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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第8章 偉大なるゴブリニア及び南部オークランド連邦
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8-11 場違いなジャングル

 こうしてオークの国を素通りし、俺達はゴブリニア――偉大なる(グレート)ゴブリニア――まで進んでいった。途中に出入国管理局など置かれているかと予想したが、思った以上にオークとゴブリンの関係は良好であるらしく、一応の国境線と言われる山脈の向こうが、大雑把にゴブリニアと呼ばれる領域であるとのことだった。


「結局山越えじゃねえか……」


 部下の手前、なるべく小声でボヤくデニーに、俺は訊ねた。


「こういうものなのでしょうか?」

「あ? そりゃ国と国、街と街との間には天然の要害があるもんだから仕方ないだろ……。嫌だけどよ……」

「いや、そうではなくて……連合国とはいえ、違う種族の寄り合い所帯なら何か障壁でも設けているかと思ったのですが、自由に行き来できるようにしてあるから……」

「ああ、そゆこと――あいつらにとっては、名前くっつけただけでもう同じ国のつもりだからじゃねえの? 同じ言葉が喋れて意思の疎通に不自由しなきゃ、暮らすのには問題ないだろうしなあ。おれ達ヒューマン同士でも色々特徴あんだから、オークとゴブリン程度の違いなら許容範囲なんだろ。つーかおれじゃなくてあの(ぼん)と爺さんに訊けよ。自分の国のことならなんでも知ってなきゃいけないはずなんだから」

「そうだとしても、答えてくれるとは限りませんし」

「あのなあ」

「ほら、例えば国防に関してなんかベラベラと簡単に喋ってしまうわけにはいかないでしょう? この国に来てからずーっと気になってたんですけど、全然兵士の姿が見えないじゃないですか。国防軍、ないわけじゃないんでしょう?」

「そのはずだ。でもまあ、弱いのわかりきってるしな。置いといても役に立たないならわざわざ出動させることもないだろ。もしかしたら、あんまりショボいんで、見せんの恥ずかしかったりしてな」


 まさか、と目で非難する。


「――というのは冗談として、うーん……おれ達とは仕事が違うのかもな」

「というと?」

「他の国と力比べするための軍隊じゃないってことさ。どっちかっつーとほら、賊とか取り締まるので忙しいカンジなんだろ」

「あくまでも治安維持組織としての軍隊ということですか」

「そうそう、衛兵しかいないんだよ」

「しかしそれでは、外国からの圧力に何も抵抗できないですよね……」

「……だからエルフの強引さはうんざりだとかおれ達と手を組むだとかの話になってんだろお」

「あ、そうか……そうだった」

「おいおいしっかりしてくれよ。まず前提としてだな、あいつらは大昔の縄張り争いに負けて、ここらへんの土地に押し込まれたと言われてる。その上で、オークとゴブリン同士で戦ってきたんだ。狭いのにな。目の前の敵で頭がいっぱいよ――そんで、やっとこ殴り合いに飽きてきて、周りをよく見たら、エルフとヒューマンが比べものにならないくらいでっかくなってて、しかも戦争してやがる。さらに悪いことには、自分達のいるところが通り道。そしたらどうする?」

「――ほとんど言いなりになるしかない」

「それか、どっちかに尻尾振るしかないだろ。……と士官学校の講義では言っていた」


 エルフもヒューマンも本気で攻めてこれないからまだ助かっているが、力関係がはっきりしている以上は出された要求を渋々ながら受け入れるか、半ば強制的に実行されてしまう。はっきり言って、つらい立場だ。


「兵士の姿を見せないようにしてんのも、極力こっちを刺激しないためかもしれねえな」

「――確かに、話もトントン拍子で進んだし、彼らが最初から我々を受け入れるつもりでいたとしてもおかしくはない、のか……? でも、そうだとしたら、もっと段取りを整えていたような気も……」

