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第六話 神様ピアス

第六話 神様ピアス


 異世界に入って、早々と謎の生物に襲われた私たちだったが、難なく撃退することに成功した。


 最後の一匹を倒すと、「ざっと、こんなものよ!」と余裕の勝利宣言。実際には何回か攻撃を受けてしまい、ライフピアスに傷がついてしまったが、せっかく勝利したからには、こういう台詞を言ってみたいではないか。


 だが、晴れやかな表情の私とは対照的に、月島さんの表情は冴えない。


「さっき火の玉小僧を蹴った時に、足のところが焦げちゃった……」


 見ると、わずかに足元が焦げていた。スーツを着たことのない私には分からないが、致命的な傷らしい。しかも、お気に入りのスーツだったみたいで、しきりに愚痴っている。気のせいか、私の方をちらちら見ているのだ。どうも、私が「←」の床をしきりに踏んで、火の玉小僧を元気にさせてしまったせいで、スーツを焦がす羽目になったと思っているようだ。


「もう! スーツなら新しいのを買えばいいじゃないですか」


 この人が周りの刑事よりも金回りが良いのは、住んでいるマンションを見て知っている。新しいスーツの一着や二着、訳もないだろう。


「そうだね。また買い替えるか。敵も簡単に倒せたことだしね。スーツはちょっと焦げちゃったけど……」


「しつこいですよ」


 だんだん私の語気も荒くなってきた。それを見計らったように、月島さんはピタリと愚痴を止めた。どうやら今までの愚痴は演技で、たいして気にしていなかったらしい。からかわれたことに気付くと、今度は私の方が不機嫌になりそうになる。


 だが、私は大人なので、不機嫌になりそうなのを我慢して歩いていると、踏むと気温が上下する床が何枚も重なるようにして、宙に浮いているのを見つけた。


「浮いていますね」


「ああ。空に向かって床が列を作っているように見える。まるで床の塔のようだな」


 床の塔とは上手いことを言う。


 異世界ならではの光景にじっと観察していると、最上部にある床の上に、青く輝くピアスが浮いているのを見つけた。


 月島さんに知らせようと横を見ると、彼も上空を見上げていた。私とほぼ時を同じくして、月島さんも青いピアスを見つけていたようだ。


「何か青いライフピアスが見えるけど」


 大きさはライフピアスと同じくらいだが、青く輝いているところが違った。ライフピアスは赤く輝いていて、ルビーみたいなのだ。


「もっと近付いてみないと分からないけど、俺たちが付けているライフピアスと同じ形をしているな。ゲームでよくある色違いってやつかな。あれを付けると、能力が大幅にアップするとかありそうだね」


「違う……」


 私ははっきりと月島さんの推測を否定した。


 あのピアス。前にお父さんから聞いたことがある。確か管理者のみが使用を許される強力なピアスで、名前を……。


「神様ピアス」


「神様?」


 月島さんが怪訝そうに表情を歪めた。


「異世界を管理するために作られた特別なピアスで、異世界ごとに一つ存在するんです。それを付けると、その異世界での一切の事象を扱うことが出来るようになります」


「全ての能力を使えて、ステータスが最高になるとか?」


「そんな優しいものじゃありません。登場人物を好きなだけ増やしたり、地形を変えたり、とにかく神様みたいに何でも出来るようになるって言っていました」


「それで神様ピアス?」


 私は黙って頷いた。


「そんなアニメやテレビゲームみたいなことがある訳ないだろ。……と言いたいところだけど、今俺たちがいるのはゲームの世界だからな。ありうる話だ」


 話を全部信じてくれた訳ではなさそうだったが、とりあえず相槌は打ってくれた。


「少し高い場所にあるけど、当然取って帰るつもりなんだろ、あれ?」


「もちろんです」


 アイテムを見つけたからには回収する性格なのだ。神と同等の力を持つことの出来るチートアイテムというのなら、尚更だ。


「でも、あそこまで行くためには踏むと気温が上下する床を伝っていくしかないな」


 定石で考えると、「↑」と「↓」の床を交互に踏んでいき、気温が異常に変化するのを防ぎながら移動するのが望ましい。


「まあ、そんな都合よく、「↑」と「↓」の床が並んでいるとは限らないけどね」


「多少の増減は仕方がないです」


 冒険には危険がつきものだと、RPGの勇者にでもなったつもりで、最初の床にジャンプした。


 それから数分後、私たちは汗だくになっていた。


「はあはあ……、また「↑」……」


 さっきから「↑」の床ばかりが続いていた。上に上るためにはそれを踏むしかなく、否応なしに気温は上昇の一途を辿っていた。多少の増減は仕方がないとは言ったものの、ここまでとは。


