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第六十四話 テケテケの晩餐

第六十四話 テケテケの晩餐


 ある酔っ払いがほろ酔い加減で、夜の街を歩いていた。一緒に飲んでいた同僚とは、とっくに別れていた。終電はとうに終わってしまっていたが、家が近いこともあり、わずかな距離を歩いて、帰路についていたのだ。


 もう少しで家に着くというのに、酔いのせいで歩くのがだるくなってしまい、道端に座り込もうと、適当な場所を探してもいた。


 あそこの茂みに寝転がったら気持ちよさそうだなと、回転の鈍った頭で、ぼんやりと考える。だが、茂みに近付いたところで、先客が寝転がっているのに気付いた。上半身が茂みの中に隠れているので、顔は確認できないが、大の字になって寝そべっている。


「お~い、そんなところで寝ると風邪を引くぞ~!」


 自分も同じことをしようとしていたくせに、先客に声をかける酔っ払い。だが、先客はぐっすり寝ているのか、ピクリとも動かない。自分の優しさが無視されたと早合点した酔っ払いは、酔いで気持ちが大きなっているのも手伝って、先客の足を掴んで、少々乱暴に揺すった。


「あれ?」


 先客の体が人間とは思えないくらいに、異常に軽かった。


 さすがにおかしいと思ったのだろう。茂みの中に隠れている筈の先客の上半身を覗きこんだ。


「……」


 先客には上半身がなかった。寝ていたのではなく、ただ単に下半身だけになったせいで、倒れてしまっただけだったのだ。


 夜の街とはいえ、周りには何人も人が歩いていて、次々と異常事態に気付いていき、連的に酔っ払いの周りで悲鳴が巻き起こる。


「ち、違う! 俺じゃ……、俺がやったんじゃない」


 自分の犯行でないことを必死に弁解する酔っ払い。酔いはとっくに醒めていた。


 その時、ガサリという音が、元酔っぱらいの後方からした。その場に居た人間が一斉にびくりと、全身を震わせる。続いて、暗がりの向こうから、何かがやってくる音がした。


「な、何だよ……」


 元酔っぱらいが茂みから飛びのくように離れた。危険が迫ってきているのを、肌で感じ取ったらしい。


 その感は正しかった。ざわめく人々の前で、茂みからそいつは飛び出してきた。


「で、出てきたぞ!」


「でも、すばしっこい!」


 そいつは滅茶苦茶早く、姿をとらえることが出来ない。パニックになる人々の隙間をカサカサとゴキブリのような動きで、縫うように移動する。


「お、落ち着け。落ち着くんだ、みんな……」


 周りに落ち着くように言いつつも、元酔っぱらいは震える足で逃げ出そうとする。言動が一致していない。彼もパニックを起こしている一人に過ぎなかったのだ。


「っ……!?」


 まさに駆け出そうとした時、右手に激痛が走った。反射的に右手を見ようとしたのだが、不可解なことに、彼の右手は肘から先を残して消えていた。


「あれ……? 俺の手が……。ない……」


 違う。消えたのではない。何者かにちぎられて、なくなっていたのだ。


「う……、あ……、くあ……」


 肘から噴き出す己の鮮血を見ながら、元酔っぱらいの思考は、恐怖に支配された。そして、力の限りに絶叫を上げようとした時、何者かが猛スピードで覆いかぶさってきた。


 元酔っぱらいは絶叫を上げることが出来なかった。下半身を残して、絶命したからだ。


 二人目の犠牲者が出たことで、周りにいた人たちは一斉に四散した。犯人が目の前にいるのに、逃げるとはひどいやつらだと思ってはいけない。犯人は人間とは思えない動きで、殺人を犯したのだ。想定を超える事態になってしまったら、懸命に逃げるのが、何よりも懸命なのだ。


