第九十三話 三度目の正直 前編
第九十三話 三度目の正直 前編
キメラたちに対抗する手段を探すために、新しくできた異世界を探索することにした。
「じゃあ、まずは記憶を吸い取られる世界からあたってみますか!」
あそこには、二度も行っているのに、神様ピアスを回収できていないからね。三度目の正直ってやつよ。
でも、意気込む私を牛尾さんが制した。
「お前一人じゃ、また返り討ちにされるのが目に見えているからな。優秀な保護者が必要だ」
「それは牛尾さんのことですか?」
「もちろんだとも!」
胸を張って、何とも自信満々だが、前回は最終的に足手まといになっていたのを忘れちゃいませんか?
「む? 何だ、その目は。私の参戦が嬉しくないのか?」
「いや、そんなことではないですけど……」
「せちがらいなあ~。お風呂に一緒に入って、背中を流しあった仲なのに、そんな冷たい態度をとられるとはな~」
「そ、それは……!」
だああ~~!! 私の黒歴史を引用してこないでよ。それを引き合いに出されたら、もう何も言えないじゃないの~~!!
がっくりと肩を落とす私を尻目に、牛尾さんはスマホで、誰かに連絡を取っていた。そのまま待っていると、ドアが静かに開けられた。
「こいつも連れて行こう。役に立つはずだ」
「こちらの人って、このビルの警備員さんの一人ですよね」
牛尾さんに呼ばれてやってきた、この人には見覚えがある。初めて、このビルに来た時に、私を案内してくれた人だ。サングラスをかけた顔はいかついけど、仕事には真面目そうな印象を抱いていた。
「こいつはな。警備員兼作品だよ。長尾って名前だ」
「……また物騒なことを言いだしますね」
何故か得意げに長尾さんを紹介していたが、そんな物みたいな言い方をしたら、怒られますよ。
冷や冷やしながら、長尾さんを見たが、本人は至って冷静で、怒ったような素振りはなかった。あ、そうか。牛尾さんとの付き合いが長いから、この程度の暴言では反応しなくなっているのね。
「とまあ、このメンバーで異世界に再度殴り込みをかけることにする。異論はないか? あっても、聞き流すけどな」
聞く気がないなら、最初から聞かないで……。内心で思ったが、突っ込んだところで、聞き流されるのは承知している。だから、何も言わない。
翌日、三人で舞い戻ってきた異世界は、のどかだった。でも、それも今だけ。すぐに無数のつるが襲ってくるのよね。今回は絶対に油断しないんだから。
「例の二人組と最初に遭遇したのも、この世界だったな。思わぬ再会が待っているかもしれんぞ」
「待ち伏せという再会なら、遠慮しますよ」
発信器を埋め込まれていた手錠は、もう外しているから、私に動きは向こうに察知されることはないけど、万が一ということもあるからね。そっちの方にも注意しないと。
「ああ、そうだ。襲われてからじゃ遅いからな。早めに渡しておくよ。ほら!」
明らかに兵器と分かるサイズの火炎放射気が放られてきた。つるが襲ってきたら、これで撃退しろということなんだろう。
「丸腰じゃ困るだろ?」
「いたいたけな高校生に、とんでもないものを持たせますね……」
「心配するな。異世界でなら、物理ダメージは喰らわないから、扱いを間違っても、惨事にはならない」
「怖いことを言わないでください」
まるで私がドジを踏むみたいな言い草で傷つくわ。でも、これは結構使えるかもしれないわ。
文句を言いながらも、空に向かって試し打ちしてみると、予想よりも勢いよく火炎が放射された。勢いが良すぎて、まるでビームみたいだわ。
「ははは……。すごい威力ですね」
これなら、つるに襲われても、一網打尽に出来るわ。そう言って、調子に乗る私に、二人が冷めた視線を送る。
「試し打ちするのはいいけど、今ので確実に気付かれたな……」
「あ……」
しまった。早速、ドジを踏んじゃった……。四方からは、今の火炎ビーム放射に反応した無数のつるが、こちらに這ってくる音が聞こえてくる。一つ一つは大したことないが、これだけの数が揃うと、不気味なものを感じる。
「せ、責任をとって、私が追い返します」
自信はないけど、ここでやらないと、後々まで話のネタにされてしまう。
