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エルフヘイムをぶっつぶせ!  作者: 寄笠仁葉
第9章 世界樹の要塞
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9-4 打たれた先手

 それは寝入った直後のように思われた。

 轟音よりも、揺れの方が目覚ましになった。短く、残らない。だから気付いた。

 眠気が意識を鈍らせていたのは一瞬、明らかなトラブルの予感に跳ね起きて離れから出ると、誰かが扉にぶつかった。


「あたっ」

「――お嬢様! すみません!」

「いえ……」

「今の揺れは何です!?」

「て、敵襲です! 魔法使い――」

「もう戦ってるのか」

「起きてた人は、みんな向かってます。ジャングルの方から攻め込まれて、兵隊さんのテントが!」

「数は? 姫様はどうしてる」

「多くはないみたいです。姫様は前で指揮を――わたしにフブキさんを呼んでくるようにって」


 敵の目的は何だ。

 どうしてこのタイミングで仕掛けてくることができた?

 偵察隊は偽の動きを掴まされたのか? 全軍の数は向こうの方が圧倒的に多い、ありえるが、しかしこちらの軍団より一歩先に来たか、あるいは同等の速度で間に合わせていたとしたら、わざわざこんな奇襲などせずとも真正面から仕掛けてくるはずだ。それをしていい強さが向こうにはあると聞く。そろそろ俺やジュン、そして隣界隊の存在を警戒し、足を止めておけるだけの魔法戦力をしっかり用意してくる頃だろうし――。何故だ? 何故夜襲を?


 先に身軽な部隊を投入してきたということなのだろうか。小規模な魔法隊なら抜きん出た移動速度を確保することは可能なはず。その上で攪乱戦術を採用し、こちらの戦力を削りに来たのか?

 ――駄目だ馬鹿、ここで考えたって詳しいことは何もわからない。


 今確かなのは()()()()()()ことだけだ。完全に隙を突かれた。


「わかった。すぐに向かおう」

「そうだ、それと」

「何だ」

「ここへ来る途中にやった相手が、エルフじゃなかったんです。ヒューマンでした。でも敵です。間違いなく、敵です」


 ジュンの表情には高揚感があった。ただし焦燥が同居している。個人としては願ってもない殺し合いの機会だが、全体として見ればまずい状況なのだろう。


 俺は一人の少年を思い浮かべた。


「……急ごう」


 陣地へ向かって走る。


 蜂の巣をつついたような騒ぎだ。遠くからでもあちこちから火の手が上がっているのがわかった。兵士達のほとんどは戦闘態勢に入るよりも、消火活動か、逃げ惑うかのどちらかで精一杯のように見える。魔法使い相手ならば、それも無理はなかった。


 あの二万一千の中には、もちろんヒューマン同盟正規兵で構成された魔法戦力も含まれている。ジュンが言っていたように敵戦力が多くはない、というのならば、仮にそれが全て魔法使いだったとしても、数の上では勝っている。


 だがあの騒々しさから察するに軍団は相当混乱しており、統率の取れた動きは期待できそうにない。


 この場合だと、元からそのへんを重要視していない隣界隊の方が素早く動けているかもしれない(あとはフォッカー氏が放たれた矢のように飛び出していくか?)。訓練の時はいくらか規律も求めはするが、そもそも構成員の魔法がてんでバラバラで、相性を考えて編成したわけでもない(私的に組んでいる人達はいるが)。やってもいいと言ってくれた人を集めただけだ。実戦となれば、もうあとは各々が持っているものを出し切ってもらうしかない。


 それに、理想的な対応を取ったとしても――相手になるかどうかの保証はない。


 ディーンにおける戦闘で、敵もどさくさに紛れてダイヤモンドを回収したのはわかっている。そして、エルフヘイムがレギウスの弟子という召喚魔法家を抱えていることもわかっている。もちろん全て試しただろう。その結果、向こうもヒューマンで構成された魔法部隊を設立していたとしても不思議はない。


 ヒューマン同盟の中から裏切り者が出たという考えも浮かびはしたものの、すぐに消えた。()が来ているということの方が、すんなり納得できる可能性だった。


「ミナちゃん!」


 ジュンが例の少女を見つけた。

 その周囲一帯には、既に兵士の気配もない。まだ戦闘の最中なのか、忙しく左右を見渡していた少女だったが、俺達に気が付くと、


「――いかん! 近寄ると危険だあっ!」


 足を止める。


「敵がまだ隠れているのだ。今から障害物もろとも連続複合詠唱で攻撃する! お二方はここから離れて、ワタナベ殿か姫君の救援に参られたし!」


 こちらの返事も待たず、少女は膨大な魔力を放出した。

 連続複合詠唱というのは彼女が勝手に大仰な呼び方をしているだけで、呪文(スペル)を唱えることである。意味はないだろうが手を交互に前へ突き出し、文字を描くように次々とポーズを決める。


