7-1 最後のエルフ
前回のことを踏まえ、それっぽくならないよう気をつけてはみたが、実際に座ってみると、そこは結局面接室らしい面接室になってしまった。
「さて、ではまず、お名前と、年齢を教えてください」
俺は少し日本語に切り替えた。
「……ああ、日本語だとわからない者がいるので、」
戻す。
「こちらの言語でお願いできますか。会話に支障はないと思いますが、如何でしょうか」
小太り。スポーツ経験もあまりなさそう。
Yシャツ、ネクタイ、スーツの下。いかにもおっさんくさい大きな眼鏡。
真冬の、暖炉も小さい部屋だというのに、少し汗を滲ませている。
目の前の男は少し躊躇ったが、頷いた。
「はい……わかります。話せます」
「ありがとうございます。ではもう一度――お名前と、年齢を教えてください」
こちらの前にだけ机があるのはそれだけで威圧感を演出すると前から思っていたので、相手方にも同じ物を置いてみた。それと、こちらは三人でいかにも数の利を思わせるので、座る位置を分散させてある。
姫様には小さな椅子だけ用意して、側面から眺めるような形で落ち着いてもらった。
そして、聞かれる側の隣に、ジュンを置いてみた。
それではむしろ囲む形になるんじゃないか、ってあんたは思うかい?
……そこに俺の失敗がある。
この配置が却って圧迫感を与えていることに気付き、変更しようとした時にはもう、後の祭りだった。姫様が気に入ってしまったのだ。
「……ワタナベ・ソウイチと申します。歳は……三十七歳です」
十四個目だった。
最初の十個は、ジュンを召喚した時とほとんど同じような条件下で行った。
つまり、日本から来た、若い、ろくでなしだ。
ただ、ジュンの時は一応、水の化身、という魔法に関連する条件を付けたが、ディーンで確保した四十個という数を前にすると、そういった作為で確かな結果を得ることよりもむしろ、無作為のもたらす結果を試してみたくなった。
条件を減らしたら、どうなるのか?
今はその第二段階の途中だ。
若い、という条件すら取っ払ったら、どのくらいの振れ幅が出るのか。
彼が一つの答えだった。
既に、こちらのことについての説明は一通り終えてある。
科学の遅れた世界で、しかし魔法はある。
ここはヒューマンの国の一つで、エルフヘイムと戦争をしている。
情報の量が量なので一方的に押し付けるような形となってしまうが、回数を重ねていくにつれ、最初に叩き込んでもらうのが一番楽でスムーズに行くということにはもう気が付いていた。どうせ後からいくらでも補足できる。
大事なのは、それを踏まえて、さあ今度はそちらのことを聞かせてくれ、と言いやすいことだ。
「生前のことについてもお聞かせ願えますか。例えばご職業、あるいは学業などです。何もしていなかったら、何もしていなかった、とそのまま答えてください」
本当はまだ死んでいないが、俺達のような特殊ケースに捕まらなければ間違いなく助からない状況だったので、言っていて違和感はないし、ワタナベ・ソウイチ氏もまたそのように受け止めているようだった。
この男は上半身と下半身が分かれた状態で召喚された。もちろんスタンバイしていた姫様が即座に戻して修復したため、一命をとりとめた。
列車や地下鉄の人身事故によるものであることはわかっていた。
つまり、彼で二人目だったのだ。一人目の男――若い、という条件をなくした一発目、金剛石十一番からやってきた男がほぼ同じ状態だった。その時はどうやったらこういうことになるのかと首を傾げたものだが、後から聞いて、腰から巻き込まれた場合、運が良ければそれが初期段階なのではないか――という結論になった。
ワタナベ・ソウイチ氏はまた躊躇い、今度は言わないよう決めたらしかった。
