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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
172/212

12-10 確保

 エルフの方も、自分達が市街地へ閉じ込められつつあることには気付いている。

 いくら地形を熟知していたとしても、数で劣勢の上、陣形も悪いとなれば、何が何でも包囲を崩さなければ戦いようがない。


 矢の飛ばし合いにしろ魔法の撃ち合いにしろ、囲んでいる側は一方向を気にしていればいいが、囲まれている側は感知できない方向への対応策を強いられる。

 背中を守り合うだけで本来束ねられたはずの力が分散してしまうし、多方向に満足な量を振り分けられるほど恵まれた魔法家は、エルフにも少ない。


 内へ力を向ける円と、外へ力を向ける円がぶつかり合った時の効率の違いは、火を見るよりも明らかである。そもそも後者は大抵の場合、長持ちするようなことはない。よって、敵の頭脳がそのような望ましくない戦いを選択することもない。


 エルフは損害を覚悟してでも、どこかを突破するべく動き始めるだろう。


 本隊から完全に切り離されたゼニア達の仕事は、包囲を維持するためこの抵抗を抑え込む――のではなく、逆にその激戦区を避け、騎馬の移動力をもって脆い箇所を探し出して突くことにあった。

 それは例えば、集合に遅れた小規模の勢力を狩ったり、逆に合流しようとする片方の行く手を阻む活動のことを言った。あるいは時間を稼ぐのが使命の軍団によって意図的に作り出された膠着状態を崩すような攻撃も含まれた。


 しかし、それもどちらかといえば真の目的を達成するための手段であった。


 今回のこの決戦に、これまで姿を現すことのなかった、敵軍の総司令官が参加しているという情報が入ってきていた。それは包囲戦の前段階で起こった小競り合いにより連れて来られた、捕虜が吐露……というより暴露したものだった。


 マーレタリアの首脳部、十三賢者が一匹、軍務代表――元帥という称号の、全軍を統括する地位にいるその男は、名をジェリー・ディーダと言い、存在と地位の変遷は昔から情報が掴めていたものの、正体不明の大物と呼ばれるほど秘密で塗り固められた謎のエルフである。


 どのような信念によってか、決定権だけを行使し、実際の戦闘指揮は全て他者に任せてきたとされる、異色の将。それがとうとう追い詰められ、自ら采配を振るっているという。


 最後の戦いになりうるこの局面、確かにそれなりの説得力はあったが、拷問の果てにぽろりと、設問の主旨から外れてもたらされたという経緯もあり、ヒューマンとしてはすぐに信じ込める内容ではなかった。まず罠の可能性が検討されたし、それだけ、三百年戦争におけるジェリー・ディーダの隠れぶりが徹底していたということでもあった。


 尋問対象は広がり、裏で何らかの計画を共謀しようがない、面識も聞き慣れもない個体が揃えられた。苦痛に頼りすぎない、硬軟織り交ぜられたありとあらゆる尋問が実施された。真意を悟られぬよう、迂遠な訊き出し方も用いられた。


 ところが、情報を精査しても、やはり出てくるのは――珍しいことに元帥がいる、という、エルフにしても少し戸惑っているような反応ばかりであった。それを知らない個体や、又聞きのみの個体もいたが、それが却って真実味を増していた。


 最終的に、これは真実か、手の込んだ情報工作ということで結論付けられた。

 そして、真偽をはっきりさせるという需要が生まれた。


 もし、ヒューマンを長年苦しめてきた男が今回の戦いに現れるということであれば、それを討ちたいというのは、同盟軍の当然の欲求であった。散々煮え湯を飲まされてきたことを考えれば、悲願とさえ言えた。


 敵国の心臓部とも目される流通都市ボロフを占領維持すれば、事実上戦争は終わるだろうが、全ての戦闘がすぐに停止するということはない。主力軍が瓦解した後でも、残党狩りや武装抵抗組織の鎮圧といった軍事行動は想定される。


 これまでの()()を考えれば、ジェリー・ディーダ一匹でそういった後始末の難易度が大きく変わってくるのは間違いがない。

 ある意味、こちらの仕事の方が、兵隊は苦労が多いかもしれない。

 それを軽減する意味でも、この段階で除けるかどうかは重要な点になる。


 情報の真偽を確かめる役が強く望まれた。

 つまり、誰かがやらなければならないということだ。


 それがゼニア達に割り振られたのである。セーラムの第三王女は命知らずで有名な上、現在、同盟軍の中で隣界隊は最も贅沢な少数精鋭であった。首を縦に振れる身軽なヒューマンは他にいなかった。


 主任務は、あくまでこの戦場の中でジェリー・ディーダを能動的に探すこと。そしてそれを逃さないこと。


 要は、出来る限り敵陣の中を見て回るためには、確実に、しかも手早く勝てる相手を選ぶ以外に戦い方が選べないというだけの話であった。


 さて引き受けはしたものの、ゼニア個人の予想としては、やはり情報は嘘なのではないかと思っている。

 それか、ジェリー・ディーダは既にこの戦場から離れてしまっている。


 徹底して慎重な性格なら、最終局面であるとしてものこのこ出てくることはやはりないだろうし、もし本物がこの場にいたのなら、同盟軍の初期布陣を知った時点で完全包囲の可能性を考慮し、すぐに離脱しているのではないか?


