9-13 突破まで
鉄壁とは言えない。
魔法により投射された数々の驚異を迎え撃つために、俺達は数で劣っていた。部隊員は一応、覚悟して臨んだ者達ばかりだが――それと実際に放り込まれて冷静でいられるかどうかは別の問題だ。やるしかない、という状況であっても、恐怖と焦りで手元は狂う。皆は各々の判断で、おっかなびっくり応戦し始めたが、脇目も振らず突貫する俺達はその存在だけでこちらに策があることを示唆している。目立つのだ。敵さんとしては(例え囮であったとしても)潰しておきたくなるわけで、結構な攻撃力を俺達のために支払ってきた。その全てを防ぐことはできない。
そのうち、綻びが見えてくる。勢いが強すぎて矛先を逸らし切れなかった実体弾などが、周囲を固めてくれている通常の騎兵に被害を及ぼしていく。潰れたり――まあ運がよくても弾き出されたりとか、そういった目に遭う。
さらに悪いことに、直接俺達の移動を阻んでやろうと敵の騎兵隊が進路を塞ごうとしていた。今は動き続けているから遠距離攻撃の全てが命中弾として飛来してくるわけではない。しかし、足を止めて交戦した場合、それこそ狙い撃ちも容易な的になる。誤射の危険があるため加減はするだろうが、魔法戦力が集団の中央に集められているということは敵も迎撃の様子を見ていてわかっているはずだから、そこにだけ当たるよう調整してしまえば問題ない。
さらに言えば、交戦が予測される地点は、世界樹から放たれる魔法の熱線が到達しうる領域と被っている。いや、正確な射程などついに調べなかったのでわからないのだが、あれが建ったばかりの頃差し向けた偵察兵が焼かれた距離に近い。つまりもう俺達は世界樹が持つ防衛力の脅威に晒されていておかしくない――。
「まずいな。止められたら任務が遂行できない」
と、デニーが言った。
「一応、対策した陣形のはずだ」
「陣形ってほどのもんじゃないだろ……上手くいくかな」
「わからない。ただまあ――上手くいくようにしろ、と人は言うだろう」
「ったく、後ろにおまえらも乗せてんのに――おれ達はただ走るだけなんだぞ」
その通り。デニー隊は移動に集中してもらうべきだ。
途中で起こるアクシデントや妨害に対処し、帳尻を合わせるのはこちらの役目ということになる。
「姫様! 進路は変えない!?」
「全隊へ! 速度、方位共に変更なし。魔法兵も防御優先で維持せよ!」
「敵の騎兵にはそのままぶつかるのか。こちらからも攻撃するべきでは」
「まだ引きつける。魔法による先制攻撃は直前の指示を待って」
おそらく、敵の部隊と接触する直前に、混乱を嫌って砲撃が一旦途切れるはずだ。
攻撃のチャンスがあるとしたらそのタイミングか。
「――私は少し余裕があります。手本を示しても?」
「好きになさい」
「かしこまりました。中尉、敵の数を少しでも減らしたい。先頭まで行けるか」
「本気か?」
「矢はどこからでも落とせる。次の波を凌いだらやってくれ」
「ちと不安だが、わかった。――おれ達は一時的に前へ出るが、隊列を崩すなよ!」
了解、の声も地面が抉れる音や馬のいななきに掻き消されそうになる。
俺はさらに降り注ぐ矢を流した。数が増えているがまだまだ許容できる。
「いいぞ!」
「よーし……」
馬の速度が上がる。
「はいちょっとごめんよ、失礼。通してくれ!」
事故を防ぐため騎馬同士の距離は十分空けられているが、それでも間を縫っていくとふとした拍子に接触しそうで不安になる。しかしデニーはまったく気にしない様子でスイスイと前へ出ていく。流石に上手い。
先頭の隊を率いていた隊長が、隣に並ばれて驚いた声を上げる。
「シュート中尉! どうされた」
「はっ、状況が変わりまして」
デニーの代わりに俺が説明する。
