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第七十一話 アクロバティックパフォーマンス

第七十一話 アクロバティックパフォーマンス


 私は落下していた。下にはコンクリートが広がっている。


 しかし、このままコンクリートに激突することはない。私を抱きしめてくれる存在があるから。ただし、助かったとは思わない。私を抱きしめようと下で待っているのは、紛れもなく死神なのだから。


 どうする? また異世界にログインして難を逃れるか? 駄目だ。一時しのぎにしかならない。異世界にいる間は安全だが、いつかは現実世界に戻ってこなくてはならない。グラコスは、私が戻ってくるのを、ずっと待ち続けているだろう。この廃ビルが全焼してからも……。戻ってきた時に、また危険にさらされてしまう。意味がない。


 不本意ながらも、死を覚悟した時、建物内にも関わらず、バイクの轟音が聞こえてきた。空耳かと思ったが、本当にバイクが走ってきたのを見て、次に自分の目を疑った。


 火の中にバイク? もしかして、月島さん?


 月島さんが昔、バイクを乗り回していたのは知っている。こんなアクロバティックなことをするのは、月島さんしか考えられない。


 バイクはプロ顔負けの跳躍を見せると、そのまま落下する私を、グラコスより先に抱きとめてくれた。


 グラコスは悔しそうに吠えて、後を追ってきたが、バイクの方が速く、ぐんぐん引き離していった。


 小さくなっていくグラコスを眺めながら、バイクの男に、「月島さん?」と尋ねてみた。


「ちげえよ。早とちりすんな、馬鹿」


 人違いだった。しかも、なじられた。


「え~と、とりあえず、ありがとうございます。あなたが誰かは存じませんが、危ないところでした」


 お礼を言ってみるが、今度は無視された。何なの、この人?


「あ、あのう……。月島さんの知り合いですか? それとも、警察の人でしょうか?」


 警察の人が燃え盛るビルの中を、バイクで乗り回す訳ないか。じゃあ、月島さんの知り合いかしら。


「さっきから月島の名前を何回も言いやがって。あいつにどれだけ会いたいんだよ」


 そんなに連呼した覚えはないですけど、あなたが月島さんの知り合いだということは分かりました。


「そんなに月島に会いたいなら、これからあいつのところに連れて行ってやるよ」


「いえ、そんな会いたい訳じゃ……、やっぱり会いたいので連れて行ってください」


「どっちだよ」


 また怒られてしまった。どうもとっつきにくいな、この人。月島さんを間に置かないと、コミュニケーションが上手く取れそうにない。


 燃え盛る建物の中だということは、この人には関係ないようだ。火と障害物を軽快に躱して、スピードをぐんぐん上げていく。このバイクに乗っている限り、グラコスに追いつかれる心配はなさそうね。


