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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第8章 偉大なるゴブリニア及び南部オークランド連邦
99/212

8-12 告白

 しかし、すぐにそれを稼働させるというわけにはいかなかった。

 狙い通りに目的の物体を発見できた――という喜びに浸るのもそこそこに、俺達は周辺の清掃に取りかかった。レギウスによれば、召喚は謎の金属門だけで行うのではなく、それを制御する施設を操作するとのことだった。


「どこに埋もれているのか、見当もつきませんが……必ず近くにあるはずです」

「そのくらい、書いてないのか? 向かって右の方にある、とかそういう感じで……」

「いえ、前にお知らせしました通り、この本は全体的に――説明の足りない部分があります。意図的かどうかはわかりませんが。そもそも、あの門のどちらが正面なのか」

「古語の読解力が足りてないだけじゃないのか?」

「……確かに、難解な言い回しが多用されているので、私が書物の内容を完全に把握できているとは言えないかもしれません」


 俺が一歩近づくと、レギウスは怯えて腕を前に突き出した。


「いや! もう本当! 嫌がらせみたいな文章なんですよ! ほら!」


 と、奴はあるページを開き、その箇所を指し示した。


「ここからここまでの6行ですが、棒を手前に引いて切り替える、という説明だけでこんなに紙面を使っています! 余計な表現が多すぎるんですよ! しかもこの文章に対応する図がないので実際の装置を見ないことにはどの位置にあるものなのかもよくわかりませんし……書いた奴は相当性格が捻じ曲がってるに違いありません!」

「それは、まあ……俺たち向けに書いたわけじゃないだろうから、仕方のないことであってだな、その難しいところをなんとか読み解くのがお前の仕事だろうが? ともかく、その制御盤? それか、制御室?」

「あ、一応……制御陣、というのが共通語では一番近い言い方になると思います」

「制御陣ね。すぐそばにあるんだな?」

「はい。それは確かなはずです。もしないということであれば……きっと、失われてしまったのでしょう」

「――絶対見つけてやる」


 アバウトな表記であったとはいえ、こうして地図通りの位置に遺跡が存在していたのだから、資料としての信憑性はこれで格段に高まった。今回の旅はほとんど()()()()なので、実際、空振りの可能性もかなりあったのだが、動かぬ証拠を掴んだとなれば、俄然やる気も出てくる。


「終わった?」


 と後ろからデニーが声をかけてきた。隣にはギン・エン爺さんもいる。


「それで、作業はどういう進め方になりますかな?」

「とりあえず、あの門を中心に、周辺の植物は目につくもの全て引っこ抜いていいと思います。――あー、そちらがよろしければ、ですが」


 発掘の終着点次第では、環境破壊が始まりそうではあった。


「構いませぬ。それより、手は足りますかな。必要であれば、少し村民にも手伝わせますが」

「……お願い、できますか?」

「あいわかり申した。では、儂は一足先に戻って、モールに知らせるとしましょう」

「あ、それなら、姫様と一緒に――そういえばどこ行った? 中尉、見てませんか」

「さっき、もっと向こうの方まで見てくるって、ジュンちゃんと行っちまったぞ」

「そうですか……」


 少し心配になったが、あくまでも少しだ。

 二人組になっていればわざわざ追いかけることもないだろう。

 以前の俺ならこれだけで心を乱したかもしれないが、変わってきた。きっと彼女達は何事もなく帰ってくる――今は素直にそう思える。


「連絡だけなら、おれが代わりに戻っとくか? 兵は副官に任せられるし、第二隊を連れてくるほど時間に余裕もないから、今日は少し進めたら撤収だろ? どうせまた人の割り振りで会議するんだろうし、それこそ一足先に向こうで話まとめといた方が、殿下にも楽させられるんじゃねえかな」

「なるほど――じゃあ、よろしくお願いします」

「了解した」

「それでは、我らはこれで」

「下見だけ済ませたら、こちらも帰りますよ。また明日から、忙しくなりますから」


 デニーと老ゴブリンを見送り、俺は指示を受けた隊と共に、どのくらい作業がしんどくなりそうかを簡単に見積もった。召喚装置を作動させるか、その目途が立つまで作業は続くだろうが、ここまでの道のりが道のりだったので牛や馬の助力が期待できないことを考えると、果てしない戦いになりそうだった。


 例えば、そこに生えている木を人力で完全に除去するのは、不可能ではないが、ものすごい労力を必要とする。特に地下深くにまで張られた根が厄介で、切り株を持ち上げることができるまで地面を掘っていかなければならない――と開拓が盛んだった地域からやってきた隊員が皆に説明してくれた。牛や馬がいれば、共に引っ張ってくれたりしていくらか負担を軽減できる。彼らは偉大だ――かといって、彼らを通せるほどの道を整備していたら、春が夏になるどころか、今年が終わりかねない。さらに悪いことに、このジャングルに生えている木は大抵が曲がりくねっていて、遺跡全体に絡みついている。それをただ切るだけで難儀することは容易に想像できた。真っ直ぐな木に鋸を当てるのとはわけが違う。あの門を扱うのに必要な設備の規模によって作業量も変わってくるわけだが、もしも、視界に入るあれら全てを引き剥がすということになれば、毎日全員で取り組んだとしてもどれだけの時間がかかってしまうか……。


