3 盗撮って案外ばれない
3
「夜更さんもやってくださいよ!」
風紀公安の広い部屋に黎明の涙交じりの抗議の声が飛び跳ねる。
「……仕事があるんだ。喜べよ」
俺に初めての部下が出来た。それが意味するのはこれまで俺一人でやってきた面倒臭い雑務を押し付ける事が出来るということである。
「昨日は事件に掛かりっきりだったから、こういう説明できなかっただろ? だからお前の為に昨日の分とっておいてやったんだ」
「この量って絶対昨日の分だけじゃないですよね!?」
応接セットのソファーで書類と戦っている黎明を見ているとあくびが出る。ふぁあ、眠い。
「なんで寝ようとしてるんです! そんな暇あったら手伝ってくださいよ!」
「なんで俺が。この雑務の為にお前を入れたというのに」
「衝撃的事実! 黎明は都合のいい女だったんですね!?」その言い方止めろよ。
不毛すぎる言い争いをしているとピリリリリ、と携帯が鳴った。……うわ、看守さんだ。
『よふけ? 今、暇……だろうから、来て』断言するな。
「どこにですか」
『あ、やっぱいい』
通話が切れる。なんだったんだよ今の。
「どうしたんですか?」
「さぁな。看守さんの考えてる事は分からん」
気を取り直して寝ようとしたその時、扉が開かれた。
「来ちゃった、よふけ」「夜更ちゃん会いに来たよ~ん」
ずかずかと入ってきたのは先ほど電話していた看守さんと愉快さんだった。……一人でも面倒臭いのに二人かよ。
「本当に、入れたんだ」
看守さんが書類を見てウンウンうなっている黎明に気づく。一瞥をくれると俺の方に向かってきた。実に目と鼻の距離である。
「夜更、趣味、ああいうの?」「なんでそうなる」「人事は、基本、委員長の趣味だから」「監査はそんなので決めてるのかよ!」「あ、風紀もそうだよー」「胸張って言える事じゃないですよね!?」「監査、胸大きい子、ダメ」「看守はおっぱい小さいもんねー」「! ゆかいだって無い!」黙れまな板共が。
「うぅ、なんで雑務ってこんなに量が多いんですか。――あれ、愉快さんに看守さん。いらしてたんですか」
それまで気づいて無かったのが不思議なくらい大声で話していたにも限らず黎明は今気づいたようでいきなり慌てふためく。
「え、あ、夜更さん。お茶とか出した方がいいですよね?」
「出さないでいいぞ。もうお帰りだそうだ」
「夜更ちゃんなんで機嫌悪いの!?」
せっかく雑務が無いというのにお前らが押し掛けてくるからだ。
「よふけ、カルシウム足りない? 牛乳飲む? っ! おっぱいからとか……変態!」
「何も言ってねぇだろうが!」
もうこいつらやだ。
俺が疲弊しきって執務机にぶっ倒れると優しく頭が撫でられた。
「捕まっても、わたしは、味方だよ」
「勝手に話を続けるな」
満足したのか二人は応接セットの黎明と対面になっているソファーに座った。
「れいめい、だっけ? いつだか怪しんで、ゴメンね?」
「いえいえ、こちらこそです、看守さん」
そう言えばこの二人は一度会った事があったんだっけか。俺の差し金だけど。
「よーふーけーちゃーん。ちょっとこっち来てよー」
愉快さんが執務机の方に体を向け、オイデオイデしてくる。
いつもよりまして笑顔が輝いている彼女のことだから厄介事を持ってきてるんだろうな……、と悲観しつつお帰りになってもらうため仕方なく黎明の隣に腰を下ろした。
「手早く本題を言って貰いたいものですけどね」
「本題なんて無いよー? 遊びに来ただけだけど」
「今すぐ帰れよ!」
「よふけ、怒り過ぎ、はげるよ?」
「そうなったら唯我ともども訴えてやるぞ」
「あの、夜更さん。真面目に返すから話が進まないんじゃないですか?」
言われてハッと気づく。そうだよ、なんで俺はこいつらに真面目につっこんでるんだ。剣呑剣呑。
「むぅ~、夜更ちゃんのケチ」
ケチで結構です。
「わたしは、遊び、じゃないよ。腕章、つけて無い、仕事は請け負って無いんでしょ?」
看守さんがちら、と俺の腕を見る。確かにそこには昨日まで付けていた腕章は付けていない。風紀公安の腕章というのはもともと何かやる時に気分を盛り上げるために着けていたのだが、それが看守さんや愉快さん、唯我の間では依頼の有無の目安になっていた。
「受け負ってませんけど、昨日働いたんで却下させてください」
「これ、よふけにも、関係無いって、言えない」
「……というと?」
なんだか嫌な予感がする。
「監査の子がね、視線感じる、って言ってたの。トイレで」
「それってもしかしてトイレの花子さん的な存在ですか!? 夜更さん黎明は花子さんと会ってみたいです!」
書類を空に放り投げ少年のような笑顔で俺に迫る。
「わたしも幽霊と会ってみたいなー夜更ちゃん?」なんで俺を見ながら言う。
「でも、残念」
しかし、はしゃぐ二人とは違い、当事者の看守さんは言う。
「花子さんは、無い。だって、トイレ、男子トイレらしいから」
俺にも関係無いって言えないってそういうことか。あれ、待てよ?
