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第八十三話 妹は反抗期

第八十三話 妹は反抗期


 自身の記憶を取り戻したいという揚羽の誘いに乗って、訪れた異世界で、つるの襲撃から逃れて入った洞窟の探検を始めた。


「また別れ道だわ。この洞窟、思っていたより、広いわね」


「これで宝箱があれば、気分は勇者ですね」


 馬鹿なことを言っていると思ったが、今いるのは、ゲームの世界なのだ。そんなことがあってもおかしくない。少なくとも、巻きつかれると記憶を吸い取るつるよりは、実在しそうね。


「これで最深部がただの行き止まりだったら、どうする?」


「そんなつれないことを言わないでください。もしかしたら、別の場所に通じているかもしれませんよ?」


「外に出たら、またつるに襲われるんだろ? 出口があっても、出たくはないな」


 スマホの懐中電灯アプリを操作しながら、奥へ奥へと進んでいく。蝙蝠やムカデくらいは出てくるかと思っていたけど、洞窟内は虫一ついなかった。


 最初こそ、揚羽に敵対していた萌も、この頃にはすっかり打ち解けていた。一歩歩く度に喧嘩をされても、仲裁に入るこちらが疲れてしまうので、良い兆候だわ。あとはもう、何事もないまま、今回の探索が終わってくれれば、言うことなしね。


 そんなことを考える余裕も出てきたところで、先頭を歩いていた萌がピタリと足を止めた。


「どうかした? 何か見つけたの?」


 大蛇やつるだったら、不味いと思い、聞いてみたが、萌は前方を向いたまま、固まっている。


「前から誰か来ますよ。……って、あいつは!」


 私はあまり暗闇に強くないのだが、猫並みに夜目の効く萌は、前方に何かを発見したようだ。しかも、それは人間らしい。私たちと同じように、この世界に探索に来た人かしら。


 いつの間にか、萌の表情に敵意が宿っていた。この子がここまで毛嫌いするのは、小夜ちゃんくらいのもの。でも、小夜ちゃんがここにいる訳ないし、じゃあ、誰かしら。


 暗がりの中から顔を出すそいつは、私たちと同年代くらいの女性だった。とはいっても、体型の発育は遅れ気味にも見える……。ん?


 前から歩いてきたのは……、私だった。こっちを見ながら、ニコニコしている。どうして私が。もしや、ドッペルゲンガー!? ……何てね、そんな訳ないわよね。


 こんな薄暗い洞窟の中で会うとはね。いつも不意打ちのような形で、私の前に姿を現すのね、キメラ。


「やあ、久しぶり」


 キメラは私を見て、ニコリとした。私はブスッと仏頂面をしていたけどね。まあ、いいわ。ここで会ったのも何かの縁。体を返してもらうわよ……と言いたいところだけど、今の私は特殊能力が使えない。使えたところで、まともな勝負が出来るとも思えないが、宿敵のキメラと偶然遭遇したのに、そのチャンスを生かせない現状に苛立ちを隠せなかった。


「おや? 黙り込んでどうした。ビックリさせちゃったかい? もしそうなら、ごめんね」


 驚いたのは事実よ。唖然として、固まっていただけ。謝らなくていいわ。余計に腹が立つから。


「久しぶり」


 そう言ってやろうと思っていたら、私ではなく、萌が返答した。だが、言葉は冷え切っている。


 キメラは、萌の顔を見て、首をかしげている。そうか。こいつは萌と会うのは初めてだったわね。それなら、首だってかしげるわ。


「誰? 知り合い?」


 何も知らない揚羽が、私に聞いてきた。


「……萌の行方不明だったお姉さん」


「ええっ!?」


 こいつは偽物だって知っているのに、どうしてこんな嘘を言わなきゃいけないのよ。萌の姉は私でしょうが!!


「そんなに驚くことないと思うけど」


「だって、全然似てないよ。驚かずにはいられないよ」


 明らかに萌とキメラの胸を見比べながら、言っている。繊細な乙女のハートに、鋭利な矢が突き刺さるのを感じた。ええ、負けていますよ。実の妹に、胸で惨敗していますよ! あ~ん、泣きたいよ~!


