4-2 当然の決まりとして
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「どうしてこの地下室を選んだかわかるかい、レギウス」
俺は蝋燭の火をもう一本の蝋燭へ分け与えながらそう言った。
さらに一本、さらにさらにもう一本と、部屋を次第に明るくしていく。
レギウスの視線があちらこちらへ泳ぐのがわかる。蝋燭の明かりが増える度に、新しいアイテムが目に飛び込んでくるからだろう。しばらく使われていなかったのか、それともそういう決まりがあるのか、大体の道具は壁に掛けられ、そうできないほど大がかりなものはまた別の壁に並べられて、よく整頓されている。ラインナップに特殊なものは感じられない。鞭とか、水車とか、あー……歯を抜くときに使うやつのデカいバージョンとか、ハンドルを回してどんどん締め上げていくやつとか、鯛焼きの型にトゲの付いたやつとか、それとあと――まあ、色々だ。
「――正解! これからお前が大きな声を出すだろうから、それが外へ響かないように配慮したんだな……」
彼には猿轡が噛まされている。
あの身体能力で暴れられると厄介なので、頑丈な手枷足枷と、ぶっとい鎖を用意してもらった。多分、一番楽なのは吊るして鞭打ちを始めることだろうが、そこまで派手なやり方に今のところ興味はない。派手な道具にもだ。ただ椅子に座ってもらっているだけでいい。
どうせすぐに転げ回る。
「もちろん拷問だ」
俺は机の上にまとめられていた小さな道具類にいくつか触れ、そして鋏を選んだ。
「だが、俺はサディストじゃない」
何度か開閉の具合を確かめてから、レギウスの後ろに回り込んだ。
「拷問のための拷問はやらない。この方法を選ぶのは、それが一番目的の達成に適しているからだ。幸いにも我が姫君が、お前に無限の苦しみと安らぎを約束してくれる」
言いながら屈み込んで、彼の手を開いてぐにぐにと確かめる。ゴツくはないが、しっかりとしている。部屋の隅で待機している姫様は、無表情にその様子を眺めている。
レギウスは抵抗の素振りを見せない。ここへ来るまでに散々試して、無意味だということをわかっているのだろう。さすがに鎖を引き千切れるほどのパワーはないらしい。
「例えば、」
俺はレギウスの人差し指(エルフ差し指と言うべきかな)、第一関節より少し後ろの辺りを切断した。
一瞬だけ我慢の気配があった。
しかし、すぐに布越しの意味を為さない叫びが部屋中を満たした。
「まあ、何というか、そうだな、」
ちょきん。
叫びの音量が上がる。
「これはお前と話しやすくなるための挨拶だよ。誰だって躾をするときは、どういうふうに罰を与えるか考える。痛めつけるのはポピュラーな方法だ。何故って、ただ……怒鳴ったり! ……するだけじゃ、誰も本当に堪えたりなんかしないものさ……特に子供はな。痛みというのは生き物にとって大事な感覚なんだ。もちろんそれは嫌なものでもあるけれど、嫌だからこそ、生命が脅かされていることを教えてくれる。この仕組みを利用するから、例えば女の子のスカートを許可なく捲ったらひっぱたかれる、痛い、これはマズいことだ、と学習できるわけだな。そう、痛いのはイヤだ、痛いのは最優先で回避しなければならない、と俺達には予め刷り込まれている。きっと、生まれる前から。そんなわけで、今日からお前には、俺達の思い通りにならないとどういう痛みが加わるか覚えていってもらおうと思う。こんなふうにね」
パーはチョキに負ける。ちょきんちょきん。
レギウスはとうとうじっとしていられずに椅子を倒してしまった。
暴れる彼を蹴ってしまわないよう、俺は前に回った。
「もちろん、俺はこのように非情なことをしているよ。でも、同じ男として象徴を切ってしまわない程度の温情も持ち合わせているつもりだ」
そう言って、わざとらしくそちらのほうで鋏をちゃきちゃきと鳴らす。
「お前によく理解してもらいたいのは、確かに俺は頭がよくないかもしれないがきちんと会話は成立する、つまり、取り引きくらいは実現可能だということなんだ」
鋏に付いた血を中指で拭って、親指と擦り合わせる。
俺は鋏を机の上へ戻した。
「だから、お前の身体が使い物にならなくなるのは、俺としても望ましくない。姫様、戻してください」
姫様は焦らすようにゆっくりとレギウスが倒れた場所まで近寄り、魔法をかけた。
ついでに椅子も起こす。
痛みが消えて落ち着いたところで、猿轡を外してやることにした。
