第八話 その日、私は妹に惚れられた
第八話 その日、私は妹に惚れられた
時間はわずかに遡る。私と月島さんが異世界の探検を終えて、現実世界に帰還した時のことだ。
現実世界の人間は誰もいないと思っていたが、実際は二人紛れ込んでいたのだ。
そいつらは私たちがログアウトしたのを見計らって、姿を現した。一人はすごく目つきの悪い男。もう一人は私だった。いや、正確には私の体を借りたキメラだ。
「やれやれ。作ったばかりの世界の一つに遊びに来てみたら、まさかの先客だ。しかも、神様ピアスを取られちゃったよ」
あまり残念そうではない顔で、キメラはクスリと笑った。その様子を目つきの悪い男が冷ややかに見つめる。
「ふん! その気になれば、いつでも奪い返せるくせに、何を言ってやがる」
「だからこんなに余裕なんじゃないか」
むかつくことを当たり前のように言ってくれる。念のために言っておくが、私はいつだろうと神様ピアスを渡す気はない。
「高校生くらいのガキの方が、あんたが体を奪ったっていう百木真白か?」
「そうだよ。思ったより元気そうで、ホッとしたよ」
パソコンの中に放置プレイしておいて、よくも抜け抜けと言ったものだ。
「それで? いつまで好きにさせておくつもりなんだ? 放っておいたら、永遠にここで神様ごっこを続けるぞ」
警告にも似た言葉をキメラに投げかけたが、本人は涼しい顔でサラッと言い切った。
「しばらくは好きにさせるよ。僕は他に興味を持っていることがあるからね。そっちが先さ」
「悠長なことで」
その時、キメラがメイドさんの一人と目が合った。メイドさんはキメラたちを訝しげに見つめていた。明らかに警戒している。
「そんなに怖がらなくていいよ。君たちに危害を加える気はないから」
そう言われて怖がるのを止める人間などいない。メイドさんも例外ではなく、わずかに後ずさった。
その様子を見たキメラはやれやれと肩をすくめた。
「メイドさんにも嫌われちゃったし、今日はもう帰ろう。何、真白ちゃんとは惹かれあう運命にあるみたいだし、その内にまた会うことになるよ。その時には頼むよ、戦闘担当……」
キメラから不穏な空気が出されると、目つきの悪い男は心底愉しそうに不敵な笑みを漏らした。どことなく早く暴れたいのを我慢しているようにも見えた。
さて、時間は元に戻って、舞台は月島さんの家。目覚まし時計のアラームで、目が覚めた私は真横に人の気配を感じた。
寝る時には一人だった筈なのに、横からすーすーという鼾が聞こえてくるのだ。確認してみると、隣には萌がすやすやと寝ていた。しかも、下着姿で。
「……萌ちゃん?」
女子高生に免疫のない男子だったら、悲鳴を上げているところだが、こちらは体こそ男でも、中身は女子高生。この程度で動じることはない。
「ふあ……?」
私が語りかけると、スイッチが付いたように、萌は目を覚ました。だが、かなり眠いのか、瞼を何度もこすっている。
朝起きたら、隣にあられもない姿の女子高生……。小説や漫画では、お約束の光景だが、実際に体感することになるとは……。
「え~と、どうして私の布団にいるの?」
「……夜中にトイレに起きて、そのまま間違って入ったみたい」
何てベタなドジなんだ。お得意のドジぶりは相変わらずか。萌はもともとドジッ娘の気があるが、朝は特にやらかす。着替えの時もその特性を遺憾なく発揮してくれた。何度パジャマのズボンを脱ごうとしたところで、足を引っかけたことか。そして、私にぶつかってきたことか。
「ごめんなさ~い」
ぶつかる度に頭を下げてくる。悪気がないのが唯一の救いなので、許してやった。
どうにか着替えを済ませて、リビングに行くと、既に起きていた月島さんが朝食を作り終えるところだった。
「やっと起きてきたね、二人の居眠りさん」
「それは萌ちゃんのために作った、俺の特製弁当だ。栄養バランスと味の両方を追求した最高の弁当だ」
ずいぶんなことを言いきったものだ。月島さんが料理の得意なことは知っているが、ちょっと天狗になっていないか?
