5-8 突入した一人と一人と二人
「デニー、デニー朝だぞ、起きろデニー・シュート中尉朝だぞ」
頬をぺちぺち叩くとデニーは危うく俺と頭をぶつけそうになるほど激しく起床し、即座にこう言った。
「――夜だよ」
「夜だよ。出かけるから、着替えて」
「なんで? どこに?」
「人助け、洞窟」
「……洞窟?」
「多分洞窟。……いや、わからない。もっとちゃんとしたトンネルかも」
「なんだそれ……」
ボヤきながらもすぐ寝床から出ることができるのは流石といったところか。軍隊へ入っているとこれよりも理不尽な展開にちょくちょく出会うのだろう。
代わりに俺が畳の上に座り込み、片膝を立てた。
デニーは素早く寝巻を脱ぎながら、
「人助けって?」
「フォッカー氏の弟の友達がさっきここへ駆け込んで来た。何というか、その、ジェレミー君という名前だったと思うが、彼は出かけた先で迷子になったらしいんだ。それで、探しに行くことになった。事態は一刻を争うような感じだ。急いでる」
「ふーん……」
枕元に畳まれていた衣服を掴み取って、デニーは少し呆けた。
「……それで、何でおれたちが? この国の人たちは何か思うところないのか?」
「複雑らしいんだ。とにかく、すぐに動けるような状態じゃない。だから姫様が代わりに助けに行くのさ。当然、俺とお前も駆り出される。それが今」
首を傾げながら、ようやくデニーは袖を通し始めた。
「おれが役に立つとは思えねえけどな……寝てちゃダメなのかな」
「お前何で自分がここにいるのか忘れてない? そんなんで上官に怒られないのか?」
「報告を誤魔化さなかったら怒られる」
「そうだろう。お互い給料分は働こうぜ」
釈然としない表情のまま、デニーは剣を拾い上げて腰に帯びた。
「殿下とジュン殿だけでなんとかならんのか」
多分、なる。
「――今回の件に限れば、俺だって大して役に立ちゃしねえよ。だが、まあ、人手が多いに越したことはないわけだ……行方不明になっているのはフォッカー氏の弟だけじゃない。肩を貸さなきゃ歩けないような二、三人が他にいるかもしれないと考えれば、まだ少ないくらいだよ」
「なるほどな。しかしそれなら、多少時間をかけてでも数を揃えて編成した方が賢明じゃないのかね」
俺は首を振った。
「姫様の心を読めれば、右往左往せずに済むんだけどな……」
デニーも溜息を一つ。
「もしかして鎧も要るのか?」
「どんな状況にぶち当たるかまではわからん。情報もあんまりない。それを踏まえて判断してくれ」
彼は腰の剣を一旦外した。
「あの人たち眠くねえのかよ……」
俺は欠伸で返事をした。その点においては大きな共感があった。
俺がデニーを起こしている間、姫様とジュンはさっさと身支度を整え、追加で必要な装備を家人に命じて揃えてもらっていた。かなり勝手な振る舞いだが準備は滞りなく済み、フォッカー氏も強いて止めなかったと見える。
しかし、使う可能性が高いのはロープの束と光源くらいのもので、俺でも背負うのに苦労しない程度の袋へ全ては収まった。何せ多少の怪我なら姫様が戻してしまえるし、飲料水に関してもジュンが都合してくれる。本当に魔法は便利だ。
「四人パーティ、か……」
姫様が回復役で、ジュンが魔法攻撃をし、デニーが……戦士で、俺は何だろう。まあ何だっていいが、こうして見るとバランスは悪くないように思える。
いや、ちょっと待てよ……姫様もジュンもデニーも分類としては戦士なのか? だとしたらすごくバランスの悪いパーティなんじゃないだろうか?
