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第八十七話 甘やかしの末路

第八十七話 甘やかしの末路


 さっきまで異世界にいたのだが、そこでキメラには遭うし、変な二人組には絡まれるし、もう大変だった。おまけに一緒に行った揚羽ともはぐれるし、萌は眠っちゃうし、もう散々だわ。


 本当なら、異世界に置き去りにしてきた揚羽の安否を気遣うところなんでしょうけど、私に二人組をけしかけたのは、彼女らしいのだ。私に体を提供してくれている水無月くんをいじめていて、彼の死にも絡んでいるようだし、あまり関わらない方が良い人物の様なのだ。


「すー、すー……」


 あれだけのことがあったのに、呑気に寝息を立てている萌に、ちょっとムカついてしまった。さっきまでは、呼びかけるだけだったのだが、つい強めに引っぱたいてしまった。起きていれば、絶対に喧嘩になるレベルだ。でも、これでも、萌は眠ったままだ。図々しいを通り越して、心配になってくる。


 その後、頬を捻っても、体を揺すっても、萌は起きないのだ。ただだらしないだけだと思っていたのに、だんだん焦って来たわね。


「……ひょっとして不味い事態になっちゃっているの?」


 今にして思えば、眠りに落ちたタイミングもおかしかったような気がしてきた。いくら何でも、洞窟探索中に居眠りしないでしょ。ましてや、自分の好きな人と二人きりなのよ(自分でいうことでもないけど)。私の知っている萌なら、何を間違っても寝過ごすようなミスはしない筈だわ。


