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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第12章 引き裂かれる魂
168/212

12-6 数合わせ

 そうした明確な損失があっても、誰も退き際を見出すことができないままなのは変わらなかった。進軍は遅いのだが止まらず、従って前線も、僅かずつではあるが確実に推移していった。


 良いとは言えない。むしろ悪くなる一方だった。互いの陣営にとってそうだ。


 戦況が好転していないままなので、ヒューマン同盟軍の損耗は相変わらずとどまるところを知らなかったわけだが、それと同じくらい、エルフは居住地を失っているように見えた。だから打撃を与えているのは確か――と思えてしまうのがいけない。


 皆、馬鹿ではないから、長期的に見たら先細りでしかないということを頭では理解している。理解していても、目の前にそこまでの戦いで勝ち取った成果が現れていて、なんとか、上手にピリオドを打つ道も模索できるのではないかと――どうしても考えてしまう。折角のこの積み重ねを、崩さずに済む方法はないか、と。


 何度も何度も、しつこいくらいに特別な作戦会議が開かれ、ここにきてようやく、上層部の思考が具体化されてきた。


 相手の取っているゲリラ的手段から考えて、弱体化し続けるこちらが占領した地域を全部守り切るのはもう無理なので、選別した拠点以外はどうなってもいいという方針が新たに定められた。到着するのに必要な分の道と拠点だけを残す。


 街と街の間に茂る森を焼くだけではなく、不要になった集落も全部潰してしまえという(今更ながら)乱暴なやり方だが、考えてみればエルフ文化が色濃く残るツリーハウスに、戦後馴染むようなヒューマンを大量に生み出すのも問題がある。真に利用する価値のある建造物というのは、実は無いのではないか?


 ならば環境破壊上等で全部焼いてしまえ、というのは何も間違っていない。

 この場合なら延焼すればするほどいい。炎の使い手は気兼ねなく着火できるし、俺も風向き調整に腐心する手間が省けて、勢いを強めるよう吹かせるだけで済む。


 極論、人は木を容赦なく切り倒して用地を広げ、申し訳程度に植えるだけでも社会を成立させてきた生き物なので、これでいいのだ。大事なのは手を入れるか入れないか。

 入れるのは、後でいい。

 それにもし本当に森を再生させたいというのなら、この世界には魔法がある。

 数ヶ月燃え続けたような火災の後でも、そこに魔力があれば、可能だ。


 そういうわけで、俺達は破壊と略奪に夢中となり、マーレタリアの一般市民でも収容所へ送られる前に無事な奴の方が少ないというくらいはキルスコアを伸ばした。


 その上で、最終目標地点である札幌(ボロフ)まで攻め落とすという構想は予定へと昇格された。但し、それまでに一万五千を割るだろうという戦力での総攻撃は、向こうがどれだけ整えてくるにせよ現実的ではないため、泣きの増員追加発注がなされた。


 これは詳細を省くが、かなり揉めた。

 元から搾りに搾り取って成立したような軍勢である。今年はもう出ねえよ、という後方からの怒号は至極もっともであったし、七千人なんとかなりませんかね、という俺達の要求も図々しさに満ち溢れていて、それでいて切実だから始末のつけどころに困る。

 さらっと記すようで申し訳ないが、新たな火種になりそうなところまで行ったのだ。


 何とかせねばいかぬ、ということで、発令者であり総大将でもあるところのガルデ王陛下は、運搬魔法の恩恵を受け、敢えて、一旦、前線を離れた。


 ヒューマン圏各地を演説して回るためである。


 文官達を説得するのではなく、もっと広い、民草と呼ばれるような人間一人一人……それこそ村単位を訪ね渡るハードスケジュールで行う企画だった。

 シルクハットのアンクルサムが本当に会いに来て「君を求む」と声をかけるような、一歩間違えば――その通りな気もしなくもなかったのだが――それこそ時間と運搬魔法家という人手の無駄になりかねない、地道すぎる責任の取り方だった。


 この遊説(ゆうぜい)、取りかかった当初はその熱心さばかりが評価され、まあ百人単位でも足しになるなら止める理由はないのかな……という程度の受け止められ方であった。


 何しろ、集まったとしても訓練を施す時間までは捻出できないため、実際には老いて退役した者や、故あって軍属ではないが荒事を生業とするような人間、はっきり言ってしまえばアウトロー、さらに悪ければ賊の類でなければ、応じてくれたとしても兵としては数えられないのである。