 それにどのみち、撤退専用の運搬魔法家を連れてきて離さずにいるだろうから、よほど運のいい状況で見つけない限り、討伐はまず不可能である。


 ただ、今後のことも考慮するという風潮に従うのであれば、最初から全てが無駄な試みとも限らない。


 ゼニアがディーダを捕捉したとして、取り逃がすにしても、その姿を目撃するところまではいけるかもしれないと思うのだ。容貌を記憶した人間がいるかどうかは、今後の捕獲可能性を上げるのに関わってくるから、それには意義がある。


 今はまだエルフヘイムが健在であるが、それが崩壊した後、という条件なら、ディーダが生き延びたとしても、全ての場面で都合よく(魔法的手段も含めた)逃げ道を確保できるとは限らなくなってくる。その時のための、ゼニアは布石になれる。


 では、いるとすれば、ジェリー・ディーダはどこにいるだろうか?

 まだ包囲の中、指示を出しているなら、どこにいたいか?


 ボロフにおける戦いでは、都市の中心に位置する庁舎を確保するのが一つの目標となっている。占領後に司令部を設置すれば、どう趨勢しても対応しやすくなる。


 ディーダはどう考えても兵に背中を見せるような性格ではない。むしろ兵の背中を見ようとするはずだ。それはわかる。であれば、同じことを考えていてもおかしくない。


 本日のうちの短期決着、月を跨ぐ泥沼の競り合い……どちらの場合でも、防衛側のエルフにしてみれば、ディーダがどっしり構えられる場所を欲するはずだ。


 それが街の中心ならば、どこから攻められても同じ距離を確保でき、どこの味方に目を向けようとしても、同じ距離で確認できる。


 会ったことも話したこともない相手だが、その位置を好む気がした。


 そして、ゼニアはそれを確かめるべく――単身、現場に来ていた。


 フブキが知ったらまた怒るだろうな、とゼニアは思った。

 完全に一人であった。もちろん、もう馬にも乗らず隠密行動に移っている。


 隊の指揮は古参の一人であるワタナベ・ソウイチに任せてきた。身体が丈夫になる魔法を使えるので、危険な立ち回りをしてもそうそう死ぬことはなく、安定した働きをするのが売りである。

 彼等にはジュンの隊と同じく派手に暴れてもらって、注意を引いてもらう。


 庁舎の建物は大きさの違う八角形を重ねた姿で、壁が赤い煉瓦で出来ているのが印象的だ。ゼニアは青銅色に塗られた屋根に貼り付き、息を潜めている。今いるのは三階部分の屋根で、隣の建物から助走をつけて飛び移ってきたが、上手く物音を悟られずに済んだようだ。

 四階と五階が小さな方の八角形で、見晴らしを考えるとどちらかに指揮所のある可能性が高い。ゼニアが手鏡を使って四階の窓から間接的に内部の様子を覗くと、どの部屋も資料室やら物置に使われており、その流れで軍需品も保管されていた。兵士が何人か、医療用の道具を抱えて持ち出していく。


 仕方なく、ゼニアは壁に手足をかけた。数秒で五階の窓際に手をかける。片手を空けるのは疲れるが、何とか身体を保持した。再び手鏡を建物の中へ向ける。


 どうやら、五階だけは部屋で区切られておらず、広く空間を取ってあるようだ。通信魔法家や書記官が忙しく室内を行き来している。徒歩の伝令も入れ代わり立ち代わり、この階まで階段を上がってきては、また下りていく。


 ゼニアは鎧に鏡を仕舞い込むと、ほんのちょっとだけ、剣の柄を撫でた。


 そして窓枠を支点に、両手だけで身体を持ち上げ、くるりと、開いた窓から音もなく侵入した。この時点ではもう隠れるのをやめているので、中のエルフ全員が見ようと思えばゼニアを見ることができた。実際に何匹かは、ゼニアを認めもした。


 だが、本当に想像の埒外である事態を突きつけられると、ヒューマンであろうがエルフであろうが、少なくとも一瞬は、それを受け入れるのに時間がかかる。


 その一瞬があれば、とりあえず、ゼニアを見つけた数匹を殺すのには足りた。


 抜刀してまず一匹、首の骨に当たらない程度の斬り込み。運んでいた分厚い紙束が舞う。姿勢を沈めて、その奥にいた、仕事の合間に茶を飲んでいた奴を刺す。心臓である。肋骨の隙間から二回。(ひるがえ)って、何か会話しながら横目でこちらをみていた二匹組。どちらも肩口から上半身を斜めに切断。一匹はきれいに分割できたが、もう一匹は途中で剣が止まってしまう。蹴って引き抜く。


