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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第6章 望まぬ、望まぬ邂逅
71/212

6-15 彼らの帰還

                   ~


 マリー・メランドと、ミリー・メランドだった。

 マイエルも、それを認めた。血に塗れ、苦悶の表情で隠されていても、それは紛れもなく、あの姉妹だった。

 メリーは? ――その疑問を引き裂くように、シンが悲鳴を上げた。


 マイエルも絶望に身を(よじ)りたくなった。自分達は帰ることができなくなったのではないかと――だが、だがあの端女(メイド)が置いてきたメランド姉妹を襲ったのだとしたら、首を三つとも持って来るのではないだろうか?

 メリーは? メリーは逃れたのではないか? マイエルはそう信じたかった。


「お助けいたします!」


 マリーとミリーの首を放り出し、端女は薙刀をこちらへ向けて構えた。

 威勢よく登場した割には疲労の色が濃い。さすがにこれまでの積み重ねが出ている。

 だが、魔力の光はまだその体躯に残っていた。


 こちらのギルダも魔力にはまだ余裕がある。しかし、魔力をほとんど枯らしたシンの方は戦力として数えられない。記憶の掌握により他者の剣技すらある程度までは再現できる彼だが、そもそも発達した肉体を持っているわけではない。94番一人を押し倒すのにも魔法の補助が必要な始末である。加えて、今のシンが精神面でも苦境に立たされていることは、最早誰の目から見ても――敵の目から見てさえ、明らかであるに違いなかった。運搬魔法習得のためにメランド姉妹と仲を深めたことが、却って仇となった。あの端女がそれを知っていたということはないだろうが……いずれにせよシンの心を望ましくない領域へと叩き込んだのは確かだった。


 武芸者ではないが、武芸者を見る機会には恵まれていたマイエルだ。ギルダはそこらの兵士と比べれば遥かに優秀ではあるが、ゼニア・ルミノアとその従者を両方一度に相手出来るかと問われれば、否、と答えるほかない。

 ギルダ自身もそれは(わきま)えているはずである。

 特にセーラムの王女は、魔法なしでもかなり使()()ように思われた。


 ここまでだろう。

 負けたのだ。もう次を考えなければ。


退()くぞ! 帰れなくなる!」


 最悪だった。

 おそらく、シンは94番の魔法を奪えていないだろう。その仕事が完遂される前にゼニア・ルミノアは割り込んできたと判断するべきだ。マイエルが予想してた以上に、シンが94番を()()のに苦戦したという誤算もあった――だが何がそうさせたのかを考察している暇もない。

 メリーが今どこにいるのか、無事なのかすらもわからない。


 シンがマイエルの方を向いた。

 彼は何も言わなかったが――言おうとはしたのだろうが――表情が代わりに全てを物語っていたので不自由はしなかった。

 非難と反抗を剥き出しにした、その目。

 要約すれば、オレは帰らないぞ(帰りたくないぞ)、と、そういうことだった。

 大方、その後には、マリーとミリーの亡骸を置いてどこに行けるのか……などと続くのだろう。


 素早くギルダがシンの頬を往復で張った。

 口に出すまでもなく、彼女の方はよく理解していた。生き残るためには、シンを引き()ってでも連れて行き、さらに、行方不明のメリーを見つける他ない、と。


 そこから彼が抵抗を見せたのは初めのうちだけだった。ギルダの持つ何かが、シンを切り替えさせた。


「行くぞ!」


 マイエルは心の中で彼女を賞賛し、自分もまたこの地から逃れるために走り始めた。


「駄目だ、あいつは逃がせない!」


 94番が叫んでいた。

 自分とシン、どちらが奴のいう()()()なのか――マイエルは頭と脚を働かせつつも、後ろの様子を振り返って確かめられずにはいられなかった。


 すぐさま二人の女が追ってきていた。それだけだった。94番は見守っていた。あの道化に走る気力さえ残されていないのが有難かった。だが二人の女は、それはそれで驚異的な身体能力でマイエル達に迫ってきていた。こちらの頂点はギルダで、彼女ならかなりの距離を捕まらずに粘ることが可能だろうが、マイエルとシンはそうはいかない。みるみるうちに距離を詰められて、


