第八十五話 人形は語らない
第八十五話 人形は語らない
ここは異世界の洞窟。そこを探索していたら、キメラとばったり遭遇してしまった。いつもなら、好機と捉えて掴みかかるところだが、運の悪いことに百木真白の姿ではないので、特殊能力が使えない。悔しいが、キメラをとっちめるのは諦めて、質問攻めにすることにした。
その過程で、キメラは、仲間の一人が私に対して敵意を燃やしているので、気を付けるように忠告してきたのだ。
私を不安にさせることを一方通行で告げると、キメラは姿を消した。辺りを見回すが、キメラの姿は、もうどこにもない。
まだ聞きたいことがあったのに、苛立ちが募ったわ。苛立たしげに、視線を地面に落とすと、人形と目が合ってしまった。キメラの話によると、あいつの仲間から私に対して向けられた警告だという。
足元に転がっている人形を手に取って、しばらく見つめていたが、人形は何も答えないし、動かないし。
「は!? どうして、これが警告になるのよ」
いつまでも持っていても仕方ないので、人形はそのまま地面に捨てた。
「ここにいつまでいても、仕方ないし、気持ちを切り替えて、萌と揚羽を探さないと」
揚羽はともかく、萌は絶叫しながら移動していそうなので、近くに行けばすぐに分かりそうね。
結果的に言うと、一人は探す必要がなかったのよね。
「私なら、ここにいますよ!!」
いきなり背後から抱きつかれた。キメラから、変なことを言われた後だったので、思わずビクリとしてしまったが、何のことはない。萌だった。私を探して、ここまでやって来ていたのだ。
「やっぱり水無月先輩だ! 良かった、無事だったんですね」
一人の状態が相当寂しかったのか、涙目になっていた。
「そんなに離れていた訳じゃないだろ。オーバーだよ」
私がそう言うと、萌は心外だと言わんばかりに、頬を膨らませて、抗議してきた。
「ちょっとの間でも、離れていると寂しいものなんです!!」
百木真白の姿をしていたキメラに対する態度とは、百八十度変わった態度だ。
私に抱きつきながら、甘えた声を出してくる。それを適当に受け流しつつ、刺激しないように、丁重に体から離した。こっちはあんたに構っている場合じゃないのよ、空気を呼んでちょうだいよ。
「萌ちゃんはこの近くに飛ばされたの?」
「違います。すごく遠いところに飛ばされたんです。そこから必死になって、水無月先輩を探していたんですから」
萌の足元を見ると、靴がかなり汚れていた。すごく遠いところという表現はオーバーにしても、私を探してさ迷い歩いていたのは本当らしい。私のために、何もそこまでしなくても……。
「だって、不安だったんですよ? 真白姉ちゃんから何かされていないか。あいつ、マジで手癖が悪いんですから」
「そうなんだ……」
目の前に立っている私が、実は百木真白だと知らずに、萌は私の悪口を吐いた。そこまで必死になるほど、嫌われていたなんてね。反抗期特有の、顔を合わせたくないレベルだと思っていたのに。
すぐにでも揚羽の捜索もしたかったが、萌はほとんど早歩きに近い速度で洞窟中を探索していたらしく、息も上がっていたので、ひとまず休ませることにした。
その場に腰かけてからも、萌は私に根掘り葉掘り聞いてきた。
「あれから大丈夫でしたか? 変なことされませんでした?」
「何もされてないよ……。あれからすぐに俺もここに飛ばされたから」
ブルーになる私をよそに、萌は安堵のため息を漏らしていた。
「萌ちゃんの方こそ、俺を探して、洞窟内を探し回っていたって聞いたけど、変なものと遭遇していない? 例えば、外で見たつるとか」
「何もなかったですよ。この洞窟、マジで何もいない無人ですね」
もし、遭遇していたら、記憶を吸い取られて、私のことなんて覚えていないか。私に敵意を燃やしているというキメラの仲間とも会っていないみたいなので、安心した。
「揚羽も探そう。早いところ、合流しないと」
そうしたら、すぐに現実世界に戻ろう。キメラの忠告に素直に従う訳ではないが、私を潰そうとしている仲間の存在が気にかかる。もし、遭遇してしまった場合、やはり特殊能力が使えないのは不便だ。