「進路を阻む敵の戦力を削ぎます。中央からでは攻撃が難しいのでこの位置へ」
「なんと。ではもしや、竜巻を披露なさるのか?」
多少噂になっているのは把握していたが、こうして偶然起こった会話の中で指摘されると、どうも妙な気分だ。
「いえ、実は故あって魔力を温存したいので――」
片目を瞑り、指を銃の形にする。
「私が対処するのは一部だけです」
世界樹までの通り道が確保できればいいので、吹き飛ばすのもアリっちゃアリだが、まだ少し距離がある。それに面制圧の効率自体はよくない。中途半端にやって後で立て直された時、別の人が困るのも嫌だ。ここは確実にやっておくとしよう。
身を乗り出す。最小限の空気の動きで――貫通させるイメージ。
一発目を撃つ。反動は全く無い。発射音も静かなもんだ。
向かってくる敵の数はとても多いように思えた。真正面には随分と奥行きを持たせた形の部隊を置かれ、その両脇を横長に幅のある部隊が固めている。一応、全体で見ればこちらが多いはずだが、突貫しようとしている一塊としての俺達がそもそも少ないので、本気でかかって来られるとこういうことになる。真ん中の部隊でキャッチされて両サイドから崩されて終わる。
着弾した。
こちらと違ってかなり列を整えた隊だったので、その一列にいたエルフはほとんど胸や腹に穴が空いたと思われる、どころか運の悪い馬なども巻き込まれて頭を失ったように見える。手を銃に見立てはしたが、風は拳銃弾なんかよりずっと大きくしてある。
「よし……」
とはいえ点の攻撃であることに変わりはない。だからこそ少ない魔力で馬鹿馬鹿しい威力にできる。有効とわかればあとは連射、連射だ。事態が飲み込めていなかった奴らも二度、三度と列を消されればこのままではいけないということに気付く。一旦陣形を捨て、散ることによって的を絞らせないよう立ち回る。こちらもやられていたように、魔法がちょっとした大砲として扱われることは少なくないので、防御手段を持たない場合の対処としてはごく一般的なものだ。こうなるといちいち空気弾を当てるのは面倒になってくるが――この反応が確認できただけで目的は達成した。警戒させるためさらに十数発ほど素早く撃った(ほとんど外した)後、デニーに戻るよう伝える。
「もういいのか?」
「いい。奴ら怯みはしたが、足を止めるつもりはないらしいからな。衝突に備えよう」
相変わらず中央では統率とは程遠い状態が続いていた。てんでバラバラな迎撃を思い思いに試みるので、同じ目標に対処しようとすることもあれば、誰もマークしない脅威を被害が出る直前ギリギリで姫様がカバーしたりする。それも当然といえば当然で、指揮する人間が最初っから細かい指示なんぞ出していないのだから行動の揃えようがないし、また、期待するものでもない。
正規軍の方々もすぐ隣で仲間が死んでいくのでかなり動揺しているが、隊形はきちんと維持してくれている。乱されてもすぐに立て直す。これで隣界隊もそれぞれが自分の馬の手綱を握ろうとしていたら、間違いなく悲惨なことになっていただろう。運転手を別の者に任せるというこのやり方は、中々上手く機能していると言っていい。
「どう? 様子は」
「防御のための魔法戦力は乗せていないようです。ここからでもいくらか見えたと思いますが、普通に散りますね」
「そう」
敵とぶつかるまで、もうあまり間はない。
姫様は新たな号令を下した。
「隣界隊は次の合図と共に先頭まで移動する! 攻撃に転じられる者は今のうち優先して前へ出るように! 準備!」
「よーしモタつくなよ。五つ数えるうちにやれ!」
走るのに夢中なデニー隊の一人が、客人に背中を叩かれて我に返っていた。
隊列がわずかに蠢き、そして、あれだけ煩かった空が、静まった。
