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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第8章 偉大なるゴブリニア及び南部オークランド連邦
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8-6 ギルダの変化

「おい」


 外套を羽織り、防寒のために魔力を練り始めたシンへ、マイエルは声をかけた。


「今日も遠出するのか?」

「ええ。師匠はもう出てますし」

「――いつの間に」

「まあ、あの人は気配消そうと思ったらいくらでもやれますからね。何か準備するのをオレに知られたくなかったんじゃないですか?」


 この山小屋で過ごすようになって、早、ひと月が経とうとしていた。


 物資運搬の監督や、街で出た負傷者を治癒するために何度か山を下りはしたが、それ以外は籠もりっぱなしである。首都からの通信もシンに届く。


「段々と外にいる時間が長くなっていないか? 最近はどういう内容なんだ?」


 シンは唇に指を当てて、


「――秘密なんで。あ、そうだそうだ、現地調達するから昼は自分達だけで食べていいと言ってました」

「……わかった」


 扉が開き、風と雪が玄関へ吹き込んでくる。


「ぐあー、さみ……」


 シンは炎魔法を慎重に操って、出入口の周囲の雪を溶かしている。


「なあ、君は、彼女が一体いくつの魔法を覚えていると思う」

「さあ? 何でも出来るんじゃないですか?」

「真面目に訊いているんだが」

「うーん、どうでしょうね。それなりに長生きしてはいるだろうけど、隠れて暮らしていると、意外と機会には恵まれないのかもしれない。でも、ほとんど身の上話なんかしないから、そんなのわかりっこないですよ。直接聞いた方が……」

「答えてくれると思うか?」

「それもそうか。ただまあ、この小屋のことを考えるとねえ」


 シンは振り返って、屋根の方を見上げた。


 ミンジャナの山小屋は予想外に快適であった。何せ、外から見て一階建てのところが、中に入ると二階建てなのである。部屋の数もありえないほど多い。空間を操る何がしかの術を備えているのは確かだった。


 初めてここへ来た時風景に施されていたカモフラージュ(欺瞞)といい、珍しい魔法を惜しげもなく披露している。それだけで相当数の魔法を習得しているのが窺える。


「ま、少なくとも今のオレよりは多いはず」

「――彼女の魔法の中には、君が知らないものも多いと思うが、その……精神魔法を応用して、教えてもらうことはできるのだろうか?」

「可能だとは思いますよ。でも、今教えてくれって言っても、普通に断られるだけでしょうね。それをやる時は、きっと免許皆伝の時だ」

「……というと、」

「腕ずくで奪えるようになったら、師匠も文句は言えない」

「実際、どうなんだ。その域には近付けているのか?」


 シンは複雑そうな表情を作ってから、舞い散る雪の中に消えた。




 マイエルの目線からは、シンがどのように成長しているかはわからない。

 精神魔法はそれを受ける当事者にならなければ、感知できない部分があまりにも多すぎる。本当ならば毎日でも状況を報告して欲しいところだが、口で説明することが難しいから、シンもあのようにはぐらかすのだろう。何をもって進捗とするのか、それすらも感覚的な問題であるに違いない。


 ギルダの手の甲へ、勢いよくナイフを突き立てた。

 八度目ともなると、彼女は悲鳴さえ上げない。

 ただ、苦痛に顔が歪むのは仕方のないことだ。テーブルを汚さないよう敷かれた布に染みた血の赤と合わせて、言葉の代わりに語りかけてくる。


 マイエルはナイフを引き抜き、砂時計を掴む。


「さあ、始めるぞ」

「マイエルさん、楽しんでませんよね……?」

「そんなことはないが、昨日より速くなっていなければもう一度やるのはこれまでと同じだぞ。さて――」


 逆さにする。


「ふっ……ぐ、うゥ――」


 ここ数日は速度に重点を置いた訓練を続けている。戦闘を前提にした治癒魔法は、なるべく幅広い肉体の損壊に対応することも大事だが、より素早く回復できなければ役に立たない。どちらの点も甘かったギルダだが、こうして今見ている限りでは、かなりの水準まで上達している。


「――終わりました。昨日よりは短い時間ですよ、絶対……」

「そうだな。だが、まだ悪い癖が残っている」


 自分の怪我を治すやり方はどうしても必死になるため、覚えが早くなる。ギルダもこの修業期間が始まってから、これまでとは比べものにならないほどの使い手となりつつあった。


「開始してすぐの治癒力と比べて、終了間際はどうしても鈍るな。この山を下りる前に、ムラのない治し方だけは覚えておくことだ」


 いい加減うんざりしてきた、といった顔でギルダはこちらを睨んだ。


「――マイエルさんも、昔はこういうやり方で魔法を覚えたのですか」

「そうだ。父は厳しいエルフだった。何度指がなくなると思ったかわからない」


 さすがに魔導院の生徒にも同じ教え方をするということはないが、マイエルの経験上、これが近道であることは確かだった。そして、より深遠なる領域へと到達しやすいのもこのやり方だ。


