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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
182/212

12-20 限界点越えて

 手に取るようにわかる、というほどではない。


 だが何か――奴の邪心のようなものを、俺の心が感知したのは否めない。企みが存在するということを、状況からくる読みとは関係のないところで、理屈ではなく理解した。一歩引いた目線から、それを投げ込まれたような気がした。


「オレの魔法が……負け……? 同じ土俵で……?」

「さあ、そこまではどうか知らんが――」


 シンは全身から血を流しながら、しかしそれ自体にはほとんどショックを受けていないようだった。痛がるでもなく、呆然と虚空を見つめていた。


「――何にせよ、事情が変わったな」


 俺が先程と同じレベルの魔力を練り上げると、シンはようやく、ハッとしたようにこちらを見た。


 こちらの攻撃から逃れるべく、一瞬、その場から動いたものの、


「ぐッ――? うぅグ……!」


 すぐに表情を歪ませて高度を落とし、浮遊そのものもやめてしまう。


 奴の流血はとどまるところを知らず、地面を赤く染めていく。


「そりゃそうだろ……そんなんでまともに動けるわけねえんだ……そらよっ」

「うぉ――ああァッ!」


 シンは自分を治癒しながら飛び立つ。

 血液が尾を引き、遅れて空気が地面を削り取る。


 あれだけ痛めつけられて大した反応だが、代償として他の魔法を維持できなくなったようだ。こちらへの追撃を止め、治療に専念している。欠損がないだけで俺よりひどい負傷だ、そうでもしなければ地獄へ真っ逆さま――。


「さて――どのくらい影響あるか」


 浅い傷は既に治りかけている。相変わらず、マイエル並みの治癒魔法は習得していないらしいが、このまま逃げに徹されて、元のコンディションを取り戻されるわけにはいかない。


 指をピストルの形に――狙いをつけて第一射、外した。

 しかし奴が身を隠そうとした壁を、ぶち抜いてそのまま崩すことには成功。


 補正、第二射。またも外す。

 やはりさっきのはマグレだったのか?


 補正、三発目――これは命中。

 腰の辺りを吹っ飛ばした。


「――ぎ――や、ぁ、あぁッ!」

「ハッハァ! ビン、ゴ。段違いに狙いやすくなってるぜ」


 野郎がどの方向へ、どんな速度で飛ぶかわかる。

 そうしようと考えているのがわかる。


 精度は高くないが、十分だ。俺はそこへ予め、置くように狙いを付ければいい。

 この程度の補正で解決するなんて、夢のような難易度じゃないか。


 シンはごっそり欠けた骨盤を、探るように魔力で覆っている。脚がちぎれ飛ばなかったのが不思議だ。奴も奴で、少しでもダメージを抑えるように立ち回っているのだろうか? 今の命中弾だって、本当なら上半身に当たってもおかしくなかった。


 奴の読心に対して俺が抵抗可能とするならば、俺からの読心に奴が抵抗するという図式も成立する。後はどちらが魔法の実力で相手を上回るかという問題でしかない。


「ぐ、う、うゥウ……!」


 ただ――今のズタボロなシンが、痛みをどこか遠くに感じている俺より集中力を保てているとは思えない。その状態である限り、無自覚に力を行使している俺でも、付け入る隙は見出せるということだ。


 治癒魔法に専念させるしかない。追い込み続ける。

 そうすれば、いつか奴も破綻するだろう。


 視界がぐらりと揺れる。


「っ――……」


 痛みが気にならないというのは、逆に言えば危険を知らせるセンサーも鈍らせているということだ。今の俺は、調子は取り戻しても、回復したわけではない。よく考えたら――いや、よく考えなくても――ダーツの形をした鳥はどれも刺さったままだし、肩口の止血だって、我ながらどこまで信用してよいものやらわからない。


 俺はどの程度のダメージを負っているのだろうか。

 無理して動いているのは確かだろうが、どのくらいの無理なのかがわからない。

 どれほどのディスアドバンテージを無視しているのか。


 あとどのくらいの時間が残されている?