 その間に火球が飛んできたとわかったのは、着弾後のことであった。


 あまりに近かったので、身を守ることもできずマイエルは宙に投げ出され、間もなく着地した。それはかなり荒っぽいもので、土砂が一緒に降りかかってきたことからもよくわかった。

 ()()()による衝撃と追加の土砂で、身を起こすのに少し時間がかかり――結局、起こせなかった。マイエルは右脚をどこかへ紛失していた。

 自身が治癒魔法家でなかったら即座に発狂していただろうが、そうもいかない。

 どうにかうつ伏せから身体を返して頭を持ち上げると、第三射が、これはマイエル達からは今度こそ離して、二人の女を足止めしていた。


 それでようやく、彼方にある獅子の残骸が、有志の魔法によってその機能を一部取り戻し、こちらへ向けて砲撃を加えているのだとわかった。なにも脚が飛ぶほど近くでやることはないだろう、とマイエルは思ったが、それほど危険な近付き方をセーラム王女と端女がしていたのかもしれない。それか急造、急射したために、満足な狙いが得られなかったか……ただ、四、五射目を見るに、精度そのものには問題がないように思える。一発目で確実に動きを止めたのと、二、三発目で照準を修正したのだろう。


 尤も、それでこちらの足も止まっていては世話がない。

 端女が火球の対応に追われているうちに、こちらもまた動けるようにならなければ。


 逆の方を見ると、丁度、ギルダが少し埋まったシンを助け起こすところだった。

 両者はこちらを見て固まったが、マイエルは構わず呼びかけた。


「ギルダ! すまない、脚が無いんだ!」


 彼女はすぐ我に返って頷き、目的の物を探しにかかった。


「あれ!」


 見つけたのはシンの方だった。ギルダが先に立ってそれを()()()()()()


「投げてくれ!」


 彼女は一瞬躊躇ったが、結局はそうした。

 危うかったがマイエルは無事それを受け止め、そして、治すこと自体は造作もない。


 火砲は健気に追跡者達を縫い止めている。あわよくばそのまま打ち倒してくれないかと願うが、それが多くを要求し過ぎているということもわかっていた。端女の魔力も残り少ないはずだが、見事に水の防壁は炎を無効化していた。どちらが早いかで言えば、ディーンの土甲が砲台を潰す方が可能性は高いだろう。


「さあ、走るんだ!」


 立ち上がる。あの砲の後ろにいる者達はきっと助からないだろう。彼らはそれをわかっていて――それでも、マイエル達を見て、これをやった。今一番必要な、時間を、稼いでくれている。その覚悟を無駄にする道理はなかった。

 結果的には、マイエル達が彼らを利用しただけに過ぎなかったとしても。


「メリーを捜さないと!」


 シンの言葉に、マイエルは応えた。


「両方だ!」


 舞い落ちる雪は、その数を増やしつつあった。


                   ~


 そこから先は聞いた話だ。


 まず、敵の指揮官クレージュ・エメルシュは捕縛された。

 俺が調子に乗っている間、散り散りになってその女エルフを捜していたジュンと姫様、そしてディーンのフォッカー隊だが、最初に目立つものを発見したのはジュンだった。

 土亀から降りてきた、どう見ても非戦闘員の、三匹の女エルフ。

 それが何を意味しているのかはわからなかったが、ジュンは、彼女なりに考えた。わざわざここへ連れてきているのだから、きっと重要な役割を持っているに違いない。あの非戦闘員を襲えば、女指揮官を(おび)き出せるかもしれない――。

