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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第3章 国土回復へ向けてまず
24/212

3-4 不幸にも選ばれし者達

 追い出そうとした割に、王様は太っ腹であった。

 なんと、蓋を開けてみれば俺達は全員騎兵だったのだ。


 文句なしの大盤振る舞いと言えるじゃないか。後がなくなった奴らにそれほど与えてしまったら、これ幸いと悪逆の限りを尽くすんじゃないか、とか考えなかったのだろうか? それとも、せめて装備だけは整えてやるからいっそ立派に死んでこいという、王様の熱い心意気なのだろうか?


 ま、実際()()()()()()わけだから、仮に後者だったとしても、それを思いっきり踏みにじったことになる。どう転んでも赤字だな。


 ――一応、この結果が導き出されたことに対するヒントが、なくはない。


 俺は()()()()五十四人には、姫様を救い出す前に一度顔を合わせていた。

 こういう作戦だったから、事前に顔と名前を憶えておかんとする必要があったし(いや、俺はそんなに記憶力は良くない、心意気だよ、心意気)、どのみち、一時釈放の理由も碌に聞かされていなかった彼らに向けてのオリエンテーションはやらなければならなかった。そのくらい俺へ身柄を渡す前に向こうでやっておいてくれよ、とは思ったが、一纏めに()()()()()()のことも話してしまえるのは悪くなかった。帳消し。


 それで、順番に自己紹介をしてもらったところ(名前、罪状、刑の内容、乗馬経験、特技があると思う奴は特技)、罪人達に凶悪な出自の奴は一人もいないということがわかった。業務上の過失やらケチな食い逃げやら、そんな理由で豚箱へ入っていたような奴ばっかりだ。自分は濡れ衣だと未だ主張する者や、他人の罪をわざと被って獄に入ったと言う者までいた。少し安心させてくれる反面、そんな連中ばかりでやっていけるのかと不安にもなる。

 そのくせ、馬の扱いには経験がある者で揃えられていた。

 一人残らず、だ。


 随分とこちらに都合のいい立ち上がりじゃないか?

 不自然なくらいに。


「これも霞衆(かすみしゅう)とやらのご利益(りやく)ですかね?」


 姫様は少し考え込んだが、どうしてもこちらの不利益予想できず=今は議論の価値なし、と判断したのか、軽く肩をすくめただけだった。


 朝日が皆を照らし始めている。俺は出発してから隊列の一番後ろにまわって、一応、逃げ出さない奴がいないか見張る役目を担っていた。全員騎兵、の統一感はそこそこ頼もしい気持ちにさせてくれる。それぞれが荷物を全て載せるから不格好ではあるが、それも日を追う毎にある程度減るのでどんどん楽にはなっていくはずだ。なにせ、()()()しか持ってきていないのだ。


 今頃はもう追跡部隊がこちらへ追いつかんと必死に進行速度を上げていることだろう。しかし、こちらもなんだかんだで二小隊合わさった百六十二名(五十四人も百八人も同じ()()なんだからイイカゲンだよな)、うち三割強を計算に入れないとしても……追う側にそれなりの規模を求めているのは確かだった。


 とはいえ、強行軍同士(しのぎ)を削り合う、なんてことにはならないだろう。いつかは追いつかれる。向こうはこちらを絶対に捕捉する前提で、片道分の荷物を背負っているかどうかもあやしいのだから。王様の優先基準が姫様第一であることを考えると、こちらよりよほど決死隊の(おもむき)だろう。


 五十四人は、まだ作戦の最終目標までは知らない。聞かされているのはエルフ圏へ侵入する、というところまでだ。知れば少なからず任務の拒否を示す者が出るだろう。いつまでも伏せておくつもりもないが、詳細のわからぬままでとりあえず脱落者なし、というのも意外ではある。デニー隊に見張らせたとはいえ――。姫様のカリスマ? どうかな。あまりにあやしすぎるもんでむしろ決心がつかず様子見している、といったところだろうか。