「お前らこんなことをしておいて俺が言いなりになると思うのか! 報復合戦なら受けて立つぞ、俺は馬鹿なお前らによって殺されるかもしれないが必ず」
俺は握り拳に風を纏わせてレギウスを殴った。
椅子ごと床で一跳ねしてから、二回転して止まった。
「次は顎を取るぞ」
再び姫様がレギウスを元に戻した。
「どこまで話したっけ。――ああ、取り引きはできる、ってとこまでだな。そう、取り引きなんだよ、あくまでも。ただ、俺達は取り引きは望んでいても、駆け引きまでは望んでいない。なんとか妥協させよう、なんてことは考えない方がいい。俺達の要求は決して妥協できるような種類のものではないし……仮にできたとしても、それを選択するほど余裕はない――お前らが追い詰めたせいだぞ、ちょっとは反省してくれよな。いいか、一か零かという話でもないぞ。お前は俺達に言われたことをやる代わりに、痛みから逃れられる。それだけ」
俺は次にオーソドックスなナイフを手にとった。
「ま、お前もエルフ民族の一員として、すぐに首を縦に振るわけにもいかないだろう」
レギウスの眼球に触れるか触れないかのところまで、限りなく近づけていく。
「例えこのまま目を串刺しにされて、元に戻してもらえなくても、きっとお前は粘るだろうな。だから、実際にはこれからの作業は、お前の心を作り変えていくためのものになる」
ナイフを引っ込める。
「不具になるのは心だけでいい。それも、生活に支障はない程度の不具だ」
代わりに、長い耳を摘まむ。そちらにナイフをあてがう。
「アブラカタブラ~」
三往復ほどで、完全に切り取れた。
レギウスは声を上げまいと必死に耐えているらしい。鼻息だけが荒くなっている。
手足が小刻みに震えたり、行き場のない力みを逃がそうとしている。
俺は親切さをアピールするために、切られていない右耳側に立ち位置を変えて言った。
「これを返して欲しいか?」
レギウスは頷かない。首を振りもしない。血が首筋を伝って、服を染め上げる。
「そうか……。じゃあ、このままもう片方も切り取って、ヒューマンの仲間になってもらうのもいいかもしれないな」
彼は目を剥き、怒りを露わにした。
「嘘だよ。そこまでやったら話がややこしくなるだけだ。――姫様」
彼女は丁寧に耳をくっつけた。
レギウスはこの数分で一気に老け込んだように見える。
「どういう……ふうに……俺を作り変える、つもりだ」
「そこまでの大改造じゃないよ。進んで俺達に協力したくなるだけだ」
俺はさらに何本かナイフを拾い上げた。
「しかしながら、俺達の言うことを聞いてさえいれば、お前の待遇はそれなりのものとなる。とりあえず、暮らしに不自由はさせない。望むなら、お前の研究を次の段階へ進めることもできるかもしれないな」
「――何だと?」
「召喚だよ、レギウス。それがお前の特技じゃないか。俺達の要求というのもそれだよ。具体的には、俺をもう一人喚び出して欲しいんだ。できるだろ?」
だから、殺さなかった。
確かに先の戦いで俺達は勝利を収めた。圧倒的で、しかも意味ある勝利だ。
だが、大局的にはまだまだ負けている。
俺も正確なところを把握しているわけではないが、比べる意義はまだ薄い、と姫様に言わせるほどには戦力差がある。あの火球を飛ばしてきた集団も氷山の一角にすぎないというわけだ。きっと同じような部隊が何十個もあるのだろう。貴重なはずの魔法使いをそれだけ集めてしまえるのが、マーレタリアという国なのだ。
俺がいくらエルフに対して強いといっても、一日で向こうの魔法戦力を全て蒸発させてしまえるほどではないし、それに近い状況も実現しないだろう。次に戦う時、おそらく相手は実際の戦線を二つに分けてくるはずだ。俺は二人いないから、片一方で押し止めておいて、もう片方を突破させるだけの簡単な作戦。あるいは、俺と同じくらいかさらに強いやつを連れてくる。それで事足りる。
もちろんヒューマン同盟にも、かき集めれば敵を退かせるほどの戦力がまだ残っているから、現実の力学はもう少し複雑になってくる……しかし、足りないことには変わりない。個々の戦いにどう勝つかを考えるのはもちろん大事だし、俺もこれまで通り頑張ってエルフを殺しまくる所存だが、それはそれとして、どうやって戦力を増やすかも考える必要がある。
何もないところから戦力は生まれない。どっかから連れてくるか、それとも育てるかだが、ずっと負け続きだったせいで、今のヒューマン同盟には後者を十分に機能させる余裕がない。望ましいのは前者。しかし、セーラムもルーシアもディーンも、在野の人材に至るまで捜し尽くしてしまっている。ではどうするか?
