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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第2章 旋風色の道化師
20/212

2-12 修業パートは必要なかった

 残りの二週間は、完全に乗馬と魔法だった。


 キップの野郎のことは省く。充てられる時間が増やされて、あいつとの作業に関してはこの先絶対にまとまらないと考えるほどではなかったし――最悪、アデナ先生に愛想を尽かされても次善の策がないことはない。それこそ姫様とか。個人的な練習とか。


 だから、問題は魔法に一本化された。

 最初はそれこそ魔法()()から始まったものだ。


「あなたの魔法は……まあ、私やゼニアもそうなのだけれど、それを使うにあたって、触媒や条件を必要としない。それは、言うまでもなく戦いにおいては有利なことなのね、とても。準備がいらない、思った時にすぐ効果が現れる。これは、ゼニアが言っていたのをあなたも聞いていたと思うけれど、ナチュラル・タイプ(自然型)に分けられるの」


 本当はこういう説明でわかることは書物で予習がしたかった、のだが、図書館は所蔵されている全ての文章に目を通させてくれるわけではない――魔法関連の文献はその重要性からか、別途申請が必要であり、その後審査に通って初めて貸し出しが許可される。姫様のお膝元であっても、それは変わらない。そして、俺は道化師に過ぎないのだ。何故申請と審査のシステムが存在しているかを考えれば、何をか言わんやである。これは何も魔法ジャンルに限った話ではなく、歴史書の一部や、思想書の一部、()()()()()にも当てはまる(もちろん俺もいかがわしい想像をしてみた)。


「他に代表的なものは、まずスペル・タイプ(呪文型)。手間はかからないけれど、戦闘を想定すると、工夫がなければ呪文を唱え終わる前に死ぬわね。次に、サークル・タイプ(円環型)。これはもっと難しいの。描いたり、書いたりしなければならないわけだから」


 アデナ先生は指をぐるりと回したり、ちろちろ動かしたりしながらそう説明した。


「あとは――カタリスト・タイプ(触媒型)


 これは特定の物品や状況が揃っていなければ作用しなかったり発現しなかったりする型の魔法だ。例えば、あのテディベアがいないと私寂しくて魔法が使えないの! てな具合だ。


「もちろん、時間のかかる型だからといって、戦えないというわけではないわ。集団での対決を想定すれば、他の誰かが時間を稼げばいいものね。逆に、自然型以外の(タイプ)は複合することもある。ままならないものよ。触媒を用意して魔法陣を描き、発動式まで書き込んで、呪文を(キー)とする――そういう魔法もこの世にはあるわ」


 もちろん、型だけでは全ての有利不利など決まらない。俺自身が痛感しているように、魔法には強弱がある。(クラス)分けだ。


「竜巻は、文句なしのディザスター・クラス(天災級)よ。歴史をひっくり返してみても、そう度々出てくるものじゃないわ」

「そうなのですか?」

「ゴロゴロしていたら困るもの。簡単に戦略へ影響を与えるのだから」

「……確かに」


 相手の国へ狙って地震を起こしたり津波をけしかけたりできれば、下手をすれば戦争にもならんかもしれん。

 しかし、その区分があるということは、それが必要なほどには、いる、ということなんじゃないのか?


「今は、どのくらいの天災級が存在するのですか?」


 アデナ先生は言った。


「いない」


 ほう?


「――ということになっているわ。少なくとも、公式には。少なくとも、ヒューマン同盟(アライアンス)とマーレタリアには。グランドレンは……どうでしょうね。ワタシは知らないわ。けれど、それは二足歩行の生物にいないというだけのことよ。例えば――そんなことはありえないけれど――ドラゴン達がワタシ達の戦いに少しでも興味を持ったら、それは戦いではなくなってしまうのよ」


 俺はいきなり大きくなったスケールに思いを馳せた。多分、竜巻も一息で吹き消してしまうような奴らだろう。代わりに、太陽のような業火を落としてくれるのだ。


「三百年の間に、天災級はいくつかあった――そして、失われてしまった。どういう偶然か、大きな力を持った者は、示し合わせたように現れ、示し合わせたように消えてしまったのね。もし、アナタが本当に天災級なら、そのうち向こうにも天災級が現れるかもしれない」

「そういうものなのですか?」

「でも、今のアナタは天災級じゃない。そうね?」

「……はい」

「話を聞いている限り、ライフ・クラス(生活級)の域は出ていない」

「ええ、専ら演芸に使っておりますから。あとは、まあ、暑い日に姫様が涼もうと思った時、お役に立てるかもしれませんね」

「帆船の動力になれる、とか考えてみなかったの? ……でも、アナタはこの城へ来る前にキリング・クラス(殺生級)の結果を見せたともゼニアは言っていたわ。どうも安定しないようね」

「安定して竜巻を発生させることができれば、エルフ達は全て吹き飛ぶでしょうか」

「どうかしらね……。アナタ一人で全ての戦線に風を吹かせられるなら、あるいは可能性も残るかもしれないわ。それよりも今はコラプス・クラス(倒壊級)になれるかどうかの心配をするべきね」