「そろそろ出発するわ」
そう言って、姫様は表に用意された馬の一頭へと歩み寄った。
見送りに出てきたのか最後まで止めに来たのか、フォッカー氏の表情は複雑なものだったが、結局、実力行使に出るようなことはなかった。不意に俺と目が合って、助けを求められているような気がしたが、
「……すみません」
ただ頭を下げるしかなかった。
ニーナ嬢は疲れがそのまま残っている状態だが、案内役の彼女を欠かすわけにはいかなかった。少なくともダンジョンの入口までは、導いてもらわなければならない。しきりに後ろを向いて、まだかまだかと出発を待っている。
ジュンは俺よりはスムーズに馬術を修めており、アデナ先生に言わせれば「まだまだ経験が足りない」ものの、今回は危なげなく背中に乗せてもらえていた。
「やった……! いいこいいこ……」
むしろ問題があるとすれば俺の方で――案の定、跨った途端にお馬様は暴れ出した。
「う、お、わ……! あーごめんごめん変なことしないから、鎮まってくれ!」
二、三度振り落とされかけたが、俺も一度は騎兵(?)として戦場へ出た男、どうにかこうにかなだめすかして、お許しをいただくことに成功する。
「よーしよしよし、よし……! よし」
決して出来の悪そうな馬ではないのだが、いや、だからこそだろうか、俺程度の乗り手では不満も露わにしたくなるのかもしれない。馬には馬の矜持があろう。自分と同じようにピリッとしてシャッとした騎手を求めているのかもしれない。しれないが、今はそこを曲げてほしい。
「おいおい、大丈夫かよ?」
デニーが心配そうにこちらを見ている。
「なんとか……。こんなことならキップを連れてくればよかった」
他の馬の話をされるのが癪に障ったのか、再び彼女が乱れ始めた。
「ごめ、ごめんって!」
「確かに、マウジーも連れて来てあげればよかったわ」
同じようなことを言っても何も起こらないのは、やはり姫様の人徳ゆえか。
「前から危なっかしいと思ってたけどよ、途中で落ちんなよ……?」
「俺より彼女の機嫌次第だ。……頼むよ、少しの間だからさ……」
ぶるひひ、と苛立たしげに鳴いた後、彼女は勝手に前進を始めた。
「ヘイ、ヘイおい、ちょっと、まだだ、ってちょ……」
「出発しましょう」
俺達はハギワラ邸を後にした。
フォッカー氏は何も言いこそしなかったが、途中、振り返った姫様に対して、礼を一つ――きっと、そのまま見えなくなるまで見送ったはずだ。
さて、確かに目的地はそう遠くない場所にあった。しかし辿り着く頃にはもう太陽は完全に地平線から離れて、遮るものがない場所に関しては、余すところなく照らしていた。当然、これから俺達が入っていく謎の遺跡まで、その加護は及ばないだろう。そして、もう二度とその加護に触れることができない可能性も、少なからずあるだろう。
そのダンジョンは、比較的小規模な滝の側面から回り込んだ裏――にある人工的な通路を抜けてから、さらに二十分近く道なき道ををかき分けた先で、ちょっとしたロッククライミングを経て、やっと末端を見せていた。
滝の時点で馬達は置いてきた。とてもついて来ることはできない。もっと器用な生物だけが侵入を許される。そんな印象がある。
「ここ、です」
再び盛大に息を切らしながら、ニーナ嬢がそこを手で指し示した。
「すごいところにありますね……」
ジュンはスカート(なにもこんなところにまでそういう格好で来ることはないと思うが、侍従としての体面、姫様の趣味、ジュン自身の愛着、その他様々な理由があってどこへ行くにもフリフリな服という決まりごとは最早覆せない段階にまで到達しており、戦闘技術などももう随分前からそういう前提で教え込まれているようだし、物を隠すのに都合がいいというのは本人の談で、まあ同じくどこへ行くにも道化服の俺がとやかく言えた義理じゃないのは確かなのだがもっとこう、いやこれ以上は時間を取りすぎるか)に付いた土埃を注意深く払いながら、そう言った。
元は埋もれていたのだろう、と俺は思った。長い年月をかけて少しづつ削れていったのか、それとも地震などによって急激な変化が起こったのか、それはわからないが、周囲にはかなりの量の岩石や土砂が、昔からただそこにあった、という風情で存在していた。すぐ足元すら、大雑把に砕けて重なり合った石によって安定していない。
遠くから見た時は全然わからなかったが、近くに寄ってみれば天然の擬態も解けて、意外にも入口らしい入口である。穴がぽっかりと開いて奥まで続いているのかと思いきや、きちんと扉が備え付けられている。
「でも、モノ自体は結構地味だな。もっと仰々しいとこに入っていくのかと……」
