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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第7章 隣界隊
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7-7 独占禁止法

「――隣界隊(りんかいたい)?」


 マルハザール大統領は訝しげに、被っていた布巻きをいじくった。


 どういう素性の部隊なのか名前でわかるようにしよう、というのは姫様と話し合って決めていた。だからこういう名前になった。


「お気に召さないのでしたら、他の案もありますが?」


 嘘つくな姫様。そんなもんないはずだぞ。


 ルーシアの指導者はもういい、とひらひら手を振り、


「名前など、どうでもよいわ……」


 悪い意味で受け取って欲しくないんだけど、はっきり言って、召喚された人間はこの世界の人間とは違うので――区別する必要がある。名前でも。俺達は外国人(エイリアン)だ。本当なら、地球出身者だけで固まって住んでもいいくらいだった。それをしなかったのは、周りの環境に慣れてもいないのに戦えるわけがないと、俺が思っているからだ。そう、カルチャーギャップはある……当然。俺だって最初はかなり戸惑った。今でも結構戸惑っている。だからこそ、早いうちにできるだけ埋めておかなければならない。


 戦い始める時のギャップは、住む世界の違いなんかとは、きっと比べものにならないだろうから。


 違う、ということは変えられない。俺達が変わろうとしても、それを見ている人が理解してくれるとも限らない。

 育った場所が違う、価値観も違う。何考えてんだかわからない。わからないことを沢山知っている。そのくせ魔法は知らない、知らないのに魔法を使える。本当にこの国のために、ヒューマン同盟のために、ヒューマン民族のために戦ってくれるかわからない。


 それでも、とりあえずは味方だ、と思ってもらわなきゃ戦えない。


「我らルーシアの目が届かぬところで勝手に戦力の増強を進めていることが問題だ、と言っておるのがわからんのか!?」


 でぶの大統領は机を拳で叩いてからそう言った。

 体重が乗っていたせいか、結構大きな音が、部屋の中に響いた。


 まあ本音はそうだろう。同盟関係を結んでいる相手から仲間外れにされていいことは何もない。一体何のために協力体制を敷いているんだ、その通り。

 ただまあ、王様がさっさと事を進めろと言ったのは、こんなふうにうるさいからだろうし、結局何でうるさいかっていうと、陣営単位じゃなくて国単位で考えた時に、どうしても自分のとこの損得を気にしなければならないからだ。

 そんな場合じゃなくても、戦後のことを思案してしまうのが人情――本当にセーラムが召喚魔法を独占し、本当にこの敗色濃厚な戦局をひっくり返し、本当にエルフとの生存競争を制してしまったとしたら、その後のパワーバランスはえらいことになる。かつての、三百年戦争が始まる前のセーラムは、既知世界一の大国だったと聞く。当時を記憶しているヒューマンは消え去って久しく、最早エルフ側にさえ何匹が残っているか知れないが、因縁というものは、刻まれる。昔のヒューマンの歴史を、俺は詳しくは知らない。だが隣接している国は仲良しこよしにはなりにくい。現在でもヒューマン同盟の盟主として振る舞っているのだから、かつての強いセーラムに返り咲かれてたまるものかという心理がルーシアの中で働くのは、ごく自然なことだと思える。


 だからこそ――、


「そもそも、」


 と姫様は続けた。


「戦力の増強など、進んではおりません」

「――何を、……」


 大統領は絶句した。側近のイケメンじゃない方が後を引き継ぐ。


「ひ、開き直ったか!? 言い訳を並べ立てることすらしないというのか……!」

「ですから、申しました通り、魔法戦力の増強は進んでおりません。これはそのままの意味です。確かに、我々セーラムはディーンから譲り受けた金剛石を既に召喚魔法へと()ぎ込んでいます。召喚されたヒューマンは、今のところ全員がセーラムで暮らしており、全員が魔法の才能を持ちます」

「そうだろう! これを不当な占有と言わずして、」

「それでも」


 今度は姫様が(さえぎ)る番だった。


「我々は、戦力の増強を()()()()()()()()……と、言わざるをえません」


 ここで、ようやくルーシア側は姫様の発言の意味を考え始めた。


「この計画をセーラムの力だけで実現することは不可能です」


 これが現状……というか、実態だった。


「彼らは、我々が築き上げた文明よりも、さらに発展した共同体から来ました。我々の社会では考えられないような進んだ教育を受け終えてもいます。ほとんどは。適切な指導さえ行うことができれば、通常よりも遥かに短い期間で魔法兵に仕立て上げることができるでしょう。それこそ、刹那の如く。これまででは考えられなかったような早さで魔法戦力を充実させることが可能なのです。適切な、指導さえ、行うことが、できれば」