新しい野の開発だ。
「ふざけるな! 利敵行為だ、そんなことできるか」
「だから相談してる」
俺はナイフを投げた。風で安定させたそれは、容易にレギウスの肩に食い込む。
「ッアァ……! できるわけがない! 召喚は俺だけの魔法だ、そんなことをしたら、」
「したら?」
もう一本が肋骨のすぐ下に生える。
俺はレギウスの前に立って、自分の業前を確かめた。
「――ッっ、駄目だ、駄目だ! お前をさらに増やすなんて、」
「そうだ。俺くらいヤバいのを一人と言わず二人でも三人でも頼みたいんだよ。俺より強い奴なら、」
今度は太腿に握ったままの一本を、
「もっといい!」
突き立てる。そのままの勢いでぐりぐりと抉る。
「イ、が、い痛えェぁア! 痛いィ、アぁ、やめろ! クソ、やメ、ォあア! できるワケねェだろうガあァ……ッ!」
「できないかあ、おい、これでもできねえかよ?」
肩に刺さっていたナイフも勢いよく抜き差ししてやる。レギウスは暴れて転がろうとするが、姫様がしっかりと椅子を押さえていて逃げられない。
「頑張るのもいいけどさあ! このへんで軽く済ませるのも悪い手じゃないと俺は思うぜえ? なんせ、放っときゃ死ぬような状態まで持っていっても、このお姫様はお前をまるっきり元に戻しちまうんだからな! 俺達はまだまだいくらでもお前をひどいことにできるぜ。朝から晩まで臨死体験するのも乙なもんかもしれねえなあ!」
実際には、姫様の魔力にも限りがある。消費される分量は、どのくらいの時間、どのくらいの範囲で戻すかによって大きく変わってくるらしいので、あんまり度が過ぎる行為を続けていると、魔力切れでこちらがどれだけ施術に一日の資源を割けるか知られてしまう。だからこのようにある程度のハッタリは必要だった。いきなりアクセル全開で始めると、こちらとしても後が続かない。
出血でレギウスが大分汚れてきたので、一旦姫様に戻してもらって、インターバルを挟む。この合間がまた効くのだ。例えば(さっきも言ったように今回はやらないが)鞭打ちなんかは特にこの効果が反映される種類のやり方で、耐え難いのは鞭を受けたその瞬間よりも、次に再び鞭の穂先が触れるのを待つ間だ……。同じように、レギウスも次にどんな責め苦が待ち受けているのかについて、一切の休みなく怯えて過ごし、そして俺は対称的にゆったりと、何が効果的だろうかと頭の中で検討しながら過ごすことができる。
そのついでに、俺は思い出したように言った。
「まあ、元に戻されるというのは、そう悪いことばかりでもない。自分で奥歯を噛み砕いてしまっても、元に戻してもらえる。もちろん姫様はそうして下さる」
レギウスはこちらを見るのをやめていた。
俯いて、じっと間をやり過ごそうとしている。
「さっきも言ったように、俺達は目的を達成するためにこの方法を選んでいるんだ。わかるか? 必要なだけの肉体的強制を用いたら、その後はお前の気が変わらない限り、こういったおぞましいことは一切行われなくなるということなんだよ。何故なら、俺達は決して好きでこうしているわけではないし、他にもやりたいことや、やらなければならないことが山積みになっているので、スムーズに事が運ぶならその方がずっとずっと、何百倍も何千倍も有難いと考えているからだ」
あんたは信じないかもしれないが、これは俺の本心だ。姫様の本心でもある。
「それでも、明日も明後日も、一週間後も、ここで踏ん張り続けるつもりかい?」
レギウスはポツリと言った。
「できるもんか……マーレタリアが、負けちまう」
