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第六十六話 撮影するのは都市伝説

第六十六話 撮影するのは都市伝説


「本当に私と入らなくていいんですか?」


 入浴グッズ一式を両手に抱えた状態で、萌が名残惜しそうに聞いてきた。まだ私と一緒に入りたいらしい。何度も一人で入れと言ったのに、しつこいことで。


 ただでさえ萌とは一緒に入りたくないのに、あんなことがあった後じゃ、尚のこと入れないでしょ。空気を読みなさい。


 ともあれ、萌が風呂に入ったおかげで、ようやく静かになったわ。テレビでも見ようかしらと胸をときめかせていると、携帯電話が振動した。……せっかくテレビに集中出来ると思ったのに。


 こんな時間に誰からだろうと、画面を確認すると、小桜からだった。


「あ、私。誰か分かる?」


「小桜だよね。携帯の画面を見て分かったよ」


「あははは。なるほど! ねえ、水無月くん。今、パソコンってやってない? やってないなら、即刻つけて」


 いきなり電話をしてきたと思ったら、パソコンの電源を入れろですって? 全く人使いが荒いわね。


 愚痴を吐きながらも、言われた通りにパソコンを立ち上げた。どうせネットの記事を見ろとか言ってくるんだろうなと、次の台詞を予想し、あらかじめWEB画面を開いておく。


 すると、ニュース一覧の中に、気になる記事を見つけた。


「テケテケに百万円……?」


「おっ! 早速その記事を見つけるとは、水無月くんもお目が高いわ。その調子で、記事全文に目を通してちょうだい」


 どうやら、小桜が電話をかけてきたのは、この記事についてだったらしい。


「さあ! とっとと読むのよ。超重要なことが記載されているんだから!」


 嫌な予感しかしない。このままとぼけて、電話を切ってしまおうかとも思いつつ、つい言われるがままに説明文に目を通した。


 何々……。今巷で噂になっている、生きた都市伝説、テケテケの新しい動画を投稿してきた者には、内容によっては百万円を進呈します?


「……何これ?」


 殺人にまで発展しているというのに、何て呑気な記事なんだろうか。


「この記事がどうかしたの?」


 どうでもいい人間が話し相手だったら、このまま電話を切ってやるところだが、親友の小桜が相手なので、面倒事に巻き込まれそうなのを自覚しつつ、小桜に問いただした。


「一稼ぎ行こうぜ!!」


「……」


 やっぱりそう来たか……。某ハンターゲームのCMで似たようなセリフを聞いたことがある。アレをパクっているのは間違いあるまいが、決定的に違っていることがある。それはゲームオーバーが死を意味するということだ。


「丁重にお断りします」


「ああっ!? 何かすごいよそよそしく断られた!」


 そんなにショックを受けなくても、私がOKする訳ないじゃない。そうでなくても、ここ最近危険な目に連続で遭っているのよ。たまには自分を労わってやらないと!


「考え直しなさいよ! 以前、ツチノコを生け捕りしたら、賞金が出るって話があったのを知っているでしょ?」


 そう言えば、そんなことがあったらしいということを、どこかで耳にしたな。まだ有効かどうかは忘れたけど。


「あっちは生け捕りしなきゃいけないのに、こっちは動画に収めるだけで、お金をもらえるのよ? どう考えても、お得じゃない。チャンスじゃない!」


 どう考えても、こっちの方が割に合わないわね。ツチノコは人を襲わないけど、こいつは既に数人殺しているのよ。対峙した場合、どっちが厄介かなど、小学生でも分かりそうなものだわ。


 その後、賞金があれば、海外旅行も可能なことや、美味しいものを好きなだけ食べられることを力説されたが、危険を冒す理由になっていなかったので、根気よく断り続けた。


「私、諦めないからねっ!」


 最終的に、捨て台詞を残して、小桜との通話は終了することになった。


「ずいぶん話し込んでいましたね。相手は誰ですか?」


 風呂に入っていた筈の萌も、とっくに上がってしまっている。せっかく静かな時間を過ごすチャンスが不発になってしまったことを嘆くとともに、小桜があれで諦める訳がないことにも深く嘆かざるを得なかった。




 翌日の新聞を見て、隣町で民家が全焼した記事を読んだ。世間を騒がせているグラコスが、自分の体を溶かしてしまうほどの高温の持ち主だということを思い出した。


 グラコスが燃やした?