(かい)(さん)(けい)(きょう)(まがつ)に触れじ精霊よ、(ほまれ)に尽きじ具現の(かすみ)よ、()れが求めを()く満たし、()れが招きに()(むく)いたまえ! 今、この身は(しゅう)(くう)(やいば)と改めん! 出でよ、」


 その時、魔力のそれとは違う一筋の閃光が、少女の胸のすぐ上の辺りを通り過ぎた。


 彼女は詠唱するのをやめた。口がぱくぱくと動いているのはわかったが、それよりも、落ちた両腕を注視するほかなかった。この暗さでも血の赤さはよくわかった。

 続いて、肩から上も、切断された通りに離れていった。重力に従って落ちていく途中で、さらに閃光が走り――今度は(かたまり)となって、(つち)のように、少女の頭部を叩いた。まるで地面に縫い付けるように。さも当然であるかの如く彼女の顔は潰れて、残ったパーツの足りない体躯が崩れるように重なった。


 隣でジュンが魔力を練り、瞬時に水を巨大な鎌のように成形した。


 低く()いだ。

 張られていたテントも、何もかもが切り裂かれた。支えを失って崩れた。

 遠くの、何を燃やしているのかもわからない炎が、人間をひとり、照らし出している。短く刈った髪が目立つ少年だった。()ではない。歳は近そうに見えた。生意気そうな顔に見えたが、表情自体は随分と困っていたので、もしかしたら間違っているかもしれない。彼はさっきのジュンの水で足を失っており(()だ。脚はまだ残ってる)、腕と尻を総動員して後退しようとしていた。

 そして、俺達が見ているのに気付いた。


「どうなってんだァ! クソが! なんでおれがこんな、おれだけがこんな目にイ!」


 気力までは萎えていないようだった。無論、魔力もだ。こちらを睨みつけていた目を細めると、未だ魔力を練っているジュンの方へ向けて、閃光を、めちゃくちゃに撃ち出してきた。


 俺は慌ててその場を離れた。だがあまり大袈裟に動かなくても、閃光は最初からジュンしか狙っていなかったようだった。かなりの数が同時に襲いかかり、速度もゾッとするくらい出ている。もしこれが鼠一匹通さないような、いや猫くらいの大きさでもいい、もう少し譲って豚ほどでも何とかなるかもしれない――とにかくそのレベルで隙間を減らすというか、網のような攻撃だったら、(性質がよくわからないのでとりあえず(さわ)れないという前提で考えて)ジュンでも対処がかなり難しかったと思う。


 しかし結局は、屈み、跨ぎ、(かたむ)いて、当たらなかった。

 ジュンは前へ出ながらそれをやった。その程度の難易度だった。


「あ……」


 彼だって、(治癒魔法があるとはいえ)この絶体絶命のピンチに手を抜くわけがない。痛みとショックによる集中力の乱れを差し引いたとしても、本気モードの攻撃をしたはずだった。魔法さえ使われずに避けられるとは、


「――死ねよ、死ねよ死ね!」


 夢にも、思わなかったのではあるまいか。


 だが、これが現実だと突きつけられて、却って魔法が研ぎ澄まされたのだろうか、再びの一斉射は、ずっと複雑さを増していた。糸のような斬撃を担当している閃光と、槌のような閃光が部分的に一体化されている。さらに曲線も混ぜて、球体まである。


 ただ、密度にあまり進歩は見られない。飛んで来ている、というだけであれば、避けるのもやはり、避ける()()になる。ジュンは今度は、かなり余裕を持った避け方をした。その分さらに難しくなっているはずだが、何故だかそうした。閃光とすれ違った時に意味がわかった。少年の操る魔法は、ぐにぐにと形を変えて、ジュンに触ろうとしたのだった。もちろんおそろしい速度で通り過ぎていくのでその試みは実を結ばなかったのだが――確かに、大きめに避けなければ、当てたかもしれない。


「なんで……?」


 急激に顔色が悪くなった少年の前に、ジュンが立った。

 彼はさらに魔力を出そうとしたが、出なかった。使いすぎたというのもあるだろうが、おそらく、もう、心を保てるほど体の調子も良くない。血を失いすぎていると思う。後ずさりの努力が、べっとりとした帯を描いていた。


 ジュンは少年を見ている。彼は言った。


「ご……ごめ、なさい……」


 上手には言えていなかった。でも、彼の中ではそれしかなかったのだろう。


「……すいません、した。――もうしわけなかったっす。やらないんで、もうこんなことやらないんでごめんなさい! ほんと調子乗ってましたすんませんほんともうやらないんでやらないもうやらないやらなぐゅ」


