第九十話 告白 前編
第九十話 告白 前編
二人組の男から襲撃を受けたかと思えば、ついに『揚羽』本人から、電話がかかってきてしまった。彼女は私を小馬鹿にした態度で話し続け、極めつけに、私を殺すとまで、宣言する始末。物騒なこと、この上ないわ。異世界から戻ってきてから、ろくなことが起きていないわね。
結局、揚羽からの電話は、私が啖呵を切る形で、双方が対決姿勢のままで終了した。電話を切っての、揚羽に関する感想は、私と水と油。歩み寄ることは出来ないと思ったわ。
まあ、相手は敵だし、相性が無駄に良くても、意味がないけどね。
さて。揚羽に宣戦布告をしたのはいいけど、どうしたものかしらね。話している時には、売り言葉に買い言葉で、強気なことを言っていたけど、会話を終えて落ち着いてくると、だんだん弱気になってきたわ。
あいつだって、黄色のピアスを持っているんでしょ。だから、異世界で挑んでも、物理ダメージは無効になってしまう。その上、キメラの仲間ということだから、御楽と同じように、強力な『魔王シリーズ』の能力を持っていることも考えられる。もし、そうなら私の勝機は、さらに薄まってしまうだろう。
それなら、現実世界で戦えばいいとなるが、この手錠の存在が厄介だ。二人組がここを嗅ぎつけたことから、発信機の役割をしていることは明らかだが、他にも何か隠された能力があるような気がしてならないのだ。
結局、私はかなり不利な立場に置かれているということね。そうでなくても、いつになく弱気で、怯えまくっているというのに。こんな状態で、正面衝突して、私は勝てるのかしら。
「また月島さんや牛尾さんに頼るしかないかなあ……」
それが一番得策に思えた。どう考えても、私一人で事態を収められそうにない。
しかし、今回は私の問題だ。それに二人を積極的に巻き込むのは心苦しい。二人だって、危険がない訳じゃないし。
そんなことを考えている矢先に、以前異世界であったことのあるフードのお姉さんから、電話がかかってきたのだった。しかも、これから会えないかと言う。
「気持ちは嬉しいですけど、私、ちょっと今立て込んでいるんですよ……」
気分転換のつもりで、建物の外に出るだけで襲撃される始末なのだ。迂闊に外出は出来ないのよね。という訳で、予定はないのだが、お姉さんと会うことは難しいのだ。
だが、お姉さんは気分を害したようでもなく、むしろ私が断るのを予想しているようだったわ。
「分かっている。揚羽たちから襲われて、自由に外出できないでいるんだろ? そのことに関する話なんだ」
意外なことに、お姉さんは私の現状を理解してくれているようだったわ。しかも、揚羽なんて。名字も同じだし、何か二人は関係があるのかしら。
お姉さんが話そうとしている話題が、だんだん気になってきたけど、だからといって外に出る訳にもいかないのよね。
電話で片づけられないか、打診してみたけど、他にも用事があるみたいで、都合が悪いってさ。
「ふむ……。それなら会う場所を変えようか」
「異世界ですか?」
ただ異世界も安全とは言えないのよね。異世界で二人組に襲撃された時に付けられた手錠が現実世界に戻ってきてからも、消滅しないのだ。この手錠だけど、どうも発信機の機能もあるみたいで、私がどの異世界に行ったのかもばれないとも限らないし、そういう意味ではやはり行きたくないわね。
「心配するな。私が神様ピアスを所持している異世界で会おう。そこなら、入場規制をかけられるから、揚羽も、あの二人組も来ることが出来ない」
お姉さんが提案してきた場所は、自分が神様をしている異世界だった。しかも、入場規制をかけられるという。成る程、揚羽たちが入ってこようとしても、ブロックすればいいから、私の身に危険がかかることはない訳ね。
「お姉さん、グッジョブです!」
そうと決まれば、善は急げだわ。お姉さんはその異世界で待っていると言うので、私もすぐに向かうことにしたの。
お姉さんから指定されて、やって来たのは、深い森の中にアステカ文明を模して造られただろう神殿が、ドンと建っている世界だった。
「あの神殿の中で待っている訳ね」
ひざまでかかる草をかき分けながら、神殿へと歩を進めていく。