「……まあ、お気持ちはわかります。プライバシーの領域ですし、人によっては恥ずかしいことを言わなければならないこともあるでしょう。私も、ここへ来る直前までは、ありふれた就活失敗大学生でした。ただ、この質問は、参考にはしますが、あなたの今後を決めるためのこちらの判断材料としてはあまり重要ではありません。そもそも、最終的には身の振り方を自分で決めていただくことになっています。ちょっとしたアンケートのように思っていただければ結構ですので。それでも気が進まないというのでしたら、また別の機会にでも回しますが……」
これは嘘じゃない。
魔法以外は期待していない。それに、魔法以外を期待してはいけない。
そんな筋合いはなかった。
彼には明かしていないが、ろくでなし、という条件に引っかかってここにいるのだ。それで招いておいて、一体どんな文句がつけられようか。この男が車を住所にしていたとしても、十年間の懲役を終えた直後であったとしても、俺は驚かない。
「……会社員です」
「もう少し、具体的にお願いできますか。その括りだと広すぎるので……」
彼がぐるぐると考えているのがよくわかった。
簡単にこちらの身分も明かしてはあるが、それにしたって道化の格好をした小男が真面目くさって進行役を務めるとは思っていなかったのだろう。時折、視線が目元の刺青へと注がれる。
「い、飲食です、飲食関係……」
姫様は対象を観察する役目だからまだいいが、隣へ置かれた身体の大きい少女については全くわからない、というのはほぼ共通して見られる反応だった。
確かに、この場でジュンに与えられている仕事はあまり大きなものではない。彼女自身、難しいことはできないと言って同席するのを辞退していた。それでも引っ張ってきたのは、(俺の心をできるだけ落ち着かせるための)数合わせや、面倒な事が起こった時に(俺より)素早く鎮圧できるからというのもあるが――彼女ならヤバい奴を嗅ぎ分けられるのではないか、という淡い期待を(俺が)抱いているからでもあった。
基本的にはそういうのも姫様が全部やってくれるとは思っているが、いくら人を見る目に長けていても、俺達がいた国の精神構造に詳しいわけじゃない。なんだかんだで俺やジュンを手元に置き続けてきた、ということも踏まえると、紙一重でアウトな対象まで引き入れてしまうことは、可能性としては考えられた。
要するに、ナルミ・シンのような手合いが混じることは、絶対に避けたいわけだ。
だから俺もできる限り目を光らせるが、それとは別の意味でキレてる人物に関しては、失礼ながら、ジュンの方が近い位置にいるはずなので、より強く感じ取れるのではないか――と思っている。
かつてこうして弾かれてきた俺が、別の立場で同じようなことをしているのは、皮肉としか言いようがなかった。「人にやられて嫌だったことを自分でするなよ」、――まったく言い返すことができない。
だが――やらないわけにはいかなかった。
正当化のしようもないが、やらないわけにはいかなかった。
「飲食関係ですか。えーと、もう少し、詳しく」
とうとう観念したのか、男は、(あっちの)世界中に展開している有名バーガーチェーンの名前を言った。
「そこの、マネージャーをやっていました。あ、つまり、店長ですが……」
「なるほど。よろしければ、ここへ至るまでの詳しい経緯もお訊ねしたいのですが、如何でしょうか? つまり、どのようにして――自ら死を選んだのか……」
違っていてくれ、と望みながら俺はそう言った。
ここまでの十三人は、全員が自殺か、あるいはそれを匂わせた。
統計的に信頼できる、というほどの数字ではないが、明確な条件を付けていないのにこの打率では、無視できない。
男は、頭を下げた、とも取れるような速度で俯いた。
「すみません、今は……。ただ――」
「ただ?」
「気が付いたら、勝手に足が動いていたんです。ふらりと……そこまでしか、はっきりとしたことは言えません」
悪いとわかっている点数の答案を返却された時の感覚に似ていた。
俺は、召喚魔法とはそういうものなのではないかと思い始めている。
こちら側が願うかどうかに関わらず、単にあちら側にとって廃棄されたものを引き寄せているだけなのではないか、と――。
「――わかりました、十分結構です。それでは本題に入りましょう」
