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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第1章 94番
7/212

1-7 最終面接

                   ~


 その人は、俺を保護するつもりだと言った。


 長い髪を持っていた。何を考えてんのかわからない(つら)をしているが、それでも別嬪(べっぴん)なのは間違いない。美少女が美女になるまでの丁度過渡期にあるようで、つまり俺よりは若く見えるが、前にいた世界の基準でどこまで判断していいものやら、とも思う。ただ、一番偉いということが見ただけでわかるのは、さすがと言うべきなんだろう。

 一番小さいのに。

 お供達は俺を発見すると身構えたが、彼女だけは動揺せずにいた。

 俺がついていく気になると、凛とした声でテキパキと指示を出した。

 その姿はか弱さを感じさせず、むしろ強力なリーダーシップが垣間見えた。


 頭から信用したわけじゃない。けれど、殺した奴らよりは遥かにまともそうに見えたし、融通もきくんじゃないか、という気がした。なにより、耳が長くない。すぐにひどいことをされないのなら、とりあえず恩恵を受けられるか調べてみるのは悪くないように思えた。脱走したくなったら、またすればいい。


 それに、彼女は魔法を使える。身体から立ち昇る蒸気のような光を、俺は少しの間だけ見た。威嚇、というような感じではなかったが、何らかの意思表示であることは明らかだった。そして、あれが魔法の源であるということは今の俺なら理解ができる。そういうことであれば、俺の腕が元に戻っているのも納得がいく。きっと彼女の仕業なのだ。


 あの高いカラットの瞳に射抜かれたせいだというのもあるが、この酔狂な人物のことを知りたくなった。ガラクタを拾うのには理由が要る……それがどういうものか知りたい。


 が、キャンプに到着して数えてみると、彼女の従えている者達は多すぎた。これが一部にすぎないのだろうということも容易に想像ができる。どいつもこいつも、俺を型に嵌めそうな奴ばかりだ。できることなら、彼女と一対一で話がしたかった。そうでなければノイズが多すぎる。せっかくの巡り会わせをふいにしたくはなかった。本当はすぐにでも知りたいことが山ほどあったが、ここが我慢のしどころだ。


 なので、権利があるかどうかはわからなかったが、俺は黙秘することにした。


 予想通り何人かの従者はぶち()れそうになっていたが、彼女は特に気にしていないようだった。俺は答えませんという答えを貫き通した。あ、一つだけ……名前を訊かれたので入れ墨を指したか。


 拷問されるようならバトルするつもりでいたが、彼女は根気よく三十分ほど質問を続けると、やがて諦めて(あまりにも自然に質問をやめたのでそうだと気付くのにちょっと時間がかかった)、部下達に指示を出した。


 曰く、家へ帰る、と。




 一週間ほどの旅路だった。別に俺に合わせたわけではなく移動は徒歩……というより荷馬車の速度だった。誰とも必要以上の会話はしなかったから、彼女達が何故あそこにいてどういう経緯で俺を拾ったのか、そもそも一体あれはどこだったのか、彼女達がどこに帰ろうとしているのか元からそうする予定だったのか俺を拾ったから事情が変わったのか、それすらわからなかったが、街や村に寄ったり寄らなかったりしながら、とにかく旅程が順調に安全に消化されているのだけは確かなようだった。どうやらエルフ達の手が届かない領域に俺は脱出を果たしたらしい。


 俺の扱いはといえば、良くも悪くもなかった。つまり天国だ。見るに堪えなかったのか、上の服と外套が予備から支給された。靴の余りは無かったようだが、最初の街ですぐに革製のものを都合してもらえた。そんな調子で交代制の荷物番が俺を見張り、管理した。それ以外の者や、リーダーの女性(漏れ聞こえてくる会話から判断するに、ゼニアという名前らしい)は、それが確保できていれば宿や民家といった屋根のある場所で眠ることができていた。俺は天幕の片隅で外套を布団代わりにして寝るか、それが設営されない日には馬小屋の藁で寝起きした。そんなでも、あの牢よりは百倍マシだった。

