1 お姉ちゃんはお姫さま
私の名前は立花美雪。17歳、高校2年生。家族構成は父、母、私、弟の4人家族。父はサラリーマンで母は専業主婦、弟は中学2年生。家族中は良好。
顔は中の上くらい、だと思う。黒髪で鎖骨辺りのセミロング。くせ毛で毎朝髪のセットに追われている。性格は……まあ悪くはないはずだ。
趣味は写真を撮ること。かといって、カメラに詳しいわけじゃない。特技はストレッチ。身体の柔らかさには自信がある。好きな食べ物はいちご。嫌いな食べ物はゴーヤ。
そんなごく普通の穏やかな生活をする私に、最近日常生活に支障をきたすほどの悩みができた。
それは一ヶ月前、隣に引っ越してきた小学5年生、西野佑介11歳に異常に好かれてしまったことだ。
一ヶ月前のこと。
「このたびお隣に引っ越してきた西野と申します。どうぞよろしくお願いします」
そんな決まり文句と共に引っ越し蕎麦を渡してきた西野夫妻の足には小学生と思われる男の子がくっついていた。
その後、話が弾んだ立花母と西野母は一気に仲良くなった。そして、西野家が共働きで男の子が毎日一人で留守番をしていることを知ったお人よしな立花母は、その男の子、佑介を西野夫妻が帰ってくるまで預かることにした。
最初、佑介は私のことを近所のお姉ちゃんとして懐いてきただけだった。一人っ子だった佑介にとって、姉ができたことが嬉しかったのか、いつも私の後ろをついて周っていた。
そこまでなら、私も悪い気はしなかった。
しかし、最近の佑介ときたら、目が悪くなったのか、可笑しなフィルターでも付けたのか、頭のネジをどこかに落としてきてしまったのか……、私のことを世界一可愛いお姫様などと戯けたことを言い始めたのだった。
「お姉ちゃん! おかえりなさい~」
そう言って笑顔で私を迎えたのは、私より早く学校が終わった佑介だ。
「ただいま」
私の家の玄関で佑介が迎え出てくれるのが日常になっていた。
「今日は遥ママが手作りプリン作ってくれたから、一緒にたべよ」
部屋に鞄を置いた私を着替える間もなく引っ張ってリビングに連れていく。
因みに遥ママとは私の母、立花遥のことである。
「はい、お姉ちゃんのぶん!」
「ありがと」
私の前にプリンを一つ置くと、佑介が私の隣に座る。
「佑くんったら、『お姉ちゃんと一緒にたべる!』って言って美雪が帰ってくるまでずっと待ってたのよ~」
母が台所で夕飯の支度をしながら笑う。
「そうなの? 佑介、別に私を待ってなくても先に食べてていいんだよ」
「やだ、お姉ちゃんと一緒がいい」
「佑介……!」
「まったく、佑くんは美雪のどこが気に入ったんだろうねぇ」
人が感動している所に母が横やりを入れる。
「全部! お姉ちゃんはかっこよくて、かわいくて、やさしくて、世界で一番かわいいお姫さまなんだから!」
小学5年生とは、ここまでおバカだったのだろうか。かわいいを2回言ったのはともかく、お姫様呼ばわりはさすがに聞いていて恥ずかしい。
母は下を向いて必死に笑いをこらえているし、いつ帰って来たのか、盗み聞きをしていたらしい弟の春樹が廊下で大笑いしている声が聞こえる。恥ずかしげもなく言い切った当の本人は誇らしげにこちらを見て、何かを期待するように目を輝かせている。
「そ、そう。ありがとう……」
顔を引きつらせながらにこやかに笑うと、佑介の頭を撫でる。満足そうに笑う佑介は正直可愛いが、これ以上変なことは言わないでほしい。
「でも、流石にお姫様はないかな。うん、お姫様はやめよっか」
「なんで? お姉ちゃんはお姫さまだよ?」
もう、彼の中で私はお姫様決定なのだろうか。
「あらあら、ふふ、じゃあ佑くんは王子様、かしら? ……ふふ」
またまた母が横から口を出す。せめて、笑いが収まってから言ってほしい。
「違うよ。僕は王子さまじゃなくて、くつだよ! ガラスのくつ!」
ぶふっ、と廊下から噴き出す音が聞こえる。春樹がまだ聞き耳を立てていたのだろう。
「ガ、ガラスの靴? 佑介、靴になりたいの?」
きっと佑介が想像しているのはシンデレラのガラスの靴のことだろう。しかし、何を考えたら靴なんかになりたいと思うのか。まさかその年で踏みつけられたい願望でもあるのか。
「うん、くつになってお姉ちゃんとずっと一緒にいるんだ」
「靴じゃなくて、王子様とだってずっと一緒にいられるよ?」
「王子さまはだめだよ。りこんしたら離ればなれになっちゃうもん。けど、くつは魔法がとけてもお姫さまとずっと一緒だったんだよ。だからくつになる!」
変なところで現実主義なのは止めてほしい。バカなのか、良く考えているのか、バカなのか……。
「そうなんだ……、なれるといいね」
それ以上、佑介に言える言葉は私にはなかった。
後日、小学校で「将来の夢」という課題が出され、佑介が馬鹿正直に「靴になりたい」と書いて発表したらしい。私はお姫様と言われていることがばれてしまい、しばらくの間ご近所から姫さんと呼ばれるようになったのだった。