でも、来る人間を選べるなんて、なかなか面白い力を持った異世界ね。記憶を吸い取る世界もあるし、これからもユニークな異世界が生まれていくのかしら。
「やあ」
「お姉さん!!」
異世界で何度か会ったことのあるフードのお姉さんが、宮殿の奥で、私を待っていた。相変わらずフードを深く被っているせいで、顔はよく見えないけど、こっちを見て笑ってくれているのは、何となく分かったわ。
「突然、呼び出してすまなかったね。迷惑だったろう」
「いえ、迷惑なんて、とんでもない!」
異世界にまで呼び出すくらいなのだ。さぞかし、重要な情報なのだろう。それを思えば、このくらいたいしたことはないわ。
「それで、話って何ですか? 揚羽のことで教えていただけることがあると聞きましたが」
「ああ、そのことなんだがな……」
お姉さんは右手に付けていたグローブを外した。
「その前に、君がどこまで揚羽のことについて、把握しているのかを確認させてほしい。まずは君の頭の中を覗かせてくれ」
「え?」
いきなり頭の中を見せろなんて……。どぎまぎする私の頭に手を添えると、お姉さんは静かに能力を発動した。
「『記憶掌握』……」
あ、この能力、知っているわ。確か、記憶の一部を、相手の頭に手を添えるだけで知ることの出来る力ね。
「頭の中を覗くと言っても、揚羽に関することだけだ。それ以外を覗くつもりはないから、安心してくれ」
まあ、お姉さんが他の記憶まで覗くなんてことをしないと信じているので、不安には思ってなかったわ。だからといって、自分の記憶を知られるというのは、あまり気分の良いことではないけどね。
「やはり『早坂揚羽』と『怒木揚羽』のことで混乱していたか。その他にも、情報が錯そうしていて、混乱しているようだね」
「はい。出来れば、その件について、分かりやすく教えてもらえると助かります」
「まず聞きたいんですけど、お姉さんは揚羽とどんな関係なんですか? どうも赤の他人とは思えないんですよね」
私の予測は当たっていたみたいで、苦笑いしながら、お姉さんは話し始めた。
「あいつと私は姉妹だよ。私が姉で、揚羽が妹」
そうだったのね。お姉さんがフードで顔を隠しているから、似ているかどうかは確認できないけど、嘘をつくとも思えないし、きっとそうなのだろう。
「彼女の家で、家族を描いた絵を見た筈だ。あれに乗っている一家の姉が私だ」
揚羽の家に招待された時に、彼女の自室で見た、画用紙に描かれていた絵のことね。両親に、子供と見られる姉妹が二人。あと、姉妹の間に存在している黒い何か……。
「私の隣にいる妹。あれが揚羽だ。お前を脅迫している方のな」
まるで揚羽が二人いるかのような口ぶりだ。でも、家族の絵に描かれていた揚羽は一人の筈よ?
「じゃあ、私がいつも会っていた揚羽は、一体誰なんですか?」
脅迫電話をかけてきた揚羽とは正反対の、フレンドリーな性格の彼女。今回の件がなければ友達になっていたかもしれない彼女は一体何者なのだろうか。単刀直入に聞いてみると、お姉さんはわずかに顔を強張らせた。
「家族の絵で、私と揚羽の間に描かれていた黒いものが存在していただろ?」
あの黒い塊のことね。心霊写真みたいで不気味だったから、よく覚えているわ。
「あの黒いのが、君と仲良くしている方の揚羽だよ」
何かずいぶん簡単な答えだけど、私の疑問をより深くしただけですよ、お姉さん。
「私の知っている早坂揚羽は、あんなに真っ黒じゃないですよ?」
お姉さんがふざけているとは思えないが、かといって、あっさり飲み込むことも出来そうにない。私の知っている揚羽は、むしろ色白の部類だ。というか、あんな真っ黒物質と知り合った覚えはない。
「そりゃそうだ。外見は私の妹だからな」
何か話が読めないわね。質問を重ねるごとに、頭がこんがらがってくるわ。お姉さんも、説明がなっていないことを自覚しているらしく、自分の説明不足を詫びた。
「詳しく順を追って話していこう。私たちの間に起こったことをな。退屈かもしれないが、是非聞いてほしい」
巫女姿の女性が私とお姉さんの分のお茶を持ってきてくれた。良い茶葉を使っているみたいで、飲むと気持ちが落ち着くのが実感できたわ。
でも、話の前に、わざわざお茶を用意するなんて。なんか話が長くなりそうな予感ね。
久しぶりに新しい能力が出てきました。なんか犯罪に悪用されそうな能力ですねww