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第九十四話 三度目の正直 後編

第九十四話 三度目の正直 後編


 枯葉剤と濃硫酸で、襲いかかるつると鎖を撃退した。敵わないと賢明な判断を下したやつらは颯爽と引き下がっていくが、もちろん、見逃す私たちではない。追走することにした。


「あいつら、どこまで逃げるつもりなんでしょうね」


「さあな。もっともあの速度じゃ、尾長さんを振り切ることは出来ないけどな」


 今、私と牛尾さんは、尾長さんに担がれている状態だ。私たちは楽でいいけど、二人の女性を担いで、疾走しなければいけない尾長さんの体力がちょっと心配だった。


「でも、私たち二人を担ぎながらの追走ですよね。ずっと走っていたら、疲れてきませんか?」


「確かに、お前は重そうだからな」


 いやいや、どうみても牛尾さんの方が重いですよね。豊満な脂肪の塊がある分、さらに重いですよね。自分は軽いみたいな言い方は止めてもらえます?


「む!? あいつら、どこかに入っていくみたいだぞ。いよいよ、ゴールが近いみたいだな!」


 私の抗議する視線を躱すように、牛尾さんは向こうの方を指差した。腑に落ちないながらも確認すると、確かにつるや鎖が、洞窟に引っ込んでいくのが見えた。


 洞窟といっても、この間入ったのとは別の洞窟だ。


 尾長さんは暗闇でも、目が効くのか、洞窟に入ってからも、一切速度を緩めることなく、つるや鎖を追走し続けた。


 尾長さんの超人ぶりには、私も驚かされたが、それ以上に追われる側のつるや鎖の方が肝を冷やしていたに違いない。「何だよ、この人間。明かり一つない暗闇なのに、俺たちのことを追い続けているぞ!?」。そんな悲鳴が、今にも聞こえてきそうだ。


「ひょっとして、目にも細工を施しているんですか?」


「よく分かったな。暗闇でも敵を識別できるように、専用のスコープを仕込んでいる」


 一ミリも悪びれることもなく、あっさりと白状されてしまった。今更ながら、牛尾さんって、怖い人だなとつくづく思った。


「私は結構気に入っていますよ? 慣れると、意外に便利なんですよ」


 長尾さんもまんざらではない様子だ。自分が人外の物になっていることに抵抗はないようで、あなたの人生はそれでいいのかと、内心で突っ込んだのは言うまでもない。


 ともかく、牛尾さんのひとでなしな改造が功を奏して、つるや鎖を最後まで追走しきることに、見事成功した。


「……てっきり中心部は脳か顔になっているものと思ったんですけどね」


 中心部にあったものを見ながら、ボソリと呟いた。牛尾さんと尾長さんは、たいして驚きもしないで、それを冷静に観察していた。


 中心部の横たわっていたのは、巨大な手だった。ただし、指が無数にあり、それが枝分かれして、外に向かって延びていた。グロテスクの一言に尽きる光景ね。


「つるの一本一本が、みんなこの手から枝分かれしていたものだったなんて……。想像するだけで、吐きそうになります」


 しかも、それがプレイヤーの記憶を吸い取って、この手に栄養のように送り込まれていた。……そこまで考えて、また吐きそうになったので、想像を無理やり中断した。


「こいつを叩けば、もうつるに襲われることもない訳だ」


「叩けばいいって言いますけど、これって殺せるんですか?」


 心臓や脳がない分、どこを潰せば、こいつが死ぬのか、正直分からない。さすがに不死身ってことはないだろうから、細切れにすれば、死ぬとは思うけど。


 とりあえず火炎放射を浴びせてみた。手からは汗も噴き出さなかった。暑がる素振りも微塵も見えない。効いていないようね。


「火は駄目か。じゃあ、次は硫酸だな」


 何か手を寄ってたかっていじめているみたいね。でも、こいつには散々苦しめられた訳だし、悪く思わないでよね。


 結果は、硫酸も枯葉剤も効果がなかった。


「もしかして、もう死んでいるんじゃないですか?」


 つるや鎖もぐったりしているみたいだし、事切れていると考えるのが自然な気がした。


「確かにさっきからピクリとも動かないな」


 動いていたら、それもそれで、気色悪い光景だ。


 どうしたものかと思っていると、牛尾さんが手を思い切り蹴りつけた。こんな得体の知れないものを直接攻撃できるとは、牛尾さんって、やっぱり大胆だわ。


 すると、それまで無反応だった手に、ひびが入った。


「今の攻撃が効いたのか!?」


 一瞬で、尾長さんの背中に隠れながら、牛尾さんが冷静に言い放った。次いで、私にも蹴ってみろと言ってきたが、丁重にお断りした。


 ただ、怒っているにしても、手には、相変わらず動きが見られない。ひびだけがどんどん拡散しているだけだ。こうしてみると、手の形をした殻に見えなくもないわね。


 やがて、中から何かが飛び出してきた。いや、飛びだしたというより、生えてきたと言う方が正しいかな。


 顔を出したのは、多数の大蛇だった。


「八岐大蛇みたいだな」


 大蛇の体は、手とつながったままらしく、その姿は、確かに伝説上の八岐大蛇を連想させた。


 つるや鎖の時から、意識を持っているように動いていたけど、遂に意志を持った生物に進化したのね!


