第七十話 挑発全開
第七十話 挑発全開
火に包まれる廃ビルの中で、私たちはグラコスと火の手から同時に逃げることを余儀なくされた。
二つの脅威に、同時に晒されてしまい、気持ちを強く持たないと、あっという間にパニックを起こしてしまいそうだわ。
そんなことを考えている矢先に、早速小桜がパニックを起こしてしまった。グラコスを引き付けるとか喚いて、反対方向に走り出してしまった。
放っておいたら、殺されてしまうのは明らかなので、後輩二人を瑠花に任せて、後を追うことにした。
「小桜、待て! 一人になるな。みんなで一緒に逃げて……!」
ちょうど背後から、殺気が放たれているのが分かった。何が起こったのか、振り返らなくても、分かってしまった。
グラコスがもう追いついてきたのだ。離れたところから見ているのとは違って、今度は、向こうも、私たちの姿をしっかりと確認している。
私たちは、今二手に別れている。私と小桜、瑠花と萌と小夜ちゃんの組だ。
さて、やつはどっちに向かうか……。
「キャアアァァァ!!」
「こ、こっちを見ています~!」
やばい! グラコスが、向こうの悲鳴に反応してしまった。
そちらに移動しようと、体の向きを変える。それを見て、さらに悲鳴を上げてしまった。
反射的に、五円玉をグラコスの頭に投げた。思っていたより、気持ちの良い音がした。私の神業コントロールは、こういう時にも錆びつくことはないのだ。
「こっちだよ、ボケナス!」
私のところに向かってくるように、止めの一言を放ってやった。あいつは馬鹿にされるのが死ぬほど嫌いなので、これで間違いなくこっちに向かってくるだろう。
勝算のない無謀な行動だったが、瑠花たちが襲われているのを、黙って見過ごすわけにもいかない。ま、どうにかなるでしょ。
「水無月さん!」
私の危機に、萌が走り寄ってこようとするが、来るなと一喝する。
「こっちはこっちでどうにかするから、そっちはそっちで逃げ切るんだ。いいか? 絶対に来るなよ」
萌に釘を刺している側から、グラコスが私に飛びかかってきた。怒らせ過ぎたか? あっという間に詰め寄られてしまった。これは避けている暇がないな。
「ログイン!」
グラコスと接触する寸前に、咄嗟に黄色のピアスを握りしめて、異世界へと避難する。危ないところだったわ。あいつが接近してきただけで、体が燃えるように熱くなったの。掴まれていたら、肌が溶けていたわね。
異世界で安堵の息を漏らしつつも、すぐに現実世界へと戻る。本音は安全な異世界にいたかったが、その間に小桜たちが殺されそうで怖い。あ~あ、グラコスが異世界まで追ってきてくれたらなあ……。ここなら、私の圧勝なのになあ……。
現実世界に戻ると、ちょうどグラコスが肩透かしを食らって、地面と激突しているところだった。よし! この隙に逃げてしまおう。
「み、水無月さんが生きてる……。良かった……」
私が食われると思ったのだろう。涙目で萌たちが安堵していた。心配されるのは嬉しいが、そんなことをしている場合じゃないでしょ? もう一度さっさと逃げるように言明すると、私は窓枠に足をかけた。
まともな鬼ごっこでは、私の惨敗だろう。無駄なことは最初からしない主義なので、ちょっと工夫して逃げることにした。
勢いよく窓枠を蹴ると、そのまま飛び降りた。
もちろん、下まで落下するつもりはない。落ちている途中で、すぐ下の階の窓枠を掴んで、また室内に戻る。
「ば~か!」
上の階で瑠花たちが襲われないように、もう一度グラコスを馬鹿にして、私の方に向かってくるように仕向けた。
さて。私もグラコスから逃げながら、小桜を探さないと。それよりも、外に出た方が賢明かしら。火の勢いだって、さっきより強くなっているし、小桜も自分で外に向かっているかも。
そんなことを考えていたら、向こうから小桜が駆けてきた。向こうも、私に気付いたようで、声をかけてきた。
「み、水無月くん。出口がどこか知らない?」
出口がどこって……。さっき入ってきたから、分かるじゃん。それすらも分からなくなるほど、混乱しているというの?
