第六十七話 飛んで火にいる金の虫
第六十七話 飛んで火にいる金の虫
旅行部の五人で仲良く帰宅中に、すごい速度で移動するテケテケとすれ違った。向こうは私たちのことを素通りしていったので、これ幸いと家に直行したかったのだが、テケテケの動画を撮れば百万円もらえるというネットの記事に踊らされていた小桜と萌は、困ったことに後を追う気満々だった。
「頭を冷やせ! あいつ、人も殺すんだろ? せっかく素通りしていってくれたのに、追いかけるなんて!」
思いとどまるように、声を荒げて説得したが、百万円に目がくらんだ小桜と萌の耳には届かなかった。私の話を聞きながらも、動画を撮る準備をしている。
「でも、百万円は魅力的だわ」
「私と水無月先輩の結婚資金にも使えます」
萌の結婚発言に、それまで黙っていた小夜ちゃんが反応する。
「ち、違います。私と水無月先輩の結婚資金になるんです!」
「何ですって~!?」
やばい。女同士の争いが勃発してしまった。萌の言葉に噛みついてしまい、絶対に反対すると思われていた小夜ちゃんまで賛成に回りそうだ。そうなると、私と瑠花で反対しても、多数決で負けてしまい、動画を撮りに行く方向に傾いてしまう。これはよろしくない事態だわ。
「絶対にあなたよりも面白い動画を撮ってやりますから! そして、水無月先輩と結婚するのは、私です!」
「ふん! 私の方が迫力のある動画を撮ってやるわよ。ほえ面をかかせてあげるから、楽しみに待ってなさい!」
「おい! 二人とも、張り合うな」
慌ててなだめにかかるが、萌も小夜ちゃんも、後には退けないようで、テケテケが去っていった方に歩き出した。
「ふふん! 後輩が率先して動くとはね。こうなった以上、私たちも後を追うしかないわね」
小桜も意気揚々と後に続く。部長なんだから、止めさないよ。
「あかんな……」
テケテケの正体を知っている瑠花だけは、最後まで賛成に回ることがなく、渋い表情をしている。
「一番良いのは、テケテケもどきが遠くの方に逃げていて、追いつけませんでしたって、展開やけど、そうはいかんみたいやしなあ……」
テケテケの姿を目撃したのは、私たちだけじゃないみたいで、口々に町はずれの廃ビルに入っていったと喧伝していた。
後を追って、動画に収めてやろうという猛者は、私たちだけの様で、みんな足早に帰路についているようだ。
この騒ぎなら、放っておいても、警察を引き連れた月島さんがやって来ると思うが、ピンチになってからでは遅い。念のため、早めにSOSを送ることにしますか。
「何だい?」
幸いなことに、電話はすぐにつながった。私はかいつまんで、現在の状況を伝えた。予想していたことだが、私の話を聞き終えると、月島さんは深いため息をついた。
「全く……。ニュースや新聞でも危険だって、口を酸っぱくして言っているのに……」
呆れかえった声で、月島さんが呻いた。何となく電話の向こうで、頭を抱えているのが分かった。私は面目ないと力なく言うしかなかった。
「俺も急いでいくけど、その前にグラコスと遭遇するようなら、強引にでも、その場から退散するんだ。いいね!」
「はい、分かりました」
言われなくても、そのつもりだ。物理ダメージをライフピアスが肩代わりしてくれる異世界と違って、現実世界では実際に死ぬ危険があるのだ。決して無茶は出来ない。
その時が来たら、ちゃんと退散させられるか、不安な部分もあったが、とりあえず、先行した三人の後を、瑠花と追うことにした。
「ここですか? テケテケが入っていったという廃ビルは?」
「そのようね」
問題の廃ビルは、ところどころ窓が割れていて、心霊スポットだと言われても、無条件に信じてしまいそうなくらい朽ち果てていた。私が物心ついた時点で、廃ビルだったので、何の会社が入っていたのかは不明。
「ふふふ……。この中に百万円がいるのね」
舌なめずりしてくる音が聞こえそうだ。でも、中にいるのは、そんな甘い言葉で片づけられるようなやつではない。
「先に言っておくけど、やばいと感じたら……」
「し~っ、静かに! 向こうに気付かれます」
注意しようとしたところで、萌に黙るように言われてしまった。私はみんなの安全を考えて忠告しようとしたのに、どうしてこうなるのよ。
「大丈夫よ。動画を撮ったら、すぐに退散するから。危ないことなんて、ないない」
あいつに接近する時点で、思い切り危険で無謀だから。頼むから、分かってちょうだい!
