表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第6章 望まぬ、望まぬ邂逅
66/212

6-10 出ていけ!

                   ~


 その調査団員達は、水を汲みに出ていたらしい。


 桶を満たして帰って来ると、何やら、ダンジョンの外に設けた拠点が騒がしい。

 妙だと思って物陰から様子を見てみると、一体どこから湧いて出たのか、数十匹の、鎧に身を包んだエルフが、仲間達を一人、また一人と斬り殺していた。立ち向かう者はそのまま真っ二つ、逃げ惑う者も後ろからバッサリという有様である。


 エルフ達の動きは鎧や武器の重さを苦にしていないようで、というよりむしろ、鎧を着ているからこそ、軽々とした身のこなしを実現しているように見えた。これは魔法の為せる業に違いない――そう思っているうちに、拠点は瞬く間に()()と化してしまい、その後すぐ、ダンジョンの出入り口から、また別の装備をした軍隊らしきエルフの一団が、止めどなく吐き出され始めた。


 どうしてこうなったのかまったくわからないが、とにかくこれはいけない。


 彼らは(音を立てないよう気をつけながら)桶を捨て、こっそりこっそりその場を離れ、やがて一目散に逃げ出した。途中の民家で無理を言って馬も借り、しきりに後ろを気にしながら、見えない影に心底震えながら、どうにかこうにか、都まで戻ってきた。


 ――というのが、フォッカー・ハギワラ氏の説明であり、戻ってきた調査団員達と入れ替わりで派遣された斥候を、俺達はディーン皇国軍施設内に設置された()()()()()()で、今か今かと待っている。


 その間にも様々な憶測が飛び交い、議論が重ねられた。

 数については、そのうち斥候が知らせてくれるだろうが、残った疑問が大きく分けて二つ。


 一つ目。……どうやって?

 これに関しては、運搬魔法が存在しているので説明自体は容易だ。


「しかし、何度も言いますが、そもそも運搬魔法で移動できる数などたかが知れています。既に構築された前線へ、急遽魔法戦力を補充するというのならばまだ理解できますが、このディーンは、彼らエルフから見れば遠く離れた位置にあります……そこへ少数の部隊を送り込んでも、攪乱以上のことをするのは困難なはずです。すぐに対応されて、孤立した部隊を失ってしまう可能性が大きい。だからこそ、この戦争において両陣営はほとんどそのような作戦を取ってこなかったのです」


 ハギワラ氏の言うことはもっともである。

 だが、現実として向こうが仕掛けてきた以上は――何かそのへんの欠点をフォローする策があるに違いない。そう考えた方が自然だ。


 もう既に、作戦を終えた部隊を回収するための手筈を整えているのかもしれないし、でなければ、ここに()()()つもりでいるのかもしれない。

 そう、俺達は、単純な――予想を遥かに上回る数の報告を、恐れている。


 ヒューマン同盟の加盟国はそれぞれ軍事力の大半を、マーレタリアへ対抗するために集結させている。とはいえ、それとは別に、国防のための戦力も残している。残しているのだが、ディーン皇国は日本地図で言うと関西、おおよそ京都・大阪・奈良を合わせたような領土なので、北海道から延々南下してきたエルフ達の侵入などはほとんど想定していなかった。そのため、通常首都には近衛と、どちらかといえば警察に近い色の警備隊が配置されているのみであり、比較的国内の治安が安定していることもあって、兵の多くは国境に回されているのである。


 そんな状況で、ポンと、首都の近くに魔法戦力を置かれてしまった。

 もしこの戦力が、首都の防衛力を上回っていた場合、ディーン皇国は滅び去るかまではわからないが、一時的にしろ長期的にしろ、その機能を失うことは間違いない。

 セーラム、ディーン、ルーシアの三大国でなんとか三角形らしい形を保っているヒューマン同盟である。その一角を削られれば、命運は尽きたも同然だろう。


 さて、二つ目。……何のために?


