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運命の導き手

作者: ゐづみ

母校の文芸部の部誌に、OB枠で掲載されたものです。

 神様は機械で出来ている。

 宗教の事とかはよくわからないけれど、私達の神様は確かに存在して、今この瞬間も稼働している。電子頭脳、人工知能、スーパーコンピューター、呼び方はなんだっていい。重要なのは、私達がそれを神様だって信じているということ。

 私達が望めばいつだって、手元の携帯端末に神託が届けられる。知りたいこと、知るべきこと、知らなくてもいいこと、知りたくないのに知らずにはいられないこと、神様はなんだって教えてくれる。神様はすべてを識っていて、私達のあらゆる問いに対する解答を余さず用意してくれている。なにか聞きたいことがあれば、私達はただ端末に向かって問いかけるだけでいい。

 実際のところ、神託に記されたことが真実なのかどうかはわからない。機械が出した答えが正しいなんて保証はあるわけがないし、そもそも絶対的な真実なんて最初から存在しないのかもしれない。でもそれは大した問題じゃない。私達は神様の言うことはすべて真実なのだと信じている。私が生まれた時から神様はすでに存在していて、神託に記されたことは真実なのだという教育を受けてきた。実際、今までの人生の中で神託に誤りがあったことは一度もない。だから神様から告げられたことはすべてが正しくて、そこに疑いを挟む人間なんて誰一人としているはずがない。今までがそうだったのだから、これからもきっとそう。もし仮に神託に嘘が書かれていたとしても誰も気づかないし、気づいたとしても指摘しない。そうして私達は幸せに暮らしている。神様が真実を告げるのか神様が告げたことが真実になるのか、その二つはきっと同じこと。昔の人は私達のこういった態度を指して信仰と呼んだのだろうか。

 神様は機械なのだから、神託を導き出すのに何らかのプロセスを経ているはずだ。処理だとか演算だとか、そういう言葉で表されるようなプロセスを。或いは神託の正当性はきっとそのプロセスが保証してくれる。でもそれがどういったものなのか、少なくとも私は気にしたことがない。だからきっと他の人達も然程関心はないのではないか。人は車に乗る時にこれがどうして走るのか、仕組みを常に意識しながら運転するだろうか。アクセルを踏めば走る、それで充分。神様だってそうだ。聞けば答えてくれる。そしてそれが真実であることは、私達皆が知っている。それで充分。

 機械を神様と呼ぶなんて冒涜的だと、昔の人は怒るかもしれない。機械は人の手によって作られるもので、人が神を作り出すというのは確かに順序があべこべだ。神が人を創りその人が神を創ったのなら、その神はまた人を創るのだろうか。しかし残念なことに神様には物を創りだす力はない。神託を与える以外の機能を神様は持ち合わせていないのだ。それの一体どこが神なのか、神託を与えるだけならそれは神ではなく巫女ではないのか、そもそも何をもってして神とするのか。知らない人からすれば、疑問や非難は絶えず湧いてくるだろう。でも、そんなことを言ったところで仕方がない。特に神の定義云々の話が、この場合一番話題にする意味が無い。だって、そもそもそういうサービス名なのだから。

 『Guids of Destiny』、略してGoD。つまり神様。世界中に流通するあらゆる携帯端末にプリインストールされているアプリケーション。それが私達の神様だ。



「好きです。付き合ってください」

「うん、いいよ」

 即答だった。

 夕刻、廊下を歩くアキラくんを私は呼び止めた。下校時間からしばらく経っているので、辺りに人の姿はあまりない。窓から差し込む茜色が如何にもお誂え向きで、向かい合う私達の姿は宛ら青春映画のワンシーンのようだ。

 正直言って、断られることはないだろうと高を括ってはいた。けれどもいざアキラくんを目の前にするともしかしたらと言う気持ちが溢れてきて、少し緊張してしまった。柄にもなく、頬が少し赤くなっているかもしれない。

 それでも結果は案の定。私は密かに胸を撫で下ろす。

 入学式から一週間。高校生カップルが最も成立しやすいこの時期に、告白を断るような人間は滅多にいない。アキラくんもその例に漏れず、二つ返事で了承してくれたというわけだ。