「その通りだ、レギウス。お前は俺達と一緒にエルフヘイムをぶっつぶすんだよ」
結果的には、それが一番この男を苦しめることになるだろう。
むしろそのために生かしたとさえ言える。
俺はずっと、どうすればこのあり余る欲望が静まるだろうかと考えてきた。
どういう報いがふさわしく、どういう状態なら納得するだろう、と。
ただ殺す、というのはあまりに短絡的だった。それは受け入れられない。
それで姫様と話し合ってみた結果――一石二鳥のこの作戦でいくことに決まった。おそらくはそれが一番俺を慰めることになるだろうし、一番勝ちの目を発生させうる戦略へと繋がることにもなる。総合的な優先順位はレギウスの方が上だった。
「まあでも、わからなくはないよ。お前はあの土壇場で自分よりもマイエルを優先した」
そして、俺個人の恨みつらみとしては、奴の方が上だったのだ。
誤算だった。両方捕まえるか、両方逃がすかのどちらかだと思っていた。
片方でもこちらの方が手に入ったのを本来は喜ぶべきなのだろうが、手放しに、とはいかない。スッキリしないものが残る。考え方を変えれば、大きな目標がまだ残ったままとも言えるが、しかし……。
「それは尊敬に値する。心から。誰にでも真似できることじゃない。だから、少なくともお前はその分までは、苦痛に耐え切ってしまえるだけの覚悟があるだろう。マイエル以外にも、お前が大切に思う誰かをエルフヘイムに残してきたかもしれない。お前がここで屈して俺達に手を貸したら、そのエルフ達はまとめて死ぬか、それよりも辛い目に遭う。彼らを守ろうとする気持ちは、きっと俺の想像もつかないほど強いんだろう」
俺は釘を何本かと、金槌を手に取った。
「だが、それはそのまま苦痛の強さに変換される」
太い、太い釘だ。
「自分で苦痛の量を増やしているんだ。おそろしいことだな」
『愛のロマンス』――映画『禁じられた遊び』のテーマとなったスペイン民謡――を吹きながら、レギウスの足元に屈み込む。
俺は一本一本、丁寧に、向きや角度を変えながら、それらを打ち込んでいった。
しかし、レギウスは気合を入れ直したのか、今度は一言も発しなかったし、暴れようともしなかった。ただ鬼気迫る表情で、限りなく無限へ近付いていく時と戦っていた。
大したものだ。本当に尊敬できる。俺には到底真似できない。
「いいぞ。……だがこれはどうかな?」
俺は部屋を照らしていた蝋燭の一つを手に取った。
「昔、小説で読んだ合わせ技だ。試してみようじゃないか」
俺はレギウスに逃げるなとは言わなかった。そんなことを言っても効果がないことはわかっていたし、俺に逃げる自由があったように、彼にもまた逃げる自由はある。問題はそれが実現できるだけの力があるかどうか、というところにしかない。
それに、この仕事を完璧にやる必要は、実はなかった。というのも、完璧に心が折れてしまうと、魔法は使えなくなることがあるらしいのだ。だから、希望は最後まで残しておく必要があった。そのために、嘘ではなく俺に近い待遇を用意してあったし、魔法の研究だって、それで本当に捗るかは別として、できる限りの環境は整えてあった。彼の能力を保ったままこちらの言いなりにさせるため、俺達が注意深く行ったのは、いかにして苦痛を与えるかではなく、いかに言葉をかけるかだった。初日に姫様が一言も発しなかったのは、何もあの光景に嫌悪感を催していたからではない。そのように見せかけ、途中から俺のいない時間も作り、こっそりと同情的な声をかけさせるためだったのだ。
レギウスは九日目の昼まで耐えた。




