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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第3章 国土回復へ向けてまず
30/212

3-10 Shall we

                   ~


「話が違うじゃねーかよ」


 とデニー・シュートが隣の部屋でボヤいた。


「何が」


 と寝台でストレッチしながら俺は答えた。


「どうしておれが今回の件に噛んだのか、忘れちまったとは言わせねーぞ」

「憶えてるよ。出世だろ? ちゃあんと姫様がかけあってくれてるさ。それに、俺があんたの部下のためにショーも開くよ。……ここから出たらな」

「なあ、フブキよ。おれは自分の経歴に傷がついたようにしか思えないんだ」


 日本にいた時は留置場にすら入ったことはなかったが、今では閉じこめられるのも慣れたもんだ。俺達は牢を構成する壁を挟んで会話しているのだった。出入り口を含んだ一面は鉄格子だけで構成されているため、音の通りは問題ない。


「今頃は陛下から勲章を授かってるんじゃなかったのかよ!?」

「……そんなことまで考えてなかったくせに」


 怒りに狂うガルデ王は先頭で出迎えた俺を真っ先に指差し、デニーとその部下達も一緒に捕まえて首都まで送り返した。不憫なのは信じて付いて来てくれた十八人で、彼らは元いた場所に逆戻りとなってしまった。もし彼らと一緒の房へ入れられていたら、俺は誤解をとく前に殺されていたかもしれない。


「このペテン師め。ここから出られるかどうかもわからないじゃねーか」

「だから、姫様がかけあってくれてるって……」


 だが、とりあえず今はデニーと同様、営倉に入っている。俺は別に軍人ではないが、首謀者二人をわざわざ分けるのも……といったところだろうか。


「その姫様だって、もうすぐこっちに戻ってくるんだろうが?」

「多分な」


 再び戦端が開かれたのは確かだが、またしばらくは大規模な軍事行動はないだろう。メイヘムには誰かを配置して、王様は姫様と共に首都へ戻ってくるはずだ。そう思えるほどには、ここでの生活が続いている。むしろ、デニー・シュートが今日までおとなしく状況を受け入れていたことの方が俺は気になっていた。彼なりにここまでは俺達を信用していたということなのだろうか?


「それでまた王様にとっ捕まるんじゃ、話にならねえぞ」

「いや、少なくとも姫様が軟禁されるようなことはもうないよ」

「どうしてそう言い切れる?」

「……ま、今なら話してもいいか。俺がエルフを蹴散らせることがわかった今、王様が次に考えることはなんだ? いつか自分もエルフのようにバラバラにされるかもってことじゃないのか?」

「そりゃ、そうかもしれないけどよ」

「しかし、そんなには甘くない。それができるならとっくにやってるっつう話だ。俺がエルフ相手にあそこまでやれたのは魔法のおかげだが、その魔法の、原動力ってのかな、源になる感情がある。それは、怒り、なんだ。相手に対して怒っていれば怒っているほど、魔力が湧き出てくる。俺は心底エルフを憎んでいて、だから、エルフに対してはあんなふうになれる。逆に、怒れない相手にゃからっきしさ。俺は姫様に怒ることができないから、手も足も出ない。姫様が俺を取り押さえようと思ったら、道具を使う必要もないよ。例え俺がガチガチに武装して、姫様がすっぽんぽんだったとしてもね」


 彼女なら顔色一つ変えずにやってのけるだろう。内心は裸を見られて恥ずかしがるのかもしれないが……。


「姫様もそのことをわかっている。だから王様にも説明するさ。俺を管理しようと思ったら、姫様が必要になる。それをわからせるためにな」


                   ~


「というわけですから、逆にフブキを私の手元に置かない場合、安全を保障できません」

「――脅すつもりか、ゼニア!」

「そんなことをして、私に何の得があるというのです……。あのね、これでも、お父様のためを思って言っているのよ。いい加減、わがまま言うのはやめて。下手を打てば、()()()()()()()のは私達になるんだから」