 飯に関しては、量は少ないが彼女達が食べているのと同じものが分け与えられた。わざわざ別に用意するのが面倒だからだろうとはいえ、これは本当にありがたいことだった。働かされないことを考えればむしろタダ飯と言えるくらいで、俺には歩いてついてくる以外のことは期待されていないようだった。


 全体的に見て、文明はあるが発展していなかった。明かりは火によるもので、水は汲んでくる時代だ。ほとんどは平屋か、頑張った二階建て。


 昔にいる、ということになるのだろう、多分。


 どのくらい昔なのかは見当もつかない。漠然と、中世、なんて単語は思い浮かぶが、きっと正確じゃない。闘技場は古代ローマのものだったし、大体、魔法があるんじゃなんとも言えない。単にこの辺りの地域がこうだというだけで、あるところにはビルが建ってたりするのかもしれない。

 何が俺のいた世界と同じで、何が俺のいた世界と違うのか、俺と俺を保護した彼女達は本当に同じ人間なのか、ズレがあるとしたらどのくらいなのか、どういう歴史を辿って今に至るのか。それがわからないうちは、何もわからないのと同じだ。


 それでも、最終目的地は立派なものだった。

 高い壁がそれを取り囲んでいた。




 街の風景を眺めるに、単一民族の国なんだろう。俺から見て彼らは欧州人の姿形に近いが、どうも、違和感のようなものが残る。ちゃんと誰もが人間に見えるし、ここが決定的に違う、と指摘できないから、その正体が何なのか、口では説明しづらい……あんたにもわかりやすく教えてやれたら、本当はいいんだけど。


 俺が住んでいた国ほど飽食そうではないが、豊かなのは見て取れた。そして、それが普通って感じだ。人々がそこにあるものを当たり前のものとして受け入れている、そんな空気がある。平和ってことなんだろう。少なくともここは。


 旅の中で見てきた村々と比べると、ここの建物は元いた世界で言うところの中層建築が主立っていた。三階建てや四階建てがごろごろしている。なんだかんだで大した技術力だ。小屋一軒の建て方さえわからない俺に比べりゃあ遥かに偉い、現代も中世も関係ない英知の結晶。


 しかし、それよりも目を引くのは、街の中心。

 元からそうだったのか、わざわざ造成したのかはわからない。

 平頂丘。

 そこは、高い城が占めていた。


 おそらくここが都だ。そう考えるのが自然だ。

 地方都市にすぎないってこともあるかもしれないが、まあ、あまり希望を持ちすぎるのは却って精神によろしくない。それに、雰囲気が物語っている。ここが中心であるのだと。

 通りの隙間から見える市場には物が溢れ、それを売り買い運ぶ人々の活気が辺りを包み込んでいる。すれ違う服装にもバリエーションがあって、これまで通り過ぎてきた村々では決して見られなかったような、多種多様な職業を思わせる。木を削って作ったと思われる玩具を片手に、目の前を横切っていく子供達。何を売っているのかよくわからない店、怪しげな格好のおそらくは辻占い師、何かを取り囲む人だかり。どこへ行っても人がいて、どこの窓の向こうにも誰かがいる。どこを向いても、この二足歩行生物の領域。

 繁栄――。


 だが、何か漠然とした不安が、その中に溶け込んでいるような気もする。

 その不安の正体がわからないまま、俺はただ一行についていく。

 彼女達が城を目指していたのだと気付くのは、裏口を通り抜けた後だった。




 どこをどう歩かされたのかは何とか憶えているが、多分抜け出すのは無理だろう。

 机と椅子があるだけの、窓のない部屋。

 座っているのは俺と女隊長だけで、一緒に入ってきた後の五人はめいめいが壁にもたれるなり腕を組んでこちらを見下ろすなり出入り口の扉を塞ぐなどしている。


 この部屋の中で笑みを浮かべているのは、俺だけだ。


 ナメられたら終わり、みたいな考え方は吐気がするぐらい嫌いだが、これ以上のチャンスが見込めない状況で、余裕がないと思われるのはまずい。相手の機嫌を悪くするのはそれはそれで難だが、この無力な俺が必死さを見せつけたところで、引かれるのがオチだろう。大物に思ってもらう必要はないし、そんなことは不可能だ。けれど、大胆不敵とか、命知らずとか、そういう風に見せることはできるかもしれない。