 なるべく早く済むよう、祈るしかない。


 姫様とジュンは遺跡が途切れる所まで進んで、すぐに引き返してきた。

 やはり大部分が自然に埋もれていて、実態はよくわからないとのことだった。




 短く、強く息を吐き、短刀を振り下ろす。

 パシ、と弾けるような音がして、(つた)が裂けた。二度、三度と続け、一旦、短刀を鞘に戻す。村からの借り物だが、意外と早く手には馴染んだ。この道具が誰にでも扱いやすく製造されたのか、それともこちらの世界に来てから身体の動かし方が多少は上手くなったのか……。

 あちこちへ跳ねるように垂れる蔦を、丁寧に一本ずつ引っ張って剥ぎ取る。数本まとめることもできなくはないが、絡まって抵抗力が強まるので、多少手間でもバラバラに取り除いた方がやりやすい。

 地面から突き出た平らな石の台が、徐々にその姿を現し始めた。紋様のような溝が彫られていたようだが、ほとんど薄れてしまっている。


「フブキ殿」


 後ろから声をかけられ、俺は振り返った。


「あれ、ジュランさん……どうしました?」


 彼女は布の包みが入ったカゴを掲げた。


「お昼を持ってきましたよ」

「ああ、もうそんな時間なんですか……休憩にしましょうか」


 首にかけていたタオルで汗を拭い、目の前まで飛んできた虫を軽く手で払って、カゴを受け取ろうとし――じっと見られているのに気付く。


「ええと……何か?」

「あっ、いえあの……」


 ジュランさんは少し躊躇(ためら)ってから、


「その格好のまま力仕事をされてると……何か、変な感じがしますね」


 自分でもシュールな絵面だと思うが、人前に出ている時はやはり道化服で通したい。


「これね、見た目も派手ですし、動きやすいかっていうとそうでもないんですけど……もう他の服を着ても、あんまり落ち着かないんですよ」


 と、できるだけ真面目な表情を保って話す。


「なるほど、そういうものですか……」


 ジュランさんも真面目に頷くので、俺はくっくっと笑ってカゴを頂戴した。


「――なんてね!」


 石の台の、きれいになった部分に腰かける。


「私はゼニア姫殿下の道化師でありますれば、例え毎日が土木作業でも奇怪な格好を()()ことは許されないのです。さーて、今日もお昼は……」


 包みを開いていくと、細長い形の黒パンが二つ、顔を覗かせた。


「あ、でも干し肉がついてる。これはありがたいなあ。やっぱり塩気があるのとないのでは違いますよ」


 ジュランさんもすぐ隣に座った。

 ここ最近は、彼女がこのぐらいの距離まで寄ってきてもあまり警戒しなくてよくなった。慣れてきたということだが、それはドキドキが減ったということでもある。ただ、それは必ずしも残念なことばかりではなく――安息が増えたということでもあった。


 パンを頬張り、虚空を見つめながら咀嚼する。本当に疲れていると、休息にもある程度の集中力が必要になってくる。何かを食べるのなら、ただ食べることだけをしていたい、といった感じだ。少なくとも、それが終わるまでは。そんな俺の様子を毎日見ていて理解してくれたのか、ジュランさんも小さな瓶に入った水を椀に注ぎ、無言で渡してくれる。無言で受け取り、一気に飲み干す。


 与えられた量を平らげて、もう一杯水を飲むと、ようやく余裕が出てきた。

 カゴを脇に置き、活動再開に備えて軽くストレッチを始める。朝もやるのだが、休憩ごとにやっておくと全体的な調子が良くなるような気がするので、続けている。


 ジュランさんは俺をずっと見つめている。俺もそれがわかっている。

 大体は、見られているとそれが気になって困るのだが、彼女と接する時間が増えるうちに、それも慣れが出てきた。別に邪魔をしてくるわけでもないし、それでいいか、と思うようになった。


「そういえば、向こうの方は、順調に進んでましたか?」

「いえ、あたくしが先程見た限りでは……あまり(はかど)ってはいないようでした。やっぱり、運搬の手間が」

「そうですか。じゃあキリのいいところで加勢しに行った方がいいかな……結局こっちは重要そうじゃないし……」

「あなたは、本当に不思議な方ですね」


 不意にそう言われて、俺は動きを止めた。


「――異世界人ですからね」

「それも、ありますけれど……、道化師さんは、普通は、毎日こういうことはしないのでは?」


 確かに、本業じゃない。

 しかしそれを言ったら、デニー隊だって工兵ではないし、ジュランさんも配給係じゃない。


「まあ、各地から作業員を集めてくれてるとはいっても、満足な数が揃うまで、まだまだかかりそうですからね」


 ギン・エン翁とモール・セティオン氏が、手配をしてくれている。

 作業が開始されてから、村民の手を借りただけでは到底間に合いそうにないことがわかった。門の立っている円形の台の周囲を拡げるように発掘していったが、それだけでは目的の制御陣なるものは現れなかった。門の近く、というのはどの程度の()()なのか? という問題が出てきたのだ。捜索範囲を広げる必要があり、一旦散っている、というのが今だった。