「どうしたのよ。ちょっと会わない間に、妹の顔を忘れちゃったの? まだ高校生のくせに、もう痴呆が始まっちゃったのかしら」


 私に対するそれとは打って変わって、粗暴な言葉遣いでキメラをなじる。でも、キメラは効いていないようで、「ああ、そうか。君は妹なのか」と、ずれた返答をしていた。それが余計に萌の怒りに火をつけたようだった。


「ずっと家出したままだから、どこかでくたばっているかと思っていたけど、こんなところをほっつき歩いていたのね」


「そういう君だって、僕と同じ場所をほっつき歩いているじゃないか」


「私は先輩とデートをしに来たの。目的もなく、フラフラと徘徊しているあんたと一緒にしないでよ」


 萌の心のこもっていない言葉がキメラに向けられる。でも、実際に精神的ダメージを負うのは、さっきまで私に好意的に話していた萌が、ここまで変わるなんて。将来、キメラから体を取り戻した、家に帰ったら、こんな感じでなじられるのか。鬱になっちゃうわね……。嫌われているのは、承知しているけど、目の当たりにすると、心にくるわ。


「どうしたの、水無月くん。顔色が悪いよ?」


「おや、何でもない……」


 落ち込む私を不思議に思って、揚羽が心配して聞いてきたが、正直に打ち明ける訳にもいかず、曖昧に大丈夫と答えておいた。


「あははは! 相当嫌われているみたいだね。こりゃ愉快だ!」


 キメラはいきなり腹を抱えて笑い出した。萌と揚羽は、この不可解な行動の意味が分からず、きょとんとしている。だが、私には分かる。私が妹から馬鹿にされていることを知って、笑っているのだ。く、悔しい……。


「? けなされて何を笑っているのよ。頭のネジがさらに緩んだの?」


 目の前の姉の中身が、丸っきり別人であることを知らない萌は、呆気にとられながら眺めている。


「ネジが緩んだわけじゃないよ。でも、おかしくってさ……。ね?」


 そう言って、私に流し目を送ってきた。同意をいきなり求められても困るわ。萌は、先輩に色目を使うなと激怒するし、もう滅茶苦茶よ。


 さっきまで順調だったのに、キメラと遭遇したばかりにカオスなことになってしまったわ。本当に疫病神ね、こいつ。


 自分の体だけど、とりあえず引っぱたいて黙らせようかしら。ピアスがダメージを吸収してくれるわよね。そんな風に、物騒なことを企画していると、遠くの方で轟音がした。


「何だ、今の音?」


「ああ、時間が来たんだよ」


「時間?」


 全てを見通すようなことをキメラが言う。洞窟に生じた異変は、こいつの仕業ということでいいのかしら。私が問い詰めようとすると、それを察したキメラが先に説明してきた。


「おっと! 今の音は僕がやったことじゃない。この洞窟で定期的に発生する自然現象が始まった音だ」


 何よ、自然現象って。怖いことを言うわね。


 崩落か、鉄砲水かと思っていたら、水が岩の隙間から噴き出してきた。


「地下水が飛び出してきたわ!」


 勢いよく噴き出す噴水に、萌と揚羽が声高に叫ぶ。洞窟内が水に埋もれるようなことはないけど、まともに当たったら、飛びのかされるくらいの威力はありそうね。


「ここの洞窟では、定期的に、地下水が噴き出るようになっているんだよ。そして、その鉄砲水を浴びたら、洞窟内のどこかにランダムで飛ばされちゃうんだ。ユニークな仕掛けだろ?」


 途中までは理解できたが、後半がよく分からない。とんでも情報がもたらされたような気がするけど、それを信じろというの?


「み、水を浴びたら、空間移動なんて、馬鹿を言わないでよ、お姉ちゃんのくせに!」


「信じるも信じないも自由だけど、ここは何でもアリの異世界だ。馬鹿なことだって何だって、起こりうるのさ」


 上機嫌で微笑むキメラの後ろから、水が拭き出した。しかし、それはキメラを素通りして、萌と揚羽に直撃した。


「キャア!」


「わわわ!」


 キメラの言う通り、二人の姿は忽然と消えた。説明通りなら、洞窟のどこかに飛ばされたことになる。


「あらら。忠告してあげたのに、言わんこっちゃない」


 消えた二人に、たいして興味もなさそうに、キメラは呟いていた。私も、大事ではなさそうだと判断して、思ったより慌てなかった。


「まあ、いいか。やっと君と二人きりになれたしね」


 私を見ながら、ニヤリと笑った。それはこっちも同じなので、ニヤリと笑い返してやった。


きつい言葉を吐いていますが、萌は言葉ほど姉のことを嫌っているわけではありません。

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