 とにかく、この段階から情けない奴だとバレるのは困る。

 面接で無表情だったり陰鬱な顔をしていたら話を聞いてもらえないのと同じだ。


 まあ、今の状況は面接ってよりは、取り調べだ。まだ昼なのにこんなところで明かりを灯しているなんて不経済だなと思うが、まあ、あやしさ満点で登場した俺が言えた筋合いでもない。頼んでもカツ丼は出てこないだろうな。

 しかし、彼女がグッドコップだとして、バッドコップちょっと多すぎないか?

 これはよろしくない。


「さて……それじゃあ、あらためて始めましょうか」


 前までなら、こんな状況に追い込まれれば無実の罪だって白状したかもしれないが、ここまで激しい環境の変化に曝されると、少し考え方も変わってくる。


「まず、あなたが何者なのかをはっきりさせないことには、結局のところ、何を聞いてもあまり意味がない……ので、」

「その前に、ちょっとよろしいですか」


 俺が割り込むと、壁にもたれかかっていた一人がそこから離れ、机に手をつけ身を乗り出してきた。あんまり近いのでキスされるのかと思ってかなりびっくりしたが、考え過ぎだった。


「一体、何がよろしいっていうんだ?」

「…………」

「今、そんな口をきける状況だと本気で思っているのか? お前、情報源だから生かされているというのがわからんのか? 何も話さなければゴミ以下だ。本来なら取引など許される立場ではない。お前はゼニア様の寛大なお心によって、かろうじて命を繋ぎとめているだけに過ぎんのだぞ。質問にだけ答えろ。それ以外は認めない」


 ああ、これはとてもお怒りになっていらっしゃいますね。

 でも、俺はもうこれ以上安売りをするわけにはいかんのだよ、わかるかね?

 かなりの部分が買い叩かれちまったんだ、このへんで底を打ったことにしておかないと、もう二度と浮き上がれない。停滞すらできずに沈み続けるしかなくなるのは御免だ。


「しかしですね、」


 頭の中に火花。じんわりと鉄の味。

 ……野郎、殴りやがった。

 笑顔は絶やさない。


「――あの、」


 ああ痛え、連続でパンチはやっぱりキツいな。


「ですから、」


 くそったれ、いいか筋肉ダルマよく聞け、


「この程度で黙、」


 うわ、もしかしてこれ鼻曲がったか?


 ――だが、まだ何も言えてない。こんな野郎の思い通りになんかさせてやらんぞ。

 笑顔は絶やさない。 

 とにかく、物理的に喋ることができそうなうちは絶対やめてやらねえ。決めた。

 数秒の睨み合い。そして、俺が再び口を開く前に機先を制して向けられた拳は、


「やめなさい」


 なんでもなさそうな声に押し止められた。

 誰も動いていないのに、少しだけ空気に流れが生まれた。

 男は口答えをしなかった。代わりに非難めいた視線を女リーダーに向けた。


「どうせ最後には全ての質問に答えてもらうのだから、何を焦る必要があるのかしら」


 それが彼女の説明だった。しかしその説明はあまりにも不十分だった。少なくとも俺を殴った男を納得させるのには不十分だった。ただ、だからといって男は上司に対して有効な訴求策(そきゅうさく)を持ち合わせてはいないようで、苛立ちの矛先はあくまでも俺に向けられている。なんにせよ、止まってくれたのならやることはひとつだ。