 逆にデニー隊の面々は彼らの隊長から全てを知らされているはずだが、不気味なまでに動じていなかった。それも無感覚でいるというのではなく、平然と事態を受け止めているように見えた。一体この落ち着きようは何なのだろうか、と俺は思った。上司に対する信頼? しかしデニー・シュートは俺より年上に見えてもまだ若く、彼の部下にはやはり叩き上げと思しき風貌の男達がわんさかいた。どうもしっくりこない。年長者が上司の無謀を戒めそうなものだが。これは大博打であって、決して……。


 いや、その無謀に引き摺り込んだ張本人が、あれこれ詮索できる筋合いじゃないか。


 どのみち不満があるならそれを言わせるための時間は用意するつもりだった。

 ただ、それも次の日暮れまでたっぷり間の空いた後だ。




 そうして、何事もなく初日の野営を迎えた。


 道中、会話らしい会話も大休止・小休止の間にしか行われていなかった。それも数人同士がこっそり寄り合って、手短に意志の疎通を図り合うような、本当に会話と呼べるかもあやしい状態だ。文字通り明けても暮れても問答無用で前進、前進、前進の一日だった。余裕なんてなかっただろう。何よりもそういった空気を黙々と作り上げていたのはデニー隊の面々で、言いだしっぺの一人である俺をも完全に呑み込んでいた。


 暗闇を照らす一番大きな焚き火の前で、俺、姫様、デニー・シュートの三人は立ち上がった。脱落者は未だ(ゼロ)を数えていた。これは少なくとも俺にとっては全く予想外のことだった。人間の心理というものはどうしてこう不思議に動くのだろう? 俺だったら絶対逃げるぜ――いや、俺のような奴でも逃がさないように追い込んだのは俺自身なのか? もちろん人が減らない方がいいに決まってるんだがこれは……うーむ。

 

 こわいもの知りたさ、なのだろうか。ただのトラブルじゃないということが、(かえ)って皆の好奇心までも刺激してしまったのだとしたら、大変気の毒に思う……いや、いや、駄目だ。顔に出るぞ。俺も姫様を見習って能面を付けなきゃならないんだ、少なくとも今は。心中がどうであろうと、薄く笑っていなければ。


 最初に口を開くのはデニー・シュート。


「さて……明日以降へ進む前に、ここで皆には本作戦の目的を明確に知っておいてもらいたい。といっても、おれは指揮権を任されただけだ。説明は彼らから」


 そう言って、顎で俺を指し示した。

 俺は軽く手を挙げて、後を引き継いだ。


「ありがとうございます、少尉。さて、私はここにおられますゼニア・ルミノア姫殿下が道化師、フブキ、と申します。改めてお見知りおきを。……単刀直入に言います。我々は今、エルフヘイム――マーレタリアを目指して進軍しています」


 ここまでは周知の事実。問題は次。


「本作戦の目標は、現在マーレタリアの勢力下にある都市、メイヘムの奪還です」


 三分の一のざわつきだった。

 しかし、いつまでも残るようなものでもなかった。先を聞かずにはいられまい。

 俺は静まるのを待ってから、続けた。


「もちろん、これは戦闘行動が避けられないことを意味します。相応の損害――この場合は生命の損失ですが、これも十分に想定されます。当たり前のことですが、安全を保証できません。ですから、」

「……あのう」


 挙手があった。

 質問は後でまとめてお伺いします、と切ってしまってもよかったが、俺は声の主について引っかかり、先を促すことにした。


「はい、どうぞ」


 質問者は左目の上に眼帯を付けた、赤毛の、少し年増に見える女だった。彼女は五十四人の中では紅一点で目立つので、俺もよく憶えていたのだ。


「恩赦があるってのは、ホントにホントなんですかね。いや、アタシは別にそれが嘘でも構いやしないんですが……どういう話になろうが、最初っから諦めてるもんでね。しかし、頭から信じ込んでここまで黙ってついてきた人達も結構いる。それが今になっても騙されたまんまっていうのは、これはちょっと不憫ですからね、どうもね」


 しかし、彼女がそういうふうに全体を把握するべく動いていることまでは、俺は知らなかった。あの静かな休憩の中でいつの間にやったのだろうかと疑問に思うが――彼女が言ったことにそうだそうだと頷く者達は確かに、今、存在していた。