「暗殺では?」


 と俺も手を挙げて意見を言ってみた。

 ハギワラ氏は勿論、他に駆け付けた軍の高官達も、皆一斉に俺を見た。


 広々とした座敷の対策本部には、アキタカ皇帝はもちろん、関白のクドウ氏(初老の骨ばった男性、禿頭)も、床から離れるのが難しいアントニー・ハギワラ氏ですら身体を引き摺って出席しており、未曽有の国難ということで、とにかく参上できるできないに関わらず、国政に関わる重鎮は全て招集されているようで、こうして俺が発言した直後にも、新たに役人ふうの中年男性が汗を拭きながら慌ただしく入ってくる。


 この非常事態に細かいことも言っていられないのか、セーラム側で軍事に携わっている姫様とデニー・シュートも同席を認められている。決して勝手に入ってきたわけではなく――その関係で、俺とジュンも隅っこの方に置かれていたのである。


 正直、話がまとまるまでは黙っていようかと思ったのだが、この雰囲気に臆してもいられない。俺もエルフ問題に関しちゃ一家言ある男だ、この危機を乗り切るため、積極的に参加していくべきだろう。


「この都には皇帝陛下がおわします。そして、都合のいいことに、うちの姫様もいる――動きが掴まれていたんだ」


 すると、おじさん達の一画から声が上がり、


「ええいなんだ貴様はいきなり偉そうに、下賤の身で物申すなら許可を得んか!」

「まあ抑えられよ、トヨウチ殿。ゼニア・ルミノア殿下の愛玩者(あいがんもの)であるぞ」


 と手を挙げてこれを制したのはクドウ氏である。


「もうすぐ本格的な冬が来る。このディーンはもちろん、セーラムの周辺も、彼の国マーレタリアも大部分は雪に閉ざされる……となれば、エルフ共も大規模な作戦は展開できまい。とはいえ彼奴(きゃつ)らとしては、今年をただ押し下げられたままではとても終えられぬだろうから、ゼニア殿下来訪のこの機を狙って、陛下もろとも亡き者にし、こちらの勢いを削ぐため一計を案じた、ということだろうか?」


 いや、そこまでは考えていなかったが、この辺りで一番大事なものっていったら、そりゃ俺達にとっては姫様だが、この国にとっちゃ皇帝陛下で間違いはあるまい。

 ダイレクトに兵力を送り込んで来たんだから、狙いは一点突破のはずだ。


「はあ、まあ、はい、そんな感じでございます……」

「な……へ、陛下がお隠れになるなどと……不忠ですぞ!」

「そうでござる!」


 とあちこちから叫び声が飛んでくるが、クドウ氏は涼しい顔で、陛下も、


「よいのです。どうか続けて」


 と援護してくれる。


「狙い、ね……」


 と、隣で姫様が呟いた。そして、


「私は、どちらかといえば、あなただと思うのだけど」


 と言った。

 俺は一瞬、姫様の言いたいことを掴みかねたが、


「――えーと、つまり、エルフは私のことを狙って、はるばるやってきたということですか? いや、それはないでしょう。運搬魔法というのはとても大変な魔法だということですから……割に合いませんよ。それだけの手間をかける価値がありますか」


 しかし姫様はすぐに反論した。


「そんなにおかしなことかしら。向こうはこちらがディザスター・クラス(天災級)の魔法使いを抱えたことは既に知っているわ。それを事実として受け入れてもいるはず。確かに大局を覆すほどのことは、まだあなたにはできないと思うけれど、天災級の魔法が戦略上重要な意味を持つことは変わらない……その芽を早いうちに摘んでおこうとエルフが考えても、不思議ではないわ」