                   ~


「姫様は王様にこう言う。俺には利用価値がある。幸いにもあの知恵遅れは私に懐いていて、私ならば取り押さえるのは容易だ。余計なことをして怒らせるよりは、そこそこの褒美を与えて満足させ、制御下に置いた方がよほど役に立つし安全、所詮は犬畜生に過ぎない――とな。仮に何らかの制限を姫様にかけるとしても、王様はアホじゃねえから、また閉じこめっぱなしってことはないと思うよ。それこそ今回みたいに暴走されたら困るわけだから、妥協点を探る方向に落ち着くはずだ。子離れの時期が来たのさ」

「それ全部おまえの妄想じゃねえだろうな」

「だったらどうする?」


 しばらく返事はなくなり、代わりに部屋の中を練り歩く音が聞こえる。


「……どーしようもねえッ! クソっ、おまえ、ここ出たら覚えてろよ!」

「出られたらな。まあそうカッカすんなよ。それよりさ、」

「貴様ら! さっきからうるさいぞ! 大人しくしていろ!」


 たまりかねた看守が俺達の房の前までやってきた。俺は彼と目を合わせて言った。


「やあすみません。こう毎日何もすることがないと、どうも」

「動くなとまでは言わん。腕立て伏せに戻ったらどうだ」

「元からあまり体力がありませんでね。一日中はやれないんですよ」

「そうか。なら横になっているんだな」

「いやあ、たっぷり寝かせてもらって全然眠くないもんですから、ゴロゴロしても空想に耽ってばかりで、それもこうずっとじゃ飽きますからね。ところで看守さん、こういう話を知りませんか」

「――その手には乗らんぞ」

「そう言わずに。ちょっと長くて難しい話だから、普段は人に話さないんですがね、今日は特別に……デニー、お前も聞けよ。河童、って生き物の話です。聞いたことありませんか?」

「おい、三度は言わないぞ、大人しく、」

「『どうかkappaと発音して下さい。』さん、はい」

「「kappa」」


 看守とデニーは、まったく同じタイミングで発音した。


「――そう、そんな感じだ。これは、精神をおかしくしてしまった知り合いから聞いた話だ……」


 その後の獄中生活は数段快適になった。初めは話の続きと引き換えに色々と便宜を図ってくれた看守だったが、途中からはお互いにあまり深く考えず、上手くやっていけたと思う。ちょっとした休暇のようなものだ。滞在するホテルのボーイにチップをやって、見合ったサービスが返ってくる。そんな感じ。


 チェックアウトが決まったのは、房へ入ってから十三日目のことだった。

 俺は寝台から起き上がって、入ってきた姫様に笑いかけた。


「もうちょっと早いかと思っていたんですけどね」


 姫様は何も言わなかった。

 代わりに、ゆっくりと近づいてきて、右手で俺の左の頬を包み込むように触れた。

 どういう意図でそうしたのか俺にはわからなかったが、とにかく、それで全てだった。


 姫様が去った後、房の外から様子を覗き込んでいたデニーがこう言った。


「……もしかして、おれは口笛を吹くべきだったのかな?」


 俺は代わりに自分で吹いてみようと思ったが、おそらく上手くいかないだろうと思い、やめることにした。




 別に驚くようなことではなかったが、祝勝会には俺達も招かれた。

 その代わり、芸を見せることも、何かのスピーチを求められることもなかった。

 ただそこにぼんやりと座って、取り分けられた料理を腹に詰め込むことだけが役目だった。道化服を着たままじっとしているというのはきついものがあったが――今回に限っては何かをおっ始めるようなことが望まれていないのはよくわかっていたから、大人しくしていることにした。悪い意味で浮くわけにはいかない。


 トラブルがスタートにあっても勝利は勝利。いくらか饒舌になった王様は開き直って姫様の勇敢さを称えまくり、それにも増して、無茶振りに応えたルーシア・ディーン両軍へ惜しみない賛辞を送った。逆に、俺達のことについては、損耗(ゼロ)で帰還したにも関わらず――二言三言触れて終わりだった。あんまり短かったので、料理に集中していた俺はほとんど聞き逃した。