「具体的に何をなさろうとしているのか知りませんが……多分、少しくらい減ってもあまり変わらんのでしょう?」


 正解。俺と姫様にはこれを説明する責任があった。


「ですから、逃亡は止めません。敢えて追うのも本作戦においてはあまりに余計な労力となりますし、そんなことをする暇があるなら一歩でも距離を稼ぎ、一刻でも時間を稼がなければならないのです。望むなら馬も連れて行ってください。残されてもどうせ逃がすか、道中で売り払うかしてしまいますから。ただし、逃亡された方は、本作戦がどういう形であれ終了した後、改めて罪人として追われることになります」


 尤も、セーラムが残っていれば、の話だが。


「恩赦があるのは本当です。殿下の名前と地位がそれを保証いたします。完全な免除か、あるいは大幅な減刑が期待できるでしょう」


 これも、作戦後に姫様の権力が残っていればの話だな。

 ほとんど詐欺みてえなもんだ。


「ですが、あくまでそれはこの作戦に最後まで参加することで適用される――忘れないようにしてくださいね。さ、逃亡の意志がある方は、今からでも出発していただいて結構です。夜明けから出発したいという方は、挙手を願います。数は今の時点で確認しておきたいので」


 この時点で十人が出立を決意し、それぞれが馬に跨って、アテがあるのか勘に任せたのか、方々へと散っていった。また、七人が挙手した。


 落ち着いてから、俺は話を続けた。


「では、挙手された方以外で残った方は、本作戦に参加する意思があると見なします。

この取引に応じたからには……我々の指揮下に入る、つまり我々の命令に従う義務が発生するということです。当然ながらこれは絶対です。徹底してもらいます。できなければ恩赦もないと思ってください。――ま、もっと簡単に言えばだな、」


 俺は真横にいた姫様をびしっ、と指差した。


「いいか、このスカした面の女が今日から貴様らのボスだ! 取引が終わるまででいい、忠誠を誓え」


 五人が去り、八人が新たに挙手した。

 姫様は長く息を吐いて、俺の代わりに話し始めた。


「別に忠誠を誓ってくれる必要まではないけれど……」

「ちょっと姫様、俺の立場はどうなるんです」

「私や私の代理として発言する者達の言うことを聞き入れなければ、あなた達が生き残れる可能性もそれだけ低くなる。まずは、そのことを理解しなさい」


 ……もうちょっと早く姫様にバトンタッチしておいた方がよかったかな?


 デニー隊からは、最後まで質問が出なかった。




 翌朝になると、逃亡を決めた十五人は二十一人に増えていた。

 時間が経過したからというのもあるが、作戦の詳細を説明し終わったからでもあるだろう。事実上、彼らに求めるのはひたすらの行軍、(のち)、メイヘムへ侵入を成功させ、これまたひたすらに、囚われているヒューマン達の発見、解放である。戦闘行動に関しては全く期待などしていなかったが、その前提から何から疑問視されてしまうのは仕方のないことだった。道中の危険も依然として存在する。


 俺達は静かに見送った。二十一人も、なんだか申し訳なさそうに去っていった。


「九の倍数が残っただけ運に恵まれたわね」


 十八人。二分隊といったところか。


「今更数の大小を気にしたってしょうがないとは、わかっているのですが……」


 やはり、多少心細くはなる。それに、逃げていった罪人達がこれから災いを撒き散らかすかもしれないし、作戦後に仕事を増やしてしまうかもしれない。憂鬱の種は尽きなかったが、紛れもなくその原因は俺達の故意であり、利己主義であり、つまり――俺達は善人であることを行動の根底に置いているわけではないから、これ以上問題をこねくり回す資格も持たないということだ。


 行軍を再開した。


 そろそろ補給が要る。上に乗る人間もそうだが、下で地を踏みしめる馬は糧秣(りょうまつ)をえらく消費する。キップの野郎なんか他の馬よりも食ってる気がする。いつも水場や()める草地に腰を下ろせるというわけではないし、首都からちょろまかしてきた分にも限界はあるから、行程のどこかで人里に寄って、空かした分は最低限確保、できれば一日二日寄らなくても済む物資を上乗せで積みたいところだった。一応、金子(きんす)も持ってきていることだし。まあ、最悪姫様の名前でツケることもできなくはないだろう。