 これでよほど没頭していた者以外、つまりほとんどがゼニアの存在を知った。認識も済んだ。ヒューマンが入ってきて、そして斬っている。半分くらいはさすが、行動が早い。魔力が瞬間的に練り出され、警備の兵は剣を抜き、偶然居合わせた連絡員も武装していれば得物を手に取った。素手の者は格闘術の構えを取った。


 中にいた七十四匹の全員が臨戦態勢に移っていれば、ゼニアも仕留められてしまったかもしれない。しかしこれなら、間に合いそうであった。ゼニアは影と影の間を縫って(はし)った。戦闘を専門とした訓練を受けていない手合いも多い。大体の相手はまずゼニアの動きを捉えることができず、目で追えたとしても体が間に合わず、ついてこられたとしても太刀筋を見切れないため問題にはならなかった。初手を避けられたとしても、二手目には必ず当たった。


 そんな調子であるから、五つ数えたところで空間の半分は血の海になった。攻撃手段を持つ魔法家らしき存在も、それを発動し終わる前に沈んだ。賢いエルフはいきなりの交戦は避けて、一旦もう半分の空間に退がろうとしたが、やはり何匹かは背中を斬りやすくなっただけだった。


 頃合いだと思い、両足のブーツと腰のベルトからそれぞれ一本、計三本のナイフを抜き出す。左手の指と指の間をそれぞれ使って、刃側を挟んで保持する。

 もう一度見渡してみると――隅の方で、魔力を噴出したまま、同僚に触れようとするエルフが、三匹いる。どれかが()()()かもしれない。しかし全てを同時に倒すのは無理なので、そのうちの二匹に絞って、投擲。


 一番奥の一匹には脳天と口に一本づつ、もう一匹には右胸、ナイフ命中。

 三匹目には直接走り寄ろうとしたが、その前に側面から何かが振り下ろされた。

 ゼニアはその消防斧を半歩退いて避けると共に、握っていた手を剣で斬り落とし、ついでに首も落とす。転げ落ちた斧は文字通り手頃な大きさで、ゼニアは拾い上げて、三匹目に向けて投げた。額を割る。


 運搬魔法を使う隙も与えないほど素早く掃討すればいける、と思っていたが、それはどうやらあともう少しで実現しそうである。


 そろそろこの状況にも対応でき、(あやま)たずに魔法を投射できる猛者ばかりが残ってきた。切り結ぶにも、魔法を魔法で()()のにも労力を使う。

 ゼニアは仕上げに拍子を刻んで、天井と床の間で無限に跳ね返ることにした。

 これを止められる者はいなかった。


 残りが五匹になったところで、ゼニアは疲れて三次元的な動きをやめた。

 エルフにしても少し歳のいった者だけが、まだ生きていた。一匹は一応剣を握っていたので戦う意思が残っていたようだが、()に割られたのを見て、かろうじて踏みとどまっていたあと二匹が揃って逃げ出した。逃げられることはなかった。


 残り二匹。

 一匹は何もかもを諦めていて、最も価値がなかった。これも首を斬り落とした。


 最後の一匹。

 この男も無抵抗であったが――空虚ではなかった。ゼニアは最初にこの空間にいたエルフ全てを認識してからずっと、この男だけはっきりと評価できていなかった。だから後回しにしていた。他の四匹とは、明確に違う理由だ。それに、この男は魔力を纏った他のエルフに触れられそうになっていたうちの一匹だった。


 ゼニアはもう急いではいなかった。戦闘に使わない歩速で、エルフの前に立った。

 男は口を開いた。


「――参った。一体何者だ? ほんの数十秒前まで、ここは機能していたんだが」

「……エルフに名乗る名は――いいえ、そうね、」


 言いかけてやめたのは、


「私はセーラムのゼニア・ルミノア。あなたはジェリー・ディーダ?」


 エルフに名を訊ねる場合でも、まず自分から名乗る礼節を捨てたくなかったからか。

 矜持の問題であった。


 ゼニアの名を聞いた男は少しだけ驚いたように、


「そうか、話には聞いていたが……ここまでやるとは。俺としたことが、侮ったのか」


 ゼニアは剣を振って、男の首に触れさせた。薄皮一枚斬ってはいないが、代わりに、他のエルフから吸っていた血が、男の顔に数滴かかった。


「どうなのかしら」

「……いかにも。自分が影武者であると証明する手段は無いが、俺がジェリー・ディーダで、まあおそらく、お前の目的なんだろうな」


 そのエルフに、あまり動揺の色は見られなかった。

 見せても無駄だということをよく(わきま)えているからだと、ゼニアは思った

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