 もしかして――奴より先に、俺の方が破綻しないか?


 不安が脳裏をよぎっていき――反復する前に霧散した。それはさして重要じゃないという気分になってきた。詳しく検討するに値しない議題だと、自分のどこかが判断したようだ。


 それにしても、奴はもうこのハチドリのコントロールは失っていると思うのだが、だからといって消え去るわけではないようだ。こいつらはまだそれぞれが生きていて、時折思い出したようにぶぶぶと羽ばたくので気持ち悪い。生理的に厳しいものがある。特に左の肺に達しているヤツは震える度に骨まで響く。


 抜き取ることにした。

 その瞬間は激痛が走ったが、四本全て取り除くのを躊躇わせるほどではなかった。


 ぬるりとした赤黒い血が指に付着する。道化服で拭う。


「ハア……クソ……」


 呼吸が苦しい。胸が上手く動いていないような気がする。

 だが痛みだけは他人事のように、壁一枚隔てた先にある。


 そんな不調の中でも、魔法については逆にエンジンがかかってきた。


 シンは、俺がモタついている間にどこかへ消えた。

 構造物に逃げ込んだことはすぐにわかった。

 もう後を追うようなことはしなくていい。奴の思念を辿るままに、勝手に腕が動いていく。そんなところにいるとは。軽く驚きながらも、風にそこを襲わせる。破壊せずに――ただ内部を掃除するような感じで。


 そのうち、奴の方から建物を壊して出たくなってくる。ほら、あのように。


「いつまでも鬼ごっこしてるわけにもいかんだろうが?」


 俺は、いつの間にやら自分が高度を下げ、どこかの家の屋根に寄りかかっているのに気付いた。よせばいいのに、もう一度、ハチドリに空けられた穴を指で探る。さっきよりもより多くの血が付いてきた。やっぱり、気持ち悪くても刺さったままにしておいた方がよかったかもしれない。(やじり)をそのままにしておくのと同じで。


 何か……医療用のステープラーのようなものがあればいいんだが。高望みだ。


 また、ピストルで狙いをつける。いい加減決着をつけたい。

 射出……外す。


 でも今度の補正は一回で十分……どうも、初弾で相手の心理を揺さぶると、()()しやすくなるようだ……。


 放つ――必殺の一射であるつもりだ。


 直後に嫌な予感がして、吹きすさぶ風と、シンとの間の地点に、どこからか投射された植物由来の弾丸が割り込んだ。地面を抉って、大量に舞い上げられた土が風の行く手を――阻めるものでもないが、微細にでもそのコースに影響を及ぼした。それと同時にシンの姿をも覆い隠す。


 降り注ぎ終わった時、やはりというか何というか――シンは再び消えていた。


 思わず舌打ちが出る。

 なるほど、シンの行動を読めても、こうした介入までは計算に入れられない……。


「しぶとい野郎だ……けど、」


 逐一入ってくる奴の情報を参照すれば、位置などすぐに割り出せる。


「――……あれ、っかしいな……」


 続報がない。

 元に戻ってしまったかのように、シンの思考を感じ取れない。


 こうなると俺はただの風使いでしかなかった。

 周囲の音を拾ってみるも――奴の気配までは感じられない。


 本当に消えた。いなくなった。どこだ?


 奴の身体はまだ復元には程遠かったはず――ということは、まさか、精神にまつわる防壁の構築を優先しているのか? 治療を取りやめるか極力減らすかして? それらしい音がないのも、どこかで息を潜めてじっとしている?