 彼女は即座にその考えを実行し、大枚の魔力をはたいて砲火を潜り抜け、土亀へと肉迫した。そして狙い通りに、クレージュを誘い出すことに(まったく、初陣でなんという働きだろう!)成功した――その女が駆けつけた頃には、三匹のうち二匹が首を取られて絶命していた。それでも残った一匹を逃がすために、女は必死だったらしい。魔力もかなり使っていたジュンは、力を温存していたクレージュに(殺したら駄目なので()()()()()()ということもあって)かなり苦戦し、追い詰められた(実力も足りていたかどうか)。そういう展開だったので、実際、その最後の一匹は逃げ切ったわけだが――代わりに、ジュンとの戦いに夢中になっていたクレージュを、乱入したフォッカー氏が戦闘不能にした。それはそれは鮮やかに両腕を落としたということだ。普通なら出血により死ぬところだが、エルフは元が頑丈であり、指揮官クラスともなればその化物具合にも拍車がかかるらしく、確保後の手当ても迅速かつ丁寧であったことが災いし――そして、最終的には、姫様の()()が間に合ったのだった。


 で、その前に姫様は何をしていたのかというと、実は女指揮官ではなく俺を追っていた。曰く、


「その時点で、もうほとんど私の助けは必要なかったわ。それよりは、」


 不安な方を、と彼女は言うのだった。

 その判断は正しかった。姫様はシンの魔力に侵され、今にも()()しそうな(少なくとも彼女にはそんなふうに聞こえる)声を上げる俺を発見した。


 介入によって、俺は危機を脱した。

 ジュンが何故あの場に二つの首を持ってきたのかといえば、残りの一匹を探すのに()()()()頭が必要だと思ったからだ。それが正しかったのかどうかまではわからないが、シンという少年の何かを刺激し、精神的な動揺を引き起こしたのは確かだ。結果的にはよかった。


 さて、魔力も体力も空になった俺を置いて、姫様達は敗走する敵軍を追撃するべく部隊を素早く再編制した。三分の二が敵を追い、残った三分の一がまだ生きている(あるいは生き返ろうとしている)砲撃要員を掃討するためと、情けないことに俺を守るため元の戦場に残った。


 敵は追撃に対応して、残存した戦力を細かく()()()()ながら、確実に例の遺跡まで後退した。その多段足止め要員は殿軍しんがりとは呼べないほど薄く、だが決死隊らしく腹を(くく)った戦い方が繰り返されたという。それをいちいち相手しなければならないのだから、見失わないまでも、とうとう、百何匹かには逃げられた。当然、そこにはマイエルも含まれている。あの少年も。

 指揮官を失った状態でまったく忌々しいことだが、むしろ失ったからこそ、非情とも言える生贄戦術を敢行できたのかもしれない。


「エルフにとっては、そうしなければ希望も繋げないほどの大敗だったのですよ」


 とフォッカー氏は言った。


「フブキ殿、あなたが、そうさせたのです」


 そうは言うが、今回の戦いで、俺自身はさしたる戦果を挙げられたとは考えていない。それどころか……。そうとも、結局は、逃がしたのだ。


 その瞬間を見たのだから、タッチの差ではあった。

 だが、運搬魔法家の仕事を阻止するには至らなかった。

 エルフ共は遺跡の中のダイヤ鉱脈まで入り込むと、そこで転移したのだった。


 ジュンは、自分の取り逃がした一匹が運搬魔法を使ったと話した。まるで例の少年と協力するように、エルフ達を魔法の範囲内へ収めたと。


 明らかな身体能力の強化。

 おそらくは精神内部の探索。

 そして、その話を信じるならば、他者と協力しての運搬魔法。


 トリプル。

 二種の魔法を扱える者は(まれ)だと聞く。

 その上は天災級と同じく、歴史上でも数えるほどしかいない、と。


 だが、果たして……。

 果たして、それだけで終わるものだろうか?


