第七十六話 新世界への招待
第七十六話 新世界への招待
異世界の一つで、巨大な花が突如出現して、それが新しい異世界を生み出していると聞き、牛尾さんと見に行くことにした。
他の野次馬と一緒に、その光景を見ていると、例の花から、球体のようなものが吐き出された。牛尾さんいわく、あれが新しい異世界なのだという。
新しい異世界はシャボン玉のように空に上がっていき、その先では空間がボロボロと裂けていた。
空間の裂けた先には真っ黒な闇が広がっている。黒い球体は裂けた空間から世界の外に出ていった。
「まるで、新しい異世界が外に出るために、空間が裂けているみたいですね」
新しい異世界は、徐々に膨らんでいたので、あのままだったら、この世界を潰し始めていたかもしれない。それを避けるために、まだ小さいうちに、外の空間に追い出したように見えた。
「向こうに広がっているのは、恐らく何もない無の空間だな。生まれたばかりの異世界はそこで広がって、十分な大きさに成長している」
何もないところで、球体が巨大化していく映像を想像して、不思議な気分になった。
「それじゃあ、私たちが今いる異世界も、無の空間の中に浮いているということですか?」
「さあな」
そんなのどっちでもいいよという顔で、返事してきた。牛尾さんにとっては、異世界の外に広がる空間より、異世界の中身の方が気になる様子だ。
「真白。新しく出来た異世界にはログインできるのか? 出来るなら、ログインして、調べてきてほしいんだが」
やはりそうきたか。あれが異世界なら、私の黄色のピアスの力で、中に入ることができる筈だからね。でも、目の前で出来たばかりの世界に入るのは、あまり気が進まないなあ。入った途端、地雷が爆発するということはないだろうけど……。
「ずいぶん簡単に言ってくれますね。実際に足を運ぶ私の身にもなってくださいよ」
「仕方がないだろ。私は黄色のピアスを持っていないから、好きな異世界に行くことが出来ないんだ。そんなに行くのが怖いなら、私に黄色のピアスを預けろ。代わりに行って来てやる」
腰の重い牛尾さんにしては珍しく、自分から行くと言っているのだから、言ってもらえばいいと思うかもしれないが、牛尾さんの恐い発言がどうも気になった。
後で馬鹿にされそうな気がしたので、無理に行きますと言ってしまった。何か嵌められてしまった気がしつつも、「ログイン!」と叫ぼうとした。う~ん、異世界から、さらに別の異世界に行くというのも、変な気がするわね。
その時、頭から何かが落ちてきた。不思議に思って見ると、それはライフピアスだった。どういうことかと思っていると、次々にライフピアスが降ってきた。
「あれって、ライフピアスですよね……」
「ああ……」
この世界は水の代わりに、ライフピアスの雨が降るのか。
上空を見ると、雲一つない空に、無数の空間の裂け目が発生して、そこからライフピアスが落ちてきていたのだ。
野次馬の何人かは地面に転がっているライフピアスを拾うと、最初は興味深そうに見ていたが、次々に「ログイン!」と叫んでいた。どこに連れて行かれるかも分からないのに、無謀なことをするじゃない。
「いいのか? 先を越されるぞ?」
「早い者勝ちじゃあるまいし……。先に行きたいやつには、先に行かせればいいんですよ」
もし、行った先に罠が仕掛けられているのなら、私が行くまでにかかってくれれば、安全に探索することが出来る。むしろ、そっちの方が喜ばしい事態なのだ。
とはいいつつも、いつまでも突っ立っているのも、気まずいわね。怖気ついたと思われるのも癪だし、そろそろ私も後を追いますか。
「ログイン!」
一言叫んで、私は出来たばかりの異世界へと飛んだ。その傍らで、巨大な花は、また新しい異世界を生み出していた。
やって来た異世界には、既に何人もの先客が訪れていた。彼らの顔を見ると、降ってきたライフピアスを使って、先にログインした連中だった。出来たばかりなので、ちゃんと地面に立つことが出来るのかが不安だったが、無駄な心配だった。地面を強めに踏んでみたが、崩れるようなことはなし。
「どうやら、降ってきたライフピアスは、この世界から降って来たもので間違いないな」
横に牛尾さんが立っていた。
「結局、牛尾さんも来たんですか?」
「当たり前だ。こんな楽しそうなことが起こっているのに、蚊帳の外に置かれてたまるか!」
胸を張って、そう宣言していた。牛尾さんにとっては、これが楽しいことらしい。ていうか、これじゃ、私が何しにここに来たのか分からないじゃないの。
「しかし、さっきまでいた異世界とそっくりだな。近未来の都市とか、魔物の巣窟とかを期待していただけに残念だ」