 どうやら、俺達の存在と活躍は認めるが、とりあえずサッと流してしまおう、ということで最終的な評価が落ち着いたようだった。


 まあ、そんなものだろうな、と俺は思った。本来なら即刻縛り首でもおかしくないほどのことをしでかしたのだから。功績と相殺で済むなら穏当な方だろう。一応、デニーも中尉にはなったことだし……。すぐに中隊長とはいかないだろうが、中隊長補佐くらいの仕事はもらえるはずだ。それで勘弁してほしい。

 一方の俺はといえば、姫様直属の道化師という立ち位置は不動のまま、起居する部屋がグレードアップするわけでもなく、どこかへ出入り禁止になるというようなことも、新しく仕事が舞い込んでくるようなこともなかった。実に結構。あ、いや――キップを優先的に借りられるようにはなったらしい。

 ちなみに、不憫な十八人は、遅れはしたが約束通り恩赦が適用され、全員釈放と相成った。希望者は仕事も世話してもらえるとのことだが、多くはデニー隊に入るそうだ。


 とりあえず、手柄はほとんど姫様のものになった。王様はまるで姫様が一人でエルフの魔法戦力を無力化し、メイヘムの防衛戦力も蹴散らしたかのように語ったが、それでいいと俺も思う。


 んなわきゃねー、と誰もが思っているはずだ。姫様の魔法は隠されていないから、知っている人は知っていて、いくら腕が立つあの王女でもそんなことは不可能だ、とわかるわけだし――知らない人でも、こうできたのならとっくにやっていなければおかしいと気付く。いくら指揮能力が秀でていても、戦力差がありすぎれば十全に発揮できない。その差を埋めるだけの何かが、魔法があったはずだ、という考えに至る。


 そして、多くの人は――俺がやったのではないか、とアタリをつけているはずだ。


 デニーは事の顛末について部下へ口止めをしている様子ではなかったし、俺も姫様も特に頼みはしなかった。そうでなくても、俺は何度も魔法を使っているところをやんごとなき人々に見せており、その辺りの事情に明るくなくても、今回の騒動に関わった人物をリストアップしてちょっと素性を調べれば、結局は消去法で俺ということになる。


 だが、確信を持つには、王様か姫様かデニーから、俺の魔法は()()()()()であると教えてもらわなければならない。この材料がなければ、例えば俺がこれまで力を隠していたと推測しても、じゃあ何故、の部分が解けない。

 そういうわけで、空気を読んで、はっきりと指摘はしないでいるのだろう。

 今はそれでいい。




 宴は途中から舞踏会になった。

 実はこのプログラムはこちらの社交界でも非常にポピュラーなもので、これまで俺が小話を披露していた前後にも度々行われていたらしいのだが、出番を終えるとすぐ退場が基本だったので、目にするのは今回が初めてだった。


 俺がイメージしていたものとは些か趣向が異なり、優雅にゆったりとしたものではなく、どちらかといえば競技ダンスのような――アップテンポで激しい音楽と踊りが求められているようで、デビューしたての少女から年季の入ったジジイまで、一曲ごとに相手を変えて踊りまくるのが習わしということらしい。


 だが、当然、俺が誘われるというようなことはなく、楽しそうな一同を眺めているだけの時間だった。話し相手だったデニーも三曲目あたりから先見の明を持ったご婦人に連行され、ほどなくして俺はまた暇になった。まあ、かなり大変そうなので誘われても断ることにはなったと思うが――面白くないのは確かだ。


 姫様と王様も踊らなかったが話し相手には事欠かないようだったし、ミキア姫の方はちょっとサービス過剰なんじゃないのかと思わせるほど楽しそうに踊っていた。男女問わずで相手を変えるのがすごい。


 俺だけが孤独だ、と感じるのが孤独感のよくないところだ。この場合疎外感と言い換えてもいいかもしれない。ただ、これはこちらの世界に馴染みたいという心理の裏返しかもしれないので、傾向としては悪くない……のかもしれない。