「オーケイ、まあ確かに、それはやりたくなる手だ……弱気になってるなら特にな」


 なら、こちらもアプローチを変えよう。


「しかし、何か忘れちゃいないか? 前にもこんなことあったよな?」


 俺は入ってきた横槍の根源を探す。

 それはすぐに見つかる。種飛ばし系の化物フラワーと、そのコントローラー達。


 奴が戦わないなら、俺は矛先を変えるだけだ。


 一匹づつ、丁寧に潰していく。

 エルフを殺すのは簡単だ。自分に素直になるだけで、勝手に一連の流れが組み上がっていく。特に対地攻撃は一方的になりやすく、従って効率も上がる。


 その部隊の半分は切り裂いたところで、ようやく、背後に義憤の気配が灯る。


「――そうなんじゃないかと思ったぜ。テメーが死にそうなくせに、他の奴等がやばいとなったら無理して出てきちまう。損な性分だよな。美点でも何でもねえが……」


 高速で接近してくる。俺は振り返った。奴の叫びがこだまする。


「よせーッ! 相手はオレだろう!」

「そういうことだ。忘れたら駄目だよ」


 天地に違和感を覚える。またぞろ失血の影響かと思いきや、今度はシンの重力操作に捕まったらしい。


「無駄なことを!」


 すぐに効果範囲を脱出すると共に、奴との距離を詰める。


 奴は何度も俺を特殊重力圏に放り入れようとするが、その都度軌道修正をして、回避し続ける。


「う、お、うおおぉおおお!」


 咆哮し、躍起になっても、無駄なものは無駄だ。

 喰らいつこうったって――無駄だ。


 俺は自分が遠距離から風で攻撃しないことを不思議に思った。

 何故、奴に近付いていくのか――いや、肉迫していくのか。


 破壊力に違いが出るということはない。当てやすさも、近いなら近いなりの攻防が発生する。

 俺は何を、馬鹿みたいに、防御用の風も纏わないで接近しているのだろう。


 スピードは乗っている。目標も定まっている。今度こそ、絶対に逃がすことはない。


 だが、これは――、


 疑念を振り払えないまま、気が付くと、俺はシンの額を手で掴んでいた。

 ディーンで初遭遇した時以来の、直接のコンタクトだった。


 自分が信じられなかった。当時――逆にシンに掴まれたわけだが、その時は最悪な目に遭った。そのせいで今もこのガキを目の敵にしているようなものだ。ダイレクトな接続を伴った精神魔法の威力は、別格だ。