 ほとんど俺に向けて喋っていたくせに、姫様の声は部屋の中によく通った。だもんだから、今の話は全員が理解するところとなり、結果、おじさん達は、


「今……殿下は天災級と申されたのか?」

「で、では、メイヘムの駐留軍を蹴散らしたという噂の使い手は、あの愛玩者ということになりますまいか」

「なんと、あのとぼけた顔で」

「そうは見えぬが……」


 などと、口々に勝手なことを言い始めた。


「静粛に、静粛に願います!」


 と息子の方のハギワラ氏が声をかける。

 静まった頃を見計らって、俺はこう返してみた。


「まあ、まあ言いたいことはわかりました、姫様。しかしそれにしちゃあ、やっぱり決死隊過ぎますよ。確かに、ひょっとしたら、私も目標の一つとして数えられてはいるかもしれませんが、あくまでも主目的は皇帝陛下と、そして姫様でしょう。二人を一度に失えば、ヒューマン・アライアンス(同盟)は一気に瓦解します。そうすればわざわざ私をどうにかする必要もないんですから……」


 全米ライフル協会の物言いじゃないが、道具と、それを使う人だったら、使う人の方が重要に決まっている。大統領がいるから核爆弾に意味が出てくるんであって、核爆弾があるから大統領に意味が出てくるわけじゃないだろう?

 だよね?


 使い手がいなくなれば、道具だってガラクタだ。

 姫様を失えば、俺とジュンは路頭に迷う……。


「じゃあ、向こうにとっては、一石三鳥なんですね!」


 と、唐突にジュンが元気よく言った。

 そして、すぱーん、という音と共に、出入り用の戸が勢いよく開けられ、渋柿のような色の装束を着た若者が入ってきた。今度はそちらの方を皆が見た。


「ほ、報告ーっ!」


 息を切らしながら、彼は叫んだ。素早く跪く。


「おお、来たか!」

「待ちかねていたぞ!」


 第一の報告は、簡潔にまとめられていた。


「敵、魔法戦力、千以上!」


 そして、それで十分だった。

 議場は静まり返った――そして、俄かにどよめき始めた。


「せ、千……?」

「何を馬鹿な、それだけの兵力を運搬できる魔法などあるはずがなかろう!」

「いや、運搬魔法ではなかったのかも……」

「しかしそれでは、ただ単に敵の動きを掴み損ねたということに」

「ええい、これは軍部の怠慢だ! この責任を、一体どう取るおつもりか!?」

「見間違いでは、ないのか……?」


 誰もが動揺していた。

 落ち着いているのは事態がよくわからずにきょとんとしているジュンくらいのもので、俺とデニーは顔を見合わせたし、姫様でさえ、長い溜息を吐いていた。アキタカ皇帝も、表情を柔らかなものから引き締めている。