 ふと窓の外を見る。グラウンドの端の方や駐輪場、校門前の歩道などあちこちに初心なカップルの姿が見て取れる。前途を祝福されつつ萌え出た瑞々しい恋の芽の数々。大輪の花を咲かせることが約束された、幸福の象徴達。私とアキラくんもあの中に加われるのだろうか。

 改めてアキラくんの方に向き直る。

 出会いは一週間前。クラスの自己紹介で溌溂と喋る彼の姿に心を奪われた。中学生の頃はサッカー部に所属していたという。そのためか肌が浅黒い。身長は高く細身で、でも腕や脚のしなやかな筋肉が適度に主張していて男らしさが感じられる。なにより顔がとてもかっこいい。私の好みに抜群に合っている。一目惚れだった。

 あと少しでも告白が遅ければアキラくんが他の誰かと付き合うことになっていた可能性は大いにある。もしくは私が誰かから告白されていたかもしれない。勇気を出すなら今しか無かった。

 こんなかっこいいアキラくんと付き合えるなんてすごく嬉しい。告白してよかった。

「ところで、えーっと……名前なんだっけ」

「アヤメです。アヤメ・カズハ」

「そうだった。ごめんごめん、まだクラスメートの名前ぜんぜん覚えてなくって。なんか最初の方に自己紹介してたなぁーって印象はあったんだけど。アヤメ・カズハね、オッケーオッケー。とりあえずこれからよろしく、カズハ」

 そう言いながら笑顔を見せてくれるアキラくん。ヤバい、超かっこいい。無邪気そうな笑顔から爽やかさが迸っている。ろくに知らない相手なのに、付き合うとなるとすぐ下の名前を呼び捨てにするその気安さも、どこか少年じみて愛らしい。

 私も「うん、よろしく」と笑顔を向ける。不安だったけど、もしかしたら上手くやっていけるかもしれない。彼の笑顔をみるとそんな気がしてくる。

 私も思い切ってアキラって呼んでみようかな。まだ早いかな。でももう付き合うことになったんだし、別にいいよね。きっと許してくれるよね。今はまだお互いに知らないことばかりだけど、きっとアキラはすぐに私のことを好きになってくれるから。というか既に好きになってくれているかも。あの愛らしい笑顔はきっと恋人に向けるために作られたものだ。恋人とはつまり私のこと。よろしくと言ってくれた声音もどこか弾み気味で、これからの二人の青春に思いを馳せてくれていたのではないか、と気がする。

 大丈夫、きっとうまくいく。アキラは私を信じてくれるって、私は信じてるから。

「ところでさ、適性は何だったの?」

 アキラの問いかけに背筋が凍る。

「いきなり告白ってことは、ひょっとして『A+』とか?」

 ヤバい。先ほどまでの浮かれた気持ちが急激に萎えていく。ヤバい、ヤバい。

 聞かれないことを願っていた。疑問に思われないよう祈っていた。勢いだけで押し切ろうと決めていた。

 聞かれるであろうことは容易に想像できたのに、誤魔化す言葉を用意していない。告白が成功するかどうかだけを気にしていて、その後の展開を考えていなかった。

 まずい。どうしよう。アキラの発したたった一つの問いが、私の精神を瞬く間に混沌の渦へと叩き込む。

 徐々に自分の顔が青ざめていくのがわかる。アキラが不思議そうにこちらを見ている。適当な値を言ってこの場を凌ごうか。いや、後で嘘をついたことがバレたらそれこそ二人の関係は終わりだ。ここは正直に話すべきだ、決まってる。でももし本当のことを言ってアキラに嫌われたら……。せっかく付き合うことになったのに。

「どうしたのカズハ? 大丈夫」

 アキラが私の顔を覗き込む。その表情は、私を心から慮る慈愛の色が伺えた。私を心配してくれている。焦る私を気遣ってくれている。

 再び私の心はアキラに釘付けになる。ああ、なんて優しい彼氏なんだろう。

 確信する。アキラならきっと大丈夫だ。私が何を言おうとアキラはきっと私を好きでいてくれる。何も気にすることはなかったのだ。この顔を見ればそれだけでわかる。やはりアキラは既に私のことを愛してくれているのだ。