「だがそのおかげで、私は評価される治癒魔法家となった。君がそうなれるかはわからないが、少なくとも、損をさせるつもりはない」


 シンが負傷して帰ってくることもあるので、その時は遠慮なく実験台として利用させてもらうが、そう毎日怪我の収穫は見込めない。安定した練習の条件を作るという意味でも、自分に傷を刻むのは有効である。


「――シンは、あの黒エルフに導かれることで、本当に強くなれるのでしょうか」


 実績のあるマイエルに教わっている自分と比べたのか、ギルダはそのようなことを言った。


「わからない。ミンジャナが優れた魔法家であることは確かだと思うが、問題はシン自身が満足できる強さになれるかどうかだからな。つまり――94番の中に巣食っているらしい精神魔法使いに勝てるようになりたいのだろう。そして、私達はその強さを測れる物差しを持っていない。例えば火の魔法使いはより熱く、より大きな炎を生み出すことが一つの目標になると思うが、精神魔法ではそうした目に見える効果は現れない。精神魔法同士のぶつかり合いということになると、いよいよ門外漢ではお手上げだ。互いの心に干渉し合うという攻防の中で、どのような要素が強さを決定付けるものになるのか、まるで知ることができないのだから――」


 ギルダは、痕も残さずに治した手をさすった。


「歯痒いです。彼の役に立ちたくても、その方法がないのは……」

「それは、仕方があるまい」


 本来ならば、それがエルフの言うことか、と怒鳴らなければならない場面だ。


偶々(たまたま)、今回君が彼の目的を手伝えないというだけの話だ。他の部分では、君は重要な役割を果たしているじゃないか。君が座っている十三賢者のポストは、もちろんレギウスを取り戻すという目的に役立っているが、同時にシンの戦争を止めたいという目的にも役立っているはずじゃないか。それがどれだけの恩恵であるか、あのヒューマンは本当に理解しているのか? そのことについて、少しでも君に感謝の言葉を述べたことがあるのか?」


 もう、ギルダとシンの仲を裂くことができないということを、マイエルはわかり始めていた。それがおそらく魔法のせいではないということが、余計に事態の深刻さを表していた。メリー・メランドは、まだいい。彼女はシンに心を操られている。シンの味方をするように、作り変えられてしまった。だからこの旅にも同行したし、露骨に運搬魔法をアテにされていても文句一つ言わない。


 ギルダは違う。

 マイエルと同じく、まだ、シンの魔法に心を侵されていない。

 ()()()()


「――ありますよ」


 とギルダは答えた。


「本当に助かってる、って。ギルダのおかげで、オレはここまで来ることができた、って――」

「君の部屋でか?」


 その様子を思い浮かべることは、激しい苦痛をマイエルにもたらした。

 ある意味では、外傷よりも。


 ギルダの沈黙が、そのままゆっくりとした返答になる。


 後ろめたさを隠しきれていないところが、自然な感情の発露を際立たせているようで、マイエルはいたたまれなくなった。


 足早にその場を立ち去ろうとして、


「いけないことなんですかっ!?」


 背に浴びせかけられた言葉が、まとわりついて残った。


「――本当に……いけないこと、なんでしょうか……」

「私にそれを言わせるのか」

「マイエルさんだって、シンと付き合ってきて、少しは、」


 振り返って、視線が合いそうで合わない。


「――どう言われるかわからない君ではないだろう!」


 ギルダは俯き、唇を噛んだ。そして、


「じゃあ、黒エルフを消したのは正しかったんですか」

「……それとこれとは別の問題だ。第一、私達はそれを詳しく知らない」

「何が違うんですか。ヒューマンにしようとしていることと、同じではないんですか」


 違わないだろう、ということは、マイエルにも容易に想像できた。


「わたしにはわからないんです。ミンジャナさんの持っているわたし達との違いが、本当に致命的なものなのか。彼女にだって心はあるでしょう?」

「だから何だ」

「ミンジャナさんは、シンだって、わたし達の心を魔法で操れるわけでしょう。それって、わたし達と同じ心を持っていないと、できないことじゃないんですか? わたし達の心を理解していないと、不可能なことなんじゃないですか?」

