第五十九話 この世界の真実
第五十九話 この世界の真実
現実世界に連れてこられてしまったティアラを元の世界に戻すために、まずは彼女が現実世界に連れてこられていることを伝えようと、異世界に瑠花と二人でやって来た。二回目ということで、スムーズに城へと到着する。
「ここがあの姉ちゃんの城か。趣があって、ええなあ~」
まるで観光にでも来たかのような、呑気な声を瑠花は上げていた。私はというと、あのお兄さんと話さなければならないことに、若干の面倒くささを覚えていた。
城の中は混乱していた。お姫様が一人失踪したのだ。無理もない。おかげで、私たちは警備の隙をついて、楽に侵入することが出来た。
「それで? この世界の神様をしている、小夜ちゃんのお兄さんというのは、どこにおるん?」
「どこだろう? 浮いた格好をしているから、すぐに見つかるとは思うけど……」
でも魔物の討伐に出かけていたら会えないな。あの人、淡白な性格だからな。ティアラがいなくなったことについても、蚊に刺された程度のことで済ませているかも。などと考えていると、廊下の反対側から当のお兄さんが歩いてくるのが見えた。
「あ! 噂をすれば何とやら。本人が向こうから歩いてきたわ」
私が指差すと、すぐに瑠花も気付いたみたいだ。
「あれが小夜ちゃんのお兄ちゃんか?」
「そう!」
中世風の人間たちの中に、私たちと同じような服装の男性が一人だけ混じっているのだ。嫌でも目立つ。
お兄さんの額からは脂汗が噴き出しており、焦っているのが手に取るように分かった。表情の変化を読み取りにくい彼にしては、分かりやすいくらいに動揺している。
お兄さんも私たちに気付いたようだったが、ちら見しただけですぐに通り過ぎようとしていた。慌てて声をかけようとしても、ぞんざいな態度は変わらない。
「悪いけど、帰ってくれるか? 君たちと話している暇がないんだ」
私たちに挨拶をすることもなく、いきなり帰れとは。元々愛想のない性格に拍車がかかっている。瑠花も、「何や、取りつく間もないなあ」と呆れている。
このままでは、相手にされず、話も出来そうにないので、さっさと本題を出してしまうことにした。
「ひょっとしなくても、ティアラを探しているのかしら?」
私たちを無視して通り過ぎようとしていたお兄さんが、ピタリと足を止める。やはり図星か。
「……ティアラがどこにいるのか知っているのか?」
「私たちのところで保護しているわ。怪我はしていない……」
後から考えてみたら、言い方が良くなかった。聞きようによっては、誘拐犯の台詞にも聞こえる。少なくとも、お兄さんにはそういう意味で受け取られてしまった。
猛然と歩み寄ってくると、強い力で、私の首を締め上げてきた。
「くそ、ふざけた真似をしやがって。返せ! 俺のティアラを今すぐに返せ!」
私は慌てて説明をしようとするが、首を絞められたせいで、上手く話すことが出来ない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいってば!」
落ち着けと言っているのに、興奮したお兄さんは、私の首を絞める力を緩めようとしない。
「ええかげんにしろっちゅうとるやろうが!」
後ろから瑠花が、お兄さんの脳天目がけて、かかと落としを決めた。右足のかかとがクリーンヒットして、お兄さんはよろけた拍子に、私を掴む力を緩める。その隙をついて、私は拘束から逃れることに成功した。
「大丈夫か、真白?」
「うん……。瑠花がいてくれて助かったわ」
息を整えながら、瑠花にお礼を言う。むせりそうになったが、何とか耐えることが出来た。
「ぐ……」
よほどかかと落としが効いたのか、お兄さんはその場にうずくまってしまった。あまり打たれ強くはなさそうだ。
「はん! 先に首を絞めてくるそっちが悪いんや。恨みっこなしやで!」
うずくまっているお兄さんに向かって、吐き捨てるように瑠花が言っていたが、お兄さんが反撃に出てくるようなことはなく、そのまま大人しくなった。
「ティアラを現実世界に連れ出したのは私たちじゃないわ。昨日私と一緒に来ていたあの男よ」
「あいつか……。なるほど、そうなると、裏で糸を引いているのはキメラということか」
ようやく冷静になってくれたお兄さんが状況を理解してくれた。
「だいぶ混乱しているみたいだけど、やっぱりティアラがいなくなったから?」
「当たり前だ。仮にも一国の姫だぞ。突然、失踪して騒ぎにならない訳がないだろ」
