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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第3章 国土回復へ向けてまず
27/212

3-7 風

                   ~


 救国魔法軍団第六ファイアボール(火球)中隊、略して火球隊である。


「おい、もうちょっと詳しく報告しろ」

『だから、引き継いだ中尉はもうミンチだっつってんだろォ!? ちゃんとよく聞……また誰か墜とされてるぞォ! 何でもいいからアイツの動きを止めろ!』


 火の魔法を扱う兵だけで編成されているわけではないが、その基本戦術は決して複雑なものではない。

 まず、素早く効果を発揮できる自然型の兵が牽制として火球を放つ。この場合破壊力はあまり考慮されず、目晦(めくら)ましや控えている呪文型の兵が唱え終えるための時間稼ぎが重視される。呪文型の兵には()()()()としての風魔法使いも含まれており、この中隊の場合は、他の兵を空へ上げるためだけの役割として配置されている。これは高い機動力によって敵対勢力の要所をピンポイントで攻撃しやすいという利点の他、今回のケースのように、飛んでいる相手への対応も想定されているからであるが、しかし――。


『オイ、聞いてんのか!? 増援だよォ! アイツあんなペースで魔法使ってやがるからそのうち息切れする! でもオレたちが消えてからじゃ遅い!』


 防衛司令は受信に徹する通信兵の口から矢継ぎ早に放たれる向こう側の阿鼻叫喚を、身動きもせずに聞いていた。メイヘムに一人残った、あまり出来がいいとは言えない若い通信兵――しかし、恐慌を起こして独断で応答を始めた中隊の通信兵と比べれば、淡々とそれを聞かせるだけのこちらの通信兵の方が、よほどマシではあった。


「派遣できないし間に合わない。速やかに三席の士官へ指揮権を委ね、統率を回復せよ」


 久方ぶりの非常事態に対して、連絡統括将校はあくまで冷静な対応を求めた。

 返ってくるのは悲鳴ばかりであった。


『馬鹿野郎、そいつらの方が先に死んでんだぞ!』


 戦闘が開始されてからずっと、奇妙に音量のある口笛が叫びに被さっている。

 防衛司令は姉妹に訊ねた。


「数はどうなった」


 姉の方が答えた。


「二百五十六に減りました」

「航空戦力は」

「残り二十七名です」


 彼は首を振って、一応、部屋の中では一等高い位置にある自分の持ち場から降りていき、連絡統括将校の肩を叩いた。


「すまない、直接話させてくれないか」


 将校は敬礼し、その場から少し離れた。


『とにかく寄越してくれ! 駄目なら撤退だ!』


 防衛司令は通信兵と――その先の通信兵に向かって言った。


「こちらはヘルツガング・ナボフ司令だ。撤退は許可できない。サリーネ少尉はまだ生きているか。生きているなら彼に引き継がせろ」

『無理だ! ヤツはオレより錯乱してる』


 背後で妹の方が言った。


「二百四十七です。飛んでいるのは二十五名に」

「――レイマン少尉は」

『死んだ』

「パスケル、ロドレ、ダーグ、アタルシャ……誰かはまだ生きているはずだ。最早こうなっては誰であろうと大して変わらん。統率の回復が見られない限りは、撤退命令を出すも出さないも変わらない。とにかく! まだ正気を保っている士官を見つけ出し、貴様がその口で引き継ぎを伝えること。復唱の要なし。かかれ」

『――見殺しかよ。クソくそクソ、残った誰がまとめられるってンだよォオ! アンタもわかってんだろォ!? あのクソヒューマンをやるに』


 悪い夢から覚めたような顔で、()()()が言った。


「……切れました」

「二百三十五、二十一です」


 誰も彼もが怯えていた。もちろん、防衛司令でさえも。ステラングレに至っては今にも排尿してしまうのではないかと思わせるような表情である。いくらか耐性があるのか、姉妹に大きな動揺は見られなかったが、決して愉快そうでもなかった。


 防衛司令は後ろを向いて、壁に大きく貼ってある地図を睨んだ。


                   ~


 火球というものは随分きれいに形成できるんだな、と俺は宙に浮きながら思った。

 ショスタコーヴィチの交響曲第五番『革命』第四楽章が戦場に鳴り響いている。もちろん俺が口笛を吹いているせいだった。

 炎は束になって飛んでくる。地上から撃たれまくるのはまだいいんだが、同じ高さかそれより上を取られると、途端に回避の難度も高くなった。ヒヤヒヤするというほどでもないが、攻撃のことも考えて動いているといちいちタイミングがシビアだ。しかし、俺は敢えて何十人も飛ばしているあの風魔法使いを撃墜しようとは思わなかった。それはあまりにも()()()()()()