とデニーが言った。
施設が崖にくっついている、と捉えてほぼ差し支えないと思われる。
学校の屋上の出入り口、あの部分だけが強引にもぎ取られて、やはり強引な力で一押しに埋め込まれた、そんな感じである。しかも、かなり雑に。それは綺麗な箱型をしていないにもかかわらず、元はそれなりに整っていた様子を窺わせた。
そして、場違いだった。
別レイヤから切り取ってきた素材を背景レイヤにただ重ねたような、そんなイメージが拭い切れないのである。成程、先住知的生命体の存在というものを、確かに感じられないでもない。
「問題は中身よね?」
と姫様がニーナ嬢に問いかけ、彼女は大きく頷いた。
道中でニーナ嬢から受けた説明によると、この遺跡は常に内部構造が変動している可能性が高いらしい。ジェレミー君と対立していた一団が入る直前に野営した後を、俺達も先程確認した。だが、遺跡の内部では彼らの通った痕跡が、途中まで一本道であったにも関わらず発見できなかったという。ここまでやってきて引き返したというのは考えづらいし、何らかの要因によってどこか別の場所へ移動してしまった、つまり結局は遺跡に入らなかった、ということもまずあるまい。入ったはずだ。入ること自体は、比較的容易だったのだから。
彼らはジェレミー・ニーナ嬢のチームとは別の道を行ったのだろう。
事実、ニーナ嬢達は途中で分断され、メンバーがそれぞれ孤立してしまった。それと似たようなことが先遣隊にも起こったのだと考えられる。
丁度、部屋の中に散らばっていた戦利品を手分けして回収しようとしていた時だったという。まるで狙いすましたかのように、その部屋は四分割に区切られて、一瞬にして別のルートと化した――話を聞いただけだから、細部に関しては想像を巡らせるしかないが、まあ理不尽なことが起こったというのは確かだろう。
「で――対策せず入ったら、我々も分断されてえらいことになるのでは?」
「そうね。だから常に固まって行動するのが基本方針になるわけだけれど」
「しかし、別の罠とかで一網打尽になる可能性も、その分高くなるでしょう?」
「そこで切り抜けられなければ、どのみち駄目ね」
「まあ、それはそうですね。――他に作戦は?」
姫様は不思議そうに、
「……特には」
「嘘でしょ?」
彼女はいつもの無表情を保ったまま、肩を竦めた。
俺は言った。
「わかりました、帰りましょう」
この女は頭が回るだけの超アホなんじゃないかと思うことがある。
それが今だ。
「えぇえ? ここまで来て……」
「だまらっしゃい!」
ジュンにぴしゃりと言い放ち、俺は姫様に詰め寄った。
「こン中の一人でも欠けていいとは言わせませんよ――。あまりに危険だ。俺は支持できない。あなたについていく以上、怪我をしようが瀕死になろうが、そりゃあ仕方のないことですがね、いなくなったら、終わりですよ。それは取っていいリスクじゃない」
この件に関しては、俺の方が正しいし当たってるし賢明なはずだ。
だが姫様は事も無げにこう言う。
「確かに、ジュンも、あなたも、デニー・シュート中尉も、いなくなったら困るわ。でも、仮に遺跡の中で分断されたとして、それが死に直結するかどうかはまだ決まっていない」
姫様はニーナ嬢を指し示した。
「この子は、とりあえず助かってるわ」
「それは……」
運よく、ニーナ嬢はジェレミー君と同じルートに放り出された。しかしそれも長く続かず、やがて彼とも離れ離れになり、最後には遺跡の外へ放り出された。
足を挫いていたのは、その際近くを流れる浅い川に落ちたためである。
「出口はあるわ」
「ない場合もあるかもしれない」
「そうね。それはこれまでと変わらないわ。エルフの軍団に飛び込むのと、この遺跡に飛び込むのと、何が違うのかしら。あなたを拾ったのも賭けだった。メイヘムへ行ったのも賭けだった。ジュンに来てもらったのも、この国へやって来たのも。意識するしないに関わらず、私達はずっと賭けてきた。多かれ少なかれ。ねえ、フブキ――今更、賭けるのがこわくなったのかしら?」
逆に問いたかった。
あんたこわくないのか、と。
――こわいのかもしれん。
だが、まあ、確かに、積極的に飛び込んでリターンを稼がなければ、到底追いつけないような競争を俺達はやっている。例えそれが無茶に見えるようなチャンスでも、ものにしていかなければいつかは周回遅れでゲームオーバーだ。
金剛石だって全く見えていないわけではないこの状況――姫様はとうに座して待つことを放棄している。
こわいものはこわい。そこを押して踏み切れるかどうか。
できるのが姫様、できないのが俺?