一番混乱しているのは、お兄さん本人だと思うが、それは口にしないでおこう。それにしても、ティアラだって、神様ピアスの力で生み出した創造物のくせに、ここまで愛するなんて、私にはちょっと理解できないわ。何があったのか知らないけど、人間ってここまでねじ曲がるものなのかしら。
「ティアラに変わった様子はないか? ここと現実世界じゃ、様相がかなり違うから、だいぶ混乱していると思うが……」
「至って普通よ。むしろ、テンションがいつもより高いくらい……」
「そうか……」
安心したような、はたまた、驚いたような表情をした。はしゃぎ過ぎて、職務質問されそうになっていたことは黙っておこう。
「一応知り合いが、ティアラを異世界に戻す方法を模索しているところよ」
「ふん! やったのはキメラの一派なんだろ? やつらと何の関係もない人間が太刀打ち出来るとは思えないがな」
この反応は、私たちに対してそんなに期待していないようね。でも、この事実を知っても、まだそんな顔をしていられるかしら。
「知り合いというのは、『神様フィールド』の現スタッフよ。オリジナルメンバーとして動いていたこともあるから、あながち無関係とも言えないと思うけど」
お兄さんの顔が見る見る変わっていく。
「この世界。ティアラを作った連中か……。それなら、期待しても良いのかもしれないな」
ふふふ! ようやく私たちの凄さに気付いたようね。……いやいや、今気になることを言わなかった?
「この世界や、ティアラを作ったのは、あんたやろ。何もなかった世界に、神様ピアスで、お好みの世界を作ったんちゃうか?」
そうそう、さすがに瑠花のツッコミは冴えているわ。この世界で起こっていることも、お兄さんの自作自演なのよね。悲しいことだけど。
でも、お兄さんから返ってきたのは、それを真っ向から否定する言葉だったわ。
「違う……。そりゃあ、神様ピアスを使って、微調整はしたけど、この世界の大部分は元々あったものをそのまま使っている」
よくよく聞いてみると、この世界はスタッフの失踪後に、突如発生した世界ではなく、オリジナルのスタッフがゲームとして売り出す目的で、ある程度まで完成させていた公式の十世界の一つらしい。
「じゃあ、ティアラと愛し合っているのも、そうなるように仕向けたんじゃなくて、本当に愛し合っていたの?」
瑠花が「お兄さん、やるやん!」とからかう中、お兄さんは恥ずかしげに視線を外した。そうか、神様ピアスの力を介さない、まともな恋愛だったんだ。それなら、あの慌てようも分かるわ。
「でも、そうなると、ティアラの他に、この世界から現実世界に運ばれたやつがおらんか分からなくなってくるなあ……」
「確かにな。正直、箱入り娘のティアラよりも、魔王や配下の魔物を送った方が、現実世界を混乱させられる」
「言いたくはないが、ティアラを送ったところで、何か出来るとも思えない」とも付け足していた。実際、牛尾さんの手を煩わせているだけだ。何かをやらかしそうには、とても見えない。異世界の生物を、現実世界に連れてくること自体が目的のように思われた。
「神様ピアスの力で調べることは出来ないんか?」
「……やってみるか。公式のデータと、現在のデータを照らし合わせれば、確認するのは、そんなに難しい作業じゃない」
「公式のデータなら知り合いのところにある筈よ。すぐに取って来れるわ」
早く照合して、いなくなっている魔物がいるのなら、早急に探し出さないと。一般の人に被害が出る前に……。
一旦現実世界に戻ろうと、黄色のピアスを手に取った時、昨日聞いたばかりの能天気な声がした。
「よお! お姫様がいなくなって、この国も大混乱だな。あんたも心中穏やかじゃないんじゃないか?」
この声は、紛れもなく御楽のものだ。自分でやったくせに、ずいぶんな台詞を吐いてくれるものね。
でも、向こうからのこのこやってきてくれるなんて、おかげで探す手間が省けたわ。魔物の件だって、データを照らし合わせるまでもなく、こいつを締め上げれば、すぐに判明するし、飛んで火にいる夏の虫とはよく言ったものね。
「よくもティアラを……」
恋人を連れ去られた怒りで、我を失いそうになっているお兄さんを制して、堂々と宣言してやる。
「よお! 一日ぶりね、御楽!」
今回の話を書いていて、何故か国民的RPGの第一作目を思い出しました。無料で配信されていたものを、先週までプレイしていたからでしょうか。