「君はあまりにも理想を掴もうとしすぎている。それに、その主張は論理的ではない」

「そんなことない! 内に持っているものが同じなら、手を取り合うことがどうして難しいのかわからない! 少し、見た目が違うだけのことじゃないですか……」

「――それこそが大きな問題だということが、何故わからない……!?」


 白エルフ同士でさえ、美醜の感覚がある。

 それを種族の壁で覆ったらどうなるか、ギルダにはわからないのだ。

 そして不幸なことに、どうしてわからないのか、マイエルには理解ができる。


 彼女は若すぎる。


「今更、君とシンの関係を戻せるとは、私も思わない。ただ、これだけは覚えておくことだ――どんなに心を通わせようと、君とシンは違う。何もかもが、違うんだ」


 強く床を踏んでいかなければ、いつまでも立ち尽くしてしまいそうだった。


「待ってください! 話はまだ終わって……」


 呼び止める声も振り切って、マイエルはそのまま外にまで出ていった。

 頭を冷やさなければならないのは自分の方だと、よくわかっていたからだ。




「……なんか、今日、みなさん無口ですね」


 夕食のシチューを口に運ぶ手を一旦止め、シンがそう呟いた。誰も何も答えない。


「えっ……、何かあったんですか……?」


 仕方なく、マイエルは言った。


「黙って食え」

「……すいません」


 また長い沈黙が続く。シンはそわそわとしながらマイエル達を見るが、ミンジャナは特に気にした様子もない。


 次にギルダが口を開いた。


「ミンジャナさん」


 マイエルは顔を上げた。


「白いエルフのことを、どう思いますか」


 ミンジャナはあくまで食事に集中していたが、


「その質問の意図がよくわからん」


 と途中で答えた。ギルダは簡潔に説明した。


「黒エルフの末裔として、歴史を知るあなたから見た白いエルフがどのようなものか、聞きたいのです」

「わからん」


 あまりにも早い返答と、その中身の無さに、ギルダも、聞いていたマイエルも面食らった。


「それは……一体、どういう……?」

「お主がわしに何を期待していたのかは知らんが、わし自身の答えとしては、そうとしか言いようがない。大方、黒いエルフがどのように数を減らしたか知りたいといったところだろうが……」

「ちが、――そうです」


 ミンジャナはそこでギルダを一瞥したが、すぐにシチューへと目を戻した。


「わしの先祖は、とうの昔に、伝えるのをやめた。だから、白いエルフと黒いエルフの間に何があったかなどわしは知らんし、知ろうとも思わん。わしが知っているのは、隠れて暮らした方が長生きできるだろうという指標だけよ」

「嘘だ!」


 自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。


「あ、いや……」


 決まりが悪くなったが、マイエルは続けた。


「あなたは……心が読めるのだから、自然とある程度は知ってしまうはずです」

「まあ、それは、全く知らんと言ってしまえば嘘になるか。だが、その意味ではお主らと大して理解度は変わらんと思うがな……。よく知らんことに対して抱く感想が、わからん、では不思議か?」

「そうかもしれませんが、しかし……」

「そうさなあ――もしかすると、もう黒エルフはわしだけなのかもしれん。あらためて考えてみると、ただごとではないな。憎しみやら怨念やらも、太古の昔にはあったのかもしれん。わし自身も、同胞が多くいれば何か別の選択肢を得られたかもしれんと思うことはある……だが、生まれた時から今と似たような暮らしではな。お主ら白いエルフを警戒してはきたが、さりとて、(むご)い目に遭わされたこともない。わしにとって白いエルフは、ただ数多く、行く先々で暮らしているというだけの生き物だ」


 マイエルにとってさえミンジャナのこの認識は想定外だったのだから、思い切って訊ねたであろうギルダの驚きは想像に難くなかった。

 同時に、貴重な歴史の手がかりが途絶えていることを知った。


「まだ納得できんか? ならば、これはどうだ。わしの親も、その親も、またその親も、心が読めた。魔法の遺伝だな。となれば、その気になれば、当時何があったかを生々しく伝え続けることができたはずだとは思わんか。記憶そのものを。それがされていないのだから、そういうものだと受け入れるしかなかろうが? 意図的にしなかったのか、やめたのか、あるいは長い年月の前には記憶の保存すら不可能だったのか……いずれにせよ、」

「なんか、今日、師匠饒舌ですね」

「黙ってろ!」

「続けるぞ。いずれにせよ、わしはお主らの望むような歴史は持っとらんのだ」

「そんな……」

「訊きたいことはそれだけか?」


 マイエルはギルダの方を見たが、ギルダはマイエルから目を逸らした。


「いや、それは……山ほどありますが、しかしこれだけでも答えていただけるとは思っていなかったので……」

「何だ? 山ほどもあるのか? ……まさかお主ら、今みたいにわしの機嫌がよさそうな時を狙って質問攻めでもするつもりだったのか?」

「そういうわけでは……」

「それは面倒だ。答えられるとも限らん。――そうだ」

「あの」

「お主ら、これからよほどのことがなければ、わしにものを訊ねるな。その代わり、」


 ミンジャナは指を鳴らし、魔力の気配を纏った。

 すると、地下の方から、明らかに何かが動く音と、振動が伝わってきた。


「明日から書庫の掃除をしろ」

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