 夏の盛りを過ぎようとした頃、そんなちょっとアブナイ在野人材が、千を超えた。

 叩き出されたこの結果は、目標数には足りないが、人々の驚愕を呼ぶには十分なものだった。さらに興味深いのは、都市インフラの最後の砦というような立場にある魔法家達の、連鎖的な決心であった。王の演説に触発され、火起こし、水汲み、建築を、効率の悪い代替手段で納得させる運動があちこちで起こったのである。


 これはまるっきり故国の負の歴史をなぞっているようで、客人(まれびと)には複雑な感情を抱かせるものだったが、結局この世界の住人は、それを大真面目に検討し、舌を巻くようなスピードで、ノウハウを共有し始めたのである。テレビもラジオもないという環境、口コミの驚異だった。


 勝つまでは、という認識の持つ魔性。

 人々は我慢をするつもりだった。


 そしてそれは、王の演説内容には含まれていなかったのである。


 もちろん直接の拝聴は叶わなかったが、伝え聞くところによると、「このセーラム王のためではなく、今も海を越えた先で戦う、姫と従者のために馳せ参じて欲しい」、という旨のことを、愚直なまでに繰り返すのが陛下の戦法だった。


 国を越えてこのメッセージが響いたとされた。

 というより、響くまでやったというのが正しいか。

 もしカリスマというものが確かな形で存在するとしたら、このケースは当てはまるように思う。王は行動で証明した。伊達に君主じゃない。一方で、人の心というのはある面では簡単すぎるのだろう。これで胸を打たれてしまう。

 そしてその胸を打たれた人々を、遠巻きにしていた人々が無視できなくなる。


 その段階で、王はもう一度交渉のテーブルを設置した。

 やりとりはこうだ。文官団から始まる。


 熱意は伝わった。伝わったが、おかげ様で集まった数を土台にしても、七千までにはどうしても届かない。また五千では駄目なのか?

 駄目だ。譲って六千五百なら、用兵のさらにもう一工夫で補えそうな範囲だ。

 五千五百。

 六千! もう負からん!

 ……………………五千――八百。


 ふっかけた側が折れたように見える形で、数値の一致を見た。

 とはいえ、演説で直接集めた千余りの人員は既に応じているわけだから、書類いじりの労力は、実質、約四千八百。

 高いままではあるが最初の増員よりはちょっと下がったハードルを、越えられないというのもそれはそれで手配役のプライドに関わる……案外この絶妙なラインを引き出すことが王の狙いだったのかもしれないと、俺などは思ってみたりしたのだが、ここのところ立て続けに印象を悪くするようなことばかりしてしまっているから、直接訊くのは憚られる。かといってゼニアを通すのも何か……ここでは違うような気がした。


 戦いが終わった時、答え合わせをしてもらうのが吉か。


 ともかく、王とは別のルートで領内行脚した同盟軍官僚達は、あの手この手で、本当なら置いておかなければならないところからすら兵隊を駆り立ててきた。それは例えば味方に付いていない部分の蛮族領や、グランドレンへの一応の対抗手段などであるが、その一応すらもかなぐり捨てて、他にも使える手段は何でも使って、警備を付けてる人間がいるならそこから一人づつ取り上げたりして、削れるところを何度でも無理に精査し、形振(なりふ)り構わず、ようやく、なんとか、ノルマをクリアーした。


 この五千八百を新たに用意させることで、ギリギリ、二万人規模まで戦力を戻すことに成功した。


 成功してしまったのだ。


 なんという烏合の衆か。しかし元々烏合の衆だったのだ。三百年も。

 数が揃ってまずいことなど何もない。


 これでいよいよ、誰もがボロフを諦められなくなった。


 そしてさらに季節が過ぎ去って今秋、俺達はその貴重な二万の兵力を、屍で舗装された道の果てに、二分割して配置している。いや、ここから開始時すぐ変形するため、事実上は三分割――中央やや薄め、七千、六千、七千。方角で言うと、目標を囲むように、北7k、西6k、南7k。もったいないと思うなかれ、いや、俺もちょっと思っているが、(こら)えている。


