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5-5 待つ間

 それで、お触れというほどでもないが、ディーン皇国全土に依頼が出された。

 冒険者達は多くの場合、「冒険者の宿」と呼ばれる事務所のような機能を持った建物に出勤して仕事の手続きを行う、つまり依頼を受けたりその結果を報告するとのことである。この建物は名前の通り、持ち家がなかったりその日の屋根にも困るような冒険者の住まいとして機能することも多いらしく、寮兼斡旋所と捉えるべきなのだろう。

 俺達がいた日本よりは、そういう人々の存在が認識されている。寄せられる依頼の内容は割と類型化できるようだが、それでも概ね、なんでも屋と考えていいようだ。どうも個人事業のイメージが拭えないが、複数人でチームを組んで活動することの方が一般的というか、ほとんどそうらしい。一芸に秀でた者同士で集まって役割分担する、暗黙の了解があるとかないとか。よくわからなかったが、普通の会社でも部署ごとに分かれて役割分担している。実際の活動内容が違うだけで、多分それと同じような感覚なのだろう。その方がうまくいくから、そうしているだけだ。


 これでディーンにある冒険者の宿はどこも同じ依頼が貼り出され、ディーンで活動する冒険者達は誰もが同じ依頼を目にする。こういう時は通信魔法の便利さを認識する。それほどのタイムラグもなく、ほとんど国を挙げて取り組む態勢になったのではないだろうか? 冒険者の宿から話が漏れ出せば、冒険者ではない人物も片手間に探してみようと考え始めるかもしれない。まずどこへ行ったら、何をやったら金剛石が手に入るのか、というところから始めなければならない問題はあるが、そのうち誰かが答えを導き出す可能性は決して低くはないのではないか――今はそう思える。


 一体、皇帝陛下はどう言ってこの状態へと持っていったのか?


「いや、()()()()()()()()()はほとんど話していないよ。無用な混乱を招くだけだろうからね。セーラムの姫君は特別に金剛石を御所望だと、協議の場で少し強めに言ってみただけだ。だから、せめて前向きに検討している格好だけは見せようという方向へ話が進んでいった。その結果がこれだ」

「ああ、なるほど……。しかし、本当に全土の、その、冒険者の宿に同じ依頼が貼ってあるなら、あっさり手に入ってしまいそうな気がしますね」

「それは、実際に手に入った方がいいに決まっているじゃないか」


 再び俺達はセーラム風の庭へと招かれていた。

 特に変わり映えのない茶と菓子。

 ジュンは今回は最初からあまり会話についてくる気がないのか、きちんと断りを入れてから俺の分の菓子に手をつけていた。


「本当に魔法戦力へと変換されるならね。尤も、その前に相応の報酬を払わなければならないわけだが」

「失礼を承知でお訊ねいたしますが、実際、どれほどまで用意できているのでしょうか?」


 と姫様が言った。


「持ち込まれた物の真贋を確かめ、質の査定もしなければなりません。それに見合ったものを出すわけですから、正確なところは提示できていませんね。条件を満たしていれば非常に多くの報酬が発生しますし、あまり明確にこうだと言いづらい面もあります。その代わり、単純に金銭を支払う以外の要望にも応じるつもりです。このご時世ですから、額面上の価値よりも、便宜を図ったり、縁を引き合わせたり、特定の物品を融通してほしいといった需要の方が高いだろうという見通しもあります」


 陛下はそう答え、優雅に杯を傾けた。

 最初に会った時より不思議な圧力は弱まっていたが、独特の雰囲気が相変わらずそこにはあった。


「見事なものが手に入るとは限りませんが、建前として、三個か、集まれば五個までは対価を支払えるだけの準備が進んでいます。全てをそちらに提供できるかまでは確約できませんが――まあ、二つ、でしょうか。現実的にお譲りできる数はそのあたりだと思います」

「わかりました。当面はそれで十分です」

「あくまでも、手に入れば、ですよ。それに、私はあまり実感が持てませんが、現在我々が立たされている状況では、何がどうであれ、十分ということはないのではないですか?」