「迎撃停止。進路空けろ!」
前方の隊が左右に分かれていく。
魔法兵を乗せたデニー隊が、そこを埋めるようにじりじりと前へ出た。
「目標、敵騎兵隊。行うのは三斉射のみ。無理に当てようとしなくていい。用意――」
周囲で魔力の光が輝く。
「てっ」
わかってはいたことだが、不揃いな攻撃になった。
精度も高いとは言えない。届いてない魔法も多い。
「次!」
それでも、集まりかけていた敵を再びバラけさせることには成功していた。
「最後」
「――くそっ、難しいな!」
というナガセさんのぼやきが聞こえる。彼の炎は、ほんの少しエルフの駆る馬を脅かす程度に終わっていた。
「攻撃停止、後退せよ。魔法兵が中央に戻り次第、通常騎兵は全隊放射突撃」
強襲部隊が陣の内側に引っ込んだ時、敵部隊は元の陣形に戻ることを諦めているように見えた。そのための猶予はもうなかった。隊が分解した状態そのままに、最初からこちらを包み込む網籠のように俺達を待ち構えていた。
対して、こちらもまた、敢えて陣形を崩した。
塊のまま絡め取られるのをよしとせず、むしろ、その表面へ積極的に貼り付いていった――そうすることによって、最終的に強襲部隊が味方陣からも閉じこめられないようにし、尚且つ敵陣の破るべき部分を薄くするという狙いになった。
想定されていた状況の片方とほぼ一致している。
ちなみにもう片方は、強襲部隊の周囲を固める騎兵を殻のようにするりと脱ぎ、遠回りしてでも避けて逃げ切る、という状況である。あまり違わない。
どちらにせよ、外側の騎兵隊は最高にしんどい役割を押し付けられることになる。どうしたって何倍もの相手に付き合わなければならないので、役目を終えて撤退できるかどうかは、強襲部隊が迅速に障害を通過できるかどうかにかかっている。
費やす時間によっては、損耗がどうのという話ですらなくなってくるのだ。
突っ込んで通り抜けようとするのではなく、逆に襲いかかるような動きを見せたこちらに敵は驚いているだろうか、意外に思っているだろうか――どうであろうと、個の単位で見れば必死に戦うしかないのだろうが、こちらの考えが敵の考えから外れていればいるほど、成功率は上がるはず。そういう意味で気にはなる。
「フブキとジュンは攻撃準備! 他は全て迎撃に集中! 突破する。続け!」
姫様が世界樹を指したその時だった。
ついに来た。窓の一つが光で潰れて見えなくなった。
一直線に、こちら目がけて伸び続ける。
熱線!
「ジュン! 姫様を!」
「了解っ!」
自分の目で間近に確認すると、それは想像よりも数倍骨太な魔法であることがわかった。遠目にはアニメ的なビームにしか見えなかったが、きちんと炎を変形させた結果であることは今や明らかだった。それは間違いなく燃えている。それでいて、円柱状に固定されている。予定進路に透明なパイプを通して、その中へ火を詰め込んでいるかのようだ。揺らめいていない、不思議な炎。
対抗してジュンが水を生み出す。相手の魔法に合わせて、筒のように空中で固定させた。先端が接触する。盛大に音を立てて蒸発が始まる。炎の動きが止まる様子はない。用意された筒の半分以上を消し去っても、勢いに翳りを見せない。
「く、やば――」
予想以上の威力だった、ジュンは水の増産を始めたが、とても追いつきそうにない。移動は続いているのに、炎はきちんと角度を修正している。照射が途切れない。
背後から声がかかった。
「――もしかして出番ですか!?」
どうやらそのようだった。
俺は振り向かずに返事をした。
「やってください!」
その間も、ジュンの魔法は押され続けていた。水の壁が完全に蒸気へと変わる直前、一騎が姫様よりも前に立った。既に魔力の燐光がその男を縁取っていた。