 そう思うと、もう迷いは消えていた。

「ううん、平気。ごめんね、心配かけちゃったねアキラ」

 流れるように、私もアキラと呼び捨てにする。だって相思相愛なのだから名前で呼び合うのは当たり前。

「実を言うとね、適性診断してないんだ」

「……え?」

 今度はアキラの顔が凍りつく番だった。

 先ほどまで慈しみに満ちていた表情が困惑の色を帯びる。

「してないって……なんで? どういうこと」

 急激な態度の変化。アキラの想像以上の反応に、自分の迂闊さを呪った。私が思っていたよりずっと、アキラは信仰心が強いタイプだったようだ。

 私が良い診断結果を引いたからこそ告白してきたんだと疑っていなかったのだ。当然私自身、アキラがそう勘違いするであろうことを狙って告白したわけだけれど。

「診断もしないで付き合おうって、意味がわからない。カズハは女の子でしょ。なんで診断してないの。みんなやってるじゃん。名簿から個人番号抜いてきたりしてさ。そりゃあんまり褒められたことじゃないけど、将来のためだし、俺達も見て見ぬふりするよ。ねぇ、なんで診断してないの。どういうつもりで告白したの」

 アキラの語気がどんどん強くなる。

 豹変と言っていいほどに、先ほどとは態度がまるで違う。怒っている、と言うよりは混乱している。私の行動が、心の底から理解できないといった様子だ。

 はっきり言って異常だと思う。私は、自分の信仰心は人並み程度だと思っているから、その自分と比較すると、アキラのそれは普通じゃない。適性診断の有無一つで、ここまで情緒が乱れる人を私は見たことがない。

 どうしよう。先ほどまでの自分の見通しは甘すぎたらしい。本当のことを告げてもアキラが好きで居続けてくれるなんて発想は脳天気過ぎたのだろうか。今にも掴みかかってきそうなアキラの姿に、僅かな恐怖すら感じる。

 アキラは自分の愛の所在を神様に仮託しているのだ。いや、アキラだけではない。今を生きる多くの人が、自分の愛するという感情を神様無しには規定できずにいる。アキラでなくとも、私の行動はそういった人達を怒らせてしまうことなのだろう。

「ねぇ、なんで黙ってるの。……はぁ、もういいよ。だったら自分で調べるから。個人番号教えてよ」

 アキラはポケットから携帯端末を取り出し、操作する。きっと神様を起動している。

 今ここで、私とアキラの恋愛適性を診断するつもりなのだ。

 神託を受け取るのに時間はかからない。一瞬だ。メニューから恋愛適性の項目を立ち上げ、相性を知りたい二人の個人番号を入力するだけだ。たったそれだけで、神様はその二人の交際がどのくらいうまくいくのかを教えてくれる。二人の行く末を占う神託が携帯端末に送られてくるのだ。

 高校生になると、女の子の大半は自分のクラスの男の子と自分の適性診断を総当りで行う。個人番号は公開情報であり、その気になれば簡単に手に入る。それでもし高い適性を示す相手がいたなら、一も二もなく告白する。なぜなら、その人と付き合えば自分は幸せになれるのだと神様が保証してくれたのだから。告白された男の子も、それを断る理由はない。高い適性を示すということは、その交際はどちらにとっても幸福であるということだから。

 だから入学式から数日も経つと、校内は新しいカップルで溢れかえる。誰も彼もが幸せに満ち満ちた顔をしていて、自分たちの前途に些かの疑問も抱かない。付き合いたてのカップルというのは元来そういうものであるのだが、神様の登場以降ますます彼らの陶酔ぶりには拍車がかかったという。まさしく、神に祝福された二人は、死に分かたれるまで共にいるのだと信じて疑わない。