「それはもしやこのクソ広い学校の男子トイレを俺に全部回れと言っているんですか?」
顔をひきつらせながら訊くと案の定看守さんがコクリ、と縦に首を振る。
目の前に極限の絶望が見えた。この学校の校舎は教室などの教室棟、研究者の巣窟研究棟、委員会本部などが入っているここ本部棟、校舎まるまる一つ教務室になっている教官棟、そして部活関連の部室棟が二棟ある。その全部の男子トイレとなるとゆうに百以上あるだろう。
「一人じゃ無い。にいさんも、貸す。だから二人」
「いやいや、一人も二人も変わらないから!」
「じゃあ、よふけの、友達とか……あっ、ゴメン」
「夜更ちゃんは男の友達が護しかいなもんねー」
ぐさっ!
「えっ、夜更さんそんなことありませんよね? 愉快さんと看守さんが知らないだけでいますよね? この学校に三千人も男の人がいるんですから」
ぐさぐさっ!
「れいめい、これが、真実」
「いつの間に俺の携帯を!?」
看守さんの手によって開かれた俺の電話帳には――姉貴、家、看守さん、護さん、唯我、愉快さん、黎明だけが有機ELのライトによって照らし出されていた。
「…………夜更さん、今度一緒に黎明の友達と遊びに行きます?」
「その憐れんだ目を止めろ! 本気で泣きたくなる」
「大丈夫だよ、夜更ちゃん。なにがあってもわたしは近くにいるよ?」
「そうだよ、よふけ。子供なんて、女さえいれば、問題ないから」
子供を見るかのように慈愛に満ちた眼差しを向けてくる二人と本気で可哀想に思っている事が分かる部下。……泣いてもいいですよね?
「……で、結局どうするんですか。俺と護さんだけじゃ限度がありますよ」
「そこはあれだよ。この為に夜更ちゃんは下僕を何人も作ってる訳じゃない?」
「下僕って言い方は止めましょうよ……。それにこんな所で使うのは勿体ないです」
「「「(下僕より、使うって表現の方が非人道的だよ)」」」
「それにほら、やるべき書類がこんなに「夜更さんは何一つやってませんよね!?」……よし、俺も手伝ってやる」「あ、それなら代わりにわたしたちがやっといてあげるよ」「うん、だから、よふけ、ガンバ?」
俺の頭の中でガラガラガラと何かが崩れる音が響く。崩れ落ちたのは俺の望む生活か、それとも認識していない何かか。どちらにせよ悪い事には変わらなかった。
「ささ、旦那様? お仕事にいってらしゃーい」
「あなた? お勤め、頑張って。わたし、美味しいご飯、作ってまってる」
「夜更社長! 外回りお疲れ様です! 黎明は女なので動向出来ずに残念なのでここでお菓子でも食べながら待ってます!」
三者三様な(たぶん)気を使っての発破を受け、覚えてろよ! という負けフラグ前回なセリフを残して俺は部屋から出た。
「いつもながら大変だねー。あの子たちの相手出来るって結構凄いと僕は思ってるよ?」
護さんを訪ねに生徒会室に来ると開口一番そんな事を言われた。
生徒会室には護さんと数人の生徒会役員が仕事をしている所で、邪魔したかなと少し気分が滅入る。
「というか、唯我は君に呼ばれて研究棟に向かって行ったのだけれどなんで君がここに?」
「厄介払いですよ。愉快さんと看守さんの相手してきた後に唯我の相手になる体力は俺には残されてませんので」
「そりゃそうだね」
護さんはくくっと笑い当人が今不在の執務机に腰を掛ける。
「で、どういう用件なのかい?」
「これがまた面倒でして」
口を開きながら唯我の執務机を回り、椅子に腰かける。
何故かその様子を生徒会役員にガン見された。え、なんで。
「なんか視線が怖いんですけど」