 どれもこれもいささか直球すぎる名前の付け方だが、一発でそいつがどこまでできるかわかるという点においては優れている。○○さんは倒壊級だから、なんて話をする度に建物がガツンと壊れるイメージが浮かぶわけだ。


「……しかし、すると姫様はどう分類されるのでしょうか?」

「そうね、あの子はちょっと特殊だから、分類自体にあまり意味はないけれど……あれが何かを壊したりするわけではないわ。生活級よ」

「なるほど」


 俺は急に別の疑問が湧いてくるのに気付き、それを口に出した。


「参考までにお聞きしたいのですが、姫様は先生にとってどのくらい良い生徒だったのですか?」


 即答はされなかった。それを避けているようにも思えたし、真剣に検討しているせいだとも思えた。やがて先生は言った。


「……最終的な仕上がりとしては――中の上、といったところかしら」


 あれでやっとそれかよ。


「ちなみに、あなたは下の下ね」

「――……」

「論外と言われないだけマシだと思って頂戴」


 ああ、そりゃその通りだとも。


「一番出来がよかったのは、あの子の弟でしょうね。振り返ってみると、上の上と言えたのはネイヴだけだった……さっさと死んでしまうのだから、わからないものだわ」


 アデナ先生は、俺を通してどこか遠くを見つめていた。


「でもね、フブキ。これは覚えていて頂戴――あの子は、ゼニア・ルミノアは、本当なら戦わなくてもよかったはずなのよ。あの子はお姫様なのよ。お姫様というものは、座っているだけで――ただ座っているだけで、それだけでいいのよ。そういうものでしょ? 違うかしら?」


 急にシリアスな話になった、と俺は思った。アデナ先生はもう微笑んでいなかった。

 いつの間にか藪を(つつ)いていたのだ。


「それは、私のいた世界でも、貴人(あてびと)はそういうものでしたが……」


 実際に馴染みがあったのはあまりにも俗っぽい、パッケージングされたお姫様ばかりだった。元々のお姫様それ自体のことなど、真剣に考えてみたことはなかった。


「ワタシなんかはいいのよ、戦うことが幸せに繋がったもの。でも、あの子はそうじゃない。あの子にはずっとお姫様でいる道もあったのよ。でもあの子はそうしなかったし――ワタシも含めて、誰も本気では止めようとしなかったのよ。結局は、それが必要だったということになると、ワタシは思うのよ。こんな不憫なことがあるかしら、こんな、ありふれた、不憫さが」


 何も言うことはできなかった。

 それをするには俺はあまりにも部外者だったし、姫様がただのお姫様だったら、決してこうはならなかっただろうとわかっていたからだ。




 その日を迎えた。

 もう随分長い時間をかけてしまったような気がするし、実に短く過ぎ去っていったような気もする。正解なのは後者だろう。一ヶ月は、目的のことを考えればあまりに短すぎるのだ。


 キップを駆って外へ出ては風を吹かせる毎日だった。

 今では街の外へ出る程度なら苦労もしなくなった。跳ぶも歩くも走るも止まるも、キップが許す限り自在だ。美しく、華麗に……とはいかないが、しかし、これからも練習を続けることでカバーできる。とりあえず動かせるようになったわけだ。キップ以外に乗ろうとしたらまた少し練習は必要だろうが、今までよりはずっと短く済むだろう。


 問題は魔法の方だった。


「では、参ります」


 岩は未だに割れていなかった。だから、これが事実上の試験となる。

 姫様も見守る中、俺は岩の前に立った。あの丘の上だ。アデナ先生が口元を手で押さえて欠伸をしている。のどかないい陽気だった。


 俺は慎重に集中を始めた。剣はもう忘れることにした。持ってきてさえいない。割ることができるとしたら、それは俺にとってはもう風だけとなる。

 エルフのことを思い浮かべる。この二週間というもの、修業らしい修業はこの()()()()()()()()()()とでも言うべきやり方に費やされた。もちろん元の言葉そのままの意味じゃない。より正確には、イマジネーションをトレーニング、といったところだろうか。

 レギウス・ステラングレ、マイエル・アーデベス……忘れられぬあの二つの名前を、心の中で形にする。意味するところは、怒りだ。奴らがいなければ、こんな風に怒りを感じることもなかった。奴らのような存在を生み出すエルフの社会そのものが、エルフという種族そのものが――俺にとっては憎悪を、憤りを意味する。


 魔法のなんたるか、とは、教えられてみれば拍子抜けするほど簡単なことだった。

 しかし、それが却って魔法を困難なものにしていることも認めよう。


 魔法とは、横にイコールの二本線を引いてもいいほど、ほとんど()()だった。


 思い返してみれば、確かに魔法を使う時はいつも、奴らの顔が脳裏にちらついていたものだ。

 俺はいつも()()()()()