「本題……」
「そうです。いちいち蒸し返すようで申し訳ありませんが、あなたは確かに、死ぬはずだったと言っていいでしょう。だが、生きている」
「……はい」
戸惑いを見せながらも、男は首肯した。
「世界から世界へと移動さえしている。それを可能にするのが、魔法です」
彼は、ついに触れるか、という顔をした。
最初の説明ではサラっと流したところだ。
魔法。耳慣れてはいても、決して真剣には受け取られない――俺達は、そういうところからやってきた。だからこそ、意識して簡単に流した。
見た方が早い。
部屋の中に風が吹く。暖炉の炎が不自然に揺らめき、燃え盛り始める。
にも関わらず、彼は俺を見続けていた。
彼にもまた、見えていた。
巻き戻そう。
なんといっても、これには奴の――レギウスの協力が必要不可欠だったからだ。
帰ってきたその足で、何よりもまず、俺はそれをやった。
ただ、予定していたのとは、少し違っていた。
「元気だったか、レギウス……帰ったぞ、土産がたくさんある」
座敷牢の中のレギウスは、俺の姿を認めても、挙動不審にはならなくなっていた。
おそれていたことではあったが、そこそこの間空けていたので、仕方のないことでもあった。面倒ではあるが、わからせれば済むことだ。
「どのことから話そうか……」
妙だったのは、むしろ待ち構えていたような気配のあったことだ。
単独で会いに来たのを少し後悔しながら、俺は用意されていた椅子に座った。
格子越しに見えるレギウスの目には、怯えがなかった。少なくとも、それを隠すことには成功していた。それが俺には気に入らなかった。
「その前に、フブキ様、一つご提案したいことがございます」
俺は魔力だけを最大級に練って見せた。その機能が残っていることに安堵しながら。
「おい、いつから許可なしで喋れるようになった?」
さすがにレギウスも先を続けようとはしなかった。
「あまつさえ、提案だと? エルフってのは雪が降ったらここまで気分を変えるもんなのか? あァ!?」
だが、潰れなかった。
強く抵抗するわけではなく、牢の中までもを満たしてしまいそうな魔力に煽られるがままだった――それでも折れるほどではなかった。
気に入らなかった。
それが逆に、興味をそそったことは否めない。
孤独の中で絞った知恵がどれほどのものであるか――聞いてからでも、姫様を呼んでくるのは遅くないと、その時の俺はそう思ったのだった。
魔力を引っ込める。
「俺を怒らせるからには、その後殺されずに済むような話なんだろうな」
「……それは、わかりません。ですが、お話ししようと思っています」
「ほほお……死ぬ覚悟っていうのは、巷じゃ随分と安売りされるようになったらしい。それとも、長い寿命を持つお前達エルフだからこそできる、特殊な商売ということなのかな……?」
レギウスはそれには何も言わなかった。ただ、
「話します」
とだけ言った。
俺は足を組んで応えた。
「どうぞ?」
「マーレタリアから、手を引いてほしいのです」
――あまりに意味不明だった。
よって、怒りようがなかった。
「……もう一回言え。多分かなりの部分を聞き落とした」
「もちろん、タダでとは申しません。きちんと条件がございます」
「――おい。おい、お前……この俺に対して、条件を付ける気か」
また片方づつ耳を削いでやろうかと思った。
実行するよりも早く、レギウスは続ける。
「私とマイエルがフブキ様に対して行ったことは、もう取り返しがつきません。従って、私とマイエルがフブキ様から逃れることはできません。しかし――」
奴は俺をまっすぐに見据えた。
「我々に全く関わりのないマーレタリアの民がいるはずなのです。それも、大勢」
――元より、それはわからん理屈じゃない。
俺はエルフの全てを憎んでいるが、それはそれとして、俺達に関係ないエルフは大勢いる。広義には、エルフの形成している社会に属している者は全て俺の敵で、この地上から消し去ってしまうまで戦いは終わらない、と言い切ることまでできるが、これもまた、ヒューマンの全員が納得するような考え方じゃない。