「ただの推測なんだから、アテにすんなよ。向こうには向こうの事情っていうか、表面上は友好的に見えても、言えないことがあるんだろ。多分」

「しかし、それにしたって、要職にまったく護衛が付かないというのは、肝が据わってるんだかボケてるんだか……」

「それも、あいつら蛮族流の平穏主義っていうのか……よくわからねえが、理念の実践を見てもらいたいって狙いがあるんじゃねえかな。なんつーの、護衛なんかいらないくらい平和で、だから身構えなくても大丈夫ですよーっていうのを……」

「ええー……?」


 彼らの言う()()()()()は理想主義的だったが、かといって、それを代表しているモール・セティオンとギン・エンがお花畑の二大巨頭であるとも思えなかった。どういったシステムで国の指導者を選出しているのか俺は知らないが、三百年戦争を戦うヒューマンとエルフの板挟みになりながら、なんとかここまで国を存続させてきた頭脳の後継者であることを思うと、現実の過酷さを乗り切れるだけの強かさを受け継いでいると考える方が自然だ。


「じゃあ、こういうのはどうだ――おれ達を入れるかどうかでまだ揉めてる最中で、軍は反対派を抑え込むので精一杯なんだよ。だから兵隊は一匹残らず駆り出されてる」

「……むしろそっちの方が、理由としては納得できるんですがね……」




 えらく長い旅路となってしまった。


 ゴブリニアの首都は、建物が全体的にゴブリン向けのため手狭である、ということを除けば、オークランドのそれとほぼ変わらない。暮らしぶりは違和感を覚えるほどヒューマンのそれとよく似ていて、かつ、静かでゆっくりとしていた。異文化に触れる際の驚きを秘かに期待していた俺としては、かなり、がっかりした。

 さすがに言いすぎか。でも、肩透かしを食らった。

 本当は、彼らがそういう面でまともだということを、驚くべきなのだろうが……。


 あてがわれた宿舎はオークの都と同じグレードだったが、あまり飾り気がないところも同じだった。いいところ、という表現は比較的しっかりしたハコと内装である、という程度の意味でしかない。あとは山奥の年老いた木を記念に使ったとか、そういうことだ。絨毯には模様がないし、玄関の花瓶には白いチューリップが一輪挿してあるだけ。唯一、姫様の部屋に風景画が飾ってあったと後からジュンに聞いたが、


「え? えーと、小さな川が手前にあって、カーブしてるところに細い木が二本立ってて、それだけなんです。色も淡い感じで……地味でした」


 来客のための建物なので、ベッドから足が出てしまう心配はなかった。


 もてなしに関しても、彼らが思うところの豪華な食事を用意してくれたくらいで、(希望すれば酒は振る舞ってもらえたようだが)酒宴にはならなかった。今思うと、ラナロだって、ちょっと奮発して用意してくれたのかもしれない。


 それからすぐ、翌日からの探索の打ち合わせが行われ、早めの就寝を促された。

 この国に来たばかりの時から、大体、このような感じであった。


 普通――小国が大国の使者を迎え入れるときは、もっとこう……()()()()()べきとまでは言わないが、()()()()()ものではないのだろうか。


 気は楽だし、文句を言うわけでもないが、こうも必要最低限だと、逆に心配になってくる。ビジネスライクと言ってもいいくらいのやり方だ。


 もちろん彼ら、オーリンの蛮族が下手(したて)に出ていないということではない。俺達はお願いしている側ではあるが、もし運悪く話が(こじ)れていたら姫様は間違いなく実力行使に出るだろうし、俺もそれを支持するだろう。それは向こうもよくわかっているだろうから、機嫌を損ねるような真似は万が一にもやらない。


 だからおそらく、彼らの社会では、ゴマを摺り媚びを売るのはあまり好まれないのだろう。つまり、彼らにとってはこういう進め方こそ正道で、求心力があるのだ。これがいい、と信じていて――それこそ、アピールしている。


 試されているのかもしれない。


 人間の強欲さを理解できない彼らではあるまい――いや、俺達に限った話ではなく、オークにもゴブリンにも、きちんと宿っている性質のはずだ。だが、きっと、今の彼らはそういうことを捨て去ろうとしている。そういう思想の下に生きたいと願っている。


 それを認めてくれるかどうかが、彼らにとっては重要なことではないか……?