 出発の前に予め、徴発もしくは取引のできそうな村落へは見当をつけてある。

 が、そこへ入る前に少しやっておきたいこともいくつか……。


「――どう?」

「……さすがにまだ追いつかれていないようですね」


 俺は()を使って音を聞いていた。正確な距離はわからないが、まあ、とても広い範囲であることは保証しよう。少なくとも目に見える範囲よりは、遠くまで聞けているはずだ。地平線の向こうがどうなっているかわかるだけでも、今の状況なら価値はある。問題は、


「大したもんだが、その格好じゃなきゃ駄目なのか?」

「ダメナノ」


 説明しよう。今の俺は目を閉じ、耳の両側に広げた手を添えるように当て、足を肩幅まで開いて、なおかつ尻をちょっと後ろに突き出していた。


 ウケ狙いじゃねーよ。


 すげえカッコ悪いんで嫌なんだが、今のところこれが一番安定して遠距離まで聞ける姿勢だった。風が運んでくる音を受け取る、という字面はいいんだがどうも……多分、アンテナの角度がこれで合ってしまっているんだなあ。――というか、アンテナという概念を取り入れてしまったところからもう悲劇は始まっているんだ。音を耳へ入れるのにアンテナなんぞ本当はいらないはずだ。どこかで脱却しなければ。姿勢なんか関係なくこれができるようにならないと、恥ずかしくて特技にならんぞ。咄嗟にできなきゃ、いざって時役に立たないだろうし……。


「あ、何だこれ何の音だ? ――うーん、兎か何かかな……」


 判別も難しかった。

 耳自体の性能がよくなるわけじゃない。読み取る風の範囲を(せば)めることである程度対象を絞ることはできるが、こんなふうに後方をざっとサーチすると、自然とノイズ(まみ)れの情報が入ってくる。それを全部理解しようとするのは不可能だ。訓練すればいつかは潜水艦の聴音装置並みに高性能な索敵手段へと仕上げられるかもしれないが、今の俺にとっては気の遠くなるような話。

 まあ、騎兵隊くらいなら一発でわかるだろう。絶対うるさくなるからな。

 数が多ければなおさらのことだ。


 ただ、過信は禁物。

 音がしなかったら――例えば、待ち伏せまではわからない。


「どうせ第二隊を出すまでには時間がかかるわ。そのへんにして、先へ進みましょう」


 俺達はいわゆる()()()()()を通っていない。少しでも追手に捕捉される可能性を減らそうという苦肉の策だった。整備されている街道を避けていくのだからその分疲れるし進行も遅れるが、こちらの目的が速度最優先だとまず考えるはずの向こうはハズレ(くじ)を引かされたのに気付くまで時間をかける――という寸法だ。損して得取れってところかな。勿論、読まれていたらかなり面倒なことになる。それに、街道沿いのいくつかの拠点(ポイント)には互いに連絡の取れる()()魔法家がいるから、勘のいい奴が追跡部隊の指揮官だったら、この策はほどほどの効果に終わるだろう。ルートを修正するなり、別の戦力がいる拠点に連絡を取って出てもらうなり、対処の方法はいくらでもある。どのみち連絡網の優位が向こうにあるなら遅かれ早かれ(はさ)まれる可能性は高かったから、効率だけを考えることはできなかった――仮に完全に読まれていたとしても、メイヘムまでのいくつかのルート全てを洗っていたら手が遅れるし、俺達が道なき道まで視野に入れているこの状況なら尚更だ。()()()()()ですらないんだ。それなりには手こずるだろうぜ。


 ただ、ここまでやってもまだ問題があって、それはエルフヘイムとの境目に流れているアディクト川の存在だった。渡れる橋が限られているのだ。それは、最終的にはルートが()()に――そう、唯一残されている橋に絞られてしまうことを意味していた。

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