「そうかもしれませんが、十分にするしかないのですよ、陛下」

「そういうものか……。貴女の言う通りなのでしょう」

「あー、個人的に気になることが一つ」


 と俺は手を挙げた。


「冒険者という職業は、どれくらいの信用度があるのでしょうか?」

「……というと?」

「あ、その、別に疑ってかかってるとかそういうことではなくてですね、世間一般的な評判というか、それこそピンキリだとは思うんですが、どういう方々なのか、いまひとつ掴みかねているところがあって……。そもそもこういう依頼に乗ってくるものかどうかも……」

「それなんだが、私も実態を知っているわけではないから、なんとも言えない。評判の店やチームの噂が耳に入ってくることはあるが、直接会ったことはないし、一般論ということになると、私の立場から言ってもアテにはならないだろう」


 言われてみればそうだ。同じ出身のせいか親近感を覚えていたが、陛下のこの世界での育ち自体は少年皇帝なのだ。この世界における先達であっても、世間に詳しいかどうかはまた別の問題だ。


「――そうか、そうですよね。すみません、変なことを聞きました」

「だが、君達は私ほど外出に制限がかかっているわけではないのだろう? もし時間が余っているのなら、実際に働きぶりを見に行ってみるのはどうだろうか」

「うーん……」

「そうですね、それも悪くないかもしれません」

「ええ? 姫様……」

「すんなり同行させてもらえはしないだろうが、冒険者の宿を訪れてみるだけでも、雰囲気は掴めるかもしれない」

「まあそれは確かに……でも、浮くでしょう?」

「そこは、変装でもしてみたらどうかな」

「なるほど。――でもフォッカーさんの目もありますし、そう上手くいくとは……」

「そうか。君だけ自由時間をもらって見てくるというわけにはいかないのかな?」

「姫様のおそばを離れるわけには参りませんから」

「ジュンがいるから、あなたはそこまで神経質にならなくてもいいのよ? 今のところは何もないし、これから何か起こるとも、あまり思えないわ」


 多分、口で言うほど姫様は気を抜いてはいないだろう。

 だが、それでも俺は気を揉む。

 なんてったって姫様あっての俺達だ。その存在が消えてなくなるのは論外としても、影響力が弱まるだけで何もかもが危うくなる。そして、彼女の魔法の特性を考えると、怪我で動けなくなるとか、そういったケースに陥ることは稀だ。

 ほとんど、0か1しか想像できない。

 姫様がいなくなると困るのだ。

 彼女がいないのは、困るのだ。


「……念を入れるに越したことはありませんから。まあ、私がいたところで、何が変わるというわけでもないかもしれませんが……」


 もしも何かが起こった時、居合わせることができなかったら、耐えられそうにない。


「それなら、これ以上は何も言えないな。あまり重要なことでもない。私はともかく、臣下の気持ちとしては速やかにゼニア姫へ金剛石を渡して帰ってもらいたいわけだから、冒険者達に国中をほじくり返してもらう一方で、代わりの案が出てくるとも限らない。果報は寝て待てという言葉もある。ここはおとなしく、報告が上がってくるまで、もう少し旅を満喫しておいたらどうだろう?」




 その通り、俺達はしばらく座して待つことを余儀なくされた感があった。

 元々、あればもらおう、といった程度の期待しかしていなかったこともあり、今回の依頼布告によって、結果が出るまで強く言えなくなってしまったことは否めない。確かに、そのポーズを認める形になっている。


 皇帝陛下の気まぐれで姫様に呼び出しがかかる、ということがわかってから、フォッカー氏は積極的に俺達を連れ出そうとはしなくなった。少なくとも遠出の予定はなかったことになった。代わりに俺達も不平を述べないように努め、ハギワラ邸の中で時間を潰す手段を編み出し始めていた。