 貴重な実戦の機会だ。できるだけここで()()()を稼いでおきたい。そのためには、一瞬で相手の継戦能力を刈り取るような攻撃は避けるべきだった……自分がどのように戦えるか、長いこと妄想でしかなかったプランを、一気に現実的なものとするべく、実験台が必要だったのだ。最初のヘッドオンでいきなり航空戦力を無力化するより、航空戦力と戦う時に自分はどんなことができるか試すことの方が、俺にとってはよほど重要だった。


 とはいえ、せっかく姫様から賜った一張羅を焦がすわけにもいかない。


 火球は絶え間なく俺を狙って放たれるが、最初に頭を潰してやったわりには、まだしっかりと部隊が機能していた。実際対峙してみると、なるほど自然型で時間を稼いでから呪文型の効果を展開するというのは理に適っている。今だからこそ余裕を持った回避を心がけることもできるが、最初に火球が複数飛んできた時は焦った――俺が上の方に行くと向こうがあまり思っていなかったから助かったものの、考慮されていたらヤバかったかもしれない。


 それにしても、自分の意志で空を飛べるってのはいい。ちょっと肌寒いがこのスピード感はクセになりそうだ。道化服も気持ちよさそうにはためいている。さて、数えたのが間違いでなければ、俺と同じように浮かんでいるのは三十七匹、うち一匹の女エルフが機動の一切合財を担っている。だから、事実上、三十六匹は火器管制しか任されていない、いわば子機ということになる。

 見た目に反して、空の戦いは、あの目つきの悪い風魔法使いと俺の一騎討ちなのだ。

 そういうことも踏まえると、彼女を直接叩くより、彼女以外を全て叩いた方が数段気持ちのいい戦いになりそうだった。俺は――ああ、いけない、また何匹か射撃の準備を終えたようだ。空へ上がってからこっち、どちらもそちらもエルフだらけで、常に気を配ってなきゃあとても……いや、あんたにとっちゃどうでもいいことだな。ここらでいいとこ見せようか。


 三匹それぞれの手の上で、同時に炎がブワッと膨れ上がった。まるで最初から透明な球体を載せていたかのように、炎は決して仮想の容器から出ていかないまま激しく暴れる。そして、その容器はどうやっているのかはわからないが実に素晴らしい速度で放たれて――俺を焼こうと追いかけてくる。だが、案ずるなかれ、所詮彼らも徒党を組まねばならぬ身なのだ、自分から離れていく魔力実体をそこまで自由自在に操れるわけじゃない……しばらく相手してわかったことだが、ドギツイ軌道で動かすためには随分と気合いが必要なようだし、加えて、一定の距離を走ると炎も霧散して消えてしまう。俺くらい動ける奴にとっては、ん、まあ、しかし、このままだと当たるだろう。服がはためいている。俺はちょっとそこを()()()、風で火球の軌道を逸らしてから、再び()を手の内に宿した。今ならそれこそ岩だって斬れると思うが、状況に対してちょっと過剰なスペックかもしれない。

 すれ違う時に手首を回して、胴の部分をザクッとやる。

 返り血で汚してもいけないのが難しいよなあ。

 面白いのは、動力が別にあるから斬られた当人は真っ二つになってもまだ飛ばされ続けることだ。あの風魔法使いがもうあいつは駄目だ、と判断した時にはじめて堕ちていく。その時の表情といったら――どちらもなかなか、いい。

 速度を一段階上げる。


 俺はくるりと空中で回転して、地面がよく見えるように視点を戻した。いい標的が残っていないか吟味する。上から見ると誰が偉いかってのはよくわかるもんだ。だから最初にやった一連の攻撃では、その半数をピンポイントに消した。消し過ぎると勝負がついてしまうから、半数ってわけだ。全部が全部当たりではなかったから、さらにその七割くらいが有効打だったとして……なかなかいい塩梅だったのではないだろうか。相手へ混乱をもたらしつつ、反撃の意志を煽る。そう、俺は一人なのだから、奇襲を凌いだ今、対処を間違わなければ勝てる――と、思わせることができていれば……。