 そんな考えが頭をよぎるが、他の事件の可能性もある。すぐに断言するのは良くないだろう。


「あら、水無月くん。おはよう。もう起きていたのね」


 寝室から出てきたお姉ちゃんが、朝の挨拶をしてきた。私の方が少し早起きだったみたいね。


「いつもこんなに早いの?」


「はい。朝だけは強いんですよ」


 とりとめもない雑談をして、軽く笑った。


「それに比べて、萌はまだ起きてこないみたいね」


 萌が朝に遅いことはよく知っている。家出している時でさえ、図々しくも数日に一度遅刻寸前まで寝ていたし。


「あの子ったら、いつも朝が遅いんだから。水無月くん、悪いけど、あの子を起こしてきてくれるかしら。水無月くんなら、素直に起きてくれると思うのよね」


「ええ、お安いご用です」


 お姉ちゃんの指示で、なかなか起きてこない萌を起こしに行く。何か、体を奪われる前に戻ったみたいだわ。


 萌の部屋に近付くと、廊下にまで聞こえてくる声で、楽しげに話しているのが聞こえてきた。起きているなら、ちゃんと起きてきなさいっていうのよ、あの馬鹿は。


「あははは! それ、面白いです。小桜先輩ってば、さっすが~!」


 ドアノブに手をかけたところで、小桜の名前が聞こえてきた。親友の名前を聞いた途端、昨日の電話の内容が頭をよぎった。


「失礼」


「え? 水無月先輩!?」


 萌の手から携帯電話を奪い取ると、代わりに耳に当てた。


「おはよう、瑠花。朝っぱらから後輩に電話とはご苦労さん」


「あれれ? 水無月くん!? どうしてそこにいるの!?」


 小桜が素っ頓狂な声で驚くのを聞いて、自分が迂闊な行動に出たことを悟った。そうだ! 小桜は、私と萌が同じ部屋で暮らしていることを知らないんだった!


「え、え~と。これはね……」


 勢いよく電話に出たものの、答えに窮してしまった私の手から、携帯電話を奪取すると、再び萌が電話に出た。


「ちょっと訳あって、同じ屋根の下で暮らしているんですよ」


「な、何ですと~!?」


 こ、こいつ。暴露しやがった……。周りには秘密にしておきたかったことを……! 電話の向こうで、小桜がどういうことか詳しく説明するように求めているのが聞こえてきたが、構わずに切ってしまった。


「む~、萌の電話を勝手に切らないでください」


 頬を膨らませて、萌が抗議してきた。確かに勝手に切るのはまずかった。慌てていたとはいえ、悪いことをしたので謝る。


「でも、ビックリしました。ノックもなしでいきなり入ってくるんですもの。ひょっとして、萌を襲うつもりだったんですか?」


 ははは! そんなことがある訳ないじゃない。襲撃なら、いざ知らず。馬鹿なことを言ってないで、顔を洗いなさいよ。お姉ちゃんがお待ちよ。


 その後、小桜から詳しく説明するように詰め寄られたのは、言うまでもなかった。




 その日の学校は、通常通りに開かれた。小桜や瑠花は休校になると予想していただけに、たいそうご立腹だった。授業中は元より、帰宅する段階になっても、文句ばかり吐いていた。その頃には、萌も文句大会に加わって、私と小夜ちゃんは辟易しながら、耳を傾けていた。


「こんな時にも学校はあるのよね……」


「私たちがどうなっても良いんでしょうか!」


 学校への不満を口にしながら歩いているが、都市伝説で休校になった例はない。周辺の高校でも、急行の話は聞かないし、前例がないことには慎重になってしまうのだろう。


 もういい加減にするように言おうかと思い始めた時、道路を挟んで向かい側の道を、白い何かが四つん這いで這っていくのが見えた。それも信じられない速さで。


 思わず足を止めて、記憶を整理する。今のって、テケテケ……、じゃない。グラコスだ。今朝の新聞からの情報だと、昨夜の時点で隣町にいたくせに、今日はこっちで活動しているなんて。まずい。早くこの場を離れないと。


 出来れば、グラコスに気付いたのは、私だけであってほしい。そっちの方が簡単にこの場を切り抜けられるから……。


 淡い希望と共に、前を歩いている四人を見る。全員が道路の向かいを見たまま、固まっていた。見たんだ……。私は天を仰ぎそうになってしまった。


 私と同じくグラコスの姿を目撃して、固まっていた四人は、口々に話し出した。


「ちょっと……。向こうに這って行ったのって、テケテケよね……」


「はい、動画と同じ動きをしていました」


「気色悪い動きやったな……」


「あ、あれですよね。ニュースでやっていた殺人都市伝説って」


 しばらく五人で無言のまま、テケテケが走っていった方を見つめていた。


 小桜と萌を見ると、目が¥マークになっている。この流れはまずい……。


「萌ちゃん。今朝の話を覚えている?」


「もちろんですよ、小桜先輩」


 この二人、完全に、動画を撮るつもりでいる。どうにかして止めないと……。


クリスマスということで、どこに行っても、人、人、人です。ちょっと奮発して、ケーキでも買って帰りましょうかね。

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