「まだ戦争は終わらないでしょう。というより、マーレタリアは、まだ戦争が終わっていることを理解していないでしょう。ですから、フブキ様にマーレタリアは刃向かい続けます。そうして向かってくるエルフ達まで見逃せということではないのです。そこで多くの犠牲が出ることは仕方がありませんし、長くは続かない。その先が問題なのです。戦いを続けたくないマーレタリアから手を引いてほしい、ということなのです」
「――ほう?」
現実的な着地点――それは確かに存在する。
あくまでも、現実的な着地点、というだけではあるが。
「つまり、私とマイエル、そして抵抗を続ける全エルフの命も引き換えにして、マーレタリアの降伏を受け入れて欲しいのです」
いや、なかなかどうして――あれほど痛めつけられたところから、持ち直すものだ。
「エルフヘイムは、もうヒューマン・アライアンスに勝てぬ、と?」
「フブキ様が、いる限りは」
初めは完全に頭がおかしくなってしまったのかと思ったが、一応は、取引の提案になっている。だが、悲しいかな――、
「レギウス……実はな、逆の提案をしようと思っていたところなんだよ」
そこで初めて、レギウスは目の中に濁りを見せた。
「逆、とは……?」
「最近よく考えるんだ。むしろお前とマイエルを生かしておいた方が、俺の愉しみは増えるんじゃないか、って。だって、死んだらそれっきりだ。俺はその時最高に満足するかもしれないが、その先がない。まあ、こちらの世界の考え方で言えば、土や水、風や炎にさえ還っていくのかもしれないが――俺がそう思うかどうかは別だな? それにおそらく、お前もそう思ってはいない。風の魔法に突き動かされている俺が思わないのに、どうしてあの世界と交信できるお前がそう思える? もう一度言うぞ、」
そう、一度死のうとして――こうなったからこそ、言える。
「死んだらそれっきりだ。俺はケチなんでね……短い最高の瞬間より、長いけどそれなりの満足を求めるよ。俺の提案というのはそれなんだ――わかるか、レギウス。お前とマイエルの命を助けてやろうというんだよ。お前達は最後のエルフになるんだ!」
俺は椅子から立ち上がり、手を広げた。全身で表現がしたかった。
「お前達はエルフ民族がこの世から消えるのを見届けるんだ! そればかりか、その手助けをするんだ。いや、お前自身がエルフヘイムを滅ぼすと言ってもいいかもしれない。もっと自由に研究をさせてやろう。レギウス、お前の召喚魔法が、マーレタリアを平らげるんだ。素晴らしいと思わないか、お前達二匹はそんな光景を目に焼き付けたまま、残りの何百年という歳月を過ごせるんだよ……そしてな、できれば俺は、その仲間にもう一匹加えたいとも思ってる」
俺は言った。
「お前の弟子に会ったよ」
レギウスは表情を崩さなかった。
だがそれが却って、隠しきれなかった分の怯えを浮き彫りにしていた。
俺に、言っていなかったことなのだ。
「情報が手に入らない、というのはおそろしいことだなあ……。ギルダ、とか言ったかな――」
シンから逆流してきた記憶の中に、その名前は見ていた。
「どこからダイヤモンドを手に入れてきたやら、奴さん、あんたを取り戻そうとするあまり、俺のいた世界の未来から、ヒューマンを連れてきたんだよ……とんでもない怪物だ!」
俺は、嬉しそうに話している自分に気が付いた。
「マーレタリアは降伏なんかしねえ。戦争はまだまだ続くよ、間違いない。それに拡大もしていくだろう。俺達のいた世界から、どんどん災いを喚び込んで、な」
レギウスをまた元の谷底へ叩き落としてしまえそうだという愉悦だ。さっきまで脅威として考えていたものが、状況をひっくり返すか、悪くともややこしくしてしまう要素が――このエルフをまた別の角度から苦しめようとしていた。
それなら、少しは歓迎してもいい。
「喜べレギウス。お前と、お前の弟子――どちらがより優れた魔法家としてこの戦争を制するか、競争だな?」