「わあ! 美味しそう!」
腹ペコの萌は弁当の誘惑に勝てずに、早速食べようと手を伸ばした。今日の昼食だと言っているのに。昼に困ることになっても知らないわよ。
「心配しなくても、水無月の分も作ってあるよ」
私のジト目を、物欲しそうな目と勘違いしたのか、月島さんが優しく微笑んできた。違うのに……、まあ、弁当は美味しくいただくけどさ。
「仲が良いんですね」
良くない! 何も知らないくせに、褒めるんじゃない。
「料理の出来る男ってポイントは高いですよ。さすが美紀お姉ちゃんの選んだ人だわ」
「よく分かっているじゃないか!」
よく分からない意気の投合だった。お姉ちゃんがここにいたら、頭を抑えながらため息をついているだろう。
「あっ! もうこんな時間だわ。急がないと学校に遅れちゃう!」
和やかな朝の談笑から一転して、萌は焦りだした。こいつはただでさえ、ギリギリまで寝ているのだ。本来なら呑気に談笑している暇などないのだ。
萌は慌てて鞄を片手に部屋を出ていった。時間ギリギリまで寝て、遅刻になりそうになって、学校まで全力でダッシュ。いつもの光景だ。違っているのは、月島さんが走り去る萌の後姿を微笑ましそうに見ていることくらいだ。
うるさいのがいなくなって、静寂が戻ってきた室内で、私は月島さんに問いかけた。
「萌のことを可愛がっていますけど、家に帰さなくていいんですか? お姉ちゃんにあとで怒られますよ」
「もう怒られたよ」
軽い冗談のつもりで言ってみたら、既に怒られたという。詳しく聞いてみると、昨日の内に、萌がここに転がり込んできたことを報告したそうだ。しばらく泊めてやることにしたと言ったら、思い切り叱られてしまったという。
「美紀さんには、どうも頭が上がらないんだよな」
苦笑いしながら話していたが、悪い気もしていないようだった。
「最後に君のことについても話していたよ。早く見つけてほしいってさ」
この姿になったせいで、最近会えなくなってしまったお姉ちゃんを思い出して、涙ぐみそうになるのをグッと堪えた。
すぐさま涙を月島さんにからかわれて、泣いてなんかいないとお決まりの強がりを言いつつ、ぷいと月島さんから視線をずらす。
そこでここにあってはいけないものを発見してしまった。月島さんが萌のために作った特製弁当だ。慌て過ぎて、忘れていったのだ。相変わらずそそっかしい奴だ。仕方がないので、届けてやることにした。
すぐに追いつくと思っていたが、萌の足は思ったより速かった。普段は遅いくせに、遅刻しそうな時だけ速くなるのだ。
このまま学校まで追いつけないのではないかと心配になったが、駅前でどうにか追いつくことに成功した。
大声で萌の名前を叫ぼうと、腹に力を入れたところで、萌が緊急事態であることを知った。
見るからにヤンキーという格好の不良グループに絡まれているではないか。日中で人の目もあるというのに、男たちの外見がやばそうなので、みんな見てみぬ振りをしていた。みんなで避難すれば、撃退できるというのに、情けない話だ。
さすがに私まで萌を見捨てる訳にもいかなかったので、助けてやることにした。萌のことは好きではないが、女の敵はもっと好きではないのだ。
すぐに撃退。向こうは派手ななりをしているくせに、強烈な蹴りを一発食らわせただけで、すごすごと退散していった。完全な見かけ倒しだった。
「大丈夫?」
男の一人に地面に転がされた萌に、立ち上がるように手を差し伸べるとともに、声をかけた。
「はい……。助かりました。水無月さんって強いんですね」
力なく笑いながら、私の手を借りて、萌は立ち上がった。強いのは前々からだが、男の体になったことで、腕力も加算されたのだ。小規模な不良グループなら、楽勝できる自信はある。
「油断しているから、そういう目に遭うんだよ。可愛いんだから、一歩外に出たら、いつ襲われてもおかしくないと警戒を強めなきゃ」
「その度に水無月さんが助けてくれれば助かるんですけどね……、制服が汚れちゃった……」
さっき男たちと揉み合いになった時に汚れてしまったらしい。生憎と制服は今着ている物しか持ってきていないという。
「家まで取りに帰るしかないね」
「お姉ちゃんに怒られる……」
よほどお姉ちゃんのことが怖いのか、萌は何度も呻いていた。だからといって、その姿で投稿する訳にもいかないと説得して、私同伴で取りに行くことになった。
「助かりますぅ……」
萌は何度も私にお礼を言った。こんなことで感謝しなくてもいいのに。
「月島さんの弟さんだけあって……、格好良いですね」
家に向かって歩いている途中に、そう言って、熱っぽい眼差しで見つめられた。さっき不良グループから助けたことを言っているのだろうか。あんなのたいしたことないと言おうとしたところで、ハッと気が付いた。
これはまさか……。
もう一度、萌の顔を見ると、やはり頬が上気している。
「しかも、私と一緒に怒られに行ってくれるなんて、頼もしい……」
間違いない! こいつ、私が実の姉だと知らないまま、惚れやがった!!
思わぬことで、実の妹を惚れさせてしまった。私は何という罪な女……! ではなく、とんでもない事態になってしまった。
「兄弟と姉妹で、恋に落ちるって言うのもいいかもしれませんね」
いやいや、良くないから。月島さんと兄弟という話を始めとして、あんたに話したことはほとんど嘘だから。
昨日は仕事の都合で休みました。事後ですが、申し訳ありませんでした。もしかしたら、また休むかもしれませんが、可能な限り、投稿を続けたいと思います。