 バイクは廃ビルから脱出して、男は私を月島さんの前まで連れて行ってくれた。


 月島さんは小桜を左手に抱えて、一服していた。バイクの轟音で、私に気付いたらしく、手を振ってくれた。


「やあ、真白ちゃん。怪我はないか?」


「はい、何とか……」


 バイクは月島さんの前で急ブレーキを踏んだ。私と月島さんの顔が、後数センチというところで止まる。


 助けてくれて感謝はしていますけど、あなたの運転は、心臓に悪いです。もっと安全運転してほしかったですね。


「何か危ない雰囲気が漂っていたから、お前の指示を待たずに助けたけど、これで良かったんだよな?」


「ああ。グッジョブだ、悦也」


 この人悦也って名前なのね。私が名前で呼んだら、怒りそうだから、私が使うことはありませんけど。


 荒い運転で精神的に参ってしまった私に、月島さんが彼を紹介してくれた。


「ああ、こいつはね。俺の昔馴染みの喜熨斗きのし 悦也えつやって言ってね。今回は、俺だけだと分が悪そうだから、増援として来てもらった訳さ」


 私の予想通り、月島さんの警察関係者ではない方の、昔馴染みだった。


「あ、そうですか。よろしくお願いします」


 何故かギロリと睨まれてしまった。何が気に食わなかったっていうのよ……。


「ははは……。気にしなくていいよ。悦也が人付き合いが苦手だからね。目つきが悪いのはいつものことで、機嫌が悪い訳じゃないから、気にすることはないよ」


「へ、へえ……」


 変な人……。助けてもらって何だけど、あまり関わりたくないなあ。


「そ、それより、その子は大丈夫なんですか? 私の親友なんです」


「ああ、気絶しているだけだ。外傷もないけど、念のため、救急車で病院に搬送して、見てもらう予定だ。他の三人も、レスキュー隊が発見したという報告がさっき入ったから、もうすぐ出てくるだろう」


「でも、中にはまだグラコスがいます。安心は出来ないですね」


「そいつなら、今出てくるところだぜ」


 見ると、グラコスが燃え盛る廃ビルから出て、私たちに向かってきているところだった。


「……しぶといな」


 三人で眉間に皺を寄せる。ストーカー並みのしつこさだわ。息を飲む暇くらい与えてくれてもばちは当たらないのに。


 でも、危機感は感じなかったかな。何故なら、グラコス以上に危険な人が味方サイドに二人いるからね。


 そう思っている間に、月島さんが早速発砲した。相変わらず、躊躇なく引き金を引くのね。


 弾はグラコスの頭部にジャストミートした。相手が生身の人間だったら、今ので天に召されるけど、あいつはどうかしら?


 固唾を飲んで見ていると、拳銃の弾を頭に受けたというのに、グラコスは何事も無かったように、ゆらりと起き上がって、また動き出そうとしていた。やはり化け物には拳銃の弾も効かないのかしら。


「予想はしていたけど、やっぱり厄介な相手だな……」


 拳銃が効かなかったというのに、月島さんはあまり衝撃を受けていなかった。


「骨だけの化け物だ。体の構造がそもそも違うんだろ。後は俺がやるから、お前はとっとと降りろ」


 そう言って、蹴りでバイクから落とされた。これでは、追いついてきたグラコスに殺されてしまうではないかと、ビビったが、やつは私を素通りして、バイクを追っていった。


「何で喜熨斗さんを……」


 どっちかというと、さっきまで散々挑発していた私の方に来そうなものなのに。


「あいつがグラコスの嫌いなものを大量にバイクに振りかけているからだよ」


「アルコールですか?」


「正解!」


 それで私より、喜熨斗さんを追うことを優先したというの? もう何が優先されるのか、よく分からなくなってくるわ。


「まあまあ、君が狙われないから、それでいいんじゃないの?」


 私の代わりに昔馴染みが現在進行形で追われているのに、涼しい顔で月島さんが言った。まるで喜熨斗さんがやられることはないと安心しきっているようだ。煙草に火をつけて一服を始めたりなんかして、月島さんは動こうとしない。


「どうした? また差が開いていくぞ。それとも、俺が早すぎて、追いつけないのか~? 何なら、追いつけるまで、速度を落としてやってもいいんだぞ?」


 バイクを駆りながら、これでもかというほどにグラコスを挑発し続ける。グラコスも無視すればいいのに、挑発されるたびに、ムキになって吠えていた。だが、もう全速力らしく、速度が上がることはなかった。


「もう終わりかな? お~い、喜熨斗! もう決めてしまおうか~!」


「ふん! 俺はもう少しこいつをからかっていても良いんだがな。お前が言うのなら、仕方がない」


 驚いたことに、喜熨斗さんはこの危険な状況を楽しんでいた。どうも間隔まで、私と違っているらしい。


 唖然としていると、喜熨斗さんがバイクの向きを直して、グラコスと向き合う形になった。


 何をする気なのかと思っていると、喜熨斗さんのバイクはグラコスに向かって、直進を始めた。


「……ぶつかるつもりなの?」


 喜熨斗さんなら、やってもおかしくない。いや、それくらいなら、朝飯前でやってのけそうだ。


仕事中に、今年はありがとうございましたと、仕事納めの挨拶をされる機会が増えてきました。

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