「慎重に歩くのよ。間違っても、音を立てちゃ駄目。向こうに気付かれるわ」
気付かれるも何も、あいつがどこにいるのかが分からない。下手したら、先手を取られて襲われる危険もあった。
そこは小桜たちも分かっているらしく、建物に入ってからは、私語はもちろん、自分たちの立てる物音にも細心の注意を払って進みだした。
時間をかけて、一通り見て回ったが、あいつの姿は確認できそうにない。これはもしかして、もう別の場所に移動してくれているのだろうか。だとしたら、非常に助かる。化け物なりに、空気を読んでいてくれたことになる。
そんな淡い期待を抱き始めた頃に、小桜が目ざとく見つけてしまった。
「いたわ……」
小桜の指差す方向を見る。やつは天井に張り付いていた。地面にばかり気を取られていたら、先に見つけられていたわね。危ない、危ない。
グラコスの姿を見つけるが早いか、私以外の全員が、一斉に動画を撮りだした。ていうか、目の色を変えて、何で瑠花まで撮っているの? あなたも反対派よね。
「えへへ……。ほら、うちって守銭奴やろ? お金の誘惑には弱いんや……」
ムキ~! 唯一の反対派だと思っていたのに、結局は金かい!
非難の眼差しを向けるも、瑠花は動画を撮る手を緩めない。見損なったわよ、あんた!
そこから、テケテケが静止している画像を五分ほど撮ったが、向こうは微動だにしない。私にとっては、運が良いことだが、金になる動画を撮りたい小桜たちは不満そうだった。
「ほら! もう動画は撮ったんだから、気付かれる前に逃げるわよ」
「……駄目よ。もうちょっとインパクトのある動画を撮らないと、賞金は出ないわ」
そうかしら。今まで、あいつ動き回ってばかりいたから、静止している映像でも、インパクトはあると思うわよ。
ていうか、近付いて挑発する気じゃないでしょうね。その時は、殴ってでも、この場から強制退散するわよ。
「でも……、テケテケって、骨ばかりなんですね。私のイメージと違います」
「それはアレや。少しでも早く動けるように、余分なものを削ぎ落としたんやろ。涙ぐましい努力の賜物や」
何? そのアホな説明は。聞いているこっちが涙ぐみそうだわ。そんな説明にも、小夜ちゃんはすっかり納得しちゃっているし……。
「そんな努力までしている化け物に気付かれたら、一巻のお終いだよ。それが分かったら、とっとと逃げる!」
もう一度退散を呼びかけた。努力しているという嘘の説明を信じたのか、今度はすんなりと申し出に応じてくれた。
カーン……。
これで帰れると胸を撫で下ろそうとした時、乾いた音が建物内に響いた。萌が誤って、転がっていた空き缶を蹴ってしまった。当然、建物内に、音が響いてしまう。
「あっ……」
もちろん、一斉に非難の視線が萌に突き刺さる。萌は泣きそうな顔で、固まっていた。
何てベタなミスをしてくれたんだろうか。これはさすがに、気付かれたわよね。ああ……、確認するのが怖い。何か見ちゃいけないものを見てしまう気がするわ……。
クリスマスが終わると、大晦日まで一気ですね。2013年も終わりが見えてきてしまった……。