 丁度いいところに、こちらを指差して何かを色々とわめいている奴がいた。ふーむ……確かに、目立つ標的は攻撃したくなる。俺はその本能に従い、右手を鉄砲の形にして(指二本分だからきっと大口径だぜ)魔力を指先に集中させ――動きながら狙いを定めるってのは大変だ。服がはためいている。何度も小刻みに腕を動かして、それでも踏ん切りがつかず、仕方がないから口笛が一番盛り上がったところで、


「ばァん」


 わざとムラが出るように放った。

 標的は(彼から見て)右半分が穴あきチーズのようになり、すぐ隣の地面も角度で変化してはいるが大体同じような形で掘り起こされた。うん……自分が動きつつ動かない的へ、はなんとか様になっているか。これが同じように動いている奴、特に飛んでいる相手へやろうとするとなかなか成果が上がらない。今のように散弾を撒いてもだ。もう少し頑張ってドッグファイトのように長い間後ろへついていればいいのだろうが、数の差がありすぎる場合はいちいちそんな構い方をしていられない。数撃ちゃ当たる戦法に頼るという手もなくはないが、一応魔力は限りのある資源だと思うと、それを試すよりはいかにケチれるかを考えた方が有意義な気はする。飛んでる同士ならまだまだ近づいて斬るか引き裂くかした方がいい。服がはためいている。

 さて、穴あきの残骸へ、一匹の女エルフが駆け寄っているのが見える。彼女は他の兵士に比べると比較的軽装である。目的地へ辿り着いて屈み込むと、少しの間だけ魔力を放出し、しかし、やめてしまった。処置なしと判断したらしい。他にも彼女と同じような装いの十匹ほどが忙しく駆け回っていた。俺は風魔法使いと同じように、わざと彼女達を残していた。彼女達が治癒魔法使い――衛生兵(メディック)に相当することは、それこそ火を見るよりも明らかだった。彼女達が十全に活躍……大活躍できているうちは、希望が残る。つまりその分だけ長引く――長引いてくれるといいんだが。ただ、今まではとりあえず数を減らしていくことに注力していたので、彼女達は実はそれほど忙しくはなかった……もちろん全ての負傷者が死亡者ではなかったが、応急処置ということになると、数はかなり限られているように見えた――俺もあまり()()()()たり()()()()たりする余裕がなかったのだ。

 そろそろ、彼女達をもっと急かす頃合いではあるかもしれない。

 速度を一段階上げる。


 急降下。


 上から見ていて、他にも気付いたことがある。ヒューマン――というかセーラム――が九の倍数かそれに近い数字で編成を好むように、エルフもまた十二ないし十三という数字を好んで用いている節がある。1ダースなのかな、と思う。もしそうだとしたら、やはりエルフの方が合理的なモノの考え方をする傾向にあるのだろうか。ダースという単位は、何をするにあたっても、約数が多くて扱いやすい。

 着地――といっても、普通に走ることはないので、厳密には少し地面から浮いている。滑るのだ。誰よりも速く滑る。服がはためいている。前方の、十二×(かける)五くらいの集団に突っ込む。先頭の一匹を斬り捨て、その次も斬り捨て、面倒になって残りは空気の壁で押し退けながら、中心へと穿(うが)っていく。

 止まる。

 それで、囲まれる形になった。今が好機とばかりに次々飛来する細かな火球を強引に叩き落としながら、真正面の一匹を除いた他の全員を指差しつつ、邪魔にならない距離まで吹き飛ばしていく。こうすることによって、残された一匹は、自分が吹き飛ばされた奴らとは違って、これからかなりひどい目に遭うと意識するわけだ――そして、現実がその通りに捻じ曲がる。

 そうそう、わかるよ。出てしまったらそうやって戻したくなるものだよな。

 速度を一段階上げる。


 離脱後、俺はあてどなく部隊を彷徨うことにした。そして、これと思った相手を浅く斬り、次を探して浅く裂き、次を探して浅く砕き、次を探して浅く突いて、時折、思い出したように深く壊した。理由はなんでもよかった。周りの奴らよりちょっと耳が長い気がする、髪の色が濃い気がする、鼻が細い気がする、睫毛(まつげ)が巻いている気がする――そんな具合に、俺は目印が付いているかのように対象を選んで、あちこちへ要救護者を発生させていった。

 最初からわかってはいたことだが、このように稼いだ方が結果的に飛んでくる火球は減る。まあ、効率を上げてでも同胞を巻き込むというのなら、俺も強いて止めはしない。服がはためいている。