 彼女が区切ってもう一度言ったのは、そこのところをよくルーシアの面々にも理解してもらわなければならないからだ。


 壁が目の前にある。

 そんなに堅い壁じゃないが、突破するのに、俺達だけでは明らかに足りない。


隣界隊(りんかいたい)創設には、ルーシア共和国の力が必要不可欠です」


 是非とも、彼らには助けてもらいたい。


「我々はまだ異界からの客人(まれびと)を招き、一ヶ所に集めようとしているだけなのです。セーラムは原石を掘り起こしただけに過ぎません。私や、周りにいる者達だけでそれを磨いていく――白状いたしましょう、考えなかったわけではありません」

「何だと!?」

「あまりにも、――そう、あまりにも、時間がかかる。人手も足りません。彼らを戦士に育て上げるためには、これまでのような環境では不十分なのです」

「惑わされぬぞ。ではそこにいる道化はどうなのだ? メイヘムを竜巻で包み込み、エルフの土甲を退けた――突然にだ。長いことその小者(こもの)に構い続けてきたわけではないのだろうが? ごくわずかの間に、セーラムは上質な魔法家を育てうるという証左ではないか!」


 うん、そこを突かれるとちょっと痛い。

 俺が風の魔法を使えることは知られてきたが、エルフにばっかり強力だ、ということまでは公表していない。


 まだ彼らは恐れている。

 俺がどこまでやれてしまうのかということを恐れている。

 俺が()()、天災級の魔法を、それもナチュラル(自然)に扱えるのであれば、それだけで威圧されているのと変わらなく感じるはずだ。だから彼らは今一歩、横柄になりきれずにいる。許されるラインまでで止まっている。割と本気で、下手を打てば潰されると考えているはずだ。


 実際には、そういうことにはならない。

 俺が彼らに対して相当腹を立てたとしても――彼らの国や枠組みを壊すまでには至らないだろう。だからこそ、俺がエルフに対してだけ竜巻をぶつけられるということは、伏せておきたかった。彼らが幻影に怯えなくなった時、何をしてくるかわからない。


「それとも何だ? ゼニア姫。貴女は風の化身を拾ってきたとでも申すのか?」

「はい。フブキは特別です」


 あまりにはっきり言い切ったので、わかっていても姫様に目で訴えかけてしまう。

 それは完全に無視された。


 マルハザール大統領閣下も、これは予想から大きく外れた返答だったのか、どう拾ったものかと少し考えている。その間に、姫様は続ける。


「よって、通常の考えでは捉えません。少なくともこれまでは、そのようにしてきました」

「……部屋の外で番をしている、あの侍従は、」

「あの者は確かに優秀ですが、未だ発展の途上にあります。実戦を経験したからといって、一人前として扱うことはできません。程度としては、召喚したばかりの客人(まれびと)とそう変わりはしません」


 ――静かになった。


「私が申し上げたいのは、ルーシア・ディーン両国の協力なくしては、ただ子羊を群れの外へ放り出すのと同じ結果に終わる、ということです。セーラムに馴染もうとしている者はおります――この時点でも。しかし、それが全てではありません。人によってはルーシアの風土が肌に会うでしょう、ディーンの文化に己を見出すということもありえます。セーラムだけでは駄目なのです。ただ我々が最初に鉢植えを用意したというだけなのです。セーラムだけが水を撒いていては、この種は決して芽吹くことはありません。おわかりですか? 隣界隊を、セーラムで独占することは不可能です。ヒューマン・アライアンス全体が育てることによってしか、この魔法隊は、成立しません」


 そう、ルーシアの意向を挟んでもいい……という、これは譲歩だ。

 そして同時に、真剣なお願いでもある。


 現状、どうしても俺達の環境に馴染むことのできない客人(まれびと)がいる。

 戦うどころか、働くどころか、学ぶどころか――活動するということが難しい、という人をゼロにできない。


 力不足もある。というか、それが大きな要因の一つだろう。まったく無責任な話だが、想像していた以上に、異界で身を立てるということには困難が付きまとってくる。俺達が作ることのできる皿はまだ小さい。いずれは拡張していける皿だが、今はまだ全ては乗らない。零れようとしている――もう零れている。