私はもらったばかりの火炎放射器で、必死に応戦したが、多勢に無勢で、あっという間に戦局が不利になってしまった。
「あ~、駄目か。真白の活躍に、結構期待していたんだけどな~」
牛尾さんのダメ出しが背中に突き刺さる。悔しいけど、何も言い返せないわ。
「しゃあない。助けてやるか。尾長さん!」
私だけじゃ分が悪いと判断した牛尾さんが、尾長さんに参戦を命じた。返事は聞こえないが、無口な尾長さんのことだ。きっと命令に対して頷いたに違いない。
「本当はキメラが襲撃してきたときのためのとっておきだったんだが、試しに見切り発射してみるのもいいかもな」
何となく怖いことを言っているような気がするけど、編成的には、前回のメンバーよりはマシかもね。
私を庇うように、前に立つと、尾長さんは両手をつるに向かって突き出した。次の瞬間に、手から何かが勢いよく射出された。それを浴びたつるは、次々と枯れていく。
「あれって、枯葉剤ですか?」
「そうだよ」
また物議を醸しそうなものを当たり前のように使っているわね。おかげで助かったのは事実だけど。
向かってくるつるが全滅した後で、尾長さんがどこから枯葉剤を出しているのか気になり、近付いて確認してみると、手のひらに穴みたいなものが開けられていて、そこから発射していた。
「あのう……。突っ込んでもよろしいでしょうか?」
自分の見たものの異常性を流して、素直にすごいですねと感嘆の声を上げて、済ませることも頭をよぎったが、やはり駄目だ。突っ込まずにいられない。
「見ての通りだ。人間を超えた存在に改造している」
牛尾さんからの返事は、たいへんシンプルだった。余分なものを必要以上に削った説明のおかげで、説明の補足を強要しない訳にはいかない。私が促すと、面倒くさそうにしつつも、付け足してくれた。
「尾長さんは、元は優秀な兵士だったんだが、中東で起きた戦争で、半身不随になってな。そこで手術を施して、私のボディガード兼サイボーグになってもらうことにしたんだ」
常識と良識をかなり逸脱した話だ。本来なら、冗談と断定して、笑って済ませるところなんだろうが、さっきの枯葉剤放射を見てしまった後では、もう和やかに片づけることは出来ない。
「よく許可が下りましたね……」
ようやく絞り出した感想がこれだった。もっと他に言うことがあるかもしれないが、私には、これが精いっぱいなのだ。
「許可? サイボーグ手術の許可なんて下りる訳がないだろ。異世界でこっそり行なったに決まっている。……優秀な助手と一緒にな」
そう言って、神様ピアスをちらつかせた。あれはアーミーが神様をしていた世界のものだろう。ということは、優秀な助手というのは、マナさんということか。あの人、そういう手術が好きそうだからなあ……。最近、大人しくしていると思っていたら、裏でこんなことをしていたのね。
尾長さんもかわいそうだなあ。変人二人に物みたいな扱いをされて……。
「私は、この姿になったことを後悔しておりません」
私の同情の眼差しに気付いたのか、尾長さんは首を横に振った。ああ、そうですか。そんなことを本人の口から言われてしまっては、私はもう何も言えません。
呆れていると、向こうから、今度は無数の鎖が向かってきた。
「おっ! つるが駄目だから、今度は鎖を飛ばしてきたか」
これは枯葉剤では効果がなさそうだ。私が身構えていると、尾長さんがまたも前に出た。
今度は強力な硫酸だろうか。全ての鎖が、炭酸がはじけるような音を立てて、きれいに溶けていく。
「私に同じ手は二度通用しない。さて、次はどうする?」
鎖の残骸を見下しながら、挑発的な台詞を口にする牛尾さん。鎖を上回るものが襲ってくるのではないかとも思ったが、鎖の残骸は恐れをなしたように、するするとどこかに戻っていった。
「退散するつもりか。丁度いい。後を追うぞ。そうすれば、あのつるや、鎖を差し向けている者の正体が判明する」
牛尾さんが顎で指示を出すと、尾長さんは私と彼女を肩に抱えた。そして、そのまま私たちから離れていこうとするつるや鎖を追い始めた。結構なスピードだが、足にも改造を施されているのか、オリンピックの短距離選手を超える速度で走るので、余裕だった。
明日こそは17時に投稿出来ると思います。明日こそは……。