「そんなに焦らなくても良いですよ。ここは異世界ですから。何かあっても、ライフピアスを外せば、現実世界に戻れます」
萌の言う通りだ。心配する必要はない。でも、何か嫌な予感がして仕方がなかったのだ。キメラの仲間だって、そんなことは知っている訳よね。現実世界でも折ってくる可能性もあるし、穏便に済ませられるうちに、異世界から脱出するに越したことはないわね。
そう思って、何気なく足元を見ると、人形が一体落ちていた。とはいっても、私がさっき捨てたものではない。
さっきまでは落ちていなかった筈なのに……。
まるで人形が一人でここまで歩いてきて、ここに転がったような不自然さだ。これもキメラの仲間の仕業なのだろうか。
周りを見たが、私と萌以外は誰もいない。……遠隔操作か何かで、人形だけここに落としたのだろうか。それとも、透明になる能力で、知らない内に接近されている? 様々な可能性を考えるうちに、どんどん背筋が寒くなってきた。
キメラは、この人形は警告を意味していると言っていた。二つ目が投げ込まれたということは、警告のレベルが上がったということかしら。よく分からないけど、危険が迫っているのは事実の様ね。
そう考えると、いくら萌が疲れているといっても、ここでのんびり休憩している場合じゃないわ。
「ねえ。今度はあっちの方を探してみようか」
隣で休んでいる萌に、そろそろ出発しようと働きかけるのだが、返事がない。さっきまであんなにうるさかったのに。
「萌ちゃん?」
返事もないことを、不審に思って見ると、萌は寝息を立てていた。こんな時に眠れるなんて、図太い性格をしているわ。一瞬とはいえ、心配したのが馬鹿らしい。
「萌ちゃん。出発するよ。起きて!」
肩をゆすって話しかけるが、起きる気配は全然ない。こいつが一度寝たら、なかなか起きないのは知っているが、私だって何度もこいつを起こしてきた経験があるのだ。どうすれば、効率よく叩き起こせるのかは熟知している。なのに、起きる気配がない。
「仕方ないわね」
こうなりゃ実力行使よ。起きない萌をおんぶしてでも、出発するわ。……駄目だ。背中に胸の感触がもろに伝わってくる。お姫様抱っこに変更。
男の体なのが幸いしたわ。萌を抱えながらでも、洞窟の探索が続行できるもの。
「揚羽? どこにいるの?」
揚羽さえ見つければ、帰れるのだ。不用心かもしれないが、声を張り上げて探す。なのに、私の問いに答えてくるものはない。
「はあ……。どこまで飛ばされているのよ……」
先に帰っているってことないわよね。それはそれで、ショックよ。
でも、これだけ探していないとなると、それもあり得ない話ではなくなってくる。試しに、現実世界に戻ってみようかしら。案外、戻っているかも。
諦めそうになった時、前から足音がしてきた。良かった、揚羽が見つかったと安堵したのも、一瞬だけ。足音が一人分だけではないことを知り、一気に警戒レベルが跳ね上がった。隠れられそうな場所を探したが、身を隠せそうなところはない。
そいつらはすぐに私の前に現れた。高校生くらいの二人組の男子だ。私に敵意を燃やしているキメラの仲間は女性らしいので、そいつではないみたいね。……ていうか、個々の洞窟、何気に面倒くさいのと次々会うわね。
「見つけた、見つけた」
「うん、間違いない。水無月だ」
どうせ神様ピアスを探しに来たハンター連中だろうと思っていたら、いきなり水無月という名前を口にしたので、驚いた。
「誰だ、お前ら? どうしてその名前を知っている?」
私はこいつらのことなんて知らないが、向こうは私のことをよく知っているような態度だ。だけど、あまり好意的に映らない。まるでいじめられっ子を見るいじめっ子のような目つきだ。これから私をどう料理しようか考えているような雰囲気が伝わってくる。
「あれ? 俺たちのことを覚えていないの?」
「馬鹿。体は水無月でも、中身が違うんだよ。だから、俺たちとは初対面。知っている訳がないんだ」
「そうか……。やっぱり水無月は死んじゃったんだな」
「あれで生きている訳がないって」
私を無視して、二人組は軽快に話し続ける。話の内容は、最悪そのものだけどね。
今日は成人の日。成人式に行ってきた方も多いと思います。そんな方々へ。成人、おめでとうございます!!