 ともかく私だけでは対処できなそうな気がしたので、専門家に見てもらうことにした。


「本当だ。全然起きないな」


 専門家こと、『神様フィールド』の開発スタッフである牛尾さんは、眠ったままの萌を見るなり、興味深そうに体を触診しだした。


「一応、年頃の子なんですから、躊躇なく服を脱がさないでもらえますか?」


「ん? ここには男がいないから、問題ないだろ」


 そう言って、安全性をアピールしていたけど、牛尾さんなら、男がいても、服を脱がしそうだから、油断が出来ないのよね。


「それで、どうですか?」


「ふむ。見た限り異常はなさそうだな」


「でも、眠ったままですよ?」


「そう言われてもな。眠りについた時に、何か特別なことをされた訳でもないだろ?」


 確かに、おかしなことは何もなかった。足元に人形が転がっていたくらいだけど、さすがにこれは関係ないでしょ。


「シンデレラみたいに、王子様のキスで目覚めるんじゃないのか?」


「からかわないでください」


 おとぎ話じゃあるまいし、そんなことで起きる訳がない。


 いつまでも上半身裸なのも見ていられないので、服を着せてあげる。風邪を引いたら、いけないしね。決して萌の裸を見ていると、イラついてくる訳じゃないから。


「それにしても、その腕についている手錠はどうにかならないのか?」


「好きでつけている訳じゃありません。異世界でつけられたものなんですけど、現実世界に戻ってきてからも、外れないんですよ」


「? 異世界でつけられたものなら、現実世界に戻れば消える筈だろ」


「例外が生じているんです!」


 開発スタッフの牛尾さんをもってしても、不可解な事態らしい。これが牛尾さんの中の何かを触発してしまったみたいで、いつになくやる気になってきていた。


「私の範疇を超えた事態か。そそるものがあるな……。やっぱり萌ちゃんは、体の隅々まで調べる必要が……」


「ちょっと! 萌に変なことをしないでください!」


 聞き捨てならない台詞が聞こえてきたので、姉として注意する。


「ちょっとくらい良いじゃないか。こいつももう高校生だ。どうせその内に汚れる体……。グッ……!」


 不埒なことを言う牛尾さんの脳天に、月島さんの蹴りが突き刺さった。


「俺の義妹におかしなことをするな」


「いてて……、すっかり良いお義兄さんだな」


 蹴られた部分をさすりながら、涙目で牛尾さんが毒づいた。


「より良い結婚生活のためさ」


 涼しい顔で月島さんは恥ずかしげもなく言い切った。


「月島さん!」


「やあ、遅くなったね。萌ちゃんが起きないんだって?」


「そうなんです! 揺すっても、叩いても、効果がないんです」


 それまで抑えていたものが一気に溢れ出て、まくしたてるように訴えた。月島さんは、私が話す異世界であったことを、黙って聞いていた。


「そうか。早坂揚羽か」


「ふん! まさか真白が独力で早坂に辿り着くとはな。しかも、家にまで言っているそうじゃないか」


 感心しているのか、呆れているのか分からない表情で、私を見た。


「あの……、早坂揚羽って、そんなに不味い人物なんですか?」


「噂くらいは聞いているんじゃないのかい」


「ええ。自分の通う学校を、実質的に支配しているとか……」


 実際に接してみた揚羽からは、そんな気配も微塵も感じられなかったけど。


「その通りだ。親の権力と自身の能力をフルに使って、学校を自分の意のままにしている」


 しかも、キメラと手を組んでいる。かなりやばめなやつだ。


「全く! 子供が好き放題しているというのに、親も馬鹿なやつでな。子供のやらかしたことの火消しはきっちりするくせに、子供のやることには見てみぬ振りだ」


 典型的な甘い親ということかしら。私のお父さんとは対照的ね。


「この際だから言ってしまうが、私に水無月の死体の処理を依頼してきたのも、早坂揚羽の父親なんだ」


「そうなんですか」


 初めて聞かされることだが、驚かなかった。会話の流れから、そんな気がしていたのだ。ちょうど思い切って質問しようとしていたところだったし、手間が省けた。


「ということは、揚羽は親を通して、私が水無月の体を使っていることを知ったんですね」


「ああ。キメラから、さらに詳しい話を聞いている可能性もある。何といっても、やつの仲間だからな」


「一つ確認したいんですけど、もし揚羽と全面戦争になった場合、お二人はどっちの味方になるんですか?」


 この二人に限ってあり得ないことだが、揚羽の父親は相当の権力者みたいだし、死体の処理なんて、やばい依頼を引き受けるくらいなのだ。万が一ということもある。


 だが、二人は笑って、私を小突いてきた。


「裏切るとでも思っているのかい? さっきも言っただろ。俺は充実した結婚生活のために奔走している。いつも家族を最優先するスタイルを崩すつもりはないよ」


「私が大人しく、上の言いなりになるとでも思っているのか? むしろ、従順に従うふりをして、弱みを握るタイミングを虎視眈々と狙う側だぜ?」


 小突かれたところをさすりながら、ちょっとでも二人を疑ったことを恥じた。やっぱり頼りになるよ。




 夜になっても、萌は起きなかった。あまり遅くなると、お姉ちゃんが心配するので、牛尾さんからもらったボイスチェンジャーで、萌になりきって友達の家に泊まることになったと嘘をついた。


「ひとまずはこれでいいとしても、いつまでも使える良い訳じゃないですね」


「当たり前だ。そんな何日も、架空の友達の家を渡り歩かせる訳にもいかんからな」


 萌の顔をチラリと見るが、起きないことを別とすれば、何の問題も確認できなかった。


「そう言えば、水無月くんも、外傷一つないきれいな死体だったんですよね。死因は何ですか?」


 心臓が動いていないことを除けば、異常なところは何一つみられない。死体らしくない、死体だった。おかげで助かっているが、疑問は残る。


「実は、そっちの方もサッパリなんだ。病気でもない、傷もない。経験豊富な検察の眼をもってしても、死因不明だ」


 プロでも分からなかったのか。そんな死体を使わせてもらっていることに、ちょっとした不安が芽生えてきちゃうわね。


「司法解剖して、さらに詳しく見るつもりだったんだが、揚羽の馬鹿親が介入してきてな。完全な状態の死体なのだから、動きさえすれば、娘の関わった殺人をもみ消せると判断したんだろう」


「滅茶苦茶とんでもない理由ですね」


 親の風上にも置けない蛮行だ。こんな親の元でまともな子が育つ訳もない。


 そいつのおかげで、一度助けられているのも事実だが、今こうして危機に立たされることになったのも事実だ。揚羽の父親には感謝すればいいのか、糾弾すればいいのか分からないわね。


 とにかく! 売られた喧嘩は買うわ。水無月くんは殺せたかもしれないけど、私にも同じことが出来るとは思わないでよね。


 どこかで、私に狙いを定めているだろう、揚羽に内心で宣戦布告した。


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