 受け皿を用意してもらう。それが希望だ。

 アデナ学校に、どんどこ人を送り込んで来てほしい。教える人は多い方がいい。それがスパイでもちょっとは許せる。連れて行きたいのなら、本土に連れて行ってもらっても構わない。大事に扱ってさえくれれば、何をやらせたって結構なことだ。


「しかし、だ。そうして我らが手塩にかけて育てた魔法家を、いざというときにセーラムが、……」


 大統領は先を言おうとして、やめた。


 この新たな魔法隊が成立してしまいさえすれば、セーラムがそれを独占することはありえる。だがそれまでに、各国の思惑を仕込む余地を用意した。そういうことでモメないのが一番だが、この寄り合い所帯では、どう転ぶかまではわからない。それぞれがうまく客人(まれびと)を取り込みさえすれば、これは最悪の想定だが仲間割れが起こった時に、どこかが一人勝ちするということはないだろう。


 ()()が抑止力になってくれると、考えてみてほしいのだ。


「――それにしても、この部屋はもう少しでも暖まらんのか」


 その図体で寒がりなのか、と俺は思った。


「何卒、御辛抱いただけますよう……」


 乗ってくれたかな?


「いいだろう。セーラムの言い分はわかった」


 よし。


「だが、それと、我らに無用な心配をさせたことはまた別の問題ではないか。そうだろう?」


 あれ?


「そこに関して、はっきりとした謝罪を聞ければ、この場は収まるのだ」


 おいおいちょっとちょっとちょっと、なんじゃそりゃ。


「それでよしとする」


 何言ってんだこのおっさんは。

 それは確かに、国のトップとしてプライドは守り通すべきだろうが……。


「――そうだな、今度のことは少し余が()いたか。ルーシアのマルハザール大統領、謹んで、」

「いや、いや、ガルデ王陛下……ゼニア殿下がお言葉を紡ぐのが筋ではないですかな」


 側近がそう言い、大統領のおっさんもしっかりと頷く。


 そうかなあ筋かなあ。そりゃあこっちも内緒である程度は進めてきたけどさあ、まさかこんなに嫌な人達だとまでは思ってなかったからさあ、だったらおあいこでも別にいいんじゃないかって俺はさあ、思うわけ……。


 さすがに姫様もすぐには謝ろうとしなかった。

 多分、この調子だと向こうがどこまでもつけあがることを知っているからだろう。

 ディーン側からの助け舟を期待したいが、彼らには彼らの立ち位置がある。しかも同じように困惑しているから、まず無理だ。


 こちらがまごついているのを見て少しは満足したのか、大統領は笑みを浮かべた。

 既視感のある笑い方だった。できれば思い出したくない類の。


「――まあ、今すぐに、というのは少し酷だったか。ゼニア姫も高貴なお立場、加えて武人であるからには、素直になって良い場と悪い場もあろうか。では、少しばかり時を置き……それに、見ている人数も減らせば、大分言いやすくなろう。さよう、今晩にでも、儂の部屋に参られてはいかがかな?」


 待て、こいつ、


「どうだ? 一対一ならば、他に聞く者もおるまいて、秘密にできるぞ」


 それ以上言うな、


「何なら、()の、上ででも――」


 そうかもしれない。

 この部屋は暑いかもしれない。


 俺なら、エアコンの代わりになるかもしれないな。




「――フブキ!」


 はっとした。

 姫様の大声にも驚いたし、魔力を出してる自分にも驚いたし、皆がすごい顔でこっちを見ているのにも驚いた。


 ――ちょっと待て。俺、どのくらい()()()()

 何か、した?


「あ、あの、えと――あー……」


 姫様だけが、背を椅子に少し付けた。そして長く息を吐き出した。

 背が再び離れた。


此度(こたび)のことは、」


 視線が俺から姫様へと移動していく。


「私が独断で推し進めてしまった部分が大きく、それによって各方面に混乱を招いたことは事実です。軽率と浅慮を、深く――謝罪いたします」


 立ち上がり、


「大変、申し訳ありませんでした」


 頭を、下げた。


 たっぷり十数秒は、そのままだった。

 だが、大統領は笑わなかった。満足気でもなかった。憤りさえなかった。ただ――下を向いていた。あの男は、姫様を見ていなかった。


 それで、完全におかしな空気となった。


 ――アキタカ皇帝が、ちら、と俺を見た。ちょっと責めるような目で。


「……では、本日は解散といたしましょうか」


 がたっ、とクドウ氏が立ち上がり、フォッカー氏は力強い足取りで扉まで歩いていって、それを開け放った。


「ああ、そうそう――今する話ではないのかもしれませんが、個人的なことを言えば、フブキ殿の演じ分けは興味深いものでした。特に盲目の予言者が喋る際には必ず目を瞑っていましたね。私は、ああいうのは、面白いと思います」