 犯人がそれからどうしたのかは誰も知らない。その場にいた人間は、みな逃げてしまったのだから。だが、その中にも、図々しいやつはいた。


 その様子をちゃっかりと動画に収めていたのだ。そして、命からがら逃げかえった後、無責任にもネット上に公開したのだ。


 動画は瞬く間に、世間に広がっていき、ニュース番組でも取り上げられるようになった。


 動画に映っている犯人は、自身の上半身を引きずるように動いていることから、「テケテケ」と呼ばれるようになった。


 都市伝説に過ぎない筈の生物がはっきりと映像に収められて、しかも、実際に殺された人間までいるということが、世間の関心を否がおうにも集めた。




「このテケテケが、御楽によって、ティアラと一緒に連れてこられた厄介なやつだというの?」


「そうだ」


 瞬く間にネットを賑わせている、テケテケの動画を見ながら、お兄さんが頷いた。


「しかし、魔王の配下にテケテケがおるっちゅうのも、変なものやな」


 瑠花の言う通りだわ。記事を見る限り、こいつの戦闘力は尋常ならざるものがあるが、何というか、ファンタジーのイメージからはかけ離れている。


「テケテケじゃない。こいつにはグラコスというれっきとした名前がある」


「グラコス?」


 テケテケとは何の関連性も感じられない名前だ。


「グラコスはな。元は巨大なトカゲだったんだ。だが、体温を急激に上げる能力を身に付けてしまったばかりに、自分の肉と皮、骨以外の全てを蒸発させてしまったんだ」


「それで動画に収まっているこいつは、真っ白なのか。化け物でも、骨だけなら、真っ白になる。理に適っていることだな」


 牛尾さんだけが納得している中、思わず全員で絶句してしまう。一見すると、自分の首を自ら締めてしまった間抜けくんだが、自分すら滅ぼしかねない力を持っているやつか。


「こいつが毎晩人を襲って食べ回っているテケテケの正体か。怖いなあ……」


 しかも、正体がトカゲということは、隙間さえあれば、どんなところにでも潜むことが出来るということではないか。こうなると、不意打ちされるのが怖くて、昼間でも外を歩けないではないか。


 心配する私に、ティアラが手を置いて励ましてくれる。


「真白さん。心配はありません。勇者様が守ってくれますから!」


 ティアラが胸を張って言っているが、残念ながら、現実世界ではお兄さんは魔法を使えないんですよ。


 お兄さんも、今の自分に力がないのは、誰よりもよく知っている。だが、ティアラから期待を寄せられると、現実を伝えることが出来ず、曖昧に笑うしか出来ないのだ。


 もっとも、それは私と瑠花にも言えることだけどね。異世界でこそ、キーパーとして、特殊能力を使い、物理攻撃を無効化できる、チートな存在になることが出来るとはいえ、現実世界では、普通の高校生に過ぎない。


「それで、この化け物はどうするん?」


「どうするも何も私たちじゃどうしようもないだろ。明らかに月島の担当だ」


 確かに。現実世界での荒事は月島さんの得意分野だ。私たちの口を挟む問題ではない。というより、変に口を挟んでしまうと、却って足手まといになってしまう。


「せめて異世界に連れ戻せれば、私たちでも倒せるんだけどね」


 ただライフピアスの力で戻すにしても、こいつが人語を使えないことには、話にならない。


「無理だ。こいつはトカゲだぞ? ログインを宣言することが出来ないから、異世界に戻すことは出来ない」


 はい、駄目でした。やっぱり私たちは今回、蚊帳の外ですね。


「済まないな。俺の異世界の生物なのに、責任が持てそうにない」


「気にすることはない。やったのは、キメラの一派なんだからな。今回の件では、お前だって、被害者なんだ。くよくよと思い悩む必要はない」


 牛尾さんが励ます中、お兄さんは元気なくうな垂れている。異世界限定とはいえ、勇者。しかも、今回の相手は、本来なら自分が倒す筈だった相手なのだ。それを場所柄が悪いばかりに、指を咥えて見ているしかないという現実が歯がゆいのだろう。


「とりあえずお前は、ティアラを異世界に戻してこい。向こうの世界だって、大変な状況なんだろ?」


 ティアラには刺激の強い光景が広がっているだろうけど、いつまでも隠しておく訳にはいかない。それにいつまでもここに置いておくより、早く帰してあげた方が良いことは、私にだって分かっていた。


 そのままティアラはお兄さんと二人で、自分が元いた世界へと戻っていった。


 異世界にログインする前に、お兄さんには一日一回は現実世界に戻ってくるように釘を刺すのも忘れなかった。苦笑いしながらも、私の要求に頷いてくれたお兄さんは、ティアラの手を引いて、異世界に帰っていった。


今回はいつもと違う感じで書いてみました。ホラー小説っぽいですが、いかがだったでしょうか。感想があれば、是非送ってください。

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