第8話 『おむかえは自転車で』
ワン・ラブ 第8話 『おむかえは自転車で』
二人を送り出してキッチンに戻り先ほどの朝食の洗い物をして
食器を片そうと食器棚をみると、
『遠慮しないで好きなもの飲んでね。あとお昼も用意してあるからね。 りお』
とメモ書きが張ってあった。
理央が気遣って書きおきしてくれたようだ。
早速、棚からカップを出してインスタントコーヒーを入れる。
「さぁ、頑張ってやろ」と独り言を言ってコーヒーを手に階段を上がる。
部屋に戻りカーテンをあけて少しだけ窓を開ける。すると冷たい冬の空気が申し訳なさそうに部屋に入ってきた。椅子に座って暖かいコーヒーと冷たい空気を味わうと目が冴えてくる。
参考書や資料が重ねられた机に向かい試験勉強をはじめる。午後のお迎えの予定が目標となってとても集中出来て勉強がはかどった。お昼前になって区切りを付けて少しだけ荷物の整理をしてから一階に下りた。
理央が用意してくれたオムライスを温めてから一人でテーブルに座って食べはじめる。
「頂きまーす」
料理上手の理央が作ったオムライスはその辺のお店で食べるものよりも美味しい。
「あぁ~あ、出来たてが食べたかったなぁ~」
ゆっくり味わって食べたが何とも名残惜しくてスプーンを咥えてむくれてみた。しばらく余韻に浸って、
「ご馳走様でした。美味しかったです。理央ちゃんありがと」
そろそろお迎えの時間に近づいてきたので書斎に戻り準備をする。ちゃんと、さっきの地図と自転車の鍵も持って準備を終え部屋の窓もしっかり締めてお出かけする。
外にでると空は晴れ上がってちょっとだけ寒いけれどサイクリングには絶好の天気だ。理央の自転車に跨って走り出す。前かごに子供席がついたいわゆるママチャリだけど走りはなかなか快調しかも電動アシスト付き。地図をたどって優太の保育園を目指す。
昨日、買い物したスーパームサシの前を通って、駅前で左へ入って線路の脇を走ればもう少し、最後に公園を左に曲がると保育園が見えてきた。もうすでに何人かの他の子供のお母さん達の姿が見える。
保育園の壁沿いに自転車を止めて門の方へ歩く。門には保育園の名前が可愛らしく書かれたアーチが架かっている。
アーチの向こうでは子供たちが元気に走り回って楽しそうにしている。
門のところでしばらく躊躇しているとこちらに気づいた満面の笑みが走ってやってくる。門まできて後ろを振り返り『ゆみこせんせ~。おねえちゃんきたよ~ はやく、はやく。』
と大きな声で先生を呼んだ。
「優君おかえり」
「うん。おねえちゃん、ありがと。でもちょっとまっててね。せんせいとさよならしなくちゃいけないから」
「うん。そうだね」
そうこうしていると他の子の相手をしていたと思われる一人の先生が小走りで門までやって来た。
「はじめまして。担任の小林です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。今日は優太君のお母さんの代わりで来ました。藤川茜です。優太君の親戚になります」
「はい、お母さんからも伺っております。お忙しいなかありがとうございます」
「いえいえ、今日は変わったことはなかったですか?」
園での様子を先生に聞いておいてと言われていたので聞いてみたが、
「いつもどおり元気にしてましたよ。まぁあるとすれば朝から『おむかえはおねえちゃんがくるんだ』って嬉しそうにはしゃいでいたくらいですね。ははっ」
ちょっと恥ずかしくなってうつむくと
「優太君良かったね。優太君こんなに綺麗なお姉さんがお迎えに来てくれて」
「うん。いいでしょ~ じゃ、せんせい、またあしたね。ぼくこれからおねえちゃんとよりみちにいくんだ」
「あら、そう。でも寄り道は場所じゃないでしょ?」
「うん?」
と優太が首をかしげてこちらを見上げる。
「あっ、すみません。これからちょっと私が受ける大学に行ってみようかなと思っていたもので…」
「そうですか。受験生だったんですね」
「はい、それで試験が終わるまでの間、優太君の家でお世話になっているんです」
「それじゃ、頑張らなくちゃですね。私も応援してますから頑張ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃそろそろ失礼します。優君行こっか?」
「うん。じゃ、せんせいじゃあね。さようなら」
「はい。さようなら」
先生に手を振り終えるとすぐに手を握ってくる。二人で保育園の脇を歩いて自転車の所に付くと握った手の力が弱くなった気がして優太を見下ろすと、少し不安げな顔をしてこちらを見上げてくる。
「あかねちゃん。だいじょうぶ?」
「え?」
「じてんしゃでかえるの?」
「あっ、そういうことね。大丈夫よ昔のあたしじゃないんだから、それにあたしは君を乗せたときは一度も転んでないぞ」
「そうだけどぉ~ こわかったもん」
「大丈夫、大丈夫。ほら行くよ」
仕方なさそうに抱き上げられて子供席に座った。
「さぁ、出発しま~す」
「はぁ~ぃ」
しっかりと子供席のハンドルを握る優太を乗せてママチャリは走り出した。