 ……なんて、感慨に耽っている場合じゃない。大蛇はどれもアナコンダくらいのサイズで、私たちを軽々と丸呑みできそうなだった。実際、どれも大口を開けて、こっちを見ているので、丸呑みする気満々と思えた。性格も、獰猛で、穏便に済ませることは不可能と見たわ。


 平和的解決が駄目なら、戦闘開始。あの大蛇、素早そうだから、先手必勝よ。


「『奴隷人形』!!」


 木製の忠実な人形を呼び出して向かわせた。軽快な動きで接近して、大ナタを大蛇の頭に振り下ろしたが、カキンと言う音と共に、折れてしまった。刃物を折るなんて、あいつらの表皮はどれだけ固いのよ!?


「ゴシュジンサマ……」


「まだ武器はあるんでしょ!? もう一度突っ込みなさい!」


 頼りなさそうに私を見つめる奴隷に、冷徹な下知を飛ばした。私も冷たいところがあるのね。奴隷は健気にも、今度はドリルを出して、大蛇の眼を狙っていたけど、あっという間に壊れてしまった。


「眼を狙っても駄目って……。でたらめ過ぎでしょ」


 現実世界にログアウトすることが、頭をよぎった。せっかくここまできたのに、本意ではないが、攻略しようがないのでは仕方がない。


 私が歯ぎしりしていると、物静かに戦況を分析していた長尾さんが、あるものを発見した。


「牛尾さん……。アレを見てください」


「むっ!!」


 牛尾さんと長尾さんが、私を差し置いて、何かを見つめている。仲間外れは嫌なので、見てみると、一匹の大蛇の額に、青く光るものがあった。紛れもなく、神様ピアスだった。ここから距離があるけど、アレを見つけるなんて、元兵士の観察眼は伊達じゃないわ。


「こういうのを、運がいいというのかね。しかし、こんなところにあるとはね。なかなか神様ピアスが見つからない訳だ。つるや鎖から逃げ回っている内は、絶対に見つけられないからな」


 牛尾さんは苦笑いしているが、これはチャンスだ。あの大蛇から、神様ピアスを奪い取れば、他の大蛇の動きを止めることも出来るわ。


「奴隷くん。あの青いのを取ってきてくれるかな」


「イイトモ!」


 奴隷人形がまだ消滅せずに残っていたので、すかさず命令を下した。多数の大蛇は、数が多くて、どれも嫌になるくらいに頑丈なくせに、攻めはてんで駄目ね。


 そのため、奴隷は楽に大蛇の攻撃をかいくぐり、ついに神様ピアスに手がかかった。


 奴隷は大蛇の額から、あっさりと神様ピアスをゲットした。そして、そのまま私の元に向かってくる。


 だが、その途中で消滅してしまった。


「タイムアップだ。惜しかったな」


「……ええ」


 召喚してから時間も経っていたし、そろそろ危ないと思っていたのだが、嫌な予感が的中してしまった。奴隷が消滅してしまったことで、神様ピアスは地面に向かって真っ逆さま……。に落ちていくところで、尾長さんがキャッチした。


「ナイスキャッチだ!」


 牛尾さんが声を上げると、長尾さんは少し照れくさそうにしていた。


 尾長さんが手にしたのだから、そのまま持っていても良いのに、私に放って寄越してくれた。牛尾さんに確認してみたが、これは私が持っていて良いとのこと。


 ちょっと悪い気もしたけど、遠慮なくもらうことにしたわ。神様ピアスは前々から欲しかったしね。早速神様ピアスを右の耳に付けて、力を行使する。


 次の瞬間、私たちを飲み込もうと迫ってきていた大蛇が、一匹残らず消滅した。


「次はこいつね」


 蛇を出して、私たちに差し向けた巨大な手に近寄る。手は観念したようにうな垂れていた。どことなく哀愁を誘う姿だが、だからといって、見逃すような真似はしない。


 こちらも、神様ピアスの力で、あっという間に砂へと姿を変えて、最終的には消滅した。


「元凶も仕留めたし、これで、プレイヤーの記憶も戻りますかね?」


「どうかな? ゲームみたいに上手くいくとは限らんからな」


 いやいや、私たちが今いるこの世界も、ゲームですよね。そんなツッコミが頭をよぎったが、水に流すことにした。


今回は17時に間に合いました。

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