 その風潮に便乗させてもらった。

 入学して間もない時期に、殆ど面識のない女の子から告白された場合、男の子はまず適性診断の結果だと思い込むだろう。このご時世に、まさか一目惚れしましたなんて理由で交際を申し込む人間なんて普通は考えない。だから答えは二つ返事だった。

 しかし私はアキラとの適性診断をしていなかった。もし低い適性が出たらと思うと怖かったのだ。真実を知って身動きがとれなくなってしまわないように、私は敢えて診断をしなかった。なにより、この好きという感情が私自身のものであると信じたかったのだ。神様に頼らず私自身が選んだ相手との交際、それはきっととても尊いことなんだと思った。

 アキラは私に、個人番号を教えるよう催促する。もう抵抗してもしょうがない。ここで私が拒否したところで、教室に戻って名簿を見ればすぐに分かってしまうのだから。

 私はしぶしぶと番号を教える。お願いだからやめて、そんなことはしないで心のなかで希う。だがしかし、その心の隅には淡い期待を抱いている自分も居た。もしも、高い適性が示されたなら、と。

 私のとった行動は姑息だったかもしれない。付き合いさえすれば適性なんて気にしなくなるはずだと思っていた。結果そうはならなかったわけだけど、ここで診断結果が良ければそれで問題はないのだ。可能性は極めて低い。でも、きっと何か奇跡のようなことが起こって、そんな可能性を覆してくれるかもしれない。私の恋心を神様も後押ししてくれるかもしれない。楽天的すぎるだろうか。でも、恋ってそういうものでしょう。

「……マジかよ」

 アキラは驚愕の表情とともに、徐ろに携帯端末の画面を私に向けてくる。診断結果は『C-』。

 私の期待は呆気無く打ち砕かれた。

 『A+』から『D-』までの十二段階評定の中で、下から四番目。お世辞にも高い適性だとはいえない。この結果を示す相手と付き合おうと思う人間はまずいないだろう。

 アキラの顔から見る見る感情が抜け落ちていく。残ったのは失望と嫌悪。慈愛に満ちていたはずの目が困惑に彩られ、そして今は嘘のように冷ややかになっている。その目は言葉以上に饒舌に、私のことを嫌いだと訴えてくる。人の感情とはここまで急激に変化するものだったのか。

「はぁ……じゃあ、俺もう行くから。さようなら」

「え、ちょっとまってよ」

 一秒でも長く一緒に居たくないと言わんばかりに、踵を返すアキラ。冗談でしょ。さっきまであんなに私のことが好きだったじゃない。

 去っていくアキラの裾を慌ててつかむ。すると、まるで虫やカエルにでもひっつかれたような、露骨に気色の悪そうな顔をする。一瞬のうちにここまで嫌われるだなんて。先ほどまで両思いだと思っていたはずの相手から向けられる悪意は心に深々と突き刺さる。でも、ここで引くわけにはいかない。

「あの、付き合うって話は、その、どうなるのかな」

「え、何いってんの。そんなの無しに決まってるじゃん」

「でもさっきはいいよって」

「それはアヤメさんが適正診断をした上で告白してきたんだと思ってたからだよ。少なくとも『A-』以上の適性が出なきゃろくに知りもしない相手に告白なんかしないだろ普通。ホント、何考えてんの。診断もしないで告白してきて、しかもいざしてみたら『C-』だったのにそれでもまだ付き合おうって、意味わかんねぇよ」

「でも私はアキラのこと好きだよ」

「ちょ、なんで呼び捨て? やめろって。そもそもこんな低い適性の相手を好きになるってのがまずおかしいだろ。俺のことからかってんのか。付き合っても絶対に幸せになれない相手のことを好きになるって、ありえないからソレ。今どき、高校生カップルから進んでそのまま結婚なんて一番多いパターンなんだぞ。『C-』ってことは、円満な夫婦生活なんてまず間違いなく望めないってことだ。不幸になるって決まりきってる相手と付き合うなんて正気じゃないだろ。未来のない相手を好きになるなんてのは人間として間違ってる」

 アキラくんは強い口調で捲し立て、私の手を振りほどく。呆然とする私なんて気にもとめないで、そのまますたすたと帰って行ってしまった。もはや私は立ち尽くすよりほかなかった。