 なんだかよくわからなかった……が、おそらくフォローだ。

 ディーンの三人は去っていった。


 続いて、側近とイケメンがマルハザール大統領を椅子から立ち上がらせた。

 側近は見えなくなるまで俺を睨みつけていた。イケメンの方は大統領の巨体の大部分を支えていたので、様子がよく見えなかった。


 そして、俺と、姫様と、王様と、おそるおそる入ってきたジュンが残った。


 当然、いたたまれなくなった。

 恥ずかしいやら情けないやら、まだ嫌な気分も残っていたし、やっと、怒ってはいけないところまで怒ったということを認めなくてはならなかった。


 俺は椅子を離れた。元から人と目を合わせるのは得意じゃないが、もう誰の顔も見れなかった。早歩きでその場を立ち去った。

 ――立ち去りたかったが、すぐに足音が一つ、ついてきた。


「フブキ」


 聞こえなかったことにして角を曲がった。


「フブキ」


 階段を駆け下りた。


「フブキ」


 近道。滅茶苦茶寒いが中庭を横切る。早く自分の部屋に行きたい。


「……待って」


 立ち止まった。こんなところで……思いっきり外だぞ。

 ――振り返りたくなかった。


 すると、一揃えの脚が、俯いている分の視界の中に入ってきた。

 回り込まれた。


「ねえ、」

「――あんな奴らと、手を組んでいる必要なんかないんだ!」


 偽らざる気持ちだったが、それをほざいていい時ではなかった。


「あいつらは、俺達の戦いにはいらない。違うか!?」


 やらかしたんだ。また。

 まただ。いい加減あんたもうんざりしているだろうけど、また。すまない。


「姫様、あいつ殺そう。それで別の、もっとまともな人に大統領になってもらおう。できるだろ? むしろ今がチャンスだ、見たかあの面――」


 本当は、俺はあそこで大統領を笑わせようとするべきだったのだろう。

 それか、誰にも言えないような冴えた一言を投げかけるべきだったのだろう。


 ――何のために、道化師という肩書きをもらったのか。

 誰かを脅すためじゃない……。失格だ。


 この人の足を何度引っ張れば、俺は、


「――落ち着きなさい。ヒューマン同盟にとっては、彼らも欠けてはならない存在よ」

「……自分も結構腹を立ててたくせに……」


 姫様の、長い溜息。


「そうだとしても、謝るだけで済むなら……いいえ、それなら、あなたがああしてしまう前に言ってしまうべきだったのね」

「その通りだよ。……ごめんなさい。本当に、ああ、また……もうあんたも愛想つきたろ。このへんで放り出してくれていいよ。今までよく我慢して……恨んだりしない」


 変な喋り方になってしまう。

 何が問題かって、このゼニアという人は、多分、俺を、許す。

 穴があったら……、


「私のために怒ってくれたんでしょう?」


 そうだと、思う。


「……わかんねえ」

「なら、いいわ」


 顔を上げた。


「いいわけあるかあ! 向こうが根に持つのなんてわかりきってる! これから何て言われるか……!」

「意外と、もう何も言ってこないかも」

「ないよ、それはない。――下手したら、城の中でヤバい手を使ってくるんじゃ。狙われるのはあんたなんだぞ!」

「それは、別に……、ジュンもいるから……」

「とにかく!」


 顔を覗き込まれているのに気付いた。


「とにかく?」

「……、いや」

「そう? ――ルーシアの出方もいいけれど、私としては、とりあえず、先に、お父様の機嫌を心配した方がいいと思うわ」

「後回しだ後回し!」

「でも、気にするべきよ」

「いいんだよ王様なんて泥被るのが仕事だろ!」

「――フブキ、お願い、わかって」


 やっと、姫様の視線が微妙に俺から外れているのに気付いた。


 ……短く息を吸って、振り返って、真後ろに王様が、

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