「ああお静かにお静かに……」


 今度はクドウ氏が皆を宥めた。そこには焦りが含まれていたものの、さすがというべきか、次に若者から話を聞き出す口ぶりには、まだしっかりとしたものが残っていた。


「して、様子はどうであった。それと、もう少し正確には、千とどれくらいであった」

「は! 千と二百! 目標構造物付近に陣を敷いております!」

「ふむ。すぐに動く様子はないのか?」

「同じく斥候を出しているようですが、前進の気配なし! 一度準備を整える構えであると思われます!」

「どのような部隊か、識別はできたか」

「……はっきりとしたことは、申せませぬが、明らかに()()()鎧の歩哨が立っておりましたのと、既に()()が立てられていたことを考えますると……」


 それを聞き、フォッカー氏が呟く。


土甲(どこう)か」

「わかった。ハギワラ殿、監視は続けられるようになっているのか」

「はい。今も数名を潜伏させ、通信魔法家の協力を得て密に連絡を取れる態勢ではありますが……」

「よし、この者には一旦下がってもらう。またすぐに呼ぶがな……」

「別命あるまで待機せよ」


 手ぶりも加えて示すと、渋柿色の若者はすぐに出ていった。


 どよめきは、次第に無数の呻き声に変わりつつあった。

 報告が本当であれば――いや、今更それを疑う意味もないからこそ、現実として襲いかかった脅威にどう対処するべきかの答えを、迫られているのだった。

 容易には出せぬ、答えを。


クレイシェル(土甲)が千二百――」


 姫様は腕を組む。


「これではっきりしたわ。エルフはこの都を占領するつもりね」


 嘘であってくれ、と願うかのような大半の声にとっては、残酷な見識だった。


「千匹で……?」


 と言ってはみたものの、よく考えたら俺達もほとんどデニーの隊だけでメイヘムを取り返した経験がある。この首都はあそこよりは全然でかいが、魔法戦力の千匹以上ともなれば、不可能ではない。

 かつてフランシスコ・ピサロも、わずか二百足らずの手勢で何万もの兵士に囲まれた皇帝アタワルパを捕らえ、インカ帝国を征服したのだ。彼ら自身でさえその働きを天の助けによるものと解釈せざるをえないほどの手柄だったが、もちろん現代人である俺はそうでないことを知っている――やってやれないことはないのだ。


 俯いていたフォッカー氏が顔を上げた。


「ですが……ですが、まだ信じ難いものがあります。あの構造物が魔力溜まりであることはわかっておりましたが、よもや……いや、最早疑うべくもありますまい、エルフはそれを利用して、運搬魔法を行使したに違いありません。しかしまさか、そのような強大な魔法を実現しうる者が現れるとは……」


 姫様は頷いた。


「状況が変わったのでしょう。こちらが竜巻を味方につけたように、あちらもそのような運び手を味方につけたのです」

「ままならぬものです……」


 と、皇帝もそれらしい反応を返した。

 フォッカー氏は悔しがりながら、


「察知できなかったとは……、それに、この場を凌いだ先、都以外が狙われるとも限らない……兵を、どう動かす……?」


 彼の言うことはわかる。四桁に乗せてくるような大がかりな作戦だから、そう連発はできないにせよ、準備さえできれば、再び同じようなことをされるかもしれないのだ。どういう手品を使ったのか知らないが、魔力溜まりというやつのどこからでも襲いかかられるということになったら、とてもではないが対処しきれない。


「やっぱり来るんじゃなかったですよ、姫様――いや、巻き込まれたってんじゃないですよ。むしろその逆で、私達が来たから、向こうも無茶なことを……」

「もう来てしまったものを嘆いても仕方がないわ。あなたや彼らの言うこともわかるけれど、今は目の前の戦力に集中しなければならない。()()()()()に対策を立てるのは、その後」


 クドウ氏も頷き、


「その通りでございます。ハギワラ殿、後悔は血を流してからでもできますぞ。今はこの都をいかにして守るか、その一点のみを考えるしかない」

「ええ。微力ながら、我々も助太刀いたします。少しでも多くの魔法戦力が必要でしょうから。ここにいるフブキも、ジュンも、いくらか役に立ってくれるはずです。もちろん、私も一人の魔法家として、お力になります」

「おお、殿下、そう言って下さりまするか! これは有難い……」

「自分も、セーラムの軍人として、末席に加えていただきたい所存であります!」


 デニーもそんな調子だから、帰ろうとも言えず、


「……まあ、姫様のお供としては、当然、付いていきますし、それに、エルフが殺せるのであれば……」


 フォッカー氏はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「都は、守りません」

「――なんですと!?」


 驚いた俺がついそう言うと、彼は、見せたことのなかったニヤリとした笑みを浮かべた。それは生真面目な印象からは程遠いところにあった。


「ここで戦えば、街という街が荒れてしまいます。それがわかりきっていて、籠もるという選択肢は取れません。向こうがどこにいるかもわかっているのだから、ここは先に打って出て、都へ迫る前にこれを撃滅します。それに……」

「……それに?」


 と姫様が先を促す。


「魔法戦をやろうというんです。空間を広く取らなければ、我々も全力を出すことができませんからね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