第七話 神様の気まぐれ
第七話 神様の気まぐれ
キメラが勝手に作ったと思われる異世界に来て、そこを探索している内に、神様ピアスと呼ばれるアイテムを入手した。
ゲームの開発者である私の父親が言うには、これは各異世界に一つずつ存在して、その所有者は、その世界でのみ神に匹敵する力を持つことが出来るというのだ。
ただどれだけすごいアイテムだと言われても、それだけではピンとこない。そういう訳で、現実世界に帰る前に、神様ピアスの力を試すことにしたのだ。
実験するのは月島さん。左の耳には、既にライフピアスが付いているので、神様ピアスを右の耳に取り付けた。
「じゃあ、早速いきますか。まずは真白ちゃんの顔をもじゃもじゃの髭面にするか!」
「な……!? ちょっと待って!!」
いくら男の体になったからと言って、髭面は嫌。思わず叫んで、顎のあたりをさすってみたが、幸いなことに変化はなし。
「……何も起こらないね」
「起こったら、どうしていたんですか!?」
私は語気を荒げて怒ったが、月島さんは神様ピアスを付けている以上、自分はこの世界において、神となっている筈なのに何も起きないのはおかしいという表情をしている。しばらく納得がいかないように考え込んでいたが、次の言葉を発した。
「……かわいいウサギよ、出ろ!」
すると、次の瞬間、両手で抱え上げられそうな愛くるしい表情のウサギが目の前に出現した。
「本当に出た!」
目の前で起こった奇跡に私たちは声を上げて驚いた。だが、奇跡はこれだけにとどまらなかった。
「よし! 次はこの忌々しい暑さだ。二十五度まで下がれ!」
すると、言い終わらない内に、地獄の釜のようだった蒸し暑さが、嘘のように引いていった。
「火の玉小僧も、雪玉小僧も消えてなくなって、平穏な世界になれ」
遠くの方にいた彼らが煙のようにドロンと消えてしまった。
「真白ちゃんはバニーガールになあれ!」
「はあ!?」
どうしても私にいたずらを仕掛けたいらしい。だが、またしても私の身には何も起こらなかった。
「どうして真白ちゃんにだけは何も起こらないんだろうな」
「現実世界から来たものには効果がないんじゃないですか?」
元々該当する異世界でしか、力を発揮できないアイテムなのだ。その可能性は十分にある。
「そうなのか。うう~ん、残念!」
「将来の義理の妹相手に変なことを企まないでください」
もし意のままにされていたら、今頃髭面でバニーガールのコスプレをさせられていた私は、心底呆れて呟いた。月島さんは頭をかきながら、申し訳なさそうに次の実験を始めた。
「さっきまで汗をかいていたから、実は喉がカラカラなんだよ。ちょっと休憩しようか」
月島さんが念じると同時に、草原しかなかった世界にコンクリート製のビルが現れた。自然の中に人工物。景観がぶち壊しである。
中に入ると、十人のメイドが私たちを出迎えた。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
本物のメイドではなく、喫茶店にいる方のメイドをイメージしたのは、すぐに分かった。月島さんに冷ややかな視線を送ったが、彼はメイドに案内されるまま、ビルの奥へと歩いていった。
「どうぞ……」
一室に通されて椅子に座って休んでいると、メイドさんの一人が、恭しい態度で、果物が山盛りに乗せられたトロピカルジュースを二人分持ってやってきた。
「神様も悪くないものだねえ」
のどの渇きを潤すと、満更でもない表情で月島さんは唸った。
「月島さん一人が楽しんでいるだけにしか見えませんけどね」
一つ分かったことは、神様ピアスを一般人が手にしても、ろくな使い方をしないということだ。紆余曲折があっても、最終的には自分の欲望のままに力を使うことになるのだろうな。
「さてと。これくらいにしておくか。あまり使い過ぎると、真白ちゃんに俺の趣味がばれちゃうからね」
「もう十分理解したつもりなんですけど」
トロピカルジュースを飲み終えると、おもちゃに飽きた子供の様に、もう帰ろうと言い出した。やり返されるのを恐れているのか、私に神様ピアスを使わせる気は毛頭ないらしい。
だいたい男はこんなものだと思っているので、冷めた感情は抱かないが、婚約者がいる身なら少しは自重してほしい。
現実世界に帰る前に、せっかく作りだしたメイドさん達を放っていくのも気が引けるということで、延々と果物がなり続ける木を何本か作り出した。
「これでしばらくの間、食料には困らないだろう」
そう言って腕組みする月島さんの気分はすっかり神様だ。
やることを済ませた私たちはライフピアスを自分の耳から外して、異世界からログアウトした。次に気が付いた時は、現実世界に戻ってきていた。しっかり異世界にログインした場所に戻っている。
「いやあ~、すごい体験だったねえ」
「収穫もありましたしね」