うろたえながら護さんに小声で話しかけると、芝居がかった仕草で肩をすくめられた。
「……新入生じゃ無くともこの机に近づくのは勇気がいるんだよ? なのに、あまり知らない人からしてみれば「なんでこいつは我が物顔で会長様の椅子に座っているのだ」って思われる訳で」
唯我ってそんなにカリスマ性のある奴だっけ? と脳裏をよぎったがそうだった。唯我はあれでも絶大な人望を集めている人間だったな。猫を被っていない方の時ばかり顔を合わせていると全く忘れてしまいそうになる。
「それで、用件が面倒って? 早く言ってくれないと眠気が……ふぁああ。ぐう」
「ワザとですよね? それって毎回思うんですけど確信犯ですよね?」
「やだなー。ワザとじゃない時もあるのに。――一割ぐらい」
「ほとんどワザとじゃないですか! ……あー、用件なんですけどね。どうも男子トイレに良からぬ事が起きてるようでして」
少しだけ目の色を変えて護さんは思案するように顎に手を添える。
「それってもしかして僕が体験したように、トイレの個室で寝てたら便座が熱すぎて起きたら火傷してるっていうやつ?」「そんな経験お前にしかねぇよ!」「じゃあまだ踏ん張ってるのに隣のウォッシュレットの電波がこっちの便器にも飛んできて暴発するあれ?」「珍しいですね、そんな体験!」「違うかー。あ、ウォッシュレットとビデの性能が逆になってたり?」「それは最悪ですけど全く違いますよ!」「トイレットペーパーが全部無くなってた?」「地味な嫌がらせじゃないんですから」「洋式トイレが一夜にしてジャパニーズスタイルトイレに変わってたとか?」「スケールが大きいですね!」
トイレ大喜利をしていると、ふと頭を真上から掴まれた。
「夜更? 私を呼んでおいてここで何をしているのですか……?」
な、何故唯我がここに……。背中に冷や汗がひた走る。
「私を研究棟まで呼び出したのに来ないから戻ってきたら護と私の机で談笑しているから幻覚かと一瞬疑いましたよ」
声は穏やかそのものだが、役員達に見せないように俺だけに見せている顔は般若そのものだった。そしてそのままの表情で俺の耳元に顔を寄せてくる。
「それで、アタシを騙してまで何を言いに来たんだ? どうせ面白そうなことなんだろ、夜更」
艶やかな声で最後に耳に息を吹きかけて言ってきた。……単純な恐怖しか覚えられない。
「お前には関係の無い事だ」
「ふーん。護には関係があって私には関係の無い事ですか。もしかして夜更はソッチでしたか」
「えっ、夜更君。そうだったの? ごめんね、僕はソッチ系じゃないからこの友情も改めさせて貰っていいかな?」
「なんで離れるんですか!」
冗談だよ、と真顔でいいながら護さんは戻ってきた。
「夜更、続きなんですけどなんでここにいるんです? 私個人としてはずっといてもらっても構わないのですが、あなたがいると役員の手が疎かになってしまうようなので」
唯我が視線を役員達に向けるとこちらを見ていた役員達はさっと目を逸らして作業を続ける。
「あー、悪かった。とりあえず護さん借りて行くけどいいか?」
「腕章をつけているってことは仕事ですか。昨日の今日なのに大変ですね」
「お前が持ち込まなかったら昨日のは無かったんだよ!」
「まぁまぁ、夜更君。話の続きは外に出てからでいいよね?」
きりっとそう告げると護さんは先に生徒会室から出た。それに続いて唯我の愉快そうな視線を背に俺も続く。
「貴方様、愛の巣でお帰りを心からお待ちしてますよ?」
出る寸前に彼女はあの三人と似たような事を言い放った。思考回路お前ら同じなのな!