                   ~


 目の前の景色が変わった時、安堵したのはマイエルだけではないだろう。

 隊の誰もが、生き残った、と感じたはずだ。

 あの悪夢のようなディーンの地から、遠く遠く離れた場所へ逃れた。それがたまらなく、まだ生きている、ということを感じさせる。


 マリーとミリーの遺体は回収できなかった。

 それどころか、クレージュ・エメルシュさえ失った。

 しかし全員は――死ななかった。


 賢者の森で帰還を待っていた同胞達は、すぐに行きよりも数が減っていることに気付いただろう。当然いるべき者が消えていることにも。

 だが、あまりにも減りすぎていたので、敢えてすぐそのことについて問い質そうとはしなかった。できなかったのかもしれない。


 そのうち、この敗北に関する様々な負の情念が生き残り達を襲うだろうが、今は、今だけは、死を遠ざけたことに対するささやかな喜びを噛みしめるべきだった。


 隣にいたギルダも、気が抜けたのか目を閉じて溜息をついている。

 しかしすぐに目を開き、


「そういえば、離れる前――何か、こそこそと、してましたけど」


 と疑惑の視線を投げかけてきた。


「ああ、それは」


 マイエルは()()()を入れたポケットに手を突っ込み、一つを取り出した。


 金剛石があった。


「――呆れた!」


 ヒューマン達が採掘し、未だ回収されていなかったものを、脇を通過する数瞬の間、詰め込めるだけ詰め込んできたのだった。


「こんなことをしている場合じゃなかったのかもしれない。でも、確実に役立つと思ったら、やらずにはいられなくてね。それに、皆、同じようなことを考えるものさ」


 言われてギルダが辺りを見回した。マイエルと同じく去り際懐に放り込んだ高い石ころの安否をこっそりと確かめている者が、ちらほらいる。


「後は彼らとの交渉次第だよ。それよりも、問題は……」


 もちろん、誰もが例外なく手放しに命を拾ったことを喜んでいるわけではなかった。中には戦友の名をうわ言のように呟く者や、まだ追われているか戦場にいると思い込んだままの者、心が抜けたかのように動かぬ者もいた。精神は問題なくとも、運搬の際に有効範囲からはみ出して身体の方に問題が発生した者もまた――。


 そういった重症者の中に、メリーとシンがいた。


 肉親を、それも同じ魔法を育ててきた姉妹を一度に失った長女メリーの心痛がいかほどのものであるかは、想像に難くない。


 一方のシンも、数少ない親しい相手がいなくなったことに対して、かなり精神が揺さぶられている様子だった。ヒューマンの精神構造が、エルフのそれと本当に似通っていればの話だが……。それに、彼の場合はもっと別のことにも心を割いているような節があり、そちらの方がマイエルの気に留めるべき事柄のように思えた。


 つまり、シンの言う恐怖が、表れていたのだ。


 マイエルは先手を打つことにした。安心させてやればいい。


「94番の魔法を奪うことはできなかったんだな? ――だが、心配するな。今更君を放り出せるような私達ではないよ。生きていればまた機会は作れるさ。……あー、要は、とりあえず君を責める気はないということだ、わかるかい、シン」


 シンは首を振った。

 だがそれが、わからない、の意味でないことは明らかだった。

 マイエルは自分が何か思い違いをしているのに気付いた。シンはマイエルを見ていなかったが、それは、目を逸らしているのではなかった。ただ、視界に入っていないだけらしかった。


 シンは、94番を、


「……奴の精神は読めたのか?」

「読めた。けど、全部じゃない」

「なるほど。確かに、いくら君でも途中で邪魔が入れば、」

「違う!」


 予想外の剣幕に、マイエルはたじろいでいた。

 これまでシンの力を脅威に感じたことはあっても、こうして直接気圧されるのは初めての経験だった。


「そうじゃない。邪魔なんか、入る前に終わってたんだ――本当なら」


 ()()()()()でも見たような顔をして、シンは言う。


「中に何かいた」

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