新しく召喚された男だ。名を、サカキ・ユキヒラという。
彼の魔法は、ある種の障壁を発生させる。目視は困難で、設定されたその板を通過することはできない。使い手の意思を無視して動かすこともできない。平たく言えばバリアである。こちらの魔法戦力で試せるありったけの攻撃を叩き込んでも、彼は防ぎ切った。その特性を評価されて、世界樹に到達するための盾として役割が与えられた。
「展開!」
厳密にはスペル・タイプとして分類される。
この叫びがなければ、障壁は発生しないようである。
炎は、ほとんど垂直に突き立って――そこで止まった。
活動は続いている。しかし見えない壁を通り抜けることができない。行き場を失った分の火が障壁の表面を伝っていくが、境界線を越える前に消えていく。
そのまま永遠に膠着状態が続くかのように思われたが、やはり俺達の行く手を阻む部隊まで巻き込むことはできず、炎の帯は手を引いた。
「――ッあんなに強いのか! 聞いてないぞ!」
ハンサムなマスクには似合わない脂汗を流して、サカキさんはそんな声を上げた。
心の底から驚いたようだったが、深刻さはない。
「でも防げてる!」
本人曰く、障壁には耐久度があるらしいが、実験の際に破られることはなかった。
そしてまた今回も、見事に魔法を維持した。
「いいぞ、今のうちに通り道の確保だ」
正面の隊にはわざと誰も殴りかかっていない。
俺は上半身を傾け、二丁拳銃でエルフとその馬を撃ちまくった。魔力を惜しまずにやるとしたらここが第一チェックポイントだ。誰も立っていられないほど、徹底的に掃除する。反対側では、ジュンが同じように水を撃っている。
多少、屍が積み上がってしまったが、デニー隊にとっては何てことのない障害物だ。突破の準備は完了――しかし、予想より早く、両脇の味方が崩壊しつつあった。
「急いで!」
自由を勝ち取った敵の騎兵が、こちらとの距離を詰めてきている。端っこの隊にはギリギリのところで捕まるだろう。しかしこの数なら――いや、多いな。
「速度上げろォ! 一人も捕まるな! 助けてやれねえ!」
俺もジュンもさらに魔法の射撃を続けたが、どうやら赤字覚悟で対処した方がよさそうな雰囲気になりつつあった。
そこへ、フォッカー氏の呪文が高らかに響き渡る。
「揺らめく朱も、醒めてしまえば!」
驚いて振り返ると、フォッカー隊は土魔法の鎧を腕と腰の部分だけ身に着けている。
「この状況ならば、刀でも迎撃の役に立ちましょう! 重くなったので馬には少々気の毒ですが……」
「――よろしく頼みます!」
俺とジュンは遠くを、フォッカー隊が至近の敵を担当することによって、負担は格段に減った。さすが、ディーンの武士達は、エルフを近寄らせはすれども決して触れさせることがない。訓練時間はあまり多くなかったが、デニー隊の騎手と高度な連携も出来ている。俺達の通り道がそのまま奴らの墓場となり――そして、
「抜けたな」
意外にも、ここを凌いだだけで俺達に対する有効な妨害は難しくなる。
これ以上、陣は深くない。敵軍にはまだまだ騎兵がたくさんいるが、ここからさらに俺達へ追いつくような配置の隊はいないようである。遠距離攻撃はどれも決定打にはなりえないし、世界樹からの炎も、対処が不可能ではないことを確認した。
あとは姫様達をあの大木の幹に取りつかせれば、任務自体は半分終わったも同然だ。
静かだった。
ここまで、随分と慌ただしかった。断末魔や悲鳴、魔法を使った大変な現象の起こした騒音で、何度鼓膜が破れそうになったか知れない。
だが、それはあくまでも物理的な音の話だ。
静かだ。
エルフを前にして、魔力、体力共に充実している。俺は絶好調だ。
しかしまだ、俺が本当に魔法をぶつけたい相手の、気配すら掴めていない。