 俺は口の中を点検しないように努めながら、要求を言葉にした。


「言ったはずです……。私の身の安全が本当に確保されたと判断できるまでは、と……。このような人数で囲まれて威圧された状態が……安全であると?」


 つまるところ、俺の言う安全とは、目の前の女リーダーとこの密室で二人っきりの状態を指す。確かに、状況を考えれば無茶苦茶言ってる。ちょっと慎重な考え方をすれば、そんな意味のわからんリスクを取る理由なんかどこにもないことがわかる。

 だが、これが通らないと俺も不安なんだよ。


「ふざけるな」


 残りの四人も同意見であるようだった。この男のように荒ぶることはないが、隠されない怒気がちくちくと俺を刺している。神経を逆撫でしてるようなことばっかり言ってるから当たり前っちゃあ当たり前だが、なんともヤな感じだ。


「何を言うかと思えば……聞くだけ時間の無駄ではないか! どんな権利があってその注文ができるんだ? なぜ我々がそれを聞き入れなければならない? お前に、その価値があるのか?」

「あります」


 これからあることにしなくちゃならねえんだよ、ボケが。そのためのお願いをしてんだ。


「ない。そんな価値などないのだ! わかったらとっとと質問に答えろ、わかったな!」


 男は調子を取り戻したかったのか、深呼吸をしてから言った。


「では、ゼニア様、よろしくお願いいたします」

「いいわ。あなた達、少し席をはずして頂戴」


 空気が凍った。


「……っ、と? あの、それは、」

「ごめんなさい、声が小さかったかしら? 少しの間、出ていって頂戴。話が終わればこちらから呼ぶわ」


 平坦な口調だった。イヤミったらしさがない分、余計に突き放したように聞こえる。


「……いや、しかし、ゼニア様、それは、しかし――」


 描写するまでもないが従者達は動揺した。俺も少なからず動揺した。

 最終的に認めてもらうにしても、何か駆け引きが必要なんじゃないかと考えていた。

 これはすんなりいきすぎだ。


「しかしですね、」

「……一体、何が、不安なのかしら」


 (たしな)めるように、女隊長はそう言った。それだけで男の勢いはみるみる萎えていった。

 代わりに、今まで静かに成り行きを見守っていたもう一人が引き継いだ。


「我々は姫様の安全を守る責務を負っているのです。それはこんな男のたわごとよりも、よっぽど価値があるのです。何かあっては、陛下に申し訳が立ちませぬ」

「そう。――それで、何かあると思うの、あなたは」


 彼女は誰の反応も意に介さないといった様子で、落ち着き払っていた。その振る舞いは俺に何人かの面接官を思い出させた。どんなにきれいな受け答えを聞いても、無様な醜態を目の当たりにしても、淡々と処理していくタイプ。保護すると言ったくせに、俺が殴られたこと自体は実にどうでもよさそうで……。


 いや、それより今、姫っつったか?

 誰が。この女隊長がか。姫ってことはこの国の姫か。

 おかしくないか? お姫様は兵士の格好して遠出はしねえだろう……普通は。

 じゃあ、アレか。てことは、アレか。

 ――オイオイオイオイオイオイオイオイ、マジモンの姫騎士かよ! 初めて見た……。


「この私が、この男と、孤独に向かい合ったとして、何かが起こると思うのかしら? ……私にはわからないのよ。あなた、予想がつくなら教えてくれる? 参考になるかもしれないわ」


 誰も、何も言えない。これに対して真面目な回答を用意すること、それは(すなわ)ち上司の――いや、この場合は(あるじ)と言った方が正確か――侮辱になりうる。

 きっと、この女はおそろしく有能なのだ。そうでないとこの図式が成り立たない。面子(メンツ)が大事じゃない世界ならこんな言い方はしない。死にぞこない一人に遅れを取る、あるいはその可能性を恐れる――そいつは最高に不名誉なことだ。それをシミュレーションして聞かせる覚悟があるのかと、そういう脅しだ。