何にせよ、バカンス気分でいたのは俺だけだった、ということか。
「――わかりました。しかし助けられる立場に落ちるくらいなら、さっさと手を引きますからね。私達が困るだけならともかく、迷惑を増やしたんじゃあ本末転倒ですよ」
「結構。早速入るとしましょう。……あなたはここで待機していて頂戴」
ニーナ嬢は頷いた。
「はい。本当は、わたしも一緒に行きたいですが……」
こちらとしても同行して欲しいのは山々だが、コンディションに難がありすぎる。
今はここで少しでも休息を取ってもらうべきだ。
「万が一私達が戻ってこないようなら――いや、言っても仕方がないわね。できる限りのことは、と約束できればいいのだけれど……」
「いえ……どうか、みんなを頼みます」
「まま、あまり期待しないで待っててくれよ」
とデニーが後を引き継いだ。
そうして、俺達は構造物の扉を開けて、中に侵入した。
四人全員が入ると、扉は勝手に閉じて、非常にそれらしい始まりを演出してくれた。
一応、俺はロープの先端を扉の向こうに置いてきたのだが、手繰り寄せると抵抗なく帰ってきてしまった。先端へ作っておいた結び目は消滅していた――というより、何か鋭利な物体によって断たれたような状態だった。
俺はその切り口と、進行方向の奥を交互に見やった。
「……まだ、ただの通路、ですよね?」
「この構造物全体に魔法がかかっているのなら、その限りではないわね」
「そんなことできるんですか?」
とジュンが訊く。
「さあ……? 昔の誰かがやったことですもの、私にはわからないわ」
俺達は前進を開始した。
通路はどういう素材で出来ているのか、淡く光っていてこちらで光源を用意する必要がまるでない。おかげで必要以上に手を塞がなくて済むが、この先最後までずっとこの状態であるという保証はないし、見た目だけなら岩肌とそう変わらないのが不気味である。外の扉はある程度製作されたように見えたのに、その内部が乱暴に掘削されたようになっているというのは、これは一体どういうことなのか。
「でも、やっぱり、金剛石があるかもしれないと姫様も思って、ここへ来たわけですよね?」
「そうね。仮になかったとしても、ここでさらに助けてあげれば、元からあった金剛石を譲ってもらえるよう頼みやすくはなるし……それに、先に入ったという一団が気になるのよ。愚か者のようにも思えるけれど、こうまで一番乗りに拘ったのだから、何か別の確信があったということは考えられないかしら」
「まあ、そう言われれば……そうなのかもしれないと思いますが、しかし……信じられないようなのが野放しになっていることも少なくないですからね……」
「そういうことを考えなくても、暇を持て余していたのだから、誰かの役に立つべきだわ」
「……危険じゃなければ、基本的に私も賛成ではありますよ」
そりゃ、誰かがひどい目に遭ったり死んだりするよりは、それを助ける方がいいに決まっている。現実にはそれができない様々な理由があるだけで。
「まあとにかく、念を押しますが、お互い絶対に離れないようにしないといけません。何といっても、バラバラにされるのがまずいわけですから……逆に四人揃っていれば、大抵の状況には対応できるでしょう。デニーわかったな、俺は俺と同じくらいお前が離れないか心配だよ、何か妙なものを見つけたらすぐふらふら行っちまいそうで……気持ちはわかるんだけどね、でも今回はそういうわけにはいかない、そうだろ? デニー聞いてるのか、おいデニー、デニー・シュート中尉?」
俺は立ち止まった。
姫様も立ち止まり、ジュンも立ち止まった。
デニーも、デニーも、
「おいおいおい」
いねえわ……。
「こんな短時間で遭難者が出るのは、流石に想定していなかったわね」
「つ、つーか話と違うじゃねえか。こんな、なんでいなくなったかもわからないなんて……これじゃあ手の打ちようが、」
「あなたの耳で彼の音を拾えないかしら?」
「そうか、その手があった」
恥ずかしいからあまりやりたくはなかったがそんなことも言っていられない。
俺は例のポーズ(描写は省略させてもらう)を取って、風に乗る音を集めた。久しぶりだったから集中するために目も閉じた。
しかし、耳が拾うのは微かな空気の流れだけで、それ以上のことはわからない。
閉所だから思うように音を拾えないのかもしれない。
「駄目だ、わからない。まずいぞこれは……。とにかく姫様、今あるロープでお互いの体を結び付けましょう。動きづらくはなりますが背に腹は代えられません、どうしてデニーが消えたかわからない以上は、些細な変化も見逃さないようにしないと」
振り返った。
ジュンしかいなかった。
「……姫様は?」
ジュンはふるふると首を横に振った。
「いや……、姫様は?」
「わからないです……。デニーさんがいないかと思って、ちょっと後ろを振り返って、前を向いたら、もう……」
「……そう……」
頭が追いつかない。
それはジュンも同じようで、俺達は見つめあったまま、茫然と立ち尽くした。
そうしている分には、見えている相手が消えることはないようだった。
「……とりあえず、離れないようにしようか」
「そ、そうですね」
俺達はいそいそと互いの身体にロープを結んだ。
おそらく効果はないだろう。