 夜も更けて解散の雰囲気となり、王様が引っ込んだのを皮切りに、招かれた人々も帰宅、あるいはあてがわれた部屋へと戻っていった。


 俺は最後まで残ることにした。意地になっていたのだと思う。あるいは、自分が確かに活躍した証拠として、この祝勝会にいつまでもしがみついていたいのかもしれなかった。使用人達が後片付けに奔走している間も残り続け、ついには椅子を片付けられてしまった。仕方がないので立ち見だ。そうまでして居続けたいのか? と自問するが、答えは曖昧にしか返ってこない。我ながら情けない話だ。


 消灯する段になって、早々に退出したはずの姫様が何故かドレス姿のまま戻ってきた。端女(メイド)達へはまた一刻後に戻ってくるよう言いつけ、かといって一人残った俺に手を振るでもなく、一直線にバルコニーまで出ていってしまった。そんなに夜風に吹かれたかったのか、と思いながら俺は黙って見送り、それから、意を決して後を追いかけた。

 広間からの少ない明かりだけが姫様を照らし、薄い影を床に落としていた。彼女が夜空の星を眺めているのか、街にまだぽつぽつと残る淡い光を眺めているのか、俺にはわからなかった。

 その背中が声をかけてもらいたそうにしていると勝手に決めつけ、言った。


「これで、一息つけますね」

「……またすぐに忙しくなるわ」


 と彼女は言い、振り返って手摺(てす)りに腰かけた。


「落ちますよ」

「そうしたら、またあなたが受け止めればいいわ」


 いつもより姫様が小さく見えるような気がした。物理的にはいつも小さいが、なんだか雰囲気も一際こじんまりしたように感じる……何故だろうか。珍しく今日着ているドレスが似合っている方だからか、それとも髪をほどいているから、薄く化粧をしているから、少し眠たそうだから、それとも――実は、最初からこうだったのだろうか?

 近づけばいつもの姫様に見えるかもしれないと思い、自分も夜の中を進んで、手摺りから身を乗り出した。彼女は変わらず小さいままだった。俺は言った。


「――滅茶苦茶な旅だった。方々(ほうぼう)へ迷惑をかけちまったな」

「それは最初からよ。最初から、ずっとそうだった……」

「一人一人に謝って回れないのが心苦しいところだ」

「そういうことを言うものではないわ」

「……そうだな」


 本当にその気があるなら、そもそも迷惑のかかる行動を起こすべきではない。

 俺達はこれから先も、こうやって大勢に迷惑をかけていくのだろう。


 しばらく二人とも無言で、誰もいなくなった広間の中を眺めていた。やがてそれにも飽きたのか、姫様は手摺りから離れ、軽くステップを踏んでくるくると回った。

 なんだ踊れるんじゃんか、と俺は思った。いや、あれだけ動けるのに踊りが下手ということもないだろうが――もしかしてできないからやらないのかも、という想像もしてはいたのだ。ドレスのスカートがふわりと空気を孕んでいる。もっと強い風で悪戯してやろうか、などという考えが浮かんだが、すぐに無駄だと思い直した。

 彼女なら避けてしまうだろう。


「あなたも少し踊ったらよかったのに」


 と、急に言われる。らしくないイヤミだ、と俺は思った。だが律儀に答える。


「相手がいないよ」


 姫様は言った。


「ここに私がいる」


 三秒くらい、必要だった。


「多分、踊ったのは小学生の時が最後だ。無理だよ」

「教えるわ」


 彼女は――ゼニアは近寄ってきて、俺の手を握ってしまった。

 微かに香水の匂いがする。肩にも手が回される。

 戸惑う。


「音楽がない」

「あなたがやるのよ」


 確かにそうだ、と思って、俺は少し考え、『オリーブの首飾り』を吹き始めた。


「それ、手品の時の曲……」


 一旦中断。


「いや、元はダンス・ミュージックだよ」


 彼女の目が笑ったような気がした。


 そうして、俺達はぎこちなく踊り始めた。

 極力彼女に合わせるようにして、ステップをワン、ツー、スリー、


「足踏んでるわ」


 夜はさらに更けていく。

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