 誰もそんな指摘はできない。


「あなた達は何か誤解しているようだけど……この男に価値があるかどうかは私が決めるのよ。けっしてあなた達、」


 そこで、彼女は俺を殴った男を見た。


「そう、特にあなたではないわ。この男に本当に価値があるかどうかも問題ではないの。私があると言えばあるし、ないと言えばないのよ。あなたがこの男について何を言ってもいいけれど、むしろそれにこそ意味はないのよ。そこのところを勘違いしてもらうと困ります。誰のためにもならないもの。そうでしょう?」


 ……うへえ。なんてこと言うんだ、この女は。確かにその通りなんだろうが……。


「わかったら、早くなさい。時間の無駄は避けるべきだわ」


 それでゲームセットだ。従者達は部屋から出ていき、状況は俺の望んだ通りに、彼女との一対一になった。


「さて……」


 十分な間を置くと、ここからが本番だ、と言わんばかりに彼女は椅子へ腰かけ直した。


「ここまでやったのだから、そろそろ質問に答えてもらえるわね?」


 あらためて対峙してみると、まあちょっと呆れるくらいの美人だ。天からの授かりものというよりは、おそらく見目麗しい人同士が何世代にも渡って掛け合わされて出来上がった美貌だろう。化粧っ気がないのがそれを証明している。まあ、でも、背景に花を背負うってタイプの美人じゃないな。そういうんじゃなくて、なんというか、硬質だ。

 声は、見た目よりもずっと大人びている。今になってやっと、俺は目の前の女性が自分よりいくらか年上なのではないかという可能性を考え始めた。


「……いいでしょうとも。別に答えたくないってわけじゃなし……行儀よくする必要も、もうありません。ただ、その前に、」

「まだ、何か?」

「ちょっと、この怪我、治していただけませんか? 喋りづらくって……」


 おそるおそる鼻の下を触ってみると、結構な量の血が指についた。

 これくらいは止めておきたいところだ。ティッシュが恋しい。


「治すのは無理ね」


 最初から魔法をアテにしていたので、この言葉はショックだった。


「……それは――それは、おかしい……でしょう。じゃあ、どうして、私の腕は元に戻って……?」


 魔法を使える奴がそう多くないだろうってことは、ここまででなんとなくわかっている。

 目の前の女リーダーにその才能があることも俺は確認している。

 それなのに、治せないとは、これいかに。

 使える奴が上に立ちやすいということは、相対的に使えない奴が下へ行きやすいということで……あ、くそ、部下の中で使える奴が別にいたのか? だとしたら、


「それは、あなたの言う通り、私が元に戻したからよ」

「……だから、それを頼んで……」

「戻すことならできる。けれど、治すことは私にはできないのよ。できないことを頼まれても困るだけ……」


 彼女は立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。手に魔法の光を纏いながら。

 触れるか触れないかの距離で、光が顔の上を滑っていく。すると、途端に痛みが消える。消えていく、ではなく、消えた。

 それでやっと合点がいった。戻したのだ。


「……なるほど」


 彼女は頷いて、自分の椅子へ戻った。


「他には? あるなら先に言って」

「いえ、もうありません……どうも、ありがとうございます。あ、いや――これ、教えてしまってよかったんですか、私に」

「別に。誰にも隠していないもの。始めてよろしい?」

「……はい」

「それじゃ、まず――あなたはどこから逃げてきたのかしら?」


 いざ答えようとして一瞬詰まったのは、俺が本当に逃げてきたところは、


「闘技場――」


 ――ではないからだ。


「地名がわかりませんが、察しの通り、私はそこの奴隷でした。闘うための」


 俺は、もっとずっと遠い所から逃げてきた。


「そうは見えないかもしれません。だから、何度も死にかけました。でも、その度に魔法で怪我を治されて、また闘わされました。元の主人が言うには、苦しんでいる私は、誰が見ても面白いそうで……。実際、客も結構、入っていた気がします。それで、まあ、ちょっとした手違いがあって……逃げてきました。それをあなたが拾った、ということになると思います」

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