 初日だけは半分休息に、半分準備に充てられた。

 二日目から、本格的な行動が開始される。


 ここでやっと、武装したゴブリンが登場した。

 目指す先は密林であるので、慣れた者が先導した方がよい、ということで任命された二匹であった。ギン・エンお爺さんと共に同行する。ただ、武装といっても、短刀を腰に下げているのみであった。その短刀も、どちらかといえば鉈に近いものであり、行く手を阻む(つた)や重なった葉を取り除くために使うのだという。また、あまり考えたくはないが、猛獣を退けるために使うこともありえるとのこと。春も半ばを越えて冬眠から覚めた直後のシリアスさを抱えた動物はもういないだろうが、地元のゴブリンも入らないような場所へと分け入っていくので何と出くわしてもおかしくはない、という説明だった。


 打ち合わせの結果、チームを二つに分けることに決まった。地図に記されている場所は都よりもさらにさらに北方であり、一番近いと思われる小さな村を拠点として滞在しながら、交代で探索に出かけるのである。


 第一隊が姫様とデニー隊、第二隊がルーシア組とフォッカー・ハギワラ隊とされた。

 ゴブリンの三匹は全員で隊についてくることもあったが、大体はギン・エンがソロで第一隊に付き、ヘルパーの二匹は第二隊に付いていった。


 密林は、想像を超えて遥かに立体的な障害として立ちはだかった。

 俺はこれまで山や森には入ったが、ジャングルは――特に誰も切り拓いていないジャングルは――それらに勝る過酷な環境だった。オークランドの時点ではまだセーラムに似ていた風景が、ゴブリニアの北に来て急に熱帯雨林としか思えない地域にぶち当たるのだから、やはりこの世界の気候は俺達のいた世界とは違うものだと認識させられた。この辺りでは寒暖の差はあれど、一年を通してこの密林が維持されるのだという。


 草をかきわけ、排除し、凸凹した地面を踏んでいくので、歩数ごとの体力の消耗が段違いにひどい。まさに道なき道を行くといった趣で、疲れたから休もうにも、落ち着いて座れる場所がない状態であることが多く、休息を取れるだけのスペースを確保するのにまた疲れる、というようなしんどさがどこへアタックするのにも付いて回った。

 ただまあ、それは人海戦術でなんとでもなる部分なので、ものすごく疲れたという以外に言うことは特にない。問題というほどのことではなかった。結局猛獣も出なかったし、誰かがマラリアにかかったということもなかった。


 個人的に、これだけはどうしても参ったのが、シダ植物という存在そのものを、()()、という点だ。視界のほとんどがあれに埋め尽くされると、個人的には――非常に気持ちが悪い。あれは精神にくる。虫も嫌だが、頻繁に出てくるのと、常に見えるのではかなり違う。おかげで作業の間は、俺はジョークを飛ばす余裕がなく、顔を顰め続ける非力な青年でしかなかった。


 それを六日と四日続けた結果(間に一日、休息日を設けた)、俺達第一隊は遺跡群を発見した。それは大木が密集する地点に隠されるような形で存在していた。魔法の練習として水で葉を切っていたジュンが偶然、木の根を大きく傷つけた時、その下に、加工されたとしか思えないなめらかな石の面が見えた。少し時間を割いて掘り起こした結果、それは巨大な彫像の顔であることがわかった。目の部分の破片だ。


 それをきっかけに、一帯を重点的に探索した結果、まるで俺達を奥へ誘うかのように、朽ちた家屋の一部や青銅の剣が見つかり、最終的に――街、いや、都市の跡と思われる、侵食された建物の立ち並ぶエリアへと辿り着いた。


 書物を抱えたレギウスも加わり、皆が血眼になって、それらしいものはないか歩き回った。

 そのうち構造物の一つが、書物の挿絵と一致した。


 そこだけは不自然に開けていて、木の根も、うんざりするような葉の大群も鳴りを潜めていた。直径二十メートルほどだろうか、円形の金属の台がまずあり、その上に――何故か蔦だけは絡まっている――また別の金属で出来たそれが乗っていた。


 まるで凱旋門のような、それが。

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