「あ、暑い……」


「たまらないね。失礼だけど、上を脱がせてもらうよ」


 よほど暑かったのか、言い終わるより先に脱ぎ始めていた。


「真白ちゃんも暑いのなら、恥ずかしがらずに脱げばいい。今は男の体だ。気にする必要はない。もっとも俺は君の姉さんにしか興味がないから、元の体でも欲情はしないけどね」


「ひどい……。その言い方は傷つきます」


 たまに注意しないと、人の傷つくことをわざと言ってくるから、月島さんは油断がならない。


「でも、神様ピアスまではまだ相当ありますよ」


 全行程の半分も来ていない状況だ。想像したくはないが、そこまでの床が全て「↑」だったとすると、気温は恐ろしいくらいに上昇することになる。


 止まることなく流れる汗を拭う作業を繰り返しながら、途方に暮れていると、月島さんが何かを閃いたかのように、懐をまさぐり始めた。


「あのピアスって、絶対に傷つかないんだよね」


「はい。お父さんからそう聞いています」


 どうしてそんなことを聞くのだろうかと思ったが、次の瞬間、驚いたことに月島さんは拳銃を抜いて威嚇射撃もなしに発砲してしまった。


「なっ!?」


 驚く私を尻目に月島さんは涼しい顔をして、拳銃から立ち上る煙に息を吹きかけている。


「ずいぶん簡単に発砲しますね」


「ここは異世界だからね。世間のしがらみに囚われなくていい」


 だからといって、こうもあっさり発砲できる日本の警察官は月島さんくらいのものだろう。


 そんなことを考えている間も月島さんは拳銃を乱射し続けた。全弾が神様ピアスに命中しているのに、向こうもなかなか落ちてこない。しばらく月島さんと神様ピアスの我慢比べが続いていたが、最終的に月島さんに軍配が上がった。


 根負けした神様ピアスがぐらりと傾いたかと思うと、それまでの浮力を失ったかのように落下を始めた。途中まで床の塔を登っていた私たちの横を、神様ピアスが力なく落ちていく。


「さて。あとは下に降りて、あれを回収するだけだな」


 こともなげに言ってくれたが、それが意外に難しい。だって、下に降りるためには、今まで通ってきた床をまた踏んでいかなければならない。さっき実験で分かったことなのだが、この床。一定時間を空けた後にまた踏むと、再び作動するようなのだ。


「下に降りる頃にはかなりの暑さになっているだろうね」


 こんなことならもっと早く拳銃を抜いてもらうんだった。骨折り損の後にゆでたこになってしまうではないか。


「一思いに飛び降りてみる?」


「着地の衝撃でライフピアスが砕けて、強制ログアウトでしょうね」


 それから再ログインして、ここまで戻ってくるのは面倒くさい。だからといって、暑いのはご免だ。


 どうしようか考えているところに、また火の玉小僧たちが向かってきているのが見えた。


「そうだ。あれを上手いこと、踏み台にして降りるというのはどうでしょう?」


「アクションゲームみたいだな。それにまたスーツが……」


「そこまで焦げちゃったら、もう関係ないでしょ。何を今更ですよ」


「他人事だと思って……」


 恨みの籠った目で見られてしまったが、私は知らんぷりだ。


 結論から言うと、髭がチャームポイントの某アクションゲームのキャラのように、器用にジャンプを繰り返して私たちは下に降りることに成功した。


 草原に降りると、休むことなく神様ピアスの改修に取り掛かった。幸い、神様ピアスはすぐに見つかった。緑一色の中に、青いピアスはかなり目立ったのだ。近寄って、右手でしっかり掴んだ。


「神様ピアスゲット!」


 叫ぶ必要は特になかったが、そっちの方が格好いいので、何となく叫んだ。案の定、月島さんには苦笑いされた。


「収穫もあったことだし、そろそろ戻りましょうか」


 恥ずかしさを隠すように、現実世界への帰還を促した。私的にはキメラの手掛かりがつかめなかったのは残念なところだが、これ以上探しても新しい発見はなさそうだ。


 だが、月島さんは頭を横に振った。まだやり残したことがあるのだろうか。


 不思議に思う私の前に、神様ピアスを掲げた。


「せっかくだから、どこまで可能なのか、実験で確かめてみないか?」


 どこまで神様になれるのか確かめてみたいということか。……言われてみると、私も興味を持ってきた。


「いいですね」


 月島さんと私がニヤリとするのは同時だった。


この作品では、神様ピアスの持ち主が、その異世界限定でチートの能力を持つようになります。

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