 少年の頭部を、幾本もの水が刺した。針のような水だ。

 急ぎでなければいたぶりたかったろうに、と俺は思った。


 ジュンはすぐに少女の状態を確認しに動いた。

 屈んで、触れたが――。


「ワタナベさんのところに行こう」


 やっとのことで、俺はそう言った。


 ジュンの人格は破綻している。生物を殺すのが大好きだ。しかし、だからといって、それが全てではない。修業を大変だと思う気持ちもあるし、命知らずにセクハラされれば恥ずかしがるらしい。まだまだ至らぬところもあれど、姫様に仕えるという自分の立場を、気に入っている節もある。


 あの少女とは、仲が良かった。


「即死だ」


 急所が破壊されている。


「姫様じゃ生き返らせることはできない。死体がきれいになるだけだ」


 ジュンは言った。


「知ってます」


 しっかりと立って、走り出した。俺も後を追う。


 切り替えが早いのはドライだからじゃない。

 比較的、死を受け入れるのが得意なだけではないかと思う。


「そんなことができたら、もっと楽しかったのに」




 多数の兵士が、俺達とは逆の方向へと去っていった。

 おかげでワタナベさんを見つけるのは簡単だった。


 彼もまた戦闘の真っ最中で、しかも相手が目の前にいた。驚くべきことに、その相手は日本刀を使っていた。そうとしか見えなかった。ディーンの刀もかなり近いのだが、それそのものとは言えない部分もある。敵が握っているのは、どこかの博物館から持ち出してきたかのような立派な得物だった。


 刀身が魔力で輝いている。何らかの力を付与しているのだろうか。


 使い手は、長髪の――これはこの際はっきりと言ってしまおう、美少女だ。

 キリッとした感じで、セーラー服も着ていた。ヤバい組み合わせだ。


 対するワタナベさんはといえば、人型のゴーレムのようなものを(かたわ)らに立たせている。正確には立たせているのではなく浮かせている。その実体はくっきりとしているがワタナベさんの身体と()()()()()()、そのくせ他のものには物理的な干渉ができる。手なんかほぼ完全再現で、拳を握れば殴ることができるし、ワタナベさん自身よりも器用らしい。


 実際のところ、ゴーレムじゃない。似ているがデザインは洗練されている(流線型に銀色!)し、守護霊のようなものと彼は言っていたが、俺には――いや、やめておこう。それに、あれはワタナベさんの魔法の一部……というより、副産物に過ぎない。彼が魔力を体内から取り出そうとする時、右腕は紋様に覆われ、左腕は鉱石のような肥大した異形へと変わる。右の瞳は朱色に染まり、左目は虫のような複眼になる。ちょっとズルいかもしれないが、それぞれを合わせて一つの、身体強化という魔法だ。


 やりづらいだろうな、と俺は思った。

 姿のことは戦闘面では関係ないとはいえ、どちらが()()()姿()をしているかといえばまあ向こうだろうし、ワタナベさんくらい歳を重ねていると、あれほど世代の離れた少女を相手にするというのはあまりに決まりが悪かろう。


 やはり苦戦しているようで、欠損こそないものの、流血が目立つ。映し身もかなり傷つけられて、ところどころが欠けていた。魔力も弱々しい光になっている。


「――手負いのくせに、粘るな」


 少女は横に目をやった。そこには常軌を逸した力で捻じ曲げられたような死体が転がっており、見た目通り絶命していた。


()()も、気を緩めなければまだ楽な死に方ができたものを……自らの魔法が余計な働きをしたか」


 ワタナベさんが言う。声に疲労が滲み出ている。


「……ここで、お引き取り願えませんか。援軍も来たことですし……三対一ですよ」

「それはできない相談だ」


 少女は剣を構えてはいない。無造作に垂れ下げているだけだ。


「あれには恩も好意もなかったが、仇だけは取ると決まっていてな。それに、そろそろ……勝負もつく」

「何を、……ぐ、ぅ――?」


 ワタナベさんは突如、片膝をつく。


「そうか、そういうことだったのか……!」

「二つ切れ込みが入れば、十分。後は放っておいても毒が回る」

「魔力の生産を抑え込む、というわけですか」

「あなたはもう戦えまい。もう少しでその妙なヒトガタも維持できなくなる。とどめはそちらの二人を破ってからだ。少し待て」


 少女はこちらに向き直り、動けないワタナベさんの横を通り抜けた。


「フブキさん、わたしさっき少し魔力使ったので、一応気を付けてくださいね」


 ジュンは肉厚な短剣を抜き、備えている。


「サポートはしますよ、さすがに」


 先にワタナベさんの安全を確保したいところだが、そうは問屋が卸してくれそうにない。相手の強さは不明だが、さきほどの比較的情けない少年よりは絶対に――かなりの差で――強い。


「こちらは二人がかりでも構わないが、役割分担というのなら、それもまたよし、か」


 そこで少女は、やっと正眼に構えた。

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