生徒会室から出て、護さんに簡単に説明してから俺達は委員会棟から回ることにした。
「男二人でトイレってなんだか斬新だねー。僕は体育会系じゃ無かったから連れとかして無かったし」
「俺もですよ。その前に用を足す以外でトイレに来るのが初めてです」
適当な会話をしながら個室も全て回るが、どうも視線なるものは感じられなかった。無論、気になる所などない。芳香剤の強い匂いが充満するトイレには汚れ一つない無駄に豪
華な個室もあるが、いつもと変わった様子は見られない。
「看守もだけど、僕らの一家って気づきやすい体質らしいんだけどここからは気になるのは感じられないよ。というか、看守に言ってた視線ってどのトイレから感じられたか訊いて無かったのかい?」
「……すみません、完全に忘れてました」
言い訳をさせてもらうと看守さんのせいで話がそれたから気付かなかったんですけどね。
電話すると絶対何か言われそうな気がしたが仕事の為だ、と割り切り看守さんに掛ける。
『よふけ? なに? もしかして、愛の告白……!? 待って他に、人がいるから』
「ああ、そうなんだ。だから看取さんに視線を感じるっていってた生徒がどこのトイレで感じたか解ります?」
『……少しぐらい、付きあってくれても、いいじゃん』
全力で拒否させてもらいます。看守さんの後ろから愉快さんと黎明の声が聞こえるからまだ風紀公安にいるのだろう。二人が気付く前にとっとと会話を終わらせたいんだ。
そんな俺の雰囲気を察してくれたのか看守さんが話し始めてくれた。
『教室棟だって。何回も、それも、違う所で、感じた。って言ってた。因みに、その子、一般生』
「そうですか。ありがとうございました」
『話したんだから、なんか、ちょうだ――』ブツッ 途中で切った。
携帯をしまい護さんを振り返る――やはり立ちながら寝ていやがったこの男。
もういっそここに置いて行って一度改めてもらいたい所なのだが、この人がいるといないとで俺の負担が半分になるかが決まるので仕方なく起こして説明する。
「教室棟らしいですよ。どうしますか? 一旦教室棟行くか、委員会棟を調べるの、続けるか」
「ふぁあ、ねむねむ。あぁー、うーん……一度行ってみよっか。視線感じないと分からない事もあるだろうからさ」
そう言うが早いか、護さんは出口に歩き始める。
しかし、教室棟のトイレに来たものの何も感じない。
「護さんは何か感じますか?」
目を閉じて気を張り詰めている彼に問いかけるが、返事はもらえなかった。
俺も適当に何か感じようと努力してみるが、才能の無い俺には、芳香剤が委員会棟と違うのか。としか感じられなかった。
「断言できるね。ここには何もないし、だれもいない」
ゆっくりと目を開けた護さんはそう言った。
「委員会棟の数か所のトイレにはよく行くから分かるんだけど、いるところにはいるんだ。でも、その子たちはこちらに全く興味を見せないから今回の事と関係無いと思うんだけど……ここにはそんな子達すらいないよ。綺麗で寂しいトイレだね」
この人が目を閉じてるとどうしても寝てるんじゃないかと疑いたくなるが、こういうオカルト関連に関しては凄く真面目だ。彼曰く「この力のおかげで特待生になれてるんだからそれぐらいはしないと」らしい。
「それじゃ、なんで看守さんに言ってきた男子生徒は視線を感じるなんて言ったんでしょうかね」
「それは僕にも。それを含めて謎を解き明かしてくれるのが君なんじゃないかな?」
「そう言われましてもね……。風紀公安は探偵みたいに解決する所じゃないんですから」
「アハハ、そう言えばそうだね。君が犯人をちゃんと探し当てた事なんて僕は訊いた事無いや」
そう言って護さんは個室を軽く覗き始める。
「どうせ何事も無いだろうけど、一応みて回ろうか」
「そうですね。次は本人に話を訊きにでも行いますか」
なんだか分からない事してるなー、と感じながら他の個室を見る。――うわ、汚ねぇ。黒いのこびり付いてやがる。……ん?
「何かあったのかい? あ、ばっちい」
「……護さん。どうも訊きに行くべき相手は相談者じゃなくて違う人になりそうです」
「どゆこと?」
護さんの視線を感じながら黒いもの――やはりこれはカメラだ――を掘り出す。周りが力づくで、殴れば壊れる程の強度の壁になっていた。
「変な視線の正体はカメラだったってことだったんだ。道理で僕には分からない訳だ」
素直に感心している護さんだが、俺にはそんな事どうでもよかった。
これが仮に盗撮目的だったとすると、カメラが仕掛けられているのは男子トイレだけではなく、男子更衣室――最悪男子が属している部活の部室に仕掛けられている可能性も捨てきれない。そんな超ド級の面倒な事をしな手はならないのかよ……。そう思うと心の底からなえてきた。……なんか今までの傾向から結局大きくなるものって看守さんから持ち込まれてる気がする。
「護さん、他の個室にもこれみたいな疑いが持てる奴調べてください」
結果、このトイレだけでも八つある個室すべてからカメラが出てきた。
「なんだか手放したくなってくる事件にまで発展してしまいましたね」
「うーん、僕には男のを盗撮したいって気持ちが分からないけど、男からしてみれば気持ち悪い事には変わらないから解決するしかないね。頑張って夜更君」
「他人事だと思って……。せめてカメラ回収の時は手伝ってくださいね」
傍から見れば変質者に見えるカメラを大量にもった姿で俺達は風紀公安に戻った。
「何です、そのカメラ? もしかして夜更さん盗撮癖があったんですか!?」
「違ぇ! しかもカメラの意図は合ってるのが怨めしいぞ!」
黎明にこれまであった事を説明してやる。愉快さんと看守さんは自分の委員会に戻ったらしく、風紀公安には黎明一人だった。
「ほえー、男の人を盗撮なんてありえるんですね。この際ですから、夜更さんついでに女子トイレも見て来てもらえます?」
「お前は何をさらっと言ってるんだ」
それじゃ俺が捕まる。あのな、この学校で捕まる=愉快さんに捕まる=分かるよな?