 それでも鋭い一投があった。

 口笛を中断。

 速度は決して落とさず、軸足そのまま、回転がかかった跳躍でやり過ごす。


「うひょぁ……」


 着弾の音がする。

 おそらく背後にいた何匹かを巻き込んだだろう。


「あーあ、無茶苦茶しやがる」


 急に立ちはだかった一匹を唐竹割り。一瞬見えた内部構造は、おそらくヒューマンとそう離れてはいないか、ほとんど同一のように思えた。しかしそれもすぐ血に隠れた。


「――あの世もこの世も地獄だぜ!」


 どこかで、遊んでやがる、という声が聞こえる。心外だ、と強く思う。そう考えることこそ、お前らが今まで遊んできた証左なのだ――愉しんでる? 違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺は思わない。

 もう一回言おうか。俺は思わない。


 止まる。真上を見る。

 編隊を組み直した一団が空を分けてしまおうとしていた。

 許せなかった。

 速度を一段階上げる。

 地面が急に遠くなった。

 気の済むまで垂直に上昇すると決めた。服がはためいている。向こうさんの風使いもなかなかやるようだが、この機動(マヌーバ)は真似できまい。両手に刀を作った。俺は一瞬であの編隊に激突した。一匹につき一本刺して、そのまま残して一瞬で去った。残した刀は爆ぜて消えた。爆ぜたエルフは消えずに堕ちた。

 俺は誰よりも天高く昇った。

 体の向きを変えた。空を背にした。

 今なら撃ち抜ける気がした。

 拳銃を二挺作った。

 見た。

 撃った、貫いた。

 撃った、貫いた。

 両手合わせて十二発撃った。


 一匹だけ残った。


 彼めがけて被さるように降下し、襟首(えりくび)を掴む。

 速度を一段階上げる。

 引き摺り降ろしながら、俺は彼に教えた。


「死ぬんだよ」


 速度を一段階上げる。

 速度を一段階上げる。


 一匹も残さない。


                   ~


「消えていく」


 と姉の方が言った。


「消えていく」

「逃げて……逃げて、もっと逃げて、もっと早く……速く!」


 防衛司令は、もう随分と長い間、この種の呟きしか聞けていないような錯覚に囚われた。所感としては、時間は本当に長くなったり短くなったりしているのだと、彼は考えていた。今、この一瞬一瞬を、体感が捻じ曲げていると信じるのは難しかった。この(ねば)ついた時間が眼球の表面にまで纏わりついてくるのは、自分のせいではない。とても、自分の、せいとは、


「ああ!」


 姉が力の抜けた両手に目を落としていた。震えてすらいなかった。

 妹のうわごとが止む気配はなかった。

 ステラングレは部屋の隅に何かを見たまま硬直していた。

 通信兵は自制心を使い果たした後は、耳を押さえて司令室から出ていった。

 連絡統括将校は、防衛司令を見つめ続けていた。


「火球隊は、」


 と防衛司令は姉妹に問うた。


「どうなったのだ」


 火球隊は司令部と連絡する手段を失った。指揮官はそれより前に失っていた。しかし、戦局が傾けば、自らの、それぞれの判断で自然に撤退を選ぶ。そのようになっている。

 選んだはずだった。選んだに違いなかった。

 姉妹は、途中までその様子を伝えようと懸命に努力していたのだから。


「どうなって、しまったのだ」


 防衛司令は、この問いかけがきちんと姉妹の耳へ入ったかどうか自信が持てなかった。だから、続けて、


「最後の力を振り絞ってみてくれないか」


 と、彼らしくないことを言った。


「おそらく、君達に訊かずとも、この場にいる全員が正確に状況を把握している。だが私は、君達の口から聞きたい。他の者も同様だろう」


 彼女達は防衛司令を見た。

 姉妹どちらの目も懇願していた。どうか免じてくれ、と。

 しかし、それが彼女達に課せられた役割であり、遂行しなければならない任務だった。防衛司令は、自分の口を使って事実を述べるくらいなら、彼女達がその気になるまで、今日の残りの時間を全て費やしてもいいと考えていた。


 だが、そんなには待つ必要はなかった。

 彼女達の最後の矜持が、おそらくは費やされる時間を最大限に短くした。


「消滅です」


 と妹が言った。


「火球隊は、消滅しました」


 と姉が正確に伝えた。

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