「おーい、早くしてくれよ」


 二回急かされたので、俺は仕方なくちょっとアヤシイ方の手を指した。


「あっ」


 とデニーは声を上げた。

 盤面に日が半分ほど射しこんでいる。


 俺達だけで陛下を訪問している間、暇を持て余したデニーはフォッカー氏と戦盤に興じていたらしい。どうせなら本場ディーン流、ということで少々()()()みたようだが、フォッカー氏は強かった。もう一勝負、もう一勝負、とやっているうちにそこそこ巻き上げられてしまったらしく、セーラムへ帰還するまでに少しでも取り返すことが、デニーにとっては仕事よりもよほど重要な目的になった。


「……二手だけ、戻してくれないか」


 そういうわけで、俺が練習に付き合っているのだった。


「さすがに二手は戻せねえよ……」

「ちくしょう。これはまずったぞ……」


 こちらの世界で、こうして縁側で将棋を打つ機会が巡ってくるなどとは思ってもみなかった。いや、日本にいた時もしたことはなかったが。

 この屋外でも屋内でもない感覚にノスタルジーを感じられるのは、父方の祖父母が古い家に住んでいたからだろう。高校に上がった頃からほとんど訪れなくなってしまったが、小学生の頃などはまるで月の恒例行事であるかのように、片道一時間半の鉄道に乗って顔を見せに行ったものだった。ただ、祖父はこういう遊戯に興じるような性格ではなかったので、記憶にあるのは祖母とのとりとめもない会話や、いとこが持ち込んだ一世代前のテレビゲームばかりだ。


 庭のあの大きな池に目を向けると、姫様とジュンが組手をしている。

 場所が場所で濡れやすいので、二人ともかなり目に毒な薄着だ。

 魔法で水面に立ったまま戦う訓練を積んでいるのである。

 姫様の分まで浮かさなければならないという、なかなか理不尽な条件だが、ジュンは文句を言わずに取り組んでいる。もちろんそこで手を抜いて姫様を不利にしてはならず、水中に落としでもしようものなら仕置きが待っている。


 めちゃくちゃ寒そうだ。


 夏にやればいいものを、この冬も目前に迫った時期へ入ってから、派手に飛沫(しぶき)を浴びている。反応を見るにジュンは相当辛そうだが、姫様は()()()顔をしている。仕置きというのは、もし姫様を池ポチャしてしまった場合、彼女の水棲生物じみた動きによって、強制的にジュンも池の中へと引き込まれてしまうのである。もう何度悲鳴を聞いたかわからない。


 今度はデニーが長考を始めたので、俺は少し焚き火の様子を見てから、また戻った。

 ずぶ濡れになったら、これにあたるのだ。


 ジュンがしくじる度に訓練が長いこと中断されるので、あまり効率がよくない気はするが、アデナ先生譲りの「キツくなきゃ覚えない」方針が姫様の中にも色濃く生きていた。また、俺と違ってジュンはタフな女なので、多少やりすぎても耐えてしまう部分が確かにあった。今日も二回落ちていたが、服が乾く頃には復活する。その度、なんてヤツだ――と俺は思うのだ。訂正、なんてヤツらだ――と俺は思うのだ。

 水面に立ち続けるだけで高い集中力を要することは明らか。それを維持したまま動くとなれば――想像しただけで気が遠くなる。ましてや戦いだ。真面目に取り組むジュンもジュンだが、濡れるのに付き合う姫様も姫様である。

 しかし、これを会得すれば、自分が脅威として立ちはだかりながら、誰かを水面に保持することができるようになる。この技能が役に立つ局面は、確かにあるだろう。


 ようやくデニーが整って、再び盤面が動き始めた。

 ただ、俺にしてみれば、それは決まりきった手順を踏むだけの作業だった。


 四回戦目のために駒を並べながら、俺はデニーへ問いかけた。


「なあ、今わざと負けなかった?」

「ん……? ああ、やっぱあそこで騎士前に出したら駄目だよな」

「いや、もっと前。なんで火と水交換した?」

「それは、でもそうしないとどんどん攻め込まれそうだったしなあ」

「そっちにも攻めの目はあった。わざわざそれを潰していくことはない」

「うーん、そうか。だからあの時も負けたのか……?」


 不自然だ、とまでは言わない。

 だが、どこか釈然としない。


 実は、俺も一度フォッカー氏と一度だけ勝負していた。

 賭けなかった(賭けられなかった)が、勝った。

 それを踏まえて、何度かデニーとやっていて思うのは、フォッカー氏の方が簡単に倒せた、ということだ。


 所謂()()勝負じゃなかったから? 魔法使い駒の引き? 偶然その一回だけ向こうが不調、あるいはこちらが快調だった?