 二度とやられないように警戒したし、実際にやらせることはなかった。


 それが――自分から、奴に触れている。


 わけがわからなかった。シンも驚いていた。


 慌てて、自分の手を自分で振り払う。精神を解析された時のあの苦痛はなかったが、奴がそれを試みたことだけはわかった。


 どうしていいかわからなかった。どう反応していいか。

 苦し紛れに――風の剣で、シンを斬った。


 それは決定打になった。シンは大した抵抗もせずにそれを受けた。

 深々と裂傷を残した。俺は空中だというのに返り血を浴び、奴は完全に脱力して落下、地面に激突する寸前、かろうじて意識を取り戻し、致死的な着地は免れた。


 俺もすぐそばに降り――動揺から、少し様子を見ようという気になった。


 恐慌に呑まれたシンは、俺が近寄ると這いずって逃げ出そうとした。魔力も必死に練ろうとしているが、上手く纏まらない。


「立てないか」

「あ、う、あ……」


 戦闘意欲がほとんど削がれているらしい。それか、どう行動を企図しようとも形にするだけの力がなくなってしまったのか。


「むしろ、生きてんのが不思議なくらいだけどな」


 四肢がどこも繋がっているのが不思議なくらいだ。戦闘のどこで脱落してもおかしくなかったが、結局は、残った。それだけが幸運で、あとは見るに堪えない。


「――終わりか」


 指を向ける。


 そこに、一匹の女エルフがワープしてきた。運搬魔法だ。

 直感で、シンを回収しに来たのだとわかった。見憶えもあった。オーリンの戦いで取り逃したのはこいつがいたからだ。


 しかし、あの時はよそ見していたが、今は違う。普通に殺すのが間に合う。

 どうしてこんな登場の仕方なのか。どうやってもシンが死にそうで、強行するしかないからなのか。


 銃口を女の方に向ける。


 シンはまさに最後の力を振り絞ったのだろうと思う。

 このエルフ女を守るための氷の盾が、途中まで生成されたが――間に合わなかった。


 空気の塊が女の頭蓋を割り、炸裂した。

 そして綺麗に、首から上が、跡形もなくなった。


 緊張した忙しい展開が終わり、また時間がゆっくりと流れ始める。


「メ……リー……?」


 あまりの光景に揺さぶられたか、シンは少し正気を取り戻していた。


「メリーだよな? どうして、どうし……なんで、こんな、もっといいやり方、ウソだ……ウソだみんな死ぬのか?」


 首を振り、とても信じられないと――現実を受け入れられないというより、ただ心の底から不思議そうな調子で、シンは呟いた。


「こんなヤツのせいでか?」


 シンは俺を見た。


 一転して悲痛な表情になり、息を荒くしながら、魔力をかき集め始める。

 怒りのままに、悲しみのままに、恐怖のままに――そうしたのだろうが、それでも、有意な分量は生まれない。俺を攻撃するには足りない。


「――うぅ、う……ううゥゥウ……」


 シンは涙を流した。万策が尽きたからだ。


 とうとう、感情に任せても、魔力が生まれなくなった。底をついたのだ。


 こんなに惨めなことはないだろう。

 巨大な心の動きはあるのに、それがもう、現実に付いてくることが出来ないのだ。


「殺せ……」


 食いしばった歯の隙間から、奴はそう言った。


「殺せよ……」

「そうだな」


 俺は頷き、さすがにもう楽にしてやるかと考えた。


 上を向いたつもりもないのに、次に視界をいっぱいにしたのは空だった。

 両脚が身体を支えられなくなったことに気付いた。


「んだと……?」


 何か攻撃を受けたのかと考えた。しかし違った。追撃はなく、要するに、立っていられるだけの力が用意できなくなったのだと了解した。


「おい待てよコラァ……、あの野郎がそこにいんだぞ! ここまできて……!」


 俺の方も限界なのか。


 必死こいて首を動かす。シンは目を瞑り、真摯に魔力を集め留めていた。

 微量だが、増え続けてはいる……。


 俺も魔力を練る。意外にもそれ自体は、何も問題がなかった。

 ただ、身体がまったくついてこない。何なら指を動かすのさえ億劫だ。

 それに魔法の制御が厳しくなっている。魔力は出ても――それを風に変換、あるいは空気を使役するまでのプロセスに問題が生じている。かつて、ここまで身体の自由と魔法の自由が密接だったことはなかった。だが今は、そうだ。鍋に蓋をされたように、袋の口を縛られたように、上手くいかない。シン一人を殺すのも覚束ないような――。


 いや、それよりも……ここで俺が倒れたらどうなる? いやもう倒れているが、その後、意識まで失ったらどうなる? 俺が戦線に――大した干渉もできずに終わったらどうなる?


 味方は大損害を受け、敵は軽微な消耗で済むのか?

 そうなったら、じゃあ、明日からどうなる? 反撃か?


 目の前が真っ暗になった。比喩ではなく、本当にそうなった。


「嘘だろおい」


 急激に自分が薄れていく。眠い。どうするべきか。眠る前に何をするべきか、何ができるか。俺は何をしてきたか。


 最初に思考の出口へ辿り着いたアイデアを、俺はそのまま実行した。


 ここで竜巻を起こす。


 成立するかはわからない。ただ、いつも、あれをやる時はかなり原始的な気分でやっている。その複雑性のなさが、ほとんど能力の残っていない今でも通用するかもしれない。ぶちかますだけだから制御も何もない。解き放てば、それはそのまま竜巻となる。


 問題があるとすれば、この場を発生地点とすると、俺も否応なしに巻き込むだろうということだ。全然コントロールしない状態だと、どうなるだろうか。


 迷ってはいられないのか。シンも巻き込むとしたら今だ。俺が生んだ竜巻だから、きっと何も考えなくても、勝手にエルフを襲ってくれるとは……思う。


 俺が魔力に指令を与えると、魔法の硬直は嘘のように解け、速やかに竜巻を発生させ始めた。意識は、身体が浮き上がったところで、一旦終わった。

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