「残念がっているのは、牛尾さんだけだと思いますよ」
見た限りは、さっきまでいた世界と同じだが、安全という訳でもなさそうだ。あちこちから植物のつるのようなものが出て、プレイヤーを襲っているのだ。しかも、襲い方が凝っていて、プレイヤーの頭部に巻きついている。
つるが頭に巻かれてしまったプレイヤーは、しばらく苦しそうにもがいていたが、すぐに強制ログアウトさせられていた。規定量以上のダメージを受けてしまったせいで、ライフピアスが砕けたのだろう。こういう時だけは、ライフピアスが砕ければ、強制的に異世界からログアウトするという『神様フィールド』のルールを好ましく思う。
「おっ! 私たちにも狙いを定めてきたな」
見ると、つるの何本かが、こっちに向かって伸びてきているところだった。
「牛尾さん。私がつるを全部叩き落としますので、下がっていてください」
「おいおい。私を見くびるなよ。こんなつるを落とすくらい私でも楽勝だ」
私に作ってくれているのと、同じ型の警棒で、自分に向かってくるつるを軽快に叩き落としている。牛尾さん、完全な研究型で、体を動かすのは苦手だと思っていたのに、結構やるじゃないの。警棒を振り下ろす度に、豊満な胸が上下に揺れるのが気に食わないけど。
私も負けてはいられないと、こっちに向かってくるつるを力任せに叩き落としていく。このつる、スピードはそこそこ高いが、頭に向かって一直線に伸びてくるだけなのだ。動きが単純すぎて、読みやすく、それを逆手に取れば、迎撃するのも容易だった。
しかし、いつまで経っても、つるの攻撃は止まない。いくら軽快に叩き落としていても、だんだん疲れてくる。
「ふむ。一つ一つは大したことがないが、こうしつこいと厄介だな」
「きりがないですからね」
体力が尽きる前に、つるから逃れようと、牛尾さんと示し合わせて、駆け出した。
しかし、私たちが逃げると、当然のようにつるは後を追ってくる。ストーカー並みのしつこさだ。
「ふう……、日頃、運動していないせいか、もう体力が限界に近いな」
「もうへばったんですか!?」
「私はか弱いんだよ……」
牛尾さんは動きが軽快だった割に、ガス欠も早かった。走り始めて間もないのに、もう弱音を吐いている。やっぱり牛尾さんは虚弱体質でした。
「あのつるなんだけどさ。試しに巻かれてみるというのはどうかな? 強制ログアウトになるだけで、死ぬ訳じゃないんだろ?」
「巻かれるなら、一人で巻かれてください。私はごめんです!」
疲労のせいで、動き回るのが面倒くさくなってきたのか、縁起でもないことを言いだした。いくら死ぬことはないといっても、あんな気味の悪いつるを頭に巻くのはごめんよ。それに、さっきまであっさり地面に叩き落としていたのよ。数がちょっと多いからって、ギブアップ宣言するのは、何か悔しいわ。
「でも……、私は限界……」
「そんなに苦しいなら、ライフピアスを耳から外せばいいんですよ。それで、この世界からログアウトされて、鬼ごっこは終了ですから」
駄目だ。牛尾さんは探検のパートナーには、丸っきり向いていない。完全に足手まといだ。
これ以上ペースを乱されるのも嫌だったので、牛尾さんを説得して、穏便にこの世界から退場してもらうことにした。
そんな牛尾さんだが、口元を手で抑えながらも、観察眼は健在だった。向こうで倒れている少女を見つけたのだ。頭には既につるが巻きついており、放っておいても、ログアウトは時間の問題だった。
「てりゃっ!!」
放っておけばいいのに、牛尾さんは最後の力を振り絞って、少女に巻きついていたつるを叩き落とした。
「ふふふ……。今日はこれくらいで勘弁しておいてやる。真白、後は頼んだ……」
何故か勝利宣言をした後、牛尾さんはこの世界から去っていった。少女のおまけを残して……。
「後は頼んだって、この子をどうしろというのよ……」
この子を担いだまま、探索を続けるなんて、冗談じゃないし、ログアウトが関の山ね。
つるにまた巻かれてログアウトされるくらいならと、せめてもの情けで、私の手でライフピアスを外して、ログアウトさせてあげることにした。
少女に近付いて、ライフピアスに手を伸ばした時、彼女のものと思われる荷物が散乱しているのが目に入った。派手にぶちまけたなとため息をついていると、その中に興味深いものを見つけた。
この少女と、水無月が互いの体を抱き寄せて、仲睦まじく写っている写真だ。水無月というのは、キメラに体を奪われてしまった私に、体を提供してくれている故人だ。
ということは、この子は、水無月の関係者ということなの?
写真と、少女の顔を交互に見つめながら、私は唸った。
今まで謎だった水無月の過去がついに明らかになる!?