 直前の小競り合いで勝利を得た結果、この布陣に持ち込んだが、さすがに東側にまではこの段階では手出しできそうにないということで、妥協包囲といったところ。

 そしてそれさえもあまり正確ではなく――というのも、ボロフは城塞都市ではないから、攻城戦にはなりえない。入って行こうと思えば、入れる。問題は抵抗だ。


 偵察では、守備兵力は一万二千程度という見立てとなった。ダブルスコアとまではいかないが、差はかなりつけている。ただ、予想より細かい街づくりであったため、一面に集中させるよりは、浸透しやすくした方が動きに幅が出るだろうということで、この囲む案が採用されたのだった。


 全景を見渡せる丘があって、そこで受けた都市の印象は、几帳面さ。

 京都や、それこそ札幌に見られる、計画都市の碁盤の目。


 しかしボロフはもっと偏執的というか、何をどこから見ても正方形なように区切られていそうなところが、エルフらしくなさを感じさせる。もしかすると最初に線を引いたのは他の種族かもしれない。戦争が始まるよりもっとずっと昔の時代に成立した都市が、現在もあまり姿を変えずに利用されているのか……。興味は尽きないが、歴史のしっかりとした勉強もまた、戦いが終わってから許されることだ。


 さて、この攻勢では都市の中央にある庁舎を制圧して掃討戦に入ることを目標とするが、例によってスムーズにいくとは限らないし、数で勝っているといっても、やはりエルフは粒が違うということは認めなければならない。

 それに、散々出し渋ってきたシン・ナルミを投入するとしたらここ以外ない、というのは間違いのないところだろう。奴が頭をいじくったヒューマンの少年少女もコソコソするのはやめて出てくる。それがどう作用するかというのを計算するのは難しい。


 要は守備隊は、ここまでに相手してきたゲリラとはワケが違うということ。


 男子三日会わざれば括目して見よ、という言葉があるが、いや奴に適用したくなんてないが、俺より若いのは事実だし、となれば伸びしろがまだあると考える方が自然だ。

 俺から逃げていた間、ちっとは策を練るなり鍛を錬るなりしたろうから、その伸び具合も懸念材料ではある――無論、隣界隊(りんかいたい)にも有望なティーンズが所属しているが、決して多数派とは言えない。


 不安はいつもある。勝ち戦でも始まる前は絶対に不安だ。

 ままならないものだ。


 ままならないといえば、全体に合わせて、隣界隊も戦力を分割することになっている。こちらは二分割で、一方をゼニアが率い、もう一方を俺とジュンでまとめる。俺があのガキの相手で手一杯になれば、ジュンに任せっきりにする。ゼニア隊が北、ジュン隊が南より攻め込む。中央からじっくり進む王は、元からいる精鋭が固める。


 分かれる前の、最後の点呼が終わった後、ふと、ゼニアが思い出したように、


「そういえば――仕込みは済ませてあるんでしょうね?」

「……ええ、まあ、見繕いましたよ。配布も終わってます」


 今回、ほんのちょっとだけ細工を考えてある。俺ではなく、隊の有志が。


 あるかないかで言えば効果はあるだろうし、多用できない手だから期待するとしたら一番目の効用だろうし、タイミング的にここが使いどころというのもわかる。


 でも、それでも、今でもちょっと反対だ。


「まだ気乗りしないままなんでしょう」

「そりゃあ……」

「でも、あなたの希望に沿うことにもなる」

「わかっています。だから、申し訳ないけどやってもらおうという気持ちが勝った」


 皆が、俺達の話す姿を見ていた。流石に何百人という集まりなので、後ろの方に立っている人は多分、どーでもえーわ早くして……と思いながら突っ立ってるだろうが、前列の方々には、そりゃ見られる。


「特別に危険な役目をやらせる気に……」

「少なくとも私達は、前に出る限り、誰もが死を隣に置いて戦うわ。持っている魔法に関係なく。だから――」


 ゼニアはその先を言わなかった。


 よしておけばいいのに、俺は今、どうしても言いたくなって、彼女の手を取って、


「どうか、今度もご無事で」


 道化師としてのシニカルさなど欠片も含められないまま口に出した。


 ゼニアは両手で俺の手を握り返し、


「あなたも」


 二、三ヶ所から、ピューイと指笛が飛んでくる。ジュンがうんうん、と首を縦に振る。それらが収まるのを待ってから、ゼニアは瞬時に雰囲気を切り替えた。


「我が隊は総員騎乗! これより作戦行動を開始する!」


 先頭に立ち、歩み去る。

 俺とジュンは頷き合った後、反対方向に隊を誘導していく。


 また今年も、その年を締めくくる戦いへ向かう。

 あるいは人生を締めくくる戦いに。

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