「俺が案内するから、とりあえずこっちに来て」
「う、うん!」
しかし、駆け寄ってくる小桜の後ろに、上階から下りてきた化け物の姿があった。
しまった。さっき挑発したせいで、めっちゃキレてらっしゃる。殺したいのは私の筈なのに、まずは近くにいる小桜から殺そうとしているらしいのが、動きから分かった。
咄嗟に、地面に落ちていたモップを拾うと、グラコスに駆け寄って、やつの頭部を思い切り殴りつけた。
「お前の相手は、この俺だろう? 浮気してんじゃねえよ!」
余裕がなかったとはいえ、また言ってしまった。今日の私は、どうも暴走することが多い。
さて、私を怒りにまかせて狙ってくるかと身構えていたら、聞き取り不能な叫び声を上げて、グラコスは部屋から出ていった。
ちょっと待ったけど、戻ってこないので、小桜の元に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
顔が真っ赤だが、接触されていなかったので、小桜は無事だった。どこも怪我していないようだし。
「テケテケ……。逃げたのかな?」
「それなら嬉しいけど、いまいち手ごたえがなかったんだよな」
撤退したというよりは、次の手を打つために一時身を引いただけの気がする。
「どっちにせよ、さっさと建物を出よう。立てるか……」
「うん……」
グラコスが戻ってくる前に、移動してしまおうとしたところで、地面が揺れ出した。自信かと思ったが、そうではない。下からすごい力で、床を叩いているのだ。
想像したくなかったが、この状況下で、そんな真似をするのは、やつしかあるまい。
「ど、どうしてこんなことを?」
「床をぶち抜くつもりなんじゃない? そんなことしないで、直接俺たちを狙った方がいいのに」
怒りが頂点に達すると、聞き取れない声で喚き散らす子供みたいね。自分の力どころか、感情のコントロールも下手の様ね。おかげで、隙が出来て、私たちは助かっているけど。
おっと! 余裕ぶっている場合じゃなかったわ。床に亀裂が生じている。しかも、どんどんひどくなっていく。駄々っ子レベルの思考回路にしても、力がある分、厄介ね。
「このままじゃ、床が抜けちゃうわ」
「いくら廃ビルといっても、コンクリートの床を破壊するって、どんな怪力だよ」
さすが魔物。私たちの常識を超越した力を持っているわね。……って、感心している場合じゃないし!
「きっと床が崩れて、階下に落とされた後、動けなくなっているところを、あいつに殺されるんだわ! そんなの嫌!」
私も嫌よ。どうにかして、この場から逃げないと。でも、振動が凄くて、まともに立っているのがやっと……。
遂に床が抜けてしまった。コンクリートの固い床がプリンみたいに、ボロボロと崩れていく。
このままでは、二人とも下に落下してしまう。せめて、小桜だけでも……!
「おらああ!!!!」
これが火事場の馬鹿力というものだろうか。右手一本で、小桜の体を持ち上げると、ひびの入っていないところまで放り投げた。
「ひゃっ……!」
短い悲鳴と共に、小桜は危機を脱した。でも、私は崩れる床と共に、下の階へ真っ逆さまに落ちていった。
下でグラコスが蟻地獄のように私を待ち構えているのが見えた。空中で方向転換も出来ないし、グラコスに抱きとめられて死ぬのを待つしかない。
な、何て、あっけない最後なの!? 他人の体のままで死ぬなんて、ショック過ぎるぅ~!
職場で風邪が流行しだしています。食べ物のおすそ分けは大好きですが、ウィルスはごめんです。早めにマスクをつけようかな?