 この二週間のカリキュラムは感情のコントロールに費やされた。といっても、俺の場合はひたすら出力不足だったから、感情を膨らませることに終始したわけだが……。


 そよ風が丘の上に流れた。俺はそれを()り合わせ始める。

 そよ風は回風となり、回風は陣風となり、陣風はやがて狂風へと変わる。俺はそれらの段階全てから少しづつ材料を採取し、鍛えて重ね、一本の――刀のイメージを作った。結局、これだ。実際にはどうやって出来上がるのかよく知らないのに、イメージしやすいのは()()なんだ。一番よく()()()のは、これだ。


 柄を掴んだ。――振り下ろした。




 岩には、傷一つ、付いていない。




 そして丘の上は無風状態に戻った。アデナ先生はそれを見届けると、こう言った。


「契約は終わりよ、ゼニア」


 俺ではなく姫様に終わりを告げたのが、全てを物語っていた。


 姫様は頷き、それ以上は誰も喋ろうとはしなかった。キップでさえ空気を読んだのかおとなしく――いや、静かにしていた。


 俺はもう掻き乱されなかった。慣れ過ぎたな、と自分の冷静な部分が上から見つめていた。失敗すること、成果を上げられないことに慣れ過ぎてしまった。ある一定のラインを越えたのだ。もう俺は、焦ることすらできなくなっていた。それに今回の失敗で気付いたというわけだ。機能すべき部分が死んでいくのは悲しいことだが、それもすぐに悲しくなくなってしまうのかもしれなかった。




 城へ戻って馬から降りてすぐ、アデナ先生は言った。


「ゼニア」

「はい」

「寝る前までにエルフを一匹都合してきなさい。それ以上は待たない」


 姫様は、夕食後までにはそれを済ませた。




 馬鹿な、とあんたは思うかもしれない。俺もその時が来るまでは同じことを思っていた。だが――目の前にすると、()()()()()()もんなんだ。


 それが例え美しい女であっても、変わってくる。


「治癒魔法使いです。前の作戦で捕虜となった者を連れてきました。手は加えられていません」


 アデナ先生は姫様の説明にはさして興味を示さず、そう、と言っただけで済ませた。

 

 あまり広い部屋ではなかったが、三人と一匹には十分過ぎた。

 蝋燭の炎がエルフを照らした。知的な面構えで、まだ生気を失っていなかった。両手足こそ拘束されていたが、逆に言えばそれだけだった。おそらく利用価値が高いためにひどいことは何もされていないのだろう、と俺は考えた。おそらく従順でいればそれが当面は続くことを知っているのだろう、と俺は考えた。おそらくそのうちに助けが来ると確信しているのだろう、と俺は考えた。おそらくこれから何が始まるか理解していないのだろう、と俺は考えた。

 彼女は希望を持っていた。それがよく顔に現れていた。


 二人は後ろへ下がってしまって、俺はそのエルフと向かい合う形になった。


「さ、割ってみなさい」


 と先生は言った。


 俺はもう後がないし言われた通りにしようと思って、魔力を放出し、練った。




 すると、風を実行する前に姫様が目の前へ出て来て、


「――部屋を壊さないで」


 と言った。


 いつの間にかエルフは失禁しており、それも気にならないのか、部屋の隅へ向かってかなり激しい動きで這って行こうとしていた。ついでに、美貌も台無しになっていた。


 小水の臭気が立ち込める中、アデナ先生が言った。


「……結局、アナタにはこれが一番効率的ということなのね」


 そういうことらしかった。自分でも不思議なくらいだが――直接関係ない相手でも、エルフと見ればどこまでも怒りが湧いてくる身体になっていたのだ。いつの間にか。


 姫様は器用に床の汚れた部分を避けながら、壁に辿り着いて必死に顔を背けようとするエルフの頭を掴んで、様子を見た。それから、独り言のように呟いた。


「もう使い物にならない」


 この後始末は果たしてちゃんと済むのだろうか、などと考えていると、後ろからさらに声がかかった。


「フブキ、こっちを向いて。よく聞きなさい」


 振り返ると、アデナ先生はいかにも不愉快そうな顔をしていた。

 普段が普段だったから、逆に、これを素直に受け止めるべきかどうか迷った。しかし、次に先生が口を開いた時にはもう、そんな気は吹っ飛んでいた。


「ワタシはもうアナタに教えることはできないわ。でも、アナタはワタシが教えなくてもいいほどの魔法は持っている。あとは自分で勝手になんとかすることね。アナタは本当に……教え甲斐のない生徒だったわ。いい? もう二度とワタシの手を煩わせないで頂戴。わかったわね?」


 びしり、と人差し指まで使ってそう言い残すと、アデナ先生はさっさと部屋を出ていってしまった。すぐに後を追っても仕方がないことはよくわかっていた。本当に申し訳ないことをした。また後日、謝罪と感謝の意を示すために訪問する必要があるだろう。菓子折りも持っていくべきだな、多分。




 こうして、俺の修業は終わりを告げたのだった。何のことはない、俺は修業が必要ないということを悟るために修業していたのだ。迂遠なことだ。


 ま、あんたも退屈してきた頃だろうしな。そろそろ話を先に進めなきゃならん。

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