「一人でも多く動いておかないと、いつまで経っても終わりませんし、それに一日でも早く、私はあの門が復活するところを見たいんですよ」

「そう、それも!」

「……それも! って?」

「そもそも、アデナ学校で教官をしていたことから疑問に思うべきだったんです。知れば知るほど、あなたは、本当に色々なことをされてますよね。何だかちょっと……騙されていたんじゃないか、って思うくらいに」

「――いや、そんな、騙そうだなんて」

「最近やっと気づいたのですけれど、その、道化師という肩書きは、ゼニア殿下があなたのために用意したものなのですね。身動きを、取りやすくするために。たくさんのお仕事を、任せてもいいように」

「……そこまでわかっているのなら、改めて話題にするまでもないでしょう?」

「あなたは、何をしようとしているのですか? 自分のいた世界から人々を招いて、これからどうするおつもりなのですか? あなたと殿下は――この戦争を、どこへ導こうとしているのですか?」


 包み隠さず言ってしまっていいものだろうか、と俺は思った。


 確かに、ジュランさんとは仲良くなった。ただ、それはどこまでも個人的なことで、彼女の問いに律儀に答えたからといって俺達の取り組みを納得してもらえるかまではわからないし、仮に理解してもらえたとしても、ジュランさんは同じヒューマン同盟内にあって外国の所属だ。


「私はただ――エルフヘイムをぶっつぶしたいだけなのです」


 それでも告白をしてしまうのは、きっと、俺もジュランさんを好いてしまったからだろう。


「それが偶然、姫様と私の、共通の目的だったのです。私達はそれを実現するために、動いているだけです。――これで答えになっているでしょうか」


 俺には男女の関係というものはよくわからない。あまり縁がなかった。

 どこまで自分の感情を表に出していいか――逆に、いくらかはアピールをしなければならないのか。そういうことがわからない。もっと気の利いたことを言うべきなのかもしれない。きっとそうだろう。だが、ただ問われたことに答えた。


 ジュランさんは目を閉じ、俺の言葉を、ゆっくりと受け止めているようだった。

 そして見開くと、


「復讐ですか」


 俺は頷かなかった。


「概ね、そのようなものです」

「そういう時代、なのでしょうね――」

「さあ……私は、途中から転がり込んできた者ですから、この世界の人々の、積み重なってきた事情には、実はあまり関わりがないようにも思えます。その上で、自分のいた世界の人々も巻き込みますし、姫様の立場を利用もする。そういう具合です」

「そのようですね。あなたがいなければ殿下は動けないように見えますし、殿下がいなければあなたは動けないように見えます。あたくし正直、少し――妬いています」


 突然何を言うのか、と思う。


「姫様にですか? それはいけません。私と姫様は、言うなれば……そう、同志であって、ジュラン様が考えていらっしゃるようなことはありえ」

「あたくしは、真剣です」


 はっきりと、彼女はそう言った。


「できることなら、そこへ割って入りたい――」


 ずっと、そのように考えていたのだろうか。

 もう少し早く距離を縮めていても、よかったのかもしれない。


「何か、あたくしにも手伝えることは、ないのでしょうか」


 そんな、思いつめたような声で語りかけられるとは、想像していなかった。


「今からでも、あなたの近くに――本当の意味で、あなたの近くに寄り添うことは、できないのでしょうか」


 彼女を、仲間に引き入れるかどうか。

 こちらの答えはすぐに出た。


「おそらく、ありません」


 息を呑むのがわかった。ショックに感じるだろうと、言う前からわかっていた。


 だが、やはり――姫様のお眼鏡には敵わないのではないかと、俺は思った。

 魔法がなくとも、任せられる役目はあるだろう。しかし重宝されることはあるまい。

 そうすると、彼女の望みは叶わない。


 これがもし、本当に助力というだけの意味で手伝いを申し出てきたのなら、いくらでも歓迎できた。だが、そうではないということは、もうわかっているつもりだ。

 俺に寄り添いたいという願いは、嬉しくも、悲しかった。


「どうして――」

「魔法を、持っていないからです」


 残酷な現実だった。シンプルな――。


「敢えてはっきりと申し上げましょう。あなたがあの王女に頼んでも、傷を負うだけです。拒まれることはありますまい。蔑ろにされることもありえない。しかしただ――あの王女は、あなたを私の隣には置かないでしょう。それが全てです」


 彼女なら、この説明だけでも理解してしまうだろう。


 証拠は、あまりにもわかりやすいものだった。

 涙が彼女の頬を濡らし、耐えられなくなり、やがてその場から去らせる。


 俺はそれを見送る。


 他の形を模索する手もあるとは思う。

 せっかくの色恋だ、妥協してでも実らせる価値がある。


 だがそれは、もう違うものだ。

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