは懐から封筒の束を取り出し、それをグランに見せつける。

「ケッ。イチイチ書いていられるかよ、手紙の代金が勿体無いぜ。」

「着払いで心配ないにござるよ。学院での赤法師殿の稼ぎで賄うそうにござる。」

「どっちにしろ俺の金かい!」

グランは舌打ちしながら悪態をつき、再び横になるとハンスは少し吹き出した。


―――


「それで、ミウルさん?の場所へはどう向うんだい?」

「んー?それより、お前はビルキースの向った場所にそのまま行けばいいんじゃないか?」

3人は一端乗り継ぎ馬車停で今の馬車から降りると、ハンスは今後の事を2人に尋ねる。

しかし、グランはハンスの問いには答えず逆に質問を返した。

ハンスの目的がビルキース当人であるならば、グランに連れ合って態々行き先を変える必要もないのだ。

「彼女が発つ以前は学院での仕事と引継ぎの準備をしていてね…。だからボクはキミに着いて行けばいいのかと思ってたんだけど…」

ハンスは少しバツ悪そうに頬を掻きつつ答えると、グランは面倒くさそうに鼻息を鳴らし呆れる。


「何だ知らないのか。てっきり事前にアイツが何か吹き込んだのかと。」

「なら赤法師殿が教えればよいのではござらぬか?」

「俺も知らん。」



「…ん?」

「おや…?」

「ア、アレ?」

互いに首を傾げると、ハンスは困ったように眉根を寄せ、グランは目を細め、ソウシロウは口元に手を当て、互い互いに考え込む仕草を見せると、ハンスは腕を組んで苦笑した。

最終的な目的地を3人誰しもが知らないことにソウシロウ、ハンス、グランは互いに目を丸くして顔を見合わせる。


「…そのミウル殿とやらをビルキース殿の下へ案内するのが今回の目的なのでござろう?」

「と、なると、ミウル宛てのこの便箋の中身に記されてるって事か。」

ソウシロウの疑問に、グランは腰の鞄の中から先程取り出した封書を抜き出しては見せる。

「…流石に中を見るのは気が引けるね。」

「ま、火急の案件とは言われて無いしな。とりあえずは目前の目的地へ野郎3人のんびり行こうじゃないか。」

そう言ってグランは歩き出すと、ソウシロウとハンスは目配せをすると肩をすくめては後を追った。


―――


初日は馬車に揺られたまま過ごし、馬車の通らぬ道に入る前の宿場で一晩を明かすと、翌日は早朝から移動を開始する。

3人は門の前で一旦足を止め、各々の身支度を整えては出発の態勢と確認しだす。

「…さて、ここからはミウルが居る村までの道はほぼ一本、途中の村は宿なんてものは期待できないが、まぁ、夜には着けるだろ。いつも通りなら…」

「はて、何やら含みのある言い方にござるな。」

グランの言葉尻に違和感を覚え、ソウシロウが聞き返すと、グランは気怠そうに頭を掻く。

「いや、何、前回ちょーっと変なヤツに絡まれたもんでね。」

そして、荷物を背負い直しながら後頭部の黒髪をくしゃりと掻き毟りながら苦々しく呟いた。


「あ、アンタは!どこからどう見ても赤い、あの旅人じゃないか。」

「へぇ~、運がよかったんだね。無事だったのか!」

その時、この町の門番らしき男2人がこちらに歩み寄りながら声をかけてきた。

「…どーも。」

嫌な事を思い出したついでにグランは2人の顔に対しても面識が合った事を思い出し、軽く会釈する。


「アンタが通ってから例の<赤マント襲撃>がぱったりと止んでね!あれ以来、他の旅人も安心して街道を行き来できるようになってるんだよ。」

「いやー、アンタもコレだけ赤いからてっきり襲われて最悪の場合は死んでしまったのかと思っていたけど、こうしてマシな姿で見られるとはね。」

「は、はぁ…」

2人は嬉々とした様子で話しかけてくるが、対照的にグランの顔色は面倒臭さが眉間に現れていた。


「あぁ、そうそう。その件について最近何やら聞きまわってたヤツが居たな。」

「そう、随分とガタイのいいねーちゃん!何でも<不死身の赤マント>を探してるだ何だってよ。まだここで酒と食料を買い込んでる姿を目にするそうだぜ。」

「わはは、居るわけ無いのになぁ~<不死身>なんてよぉ。あ、あぁ、もう通ってもいいぞアンタ達。気を付けてな。」

そう言い残すと、門番の2人は追い払う感じにこちらへ手を振っては雑談に笑い合いながら持ち場へと戻って行き、3人はただそれを見送るだけだった。



「…なぁ。」

門へ向い歩きながら、グランは後ろを歩くハンスとソウシロウへ振り返り声をかける。

「俺の<不死身の赤マント>って2つ名、通り悪ぎじゃない?」

件の<不死身の赤マント>の2つ名と当人を知る2人は互いに視線を合わせると、思わず吹き出してしまった。


―――


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