 アキラくんの言っていることは概ね正しい。悔しいけどおかしいのは私の方かも知れない。一目惚れだなんて前時代的すぎる。今どれだけ彼のことが好きだったとしても、付き合っているうちに気持ちが離れてしまうのは確定的に明らかだ。だって神様がそう言っているのだから。ならば、そんな相手と付き合うのは馬鹿げている。当たり前だ。

 アキラくんに限らず、今ではほとんどの人間が神託を頼りに恋人を選ぶ。『A+』判定を伴って告白してくるような相手がいれば、たとえ顔がどれほど醜くても体臭が生理的に受け付けなくても大きい三角定規くらいの身長差があっても、大概の人間はオーケーするだろう。第一印象が最悪だったとしても、将来二人が最高の幸せを手にすることは神様が保証してくれているのだから。そう思えばどんな欠点だって受け入れられるし、むしろそこが魅力にすら感じられてくるのだという。

 逆に言えば最初の印象がどれだけ良かったとしても、適性が低かったならその人と付き合ったところで明るい未来は訪れないのだ。胸を高鳴らせたはずの顔も声も仕草も、みんなみんな厭わしくて仕方がなくなる。そんな相手に想いを寄せていた自分にも嫌気が差してくる……というのは言い過ぎかもしれないけど、信仰の篤い人間ならば有り得る話だ。

 じゃあ、私は?

 アキラくんを求めて彷徨う私の視線は、涙で潤んでいる。私は振られたんだ。好きな相手に告白して、それを袖にされたんだ。

 まるで、自由恋愛という言葉が今とは違う意味を持っていた旧い時代のよう。お昼のドラマや純文学で題材になる、OLや主婦が熱を上げるようなインモラルな恋愛。神託に背いて、自分の自由意志が神様の判断以上に尊いものであるかのように錯覚する。『C-』の表示を見ても尚、私はアキラくんのことが好きなのだ。

 自分でも信じられない。一目惚れなんてした時から、何かがおかしいと思っていた。適性診断をしないで告白なんて、アキラくんの言うとおりまともじゃない。私はどうしてしまったのだろう。

 わからない。どうしたら良いの。

 私にだって人並みの信仰心はある。まだ短い人生の途中ではあるけれど、岐路に立った時には神様の声を頼った。進路も神様に教えてもらった、友達も神様に選んでもらった、趣味も神様が見つけてくれた、将来の夢とそれに向かって進む道は神様が示してくれている。そんな私が、どうして今回に限って神様の声を聞かなかったのだろう。こんなみじめで悲しい気持ちになるのは、神様を頼らなかったから。

 まるで自分が自分で無いようだ。こんなのは耐えられない。

 私はポケットから携帯端末を取り出して『Guids of Destiny』のアイコンをタップする。

 白を基調としたシックなデザインのトップ画面が表示される。老若男女に使いやすいよう配慮されたシンプルなインターフェイス。私はメニューから「質問」の項目をタップ。これは、音声入力で神様に自由な問いかけが出来る。

 私は今、何が知りたい。神様に何を問おうというのか。どうすればこの気持ちは救われる。

 アキラくんと付き合う? ならどうすればアキラくんと付き合えるか。いや、神様は決して不可能を可能にしてくれるわけではない。できないことはできないとはっきり言ってしまう。そもそも『C-』は神様自身が下した診断だ。そこに異議を唱えたところで神様から違った答えが返ってくるものではない。問題にするべきは私自身のこと。今まさに見失いそうになっている私という人間。何故私は悲しいのか。私は私の何がわからないのか。つまり、私が神様の声も聞かずにアキラくんに告白した理由。今までの私では考えられなかった行動の原因。私を狂わせてしまったものの正体。一目惚れ、すなわちこの好きという感情。

 私はアキラくんが好き。好きだから告白した。付き合いたいと思った。そうすれば幸せになれると思った。他のカップルみたいに、結婚して二人で暮らしたいと願った。

 どうして?