「確かにカメラが見つかった教室棟だけでも看取に見て来てもらった方がいいかもね。ちょっと伝えてくるよ。生徒会の用事ついでに」
そう言い残して護さんは出ていった。
「それで、夜更さん。どうするんですか? カメラ回収しに行くなら入れる袋でも必要ですよね」
そうなんだけどなー。俺個人としてはカメラ回収なんて真似はしたくない。大体どこにどれだけあるかなんて分からないんだから無駄な疲れが溜まるのは目に見えてるし……。こいつを動かそうにも性別違うし。あ、一日だけ学校に誰も立ち寄れなくしてその時にこいつに探させることはできるか。
「夜更さん、言っておきますけど面倒臭いからって誰もいない隙に黎明に探させるなんてことはできないですからね?」
「お前はいつの間に俺の思考が分かるようになったんだ!」
「夜更さんが嘘を吐いているときとか、他人を駆使して楽しようとしている時の顔は見慣れましたもん!」
もしかしてトリプル委員長共もこうやって俺の思考が読んでんのか。そんな変な顔してるのかよ、俺。……少し鏡みて表情の練習しよう。
「……カメラ回収って言っても人手も足りないし、同時に犯人も特定しないといけないから後回しにしたいんだよな。俺にそんな事出来る訳ないのに」
「またまたー謙遜は美徳ですけど、夜更さんがすると見下しているようにしか見えませんよ? それよりも犯人捜さないとですよ! 夜更さんの出番ですね!」
勘違いしてるかもしれないけど、俺の仕事は何かの犯人を探す事じゃないからな。
「そうだ、犯人探しならもっと楽に出来る」
「どういう事です?」
そうだ、この学校の風紀委員会なら強い味方に出来る。
「黎明、お前はこの学校で生徒が何かを起こしたらどうなるか知ってるか?」
「ええと、それはこれから夜更さんが何かを起こすとの予告ですか?」殴った。
痛そうに頭を押さえる彼女だが、自業自得だからなんとも思わない。
「酷いですよぅ。仮にも黎明はか弱い女の子なんですよ? ――スミマセン、真面目に答えますから手を下げていただけないでしょうか。あれですね! 生徒が問題を起こしたら風紀委員会に捕まるんですよね?」
「そうだ。だからあそこにはこれまで起きた問題と犯人がデータとして一緒に保管されている。盗撮なんて、しかも男子の盗撮をした犯人なんて生徒が6000人でもそんなにいないはずだ。その犯人を当たれば何か得られるだろうな」
上手くいけば風紀の人間を借りて俺が手を出さなくても済むかもしれない。
「でも、その場合カメラはどうするんですか? 犯人を探している間にも盗撮はつづけられている訳ですから無視できませんよね?」
「カメラの在処は犯人に聞けばいい。その方が楽だ。その間の盗撮の事なんて、盗撮されている事なんて知られなければいつも通りだろ? 犯人見つけた後にデータ消去すれば問題はない」
俺にそんなことできる訳無いなら犯人に全部やってもらえばいいのだ。
これからが本格始動だ。風紀公安委員用の腕章を腕に着けて風紀委員会に向かう。その後を黎明がなにやらキーキー言いながら着いてきたが耳を貸さない。あー五月蠅い五月蠅い。
風紀に足を運び、愉快さんにデータを見せてもらうよう頼むと何故か渋られた。
「もかして夜更ちゃんはこのリストの中から可愛いおにゃのこを探して犯罪をネタに「フフフ、君の秘密は俺が握ってるんだよ。逃げたらどうなるか、分かるよね?」って迫るつもり!? 風紀委員長権限を持って捕まえるよ?」
「なんでそっち方面に話を持って行くんですか!? 看取さんからの頼まれごとが実は肥大化しましてね」
経緯を話す。すると愉快さんの顔が真剣なものに変わった。
「盗撮かー。でも、いくら風紀公安の委員長だとしてもデータは正式な許可撮らないと見せられないんだよねー。一応簡単に見せちゃその生徒の更生とかに影響するとかで。唯我すら普通は見れないんだよ」
「そうですか。因みにその正式な許可とかはどれぐらい時間がかかるんです?」
「早くて数日かな。というか、盗撮ならこっちが動いてもいい案件なんだけど」
「あ、そうですか。じゃあよろしくお願いします。では」
言葉の途中で割り込み、出来るだけ早口で言う。
よかったよかった。これで俺はゆっくりできる。数分前に付けた腕章に手を掛けて外す――のを愉快さんに止められた。
「夜更ちゃん、何を踵を返そうとしてるの?」
「え、なんでって。風紀が全部やってくれるんですよね?」