現実世界に戻ると、ライフピアスと神様ピアスは、専用のパスカードに姿を変えていた。これからどうしようかという話になったが、もう陽が沈み始めていたので、この日はマンションに帰ることにした。
マンションに帰ると、私がすぐにシャワーを浴びて汗を流した。その間に月島さんは異世界での出来事を牛尾さんに報告していた。
「牛尾に電話で異世界のことを報告したら、神様ピアスのパスカードを持ってくるように言われたよ」
風呂から上がって体を拭く私に月島さんが苦笑いしながら牛尾さんの強引さを愚痴ってきた。
「今からですか?」
「ははは、さすがに断ったけどね」
もう夜が遅いというのに、今から持ってこいとは。牛尾さんも無茶なことを言うな。まあ、月島さんがやんわりと断ったみたいだけど。
二人で顔を見合わせて、また苦笑いしていると、インターフォンが鳴った。
「誰だ、こんな時間に?」
月島さんの知り合いなら、この時間に尋ねてくる人間も多そうだけど、本人は心当たりがないようだった。新聞の勧誘だったら断ってやろうと、私が先に出ることにした。
覗き穴から外の様子を確認すると、そこには懐かしい顔が立っていた。ただし、向こうは私が百木真白だと分からないけど。
とりあえず危険な人物ではないので(でも、個人的にはいけ好かない人物)、ドアを開けてやる。
「あれ? ここって月島さんの部屋ですよね?」
予想していたのと違う顔が出てきたので、相手はきょとんとしていた。このまま「違いますよ」と言って、ドアを閉めることも考えていたら、後ろから月島さんが歩いてくる音が聞こえた。
「どうしたの?」
私の後ろから月島さんが顔を覗かせると、相手は嬉しそうにはにかんだ。
「何だ。やっぱり月島さんの部屋じゃない。驚いた!」
「あれ、萌ちゃんじゃない。どうしたの、こんな夜中に」
怪訝な顔の月島さんと対照的に、相手の女子高生はちょっと気まずそうにしていたが、にっこりほほ笑んだ顔で、ここに来た経緯を話した。
「ちょっとお姉ちゃんと喧嘩して家出してきたの。しばらく泊めて❤」
アポなしでいきなり来て、しかも泊めてだとさ。いつもながら鳥肌が立ちそうになるくらいわざとらしい猫なで声だし、相変わらず図々しい性格をしている。
というか、また家出したのか……。
こいつは百木萌と言って、私の妹だ。妹のくせに、私より背が高いし、アイドル並みに整った顔をしているし、豊満なボディをしているし……。早い話が、私より男性受けの良い外見をしていた。それに性格の不和もあってか、私は萌のことがあまり好きではない。向こうも私のことが苦手のようなので、お互い様だが。
しかし、このタイミングでやってくるとは。いくら家出したと言っても姉の婚約者の家に転がり込むとは、お姉ちゃんへの当てつけなのだろうか。そういうことなら、姿こそ変わってしまったものの、姉としての対応は決まっている。家に帰るように説得するのだ。こいつのために、お姉ちゃんと月島さんの関係にひびが入るようなことがあってはいけない。そう思い、心を鬼にして口を開こうとした時だった。
「いいよ、いいよ。好きなだけ泊まっていきな!」
「は!?」
「ありがとう! だから月島さんって大好き!!」
黄色い声を出しながら、萌は月島さんに抱きついた。巨乳の萌に抱きつかれた月島さんはかなり嬉しそうだ。お姉ちゃん以外は興味なかったんじゃないのか?
「いいんですか?」
「いいの、いいの。将来の妹の頼みは聞いてあげなきゃ!」
きいぃぃ!! もう一人の妹候補は髭面バニーガールにしようとしたくせに!!
腹いせも兼ねて、この映像を携帯のカメラで隠し撮りして、後日お姉ちゃんに送りつけてやろうかとか思っていると、萌が私の方に目を向けた。
「そういえば、あなたは誰なんですか? ……月島さんの弟さんですか?」
「え……、いや、私は……」
「そうだよ。俺の弟で、月島水無月って言うんだ」
違うと言おうとしたところで、月島さんが横から口を出してきた。勝手に嘘をつかないでくれとアイコンタクトで非難した。だが、月島さんは飄々と小声で返してきた。
「面倒くさい説明をするより、こっちの方が手っ取り早くていいだろ。話を合わせろよ」
とにかく文句を言いたかったが、悔しいことに他にまともな言い訳が思いつかない。変に怪しませても厄介なので、仕方なく月島さんに合わせることにした。
「そ、そうです。弟の月島水無月です」
「ええ!? 月島さんに弟がいたなんて、意外です」
どう見ても嘘くさい話に、大げさに驚いていた。別に月島さんに弟がいても、おかしくないだろうに。
こんな訳で、急きょ転がり込んできた妹とも同居することになってしまった。私は嫌だったのだが、居候の身なので、あまりうるさく言うことも出来ない。
真白は妹のことが嫌いなようですが、単純に自分より外見の優れた妹が羨ましいだけで、実際のところはそんなに憎んではいません。