 どうして好きになったの。元気な声で自己紹介をしていたから、スポーツができるから、顔が好みだから、背が高いから、男らしいから。だから好きになった。だから付き合いたいと思った。そんな人と付き合えば幸せになれると思った。

 ……本当に?

 それが、この一週間で私が知ったアキラくんの全て。私が神様のことを無視してまで行動させた原因。改めて考えると、そんな下らない一つ一つが私を私で無くしてしまっている。見た目とか些細な情報とか、私の好きという感情はそんな下らない一つ一つで出来上がっている。本当にこれが好きという感情なの。

「私はアキラくんのことが好き?」

“いいえ。”

 返答は一瞬。

 たった三文字の神託が画面に表示される。このたった三文字を導き出すのに、きっと膨大なプロセスがあったのだろう。人類の英知を底から浚うような、超技術の集合である神様。そんな神様が私の問に対して存在しうるあらゆる可能性を精査した結果の三文字。文字数以上の重みがその背後にはあるのだろう。

 私はアキラくんのことが好きじゃない。神様はそう言っている。

「詳しく教えて」

“あなたの中にエイシストに対する憧憬の念が有ります。無神論者を気取るために、敢えて『Guids of Destiny』を利用しない判断を試みました。これはあなたに限らず青年期に多く見られる特徴の一つです。あなたはモモセ・アキラが好きではありません。モモセ・アキラが好きだと自分に言い聞かせることで、『Guids of Destiny』のない人生を経験しようとしました。”

 先程よりも長い神託が、やはり一瞬で表示される。

 私が無神論者に憧れている。言われてみるとそんな気がしてくる。

 私はどこかで、神様に従い続ける人生に疑問を抱いていたのかもしれない。常に正解を知るのではなく、悩み選択することが人間らしさなのではないかと。でも改めて考えるときっとそれはドラマや小説の影響でしかない。中学生が不良マンガを読んでそれに憧れるような、幼稚な感情移入。選択することがさも美徳であるかのように描かれる、インモラルなドラマを見て感化されてしまったのだろう。

 実際は、選択することに美徳なんて有りはしない。何かを選ぶということは、間違うことをよしとすることだ。自分の選択によって自分が不幸になる責任を、自分自身で背負うということだ。辛く苦しい人生を自分自身に課すということだ。それのどこに幸せがある。それのどこに人間らしさがある。選択続きの人生の中で迷い悩み苦しみ、精神を摩耗させていき、自分自身を見失いことが人間らしいということだというのか。そんなはずはない。

 神様はすべてを識っている。神託に従えば人が不幸になることはない。正しい道は神様が示してくれる。幸福に生き続けること、それが人間らしさというものだ。

 私が間違っていた。神様の言う通り、私はアキラくんのことなんて好きでも何でも無かったのだ。思春期の見せた幻、体制批判をすることでアナーキストを気取る中高生のような、蒙昧さの現れ。神様を否定することでさも自分が特別な人間であるかのように振る舞おうとしただけだったのだ。

 あぁ、恥ずかしいな。

「ありがとうございます。神様」

 私は『Guids of Destiny』を終了させる。

 涙はとうに枯れていて、晴れやかな気持ちが私の裡を満たしていた。さぁ、帰ろう。今日あったことは、また笑い話にでもすればいい。

 帰路につきながら、明日またクラスの男の子たちと恋愛適性診断をしようと心に決めていた。相手にするなら絶対に『A+』。クラス内に居ないなら、学校中の男の子を総当りにしてもいい。そこにいなければ中学や小学生の頃の知り合いもあたってみよう。別に男の子に限定しなくったっていい。女の子とだって診断はできる。年齢も気にする必要はない。教員や事務員とも診断してみよう。その中で『A+』の相手がいたなら、その日のうちに告白しよう。幸せを手にするなら一分一秒だって早い方がいい。ああ、だったら明日だなんて悠長なことをいっていられない。今すぐにだって始めないと。

 私は踵を返し、教室を目指して駆け出す。神様の示す幸福に向かって。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アヤメ・カズハという名前が気に入りました。かっこよくて凄く好みです。 最後はスッキリまとまっていて良かったです。
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