「話の途中で遮らないの! 夜更ちゃん、強力はするけど風紀の男女比知ってるでしょ?」
「ええ。0対一六ですよね」
つまり、男子がいないから男子トイレや更衣室が大きく絡むこの事件は動きにくい、ということか。
「道理で男性の風紀の方を見ないと思いました……。でも、武力がどうしても必要な時はどうしてるんですか?」
「それはプロレス部とかボクシング部とかに夜更ちゃんの伝手を使ってなんとか出来るんだー」
「話がそれてます、愉快さん」
このままだと女子二人のどうでもよくなる話が続きそうだったので断ち切る。
リストを見せてもらわない事にはこの件は動けないんだから早くしてほしいものだ。風紀がやってくれないとなると俺が動くしかないんだから早く終わらせたい。
「あっと、ごめんね。でもどうするの? 一応規則は守らないといけないから。わたしは無許可で見れるけど、見たのを伝えるのもダメになってる筈だから」
「……愉快さん。そのデータって近々見る用件ってあります?」
「だから、見たのを伝えちゃダメだって。――あ、そういうことか」
俺の意図を分かってくれたのか、愉快さんはニヤリと笑みを浮かべる。
「皆ー。風紀公安の新入生とはこれから助け合って学校生活送るだろうから、仕事の手を一旦休めてもいいから懇親会でもやっててー、出来ればこっち見ないようにして」
その言葉で大体伝わったのか、風紀のメンバーの少女たちは混乱する黎明を取り囲んであれよあれよとお茶会を始めていた。
「さーってと。わたしはデータでも見よっかな。風紀が抱える事件の為に。それを横から見られても分からないなー」
そう誰にでも無く宣言してパソコンを起動してデータを閲覧し始める。それを愉快さんが分からないように横から見る。
データは犯罪から逆引き出来るようになっていた。そして盗撮のタグをクリックし、十名ほどの生徒の名前が羅列された。
「えっと、男子を盗撮したのは……この三人かな」
伊藤文、寺野彩、村山敦。この三人が男子を盗撮した事のある前科者か。研究者とコンピューター部、ハッキング部か。――ハッキング部なんてこの学校にあったんだ。
「よし、これで見終わろっ」
愉快さんがパソコンをシャットダウンするころには俺は風紀からいなくなっていた。
その後風紀公安に戻った俺は護さんから連絡を受けていた。
『やっぱり女子トイレには無かったみたいだよー』
「そりゃよかったです。これから犯人が増えるとか言われたら泣けますから」
『おおー、もう特定はしたんだ。で、犯人を捕まえる算段はついてるの?』
「今から考えます。では、連絡ありがとうございました」
『次何か僕の仕事てつだ――』通話を切る。この兄妹に話を続けさせると面倒な事になるからな。
さて、とりあえず話を訊きにでも黎明連れて行くか。と思ったが黎明を風紀においてきたようだ。その時丁度よく『蛍の光』が流れ始めたので続きは明日からにする事にする。姉貴がいたら今日中にやれって言われそうだけどそんなことは関係ない。寮に帰るか。
寮に帰ると、唯我が目ずらしく俺よりも早く帰寮していて、何やらソファーで雑誌を読んでいた。
「無視はしないよな、夜更?」
「……今日一回会ったからもう満足したろ?」
「アタシが一回だけで満腹になる訳無いよな? その前に夜更はいくら喰っても飽きないんだからさ」
唯我が自分の隣をポンポン、と叩き席を勧めてくる。それに仕方なく従い、腰を下ろす。
「それで何か用なのか。腹減ったから飯早く食べたいんだが」「それならアタシを喰え」「今のは引くぞ」「アタシも言ってて少し恥ずかしかった」なら言うな。
「でも、いいものはあるぜ」
自分の読んでいた数冊の雑誌を向けてくる。中身はいろいろなジャンルの……本当はこの年で買えないようなものだった。
「結局下ネタじゃねぇかよ!」
しかもジャンルが無駄に幅広いし……。一般人の俺から見たら吐き気がするものばかりである。
「夜更、嫌悪するにしても中身を知らないで言うのは失礼だぜ? こういう本書いたり、撮影したり、撮られたりして生活してる人もいるんだからその人の気持ちも考えろよ」
なんで無駄に正論言うんだよ。なんか申し訳ない気持ちが生まれてきたじゃないか。
「だから夜更もアタシと一緒に見ようぜ。襲ってもいいからさ。というかアタシを襲って既成事実作って十六夜さんと一緒の家族になろうぜ」
真顔で言うな! 顔を近づけながら言うな! エロい声で言うな!