 ――デニーが、()()()フォッカー氏に負けるとは思えなかった。




 その晩、俺はデニーがフォッカー氏にリベンジする様子を見学することにした。

 ああ言った手前、すぐに姫様から離れたくはなかったが、これは見ておきたかった。


 行灯に照らされた部屋の中で、二人は賭けているとは思えないほど朗らかに勝負を始めた。談笑を交えながら序盤、中盤と無難に進み――そのまま、終盤にフォッカー氏がミスをして、そこに付け込んだデニーが勝ちを拾った。

 フォッカー氏は再戦を申し込んだが、今度はあっさりとデニーが勝った。

 泣きの一回で、かなりめんどくさくて際どい展開を経て、しかし特に不思議な点は見当たらないまま、フォッカー氏が意地を見せた。


「ありがとうございました。わざわざ付き合ってもらっちゃって……」

「いえいえ。私も久しぶりに打てる相手ができて嬉しいですよ」

「お? 普段はあまりなさらない?」

「ええ。昔は父や弟とよく興じていたものですが……父は布団から出ている時間の方が短いですからね」


 思い過ごしか。

 どうも将棋やチェスの感覚でいたらしい。魔法使い駒の引きは、俺が思っていたより勝負を左右する。二人の戦い方を見ていると、特にそう感じられた。デニーはあまり気にしないプレイスタイルだが、フォッカー氏はどうやら土魔法使いがお気に入りのようで、実際これが手に入った三戦目を制した。考えてみれば、俺も風魔法使いを動かしている時は他に比べて気分がいいし、駒として好みだ。


 元々二人の実力は拮抗していて、それが引きの振れ幅によって結果へ少し偏りを出していただけだろう。俺も風駒を手に入れることが多いだけで、そこまで上というわけでもないのかもしれない。むしろ下の可能性すらある。


「ああ、すみません。余計なこと言っちゃったかな。――余計ついでに訊きますが、弟さんがいらっしゃったんですね。見かけませんが、離れて暮らして……?」

「ええ、まあ……。どうも意地っ張りな奴で、どうせ家督を継げないなら厄介になどなりたくないと、出て行ってしまったんですよ。帰ってこないわけではないのですが、見つけた仕事が楽しいのか、なかなか」


 頭の中のもやもやがなくなって、俺も会話に参加する気になった。


「何をなさっていらっしゃるんですか?」

「え? ……ああ、冒険者ですよ。都の、結構大きな宿で寝起きしているようです」

「――冒険者、」

「はい。その、何か」


 どうやら無駄足というわけでもなかったらしい。


「もしよければ、私達を紹介してもらえないでしょうか」


 フォッカー氏は、ほんのちょっぴり停止した。


「は――いや、随分と急ですね。もちろん構いませんが、理由をお聞きしても?」

「いえ、大したことではありません、単に興味がありまして……少し、仕事ぶりを拝見させていただけないかと思っていたのですよ。藪から棒に冒険者の宿を訪ねてこんなお願いをしても迷惑になるだけでしょうから、諦めていたのですが――どなたかに紹介してもらえるとなれば話は別です。お邪魔はしませんので、何とかお願いできないでしょうか?」


 思いがけない方向からの食いつきに、フォッカー氏は腕を組んで唸り、考え込んだ。

 しかし、やがて顔を上げて、


「――ええと、それは、ゼニア殿下のお願いと受け取っていいのでしょうか?」


 俺は大きく頷いた。

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