適当にあしらいながら体を投げ出す。ソファーが柔らかい……。
「なぁ、夜更」
数分、何も会話が無いのが続くと唯我がとたんに少し堅い声を漏らした。
「アタシちゃんと十六夜さんのあと継げてるか? ちゃんと十六夜さんの代わりやれてるか?」
それは久しぶりに聞いた唯我の弱音だった。
「十六夜さんが卒業するまでは自分で手ごたえを感じながらやれてた。でも、新入生が実際に入ってから仕事も増えて、羨望の眼差しも一層増して……それに応えられてるのかな」
「……………………」
「それに十六夜さんに夜更の事頼まれて……アタシはお前の手本になれてるか? って最近、無の空間にいると思ってさ」
手本にはなれてないな。いい反面教師ではあるが。そういつもなら皮肉交じりに返すが言葉を呑みこむ。
「唯我は姉貴を気にしすぎだ」
十六夜朱音という超人が残したのは風紀公安だけじゃ無かった。表面上は姉貴の後を継いだ唯我は完璧に見られがちであるが、二人には大きな差があった。埋められない、実力と才能という差が。それを間近で見てきた俺は慰めるにしてもいい言葉が浮かべない。
「そのー、なんだ。ありふれた事だけどさ、お前はお前だろ。お前がやりたい事をしろ。お前が自分で最良だと判断した事をしろ。あの学校は今やお前のものなんだから」
皮肉や暴言しか出てこない頭をフル回転させ言葉を紡ぐ。
唯我は頭を垂れていてこちらからは表情が見えなかった。
変な事に付き合ってやったんだからもういいだろ、と思い立ち上がろうとすると頭を強い力で抑えつけられ手をまさぐられる。
「痛ぇよ」
「なんかアタシ自身で思ってた事と全く同じ事がお前の口から言われて安心した。でも、やっぱ夜更から聞けると嬉しいよ。ありがとう」
顔を上げた唯我の表情はいつもより明るく、でも寂しそうに笑っていた。
「……どーも。ならいい加減手を放せ」
「超絶美人なアタシに撫で撫でされて内心嬉しいんだろ? 正直になれよ」
「俺はいつも自分の心に正直だ。だから手を放せ」
いつも通りの唯我に戻って少しだけ安心した。こいつの弱ってる姿なんて見てられない。それに後々に影響すると俺の面倒事が増えそうだし。
「いやー、夜更はいい奴だよな。アタシの雑誌を読んでアタシの事を理解しようとしてくれるだなんて」
「なんで言いながら俺に雑誌を押し付けるんだ!」
「こういうのでそういうのも勉強しろって事だ。んじゃな」
そのまま逃げ去るように唯我は自室に戻っていった。俺の手元には一生見ないだろう雑誌が何冊も積まれている。――どうしようこれ。だれかにやろうにも知り合いにはこういうのを見つけると五月蠅くしそうな奴らばっかだし……。
――いや、これ使えるかも。
小さな道が見えてきたことに密かに小さく握りこぶしを握り、雑誌を鞄の中に入れた。
翌日、朝早く第五研究室に来た。盗撮容疑者の伊藤文に合う為だ。
「やぁ、どうかしたんですか」
伊藤はよれよれの白衣を着こみ、目の下にはくっきりとしたクマが特徴の人物だった。
「手短に言います。前男子更衣室を盗撮していたあなたにまた盗撮の疑いがもたれています。という事なので――」
昼休み、寺野彩に会うべくコンピューター部を訪れた。そして目的の人物を確認すると腕章を見せて物陰に連れ出す。
「なにかしら。風紀公安なんかに呼び出されることをした覚えはないんですが」
寺野は男ばかりのコンピューター部にふさわしいインテリ的な三角メガネを掛け、他を見下すような威圧感を放っている女性だった。
「なにと言われましてもね。またしても盗撮事件が起きてしまったもので前科者を洗っているだけですよ。ですから――」
そして最後に放課後。村山敦とは部室棟倉庫で会った。
「風紀公安の委員長から愛に来ていただけるだなんて光栄ですね。ようやくボクのなんでも改ざんできるハッキングスキルを見込んでくれましたか」
山村は目立った体系――というかかなりふくよかな体系をしており、クーラーの効いている倉庫なのに汗をたらしていた。
「違います。面倒だから本題に入らせてもらいますけどあなたには盗撮の疑惑がもたれています。なので――」
全員を回った後、風紀公安で休んでいると看守さんと護さん、愉快さんがやってきた。
黎明がわたわたとお茶を用意する中、俺は三人に応接用のソファーを勧める。黎明がお茶を用意して皆一口飲んだ後、護さんが口を開いた。
「夜更君が珍しく人を呼ぶってことは解決したとみていいのかな?」
「よふけ、説明、して」
「夜更ちゃんの事だから犯人けちょんけちょんにしたんだよね?」
「黎明も早く聞きたいです! 焦らすだなんて悪代官様かテレビ局がやる事ですよ!」
「落ち着いてください。そして黎明はちょっと黙れ」
急ぎたがる四人を宥め「黎明の時だけ雑ですよ!?」て説明を開始する。
「とりあえず報告する事はあまりないんですが……盗撮はこれ以降今回の犯人によって行われることは無くなりました」
「それって昨日夜更ちゃんが見てたあの三人の中に犯人がいたってこと?」
「そうです。犯人は……まぁ後で愉快さんだけに教えます。無闇に個人情報を話すものじゃありませんからね」
当の愉快さんから少し痛い視線が飛んでくるが無視である。
「なんで、犯人、もう盗撮、しないの?」
「再犯する犯人なんだから絶対しないとは言い切れないんじゃないかな?」
「それは協定を結んだから……ってのもありますけどもう一つ大きい鎖をうちこんでおきましたから」
四人が首をかしげた。実はこの鎖を思いついたのは昨日の唯我のおかげではあるが、とても認めたくない。だって、
「一人一人に違う趣味に染めておきましたので。伊藤には熟女趣味を、寺野には二次元を、そして村山にはナースという極めてドギツいジャンルにのめり込んで貰いました」
「「「「……………………」」」」
四人とも絶句であった。そりゃそうだよな。
今回俺は考えた結果、盗撮を止めさせるなんて出来ない。なら本人が盗撮の目的を失うように何か学校での盗撮は意味の無いことにする趣味を植え付ければいいという結論に至った。拒否されればとても実現ができなさそうなこの思惑であるが、あの前科者三人は非常に流されやすい性格なのでよかった。ついでに犯人もこんなことしないって勝手にカミングアウトしてくれた。それに弱みも握っておいたから迂闊なことはできなくなった。これであとかたも残らず解決である。
「時に夜更君、仕掛けられたカメラの回収はどうするんだい?」
「それは犯人にお願いしておきました。教室棟と部室棟にしかしかけて無かったみたい
なんで。それでもう一冊同じジャンルの本をやるって言ったら凄くやる気になってました」
「それは……いい事だね」
護さんは軽く引いていた。なんでですか!
「今回も、よふけ、酷い解決、したね」
「悪人だね~、夜更ちゃん」
二人から何故か思いがけない言われようを受ける。解決したならいいでしょう。それに余計な労力もいらなかった。
さ、これで終わりだ。愉快さんには後で村山が犯人だという事を伝えれば数日はゆっくりできるだろう。黎明に出会ってからこれが初めての平穏な日常が送れそうな気がする。 三人が帰り、面倒事がこれ以上起きる前に俺も帰ろうか、と思い鞄を取った所で黎明が硬直している事にようやく気がついた。
「おーい、どうした」
「あああああ熟女……二次元……ナース……。破廉恥です……。夜更さん変態さんです」
どうやら壊れているようなので置いて帰ることにした。
さてと、久々二ート生活でもエンジョイするかな。
何故か好感度が下